第7話 そして歴史は書き換わる
イクオとクリスティーナの3人で警察庁へ赴き、A級装備を無事に受け取ること1時間40分後の出国ゲート付近の路地裏にて。
タバコとアンモニア臭が鼻につく中、俺は実弾の入った拳銃を握りしめながら、室外機の影に隠れるような形で、犯行現場に張り込んでいた。
レイトン所長の姪っ子、ワトソン・サンライズ・メル・エル・ロードが亡くなって17回目の再チャレンジである。
そろそろこのループを終わらせたい、と考えていると路地裏近くのビルの屋上で怪しい人影が居ないか確認していたクリスティーナから無線が入った。
『本当に先輩の言っているような人がこの路地裏に入ってくるんですかぁ~?』
「なんだよ? 偉大なる先輩のお言葉が信じられないってのか?」
『そうですね、犯罪者の口約束くらいには信じられないです』
「もう絶対に信じられないヤツじゃん、ソレ?」
クリスティーナの訝し気な声音を軽口で返しながら、ヒリヒリと痺れるような感覚に身を預けていく。
この際ぶっちゃけるが、俺は自分が弱いと思ったことは一切ない。
とはいえ自分が最強だと思い上がるほど自惚れちゃいない。
能力的には恵まれてはいるが、世の中には上が無数に存在する。
これから殺し合う瞬間移動の女がソレだ。
純粋な戦闘能力だけで言えば、俺はあの女には到底叶わないだろう。
現にもうかれこれ9回は殺されている。
間違いなく瞬間移動の女は俺よりも強い。
だが、何をもって上下を決めるかは様々だ。
肉体面ではドワーフや吸血鬼、獣人には逆立ちしても勝てない。
今日みたいな異質な力を有する能力者相手には苦戦を強いられることもある。
それでも総合力でなら渡り合える自信がある。
無い知恵を総動員し、悪知恵を働かせれば、ある程度の窮地は乗り越えられる。
大切なのは自分を見失わないこと。
自分らしく戦うこと。
それだけだ。
『というか所長の姪っ子さんが殺されるだなんて、そんな事本当にあるんですか?』
「バッカ、俺を信じろクリスティーナ。間違いない、今朝スリエルフの見張り中にうたた寝したときに見た俺の予知夢は完璧だ!」
『もう不安しなない……というか先輩ッ! やっぱりあの時うたた寝してたんじゃないですか!?』
「ヤッベ、バレた!?」
とっくの昔にバレてます! とキーキー喚くクリスティーナを横目に、腕時計に視線を落とす。
時刻は……午前8時15分。
犯行時刻まで残り5分。
そろそろ時間だ。
『なんでウチが先輩のワケの分からない夢に付き合わないといけないんですか!? あぁなんかもう今朝のことと重なってメチャクチャ腹が立ってきた。もう帰ってもいいですか!? というか帰りますよ、ウチ!?』
「雑談はそこまでだ。そろそろ集中しろ、来るぞ?」
『だから、それは先輩の夢で――えっ!?』
無線からクリスティーナの驚きに満ちた声音が俺の耳朶を叩いた。
『う、うそ!? ほんとに来た!? 所長の姪っ子さん、ホントに来た!?』
「後ろには? 誰かついて来ているか?」
『は、はいっ! 長髪のスラッとした赤髪の美人さんが居ます! 手には……うわっ!? な、ナイフを持っていますよ先輩!?』
「落ち着け。こんな修羅場、今までも潜り抜けてきただろうが」
あばばばっ!? し始めた後輩ダークエルフを落ち着かせながら、俺は黒のコートに擬態した7号を静かに起動させた。
「起きろ【傲慢】」
俺の解号と同時に7号が淡く光り始める。
すると、するすると俺の両手足が透明になっていき、まるでその場の空気に溶けるように俺の存在が消滅する。
【対能力者用試作兵器】7号もとい探偵7つ道具の機能が1つ、3分間だけの透明人間タイムだ。
この状態の俺は光の屈折などの影響で、周りの景色に映らない。……まぁ3分間限定だが。
『??? 何かいいました、先輩?』
「いや、なにも。それよりも分かっているな、お前の役割を?」
『も、もちろんです。あっ!? 姪っ子さんとナイフを持った美人が今、路地裏に入りました!』
「よし、作戦開始だ。動け」
はいっ! とクリスティーナの返事と共に、彼女の身体が浮き上がる風の音を無線が捉える。
これ以上無線を繋いでいる意味がなくなったので、俺は無線を切り、その時がくるのを今か今かと静かに待ち続けた。
そしてクリスティーナとの無線を切ってから2分後。
俺の視界に息を切らせてコチラに駆けて来る別嬪ちゃんの姿が、ワトソン・サンライズ・メル・エル・ロードが現れる。
その後ろを赤髪の主賓がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて追いかけてくる。
きやがった、主賓だ。
さぁ、パーティーの始まりだ!
「ハァハァ……くぅッ!?」
「ハッハッハッ! ほらほら子猫ちゃん? 頑張れ頑張れ♪ もっと早く速く走らないと死んじゃうよぉ~?」
まるで狩りを楽しむ三流サイコパスのようにヘラヘラ笑いながら、小走りで別嬪ちゃんを追いかけるバレル。
自分の能力に絶対の自信を持っている人間特有の余裕が顔から滲み出ていた。
どうしてこう能力者というのは傲慢な奴が多いんだろうな?
そんなことを考えていると、別嬪ちゃんが「あっ!?」と予定通り足をもつれさせてベチャッ! と盛大に顔からコケた。
何度見ても痛そうだ。
「あぁ~、残念だったねぇ~? あと少しでアタシから逃げられたのに?」
運が無かったね? とニタニタ笑いを止めないバレル。
自分から逃げられるだなんて微塵も思っていないクセによく言うよ。
別嬪ちゃんは「くっ!?」と唇を浅く噛みしめると、すぐ傍に落ちていた鉄パイプを握りしめバレルに向けて構えた。
「おっ、なになに? 戦うの? そんな棒切れで? このアタシと?」
「な、舐めないでください! こう見えても私は武門の娘です! 剣術は一通り習っています!」
「……ぷっ!?」
アーッハッハッハッハッ! と腹を抱えて笑い始めるバレル。
そんなバレルの笑い声が癪に触ったのか、別嬪ちゃんは「な、なにがおかしいんですか!?」と語気を荒げて鉄パイプの切っ先をバレルへと向ける。
バレルは「あ~、笑った笑った!」と目尻の涙を指先で拭いながら、
「――舐めてるのはテメェだろうが、小娘?」
身体中から殺気と威圧を発散させ始めた。
途端に「っ!?」と身体を硬直させる別嬪ちゃん。
そりゃこんな超一流な殺気をあてられたら、場慣れしている刑事でも足が一瞬竦んじまうわな。
「もういいや、ここまで来れば人目はないだろうし。そろそろ殺すわ」
「~~~~ッッ!? し、死にませんっ! 私は死にませんっ! 私にはまだやらなければならない事があるんですっ!」
「ふ~ん、そ。まっ、そっちの事情はどうでもいいや」
バイバイ♪ とバレルが軽く手を振った。
刹那、目の前からバレルが消えた。
「~~~ッッ! 神よ、私に力をっ!」
「神に祈る前に左へ飛べ」
「っ……」
瞬間、別嬪ちゃんが弾かれたように左へと飛んだ。
途端に別嬪ちゃんの居た場所のすぐ右側に瞬間移動したバレルのナイフが空を切った。
「なにっ!?」
「隙だらけだぜ、お嬢さん?」
バンバンバンッ! とバレルめがけて発砲する。
俺の放った弾丸は真っ直ぐバレルの心臓めがけて飛んでいき……当たる直前で瞬間移動により避けられた。
バレルの移動先は別嬪ちゃんの前方50メートル先。
これも予定通り。
「クリスティーナッ!」
「はいっ!」
俺が合図を出すと同時に、上空で待機していたクリスティーナが高速で急降下してくる。
そのまま風魔法で別嬪ちゃんを抱え上げ、ビルの上空へと飛び上がっていく。
その間、まさに1秒にも満たない。
電光石火の救出劇。
「逃がすかっ!」
すかさずバレルが能力を使用してクリスティーナを追いかけようとするが、すかさず拳銃で威嚇射撃を行う。
バレルは「チッ!?」と舌打ちを溢しながら、俺の銃弾から逃げるように能力を行使してしまう。
その一瞬の隙をついてクリスティーナが完全に戦線から離脱した。
『ワトソンさん、無事に回収完了です先輩』
ザザッ! と無線機からクリスティーナの声が聞こえてくる。
それと同時に透明化していた俺の身体に彩が戻ってきた。
【傲慢】の使用限界時間である。
これで丸3日は透明化能力が使えなくなった。
あとはこの能力を使わない仕事がしばらく来ないことを祈るだけだ。
「よくやったクリスティーナ。そのまま別嬪ちゃんを連れて予定通り合流ポイントへ移動しろ。イクオが待機しているハズだ」
『了解ですっ!』
クリスティーナの力強い返事と共に無線が切れる。
それと同時にバレルがナイフを構えて真っ直ぐ俺を見据えながら、その真っ赤なバラの花びらのような唇を震わせてきた。
「透明化……なるほど、お前も超能力者か」
「そういうワケだ。悪いが諦めて逮捕されてくれ」
「逮捕……なるほど。お前、この国を守る兵士、警察だな?」
「まぁ似たようなモンだ」
前回のループをなぞるように会話を続けていく俺とバレル。
俺の超能力が【透明化】であると誤解したバレルの警戒度が目に見えて下がったのが分かる。
おそらく自分の敵ではないと判断したのだろう。
その顔には余裕の笑みが戻っていた。
「断る、と言ったら?」
「そりゃ無理やり逮捕する……と言いたい所だが、よくよく考えたら逮捕する事情がまだないんだよなぁ。今大人しく家に帰るのなら、追いはしないぜ?」
暗に『見逃してやる』と言外に伝える。
それだけで自分の能力に絶対の自信を持っているプライドの高いヤツは簡単にその場に残ってくれる。
現にバレルは俺の視た未来通りにその場に残って、獰猛な笑みを浮かべてナイフを構え直した。
「おいおい? 殺るつもりかよ?」
「逃げる理由が思い当たらんのでな」
「止めた方がいいと思うけどなぁ。アンタの能力、見たところ瞬間移動だろ? 俺には勝てないと思うけどなぁ」
「フフッ……強い能力を持った者特有の傲慢さだな」
「実際強いからな、俺」
全力全開でフカしていく俺の態度が気に入らなかったのか、ピクンッ! と眉根をしかめるバレル。
そんなバレルに俺はさらに言葉を重ねていく。
「一応忠告しておくが、次にお前が攻撃を仕掛けて来た瞬間、それがお前の最後になるからな?」
「アタシが死ぬと? アンタ程度の相手に殺られるタマだと?」
「残念だけど、世の中には相性ってモンがあるんだ」
「たかが透明になれるだけの能力のクセに、随分と強気だな坊や?」
「いいだろ、この能力? 女湯覗き放題だぜ?」
軽口を叩きながらも警戒は解かない。
いつでも発砲できるようにトリガーに指をかけておく。
勝負は一瞬で決まる。
その僅かな一瞬を決して逃さないように。
「強い能力者ほど驕る。教えてやろう、警察の坊や。人は簡単に死ぬぞ?」
どこか小バカにしたような態度で俺を真っ直ぐ見据えながら言葉を重ねていくバレル。
「強い能力を持っているから自分は死なないと思っているんだろうけど、それは勘違い。幻想。人間はいつもあっけなく死ぬ。例えば……こんな風にっ!」
バレルが俺の目の前から消える。
キタっ! 予定通りッ!
俺は右に飛びながら左正面に拳銃を構え、発砲した。
全ては刹那、バレルが目の前から消えるのとほぼ同時に右へと跳躍し左正面へと発砲する。
バレルは今まさにコンマ何秒という神にも等しい時間の中を移動しているのだろう。
だが、残念だったな。
その未来はもう既に体験している。
「っ!?」
ヒュンッ! と何もない虚空から突然姿を現すバレル。
その狂気に満ちた笑みの先は、俺の横じゃない。
俺の発砲した実弾の目の前だ。
その当然の帰結として、バレルの額に吸い込まれるように叩き込まれる実弾。
パァンッ! という乾いた音と共に飛び散る鮮血。
流石の瞬間移動も移動先が弾丸の目の前じゃ、どうにもならなかったらしい。
俺はドチャッ!? と糸の切れた人形のように真後ろへと倒れるバレルを見下ろしながら、拳銃をホルスターへと戻した。
「人間はいつもあっけなく死ぬ……か。なるほど、有言実行とは見上げた根性だ」
俺はもうすでに事切れたバレルを一瞥しながら、懐に入れていたスマホを取り出し、アドレスから【カス】と書かれた名前をタップする。
数度の呼び出し音のあと、スマホから不愉快極まりない野郎の声が路地裏に響き渡った。
『終わったようだな、ホームズ』
『えっ? 霧生警視、先輩のアドレスの名前を【クズ】にしているんですか!? 怒られますよ!?』
スピーカーモードにしているようで、電話の向こう側からイクオとクリスティーナの声が聞こえてくる。
どうやら無事に合流できたらしい。
それはそれとしてあのカス野郎、なんて名前を勝手につけていやがるんだ。到底同じ人間とは思えねぇ。アイツの血は何色だ?
「おいクリスティーナ、ちょっとイクオの腹をナイフで刺して何色の血が出るか確認してみろ」
『先輩が末恐ろしいことを言ってる!? 怖いっ!?』
『相変わらずお前の冗談は笑えんな』
イクオの心底面倒くさそうな声が疲れた身体を駆け巡る。
まぁ冗談じゃねぇからな。
『それで、状況は?』
「眉間に一発、即死だ」
ヒェッ!? と電話の向こう側でクリスティーナの息を呑む音が聞こえてくる。
この程度でビビっていたら一課ではやっていけんぞ、クリスティーナよ?
「とりあえず人を寄越してくれ。はよ帰って今日はもう寝たい」
『自堕落なヤツめ、まだ朝の9時前だぞ?』
「ざけんな。コッチは徹夜な上に何回やり直したと思ってんだ」
『何回だ?』
「……17回」
『そうか、お前にしてはかなり手こずったな?』
「流石に今回は相手の能力が強すぎた」
普通の能力者だったら、ワケの分からないまま死んでいただろう。
それほどまでにバレルの瞬間移動は強力無比だった。
勝てたのはマジで能力の相性による所が大きい。
まさかバレルも自分の能力に天敵が居たとは思わなかっただろうなぁ。
「報告は後日、事務所で所長の前でするから来い。A級装備もそのときに返却する」
『ふざけるな……と言いたい所だが、分かった。いいだろう。どうやら本当の本当に限界が近いようだしな』
俺が疲労しているのがそんなに嬉しいのか、イクオの声が幾分か上機嫌だった。
マジで性格の悪い男である。
よくこんな男と15年間パートナーを組んでいたな、俺?
我ながら忍耐力あり過ぎだろ?
「とりあえず人を寄越してくれ。到着しだい俺は直帰する」
『15分待て、すぐにソチラにオレの部下が行く』
「あいよ。……あっ、そうだクリスティーナ。一応確認なんだが、別嬪ちゃんは無事なんだろうな?」
『もちろんですっ! というか先輩、さっきから気になっていたんですが、もしかして先輩はそのぅ……能力持ちですか?』
スマホの向こう側からおずおず……と言った様子でクリスティーナが尋ねてくる。
流石に鈍感ラブコメ系主人公よりも鈍いクリスティーナでも何か察したらしい。
悪いなクリスティーナ、お前のことは信用していないワケではないが、おいそれと簡単に能力をバラすワケにはいかんのだ。
なんせコイツは俺にとって刑事の、いや探偵の生命線のようなモノだから。
だから俺はハッキリとクリスティーナにこう言ってやるのだ。
「おい貧乳、俺がそんな大それた存在に見えるか?」
『見えません、愚問でしたね。あと貧乳言うな、殺すぞブサイク?』
スマホの向こう側でクリスティーナのコメカミがピキピキ言う音が聞こえてくる。
どうやら誤魔化せたらしい。
相変わらず頭とノリの軽さは天下一品で助かる。
「お前、警視の前で『殺す』はマズイだろ? 捕まるぞ、マジで?」
『ハッ!? ち、違いますよ霧生警視!? 今のは写楽先輩に言ったのであって、断じて霧生警視に言ったワケではありません! そもそも先輩と警視では相手になりません! レベルが違います! 顔面もスペックも段違いです! まさに月とスッポンです!』
「おいおい、そんな褒めるなよ? 照れるだろ?」
『黙ってくださいスッポン』
もうお前に用はない! とばかりに後輩から一方的に通話を切られる。
きっと好きな異性にイタズラをしたくなる年頃なのだろう。まったく俺のこと好き過ぎだろ、あのダークエルフ?
「モテる男は辛いねぇ~」
俺は独り小さく呟きながら、バレルの死体の横にゆっくりと腰を下ろした。




