第5話 そして世界は巻き戻る
「ワトソン・サンライズ・メル・エル・ロード。彼女は人間の国、バハムス帝国でもかなり有名なご令嬢だ」
「それは御三家の一角であるロード家の娘だからだろ?」
「いや、それだけじゃない。彼女は次期皇太子であるハロルド・フォン・デュ・バハムス18世の許嫁……婚約者だ」
レイトン所長の姪っ子が路地裏で何者かに殺害されてから1時間と少し。
俺は姪っ子ちゃんの死体の傍で、イクオから彼女の経歴についてザックリと説明を受けていた。
「婚約者だと? つまりアレか? 所長の姪っ子はいわゆる王太子妃ってヤツか? 初めて見たぜ、俺」
「どうやら2人は幼馴染みらしくてな、幼い頃から結婚を約束されていたらしい。2人は傍目から見てもとても仲良く、聡明で、国民からの支持も厚かった。順調にいけば来年、ハロルド殿下が18歳になったタイミングで正式に婚約を発表する手筈になっていたようだ」
「『ようだ』ってことは、何かトラブルが起きたってことだな?」
イクオは『正解だ』とばかりに小さく頷くと、そのトラブルとやらを口にし始めた。
「今から1年前、突然ハロルド殿下が記憶喪失になられた」
「記憶喪失?」
「あぁ、それもただの記憶喪失じゃない。ロード家のご令嬢、つまり自分の婚約者であるワトソン・サンライズ・メル・エル・ロードの記憶だけがゴッソリと無くなったんだ」
「別嬪ちゃんの記憶だけ?」
「あぁ」とイクオはぶっきら棒に頷く。
今の話とコイツのこの態度……プンプンと臭うな?
あぁいや、イクオの体臭がじゃないぞ?
陰謀の臭いだ。
この数十年で何度も嗅いできた、汚ねぇ陰謀の臭いがプンプンしやがる。
もちろんそんな態度はおくびにも出さず、何も気づいていないフリをしてイクオにカマをかけてみる。
「そんなことありえるのかよ?」
「分からん。だが人間の脳、とりわけ記憶の部分は繊細だからな。絶対に無いとは言えん。だがそれでもピンポイントで特定の人物だけの記憶が丸々失われるのは普通じゃない」
「つまり、裏で糸を引いている第三者が居る可能性もあると?」
「それもまだ分からん」
「分からんことだからけじゃねぇか」
「仕方があるまい、遠い国の出来事なんだ。第六民主国に居る俺達じゃ詳しく調べることは出来ん」
ただ、とイクオは続けた。
「この件で唯一得をした人物が居る」
「誰だよ、その幸運なラッキーボーイは?」
「残念だがボーイじゃない、女だ。彼女の名前はゲスティーナ、帝国の貴族たちのみが通える学院において、平民でありながら能力に……炎を操る超能力に目覚めたが故に特待生として通うことが許された女子生徒だ」
「炎を操る……能力者か」
イクオがコクンと頷く。
――超能力。それはごく一部の人間族にのみ発現することが許された超常の力、異能力。
『能力に開花した人間族』を総じて【能力者】と呼び、その力は多岐に渡る。
例えば視界に納めたモノを発火させたり、身体から電気を放電させるのなんて序の口。
強い能力だと重力を操作したり、氷を自分の手足のように自由自在に操ることが出来る。
ただその能力は本人の生い立ちや環境によって左右されるようで、生き物と同じく全く同じ能力は同時にこの世に存在しない。
まぁ近しい能力は発現するようだが。
確かバハムス帝国では神が人類に与えた祝福だとして神聖視され、多くの特権を与えられると聞いたことがある。
ただ第六民主国ではそんなに珍しい能力ではない。
なんせ投薬すれば誰でも力に目覚める可能性があるから。
ただし生まれながらの超能力者『ネイティブ』には能力で数段劣るみたいだが。
もちろん投薬を受けるには国からの厳しい審査があるが……この話しは今は関係ないので置いておこう。
「ふ~ん、能力持ちの女学生ねぇ。帝国だとさぞ優遇されただろうに」
「ちなみにワトソン嬢とハロルド殿下も同じ学院に通っていた」
別嬪ちゃんと王子様の学院に通う平民の少女、ねぇ~。
はっは~ん、なるほどな?
なんとなくイクオの言いたいことが見えてきた。
「さてはその能力者の女学生、王子が記憶喪失なのをいいことに別嬪ちゃんから婚約者の座を奪ったな?」
「フッ……相変わらず頭の回転だけは速いな」
正解だ、とばかりに小さく微笑むイクオ。
そこまでヒントを出されて気づかない方がおかしいっての。
「お前の推理通りだ、ホームズ。先月、ハロルド殿下は自身の17歳の誕生日パーティーで衆人環視の中、ワトソン嬢との婚約を破棄した。代わりに全員の目の前でゲスティーナを新たな婚約者にすると宣言した」
「どうせその婚約破棄はバカ王子の独断でやったことだろ? 絶対皇帝カンカンに怒ってるだろ?」
「まさしくその通りだ。帝国にとって婚約は家と家の結びつきを強くするためのモノだからな。能力者とはいえ相手は平民、しかも淑女としての教養もない。皇帝は怒りに怒ったさ。だが皇帝よりももっと怒った人物が居る」
「別嬪ちゃんの父親、ロード家のご当主様だろ?」
もはや推理するまでもない。
レイトン所長の話では、現ロード家のご当主様は我が子を初孫のごとく可愛がっているらしいではないか。
そんな大切な1人娘が衆人環視の中、盛大に恥をかかされたのだ。
しかも幼い頃からの約束を一方的に反故にされて。
とくれば、ロード家のご当主様が怒り狂うのは必然の帰結だ。
「皇帝とは言え、御三家の一角を敵に回すのは避けたいところだったのだろうが……もう遅い。ロード家当主は婚約破棄を受け入れる代わりに、殿下に2度とワトソン嬢の前に現れないことを誓わせた。そして傷心の彼女は帝国を追われ、慰安の旅へと出た。これがオレの知っている噂の全容だ」
「なるほどな」
俺はただの肉塊となった別嬪ちゃんを見下ろしながら、今仕入れた情報を整理していく。
記憶喪失の王子に、平民の女学生、婚約破棄に別嬪ちゃんの死体……か。
あぁ~クソ、胸糞悪い仮説が1つ浮かんじまったぜ。
「その顔、何か気づいたようだな?」
「別に気づいたって程じゃねぇけどよ。ただ仮説を思いついただけだ」
「聞かせろ」
「裏どりも何もしてねぇ、マジで俺の妄想のような話しだぞ。それでもいいのか?」
構わん、とイクオが頷く。
そこまで言うのなら聞かせてやるが、あとで『話しと違うぞ!?』とかクレームを入れるなよな?
俺はまだ仮説段階ではあるが、今回の事件の黒幕についてイクオに語ってみせた。
「おそらくこの事件の真犯人はゲスティーナだ。犯行理由は単純明快に口封じだろう」
「口封じだと?」
「あぁ。現時点で王子が偶発的に記憶を失ったのか、それとも人為的に記憶を失ったのかは流石に分からん。だが今回の件で明らかに得をしたのはゲスティーナで、損をしたのは別嬪ちゃんだ」
「そうだな、それは分かる。それがどうしてワトソン嬢の口封じに繋がる?」
「単純な話しだ。もし王子の記憶が蘇ったらどうなる?」
「記憶が蘇ったらだと? そんなの――」
言いかけたところでイクオも気づいたのだろう。
あまりにも単純で幼稚すぎる動機に。
「なるほど、ワトソン嬢との復縁か」
「そういうことだ」
ゲスティーナがこの世で一番恐れるモノ、それは記憶を取り戻した王子とワトソン・サンライズ・メル・エル・ロードがヨリを戻ることだ。
話しを聞く限り、現皇帝はロード家との繋がりを強くしたいと願っている。
だからこそ、王子の記憶が戻れば無理やりにでも元鞘に戻そうとする可能性が高い。
……まぁそれをロード家のご当主様が許すかどうかは別問題だが。
「王子も少なからず別嬪ちゃんのことを想っていたんだろ? 知らんけども。ならヨリを戻す可能性は否定できない。ゲスティーナとしては、ソレは面白くない」
「当然だな。手に入れた立場を放棄するなど論外だ」
「とくれば打てる手は1つ。王子が記憶を取り戻してもヨリを戻せなくしてしまえばいい。つまり、この世からワトソン・サンライズ・メル・エル・ロードという存在を消してしまえばいい。実に安直で幼稚だが、合理的な一手だ」
「その結果がコレか」
イクオがコンクリートの上で冷たくなった別嬪ちゃんを見下ろす。
もちろんコレは現時点における仮説であり、情報が出揃えばまた違った真相が見えてくるだろう。
もしかしたら俺の仮説が外れていて、ゲスティーナはシロという可能性ももちろんある。
だが、それを断定するには彼女はあまりにも怪し過ぎた。
まぁいい、彼女がシロかクロかはこれから検証しに行く。
「それにしても、この子も災難だなぁ……」
愛していたかどうかは分からんが突然婚約者が自分だけを忘れてしまい、しかも婚約破棄された上にこんな場所で命を落としてしまったんだから。
本当なら今頃、何不自由なく暮らせていただろうに。
「この事件で一番得をしたのがゲスティーナだとしたら、一番不利益を被ったのはこの子だろうな」
「……気に入らんな」
「奇遇だな、俺もだ」
イクオの言葉に思わず同意してしまう。
気に入らない……本当に気に入らない。
他人を平気で食い物にする輩は、心の底から気に入らない。
まるで昔の自分を見ているかのようで不快だ。
「おそらく別嬪ちゃんの殺害には殺し屋を使ったんだろう。アイツらは金さえ払えばどんな汚い仕事でもするからな」
「だろうな。殺し屋を使う利点は足がつきにくい上に、奴らは口が堅い。絶対に依頼人の名前は口にはしない。今後の仕事の信用問題に関わるからな」
「まぁ俺には関係ねぇけどな」
「……そうだな、お前の能力を前にしたら口の堅さなどさして問題じゃない。問題なのはお前に目をつけられる事だからな」
「まったく、なんでこんな能力を持って生まれちまったのかねぇ、俺は?」
そんな軽口を叩きながら別嬪ちゃんから視線を切り、イクオをその場に残して現場をあとにしようとする。
アルフォンスを頼るまでもなかったな、とりあえずこのループでの欲しい情報は集まった。
次は直接殺し屋に話しを聞きに行くとしよう。
「3時間も要らなかったな」
「始めるのか?」
「あぁ」
俺は血と鉄の匂いがする路地裏の淀んだ空気を肺一杯に吸い込みながら、神様のクソったれが唯一俺に与えてくれたギフトを発動させた。
「さぁ、やり直しだ」
俺が解号を口にすると同時に、
――ブツンッ!
とテレビの電源を無理やり落としたような音と共に、俺の意識は闇へと落ちていった。




