第4話 メインヒロインが遺体て見つかった件について……
レイトン所長の姪っ子、ワトソン・サンライズ・メル・エル・ロードが死体で見つかって1時間後の午前9時50分。
路地裏では青い制服に身を包んだ鑑識が、パシャパシャと死体現場と路地裏周辺の様子をカメラに収めるべく忙しそうに動き回っていた。
その様子をボケーと眺めていると、路地裏の奥からコツコツと革靴の響く音が俺の耳朶を叩いた。
……来たか、遅い到着だな。
俺は溜め息混じりに革靴のした方へと視線をよこすと、そこには俺の予想通りに人物がコチラに向かってスタスタと歩いて来ていた。
「お疲れ様です、霧生警視!」
「現場は?」
「この路地裏の奥になりますっ!」
現場を保全していた新米警官がビシッ! とイクオに敬礼する。中々にフレッシュな青年だ。
そんなフレッシュな青年を横目に、イクオは白いゴム手袋をしながらキョロキョロと辺りを見渡し始める。
「監視カメラはないようだな」
「はい。流石に路地裏ですので……」
監視カメラの有無を確認し終えると、イクオはフレッシュな新米警官をその場に置いて別嬪ちゃんの死体まで近づいてくる。
そのまま俺を無視して路地裏の冷たいコンクリートの上で息絶える人の形をした肉塊へと手を合わせた。
「身元は?」
「まだ分かっておりません。ですが身なりからして、かなり裕福な家庭の子かと……」
俺のすぐ傍に居た刑事がイクオへそう報告する。
どうでもいいけどこの刑事、俺の足を踏んでいるんだよなぁ……。
「死亡推定時刻は?」
「午前8時20分前後です」
「死後1時間前後ということか」
イクオは別嬪ちゃんの首筋にパックリといかれた致命傷と思われる切り傷と、身体中に細かくつけられた切り傷を見つめながら「ふむ……」と小さく呻いた。
「死体の状況から見て、殺人だろうな。第一発見者に詳しく話しを聞き出せ。もちろん容疑者であることを想定してな」
「ハッ! おいっ」
イクオの指示を受けた刑事が、傍にいた警官たちに指示を飛ばす。
「それにしてもこの死体の首筋の傷、鮮やかな切り口ですね。犯人は獣人、もしくは能力者でしょうか?」
「どうだろうな。他所の国の剣士という可能性もある。まだ何とも言えん。一応入国管理局に直近の入国者リストを受け取っておけ」
「了解ですっ!」
俺の傍に居た刑事は簡単な敬礼を済ませると、イクオの指示を遂行するべく現場をあとにした。
そんな刑事の後ろ姿を見つめながら、俺は「やれやれ」とばかりに肩を竦めてみせた。
「未来ある若い女の子が死体で見つかるとは、最近こんな事件多くないか? 嫌な時代になったもんだぜ」
「時代のせいじゃない。これはこの国の在り方の問題だ」
イクオは俺に一瞥もくれることなく、別嬪ちゃんの死体を検分し始める。
「統計をとれば、この国でこういった事件は繰り返し起きている」
「人間以外を同じ立場で扱うからこうなるってか?」
「そこまでは言わない。だが、犠牲になるのはいつだって人間だ」
確かにイクオの言う通りである。
この国の殺人の犠牲者は90%が人間である。
そして犯人は70%の確率で他種族だ。
それは仕方がない、なんせ人間は他の種族と違って特出した力なんか持っていないのだから。
エルフのように魔法を扱えることもなければ、ドワーフのように屈強な身体を持っても居ない。獣人のように鋭い牙も持っていなければ、吸血鬼のように魅了する特異な力も持っていない。
ただ繁殖能力が優れているだけのひ弱な種族、それが人間だ。
……まぁごく一部の能力を持った人間は別だが。
「ところで――どうしてお前が現場に居る、ホームズ?」
イクオの視線がゆっくりと上がり、ようやく俺を捉える。
「居ちゃ悪いのかよ?」
「当たり前だ。お前はもう刑事でもなんでもないんだ。早く消えろ、目障りだ」
「気持ちは分かるぜ? 俺だって1日に2度もテメェの辛気臭ぇ顔なんか見たくねぇしな。なんだよコレは? 罰ゲームか?」
「なら早く帰れ。現場を荒らされると迷惑だ」
「俺だって帰れるもんなら帰りてぇよ。でもそうも言ってらんねぇの。なんせレイトン所長に『おつかい』を頼まれてんだから」
「先生の『おつかい』だと?」
所長信者であるイクオの眉根がピクッ! と跳ね上がる。
どうやら内容が気になるらしい。
俺は無言で話しの続きを促してくるイクオの期待に応えるように口をひらいた。
「所長の姪っ子が今日、バハムス帝国から第六民主国に来るんだってよ。その迎えを頼まれた」
「先生の姪っ子だと? まさか……っ!?」
「おう、その『まさか』だ」
俺は冷たいコンクリートの上で息絶える別嬪ちゃん、ワトソン・サンライズ・メル・エル・ロードへと視線を落とした。
それだけでイクオは俺の言いたかったことを察したようで、「なるほど」と小さく頷いた。
「名前は?」
「ワトソン・サンライズ・メル・エル・ロード。17歳、処女……かは分からん。最近の若者は清楚系ビッチが多いからな」
「お前の主観はどうでもいい。にしてもそうか、レイトン先生の姪っ子か……。つまり彼女はバハムス帝国の御三家であるあのロード家の長女か。この時期に第六民主国へと足を踏み入れたということは……まさかあの噂は本当なのか?」
「噂?」
何か知っていそうなイクオが難しい顔でそう呟く。
「なんだよ、ソレ?」
「先生から聞いていないのか?」
「何も。なんか詮索して欲しくなさそうだったから聞かなかった」
「そうか……なら俺が言うのは筋違いだな」
そう言ってムッツリと黙ってしまうイクオ。
おいおい? そりゃねぇだろ?
「教えろよ? じゃないとお前が50オーバーの熟女にしか反応しない益荒男だって事を一課の連中に言いふらすぞ?」
「変な性癖をつけるな。オレにそんな趣味はない。もう絶対に教えない」
「ケチケチすんなよ、イクオちゃ~んっ? 元同期だろぉ~? 元相方だろぉ~?」
「触るな、汚い」
イクオの肩に手を置いた瞬間、片手で軽く弾かれた。
ほんと嫌いだわ、コイツ。
ゴキブリと同じくらい嫌いだわ。
なんならゴキブリの方が可愛いまである。
「チッ、しゃあねぇなぁ。仕方がねぇから自力で調べるか。ついでにこの事件解決するけど、別にいいよな?」
「なに?」
イクオが驚いたように俺を見つめてくる。
惚れられたかもしれない。
やめろよ、気持ち悪い……。
「まさか【やり直す】気か? お前がヤル気を出すなんて気持ち悪いを通り越して怖いんだが……?」
「うるせぇ、うるせぇ。しょうがねぇだろ? 所長に『おつかい』を頼まれちまったんだから。もう2万円貰っちゃったし」
「ほぅ?」
「……あんだよ?」
「珍しいな、ホームズ。お前が自主的に本気を出そうとするだなんて。明日は嵐か? ハリケーンか?」
「全部同じだろうが、ソレ?」
ほんと人をイラつかせる天才だな、コイツは?
死体が別嬪ちゃんじゃなくてコイツなら速攻で見捨てていた所なのに……人生とはままならないモノである。
「そんなワケで俺も動く。だから俺が動いている前提でお前も動け、イクオ。3時間後にやり直す」
「ちょっと待てホームズ、確認させろ」
現場を後にしようとした俺の背後からイクオの声が飛んでくる。
チッ、なんだよ?
俺が鬱陶しそうに振り返ると、イクオは嘘を許さん! とばかりに真っ直ぐ俺の目を見つめて、こう尋ねてきた。
「今、何回目だ?」
「まだ1回目だ」
「……分かった。ならオレの知っている限りでワトソン・サンライズ・メル・エル・ロードについて教える」
「いいのかよ? お前じゃなくてアルフォンスに聞こうと思っていたんだけど?」
「どうせ全部無かったことになるんだ、構わん」
俺が捜査に本気になったことを察したらしいイクオが、急に掌を返したかのように協力的になる。
……ちょっと気持ち悪いな。
まぁいい。情報をくれるというのなら、ありがたく頂くとしよう。
俺は胸に沸き起こる不快感を無理やり握りつぶしながら、ワトソン・サンライズ・メル・エル・ロードについて語り始めるイクオの言葉に耳を傾け始めた。




