第25話 終わりよければ全てヨシッ!
「ウッハッハッハッハッ! よくぞワシの同胞を救ってくれた2人とも! 感謝する!」
ドラゴンに変態したウラギールたちを仕留めた2日後のお昼過ぎ。
警察庁で簡単な事情聴取を終えた俺とワトさんは1日たっぷり体力回復に努め、万全の状態でアルテマの婆さんの拠点である廃ビルへと足を運んだ。
「いやはや、しかしドラゴンを一撃で仕留めるとはっ! まるで物語の主人公のようじゃなホームズよっ!」
「酒くっさ!? まだ昼なのにもう飲んでんのかよ酒カス?」
「ブッハッハッハッハッ! これは祝杯じゃ! 同胞が無事に帰ってきた祝い酒じゃ~っ!」
アルテマのババァは上機嫌にそう言うと、赤ワインをボトルでラッパ飲みし始めた。
おいおいババァ? 見た目はロリロリしいがもう歳なんだから肝臓くらい労わってやれよ? 死ぬぞ、マジで?
「あ、あのアルテマさんっ! は、犯人は亡くなってしまいましたがそのぅ……依頼の方は?」
「んっ? もちろん達成じゃよ! 別にワシは犯人の生死は問うてないからのぅ。むしろスカッとしたわ!」
よくやった! とワトさんの傍まで近づき、パァンッ! とその肉付きのいいデカ尻を引っ叩くババァ。あっ、いいなぁ!
「ひゃんっ!? な、なにするんですか!?」
「ウハハハハハッ! 弾力に溢れたプリップリ♪ のいい尻じゃ!」
ワトさんのプリ尻を引っ叩いた手をワキワキ♪ させながら上機嫌に笑うセクハラババァ。
そんなババァからお尻を隠すように俺の背後へと引っ込むワトさん。
ババァはそんなワトさんを見て「おっ?」と少しだけ驚いたような声をあげた。
「なんじゃお主ら? この前より距離が近いではないかえ? さては……セ●クスでもしたか?」
「セッ!? な、ナニを言うんですかアルテマさんっ!?」
「古来よりセ●クスすると男女の仲が深まるからのぅ。この間の事件は命がけだったようじゃし、こう吊り橋効果でブッチュー♪ と」
「していませんっ! 私はしょ……綺麗な身体のままですっ!」
「それは僥倖っ! 非処女の血はマズくて飲めたモノじゃないからのぅ!」
ウッハッハッハッハッ! とノーデリカシーの名を欲しいままに高笑いを浮かべるアルテマのババァ。
信じられるか? これがこの街の吸血鬼どもの顔役なんだぜ?
ワトさんは「ほ、ホームズさ~ん!?」と泣きそうな声で俺に助けを求めてくる始末だし……ハァ~、しょうがねぇなぁ?
「おいババァ? ワトさんをからかうのもいいが、とっとと本題に入ってくれ」
「なんじゃホームズ、今日はせっかちじゃのぅ?」
「朝メシ喰ってねぇからカリカリしてんだよ。それよりも、エリクサーの件はどうなった?」
俺の背後でワトさんがゴクリッ! と生唾を飲み込む。
アルテマの婆さんは「おぉ、そうじゃった! そうじゃった!」と赤ワインをゴキュゴキュ♪ 一気に飲み干すと、ブゥンッ! と空間魔法で出現した黒いモヤの中に空になった赤ワインをポイッ! と捨てた。
そのまま黒いモヤの中に手を突っ込み、小さな小瓶をぬるりっ! と取り出す。
そうワトさんが探し求めていた神の秘薬【エリクサー】だ。
「もちろん約束どおりエリクサーは作ってやる。材料も揃ったしのぅ」
「うし、言質は取ったぞババァ? もう言い逃れは出来んからな」
「するつもりなどないわい。ただ前にも言ったが作成には1年かかるぞい。それでもいいのかぇ?」
「1年……あ、アルテマさんの持っているそのエリクサーを譲ってもらうことは出来ないんですか?」
「悪いのぅワトさん、このエリクサーだけは譲るワケにはいかんのじゃ。ドイルの形見じゃからな」
すまんのぅ、と申し訳なさそうに苦い笑みを浮かべるババァ。
きっと俺も似たような顔をしていたのだろう、ワトさんが不思議そうに俺とババァの顔を交互に見返した。
「そのぅ、前にも話に挙がっていましたが『ドイルさん』とは何者なのでしょうか?」
「……本名は小南ドイル、人間族で尻と身長のデカい良い女じゃ」
「身長とお尻が大きい以外、何も分からない……。も、もっと詳しい詳細はないんですか?」
「むっ? そうじゃのぅ……強いて言えばドイルはワシの親友で刑事で、ホームズの育ての親じゃな」
「おいババァ、余計なことは言うな」
俺が眉根をしかめながらババァに釘を指すがもう遅い。
ワトさんは興味を惹かれたように俺の顔を真っ直ぐ見つめてきた。
その瞳はエロ本を前にした思春期男子のようにキラキラと輝いていて……
「……なんだよ?」
「ホームズさんの育ての親ッ! どういう女性だったんですか!? 私、気になります!」
「別に普通の女だよ。犯罪者を血祭りに上げたり、賭け麻雀で教え子の給料を巻き上げたり、警察の備品をネコババしたりする、どこにでもいる普通の女だったよ」
「そんな女性は普通とは呼びません……」
何故か「うわぁ……」とドン引きするワトさん。
うん、俺も自分で説明していてドン引きしてる♪
ほんとロクな女じゃなかったなぁ、アイツ?
「良い女じゃったなぁ、ドイルは。懐かしいわい……」
「えっ? 今のお話の中にウットリ♪ する要素ありました?」
「ババァも大概頭のネジ外れてっから。普通のリアクションを期待すると後悔するぞ?」
なんせスプラッター映画を観て爆笑する女である。
普通の感性なんか持っているハズがない。というか常識とか倫理とか母親のお腹の中に置いてきたとしか思えない。
おかげで幼年期の俺がババァとドイルにどれだけ苦労させられたことか。
あっ、ヤバい。今思い返したらメチャクチャ腹が立ってきた。
一発ビンタしてもいいかな? 全力でしてもいいかな?
「まっ、そんなワケで親友の形見を渡すことは出来ん。大人しく1年待っておれ」
「で、でも私、この国には2週間しか滞在できなくて……」
「安心せい! 完成したらレイトンの小僧に渡して国に送ってやるわい。確かバハムス帝国じゃったよな?」
「はい……」
ワトさんがもどかしそうな表情で肩を落としながら小さく頷く。
気持ちは分からなくもないが、こればっかりはどうしようもない。
「まぁ、何もない所から王子の記憶が戻る目途が立っただけ喜ぶべきだな」
「……そうですね。ワガママを言って申し訳ありませんでした、アルテマさん」
「ウッハッハッハッハッ! 気にするなっ! レディーはちょっとばかしお転婆の方が愛嬌があって――うん? 誰じゃ、せっかくの良い気分に水を差す輩は?」
気分よく笑っていたアルテマの婆さんの眉間にシワが寄る。
それと同時に机の上に置いてあった婆さんのスマホが可愛い女の声で『着信だにょん♪』と萌え萌えしい音をあげていた。
婆さんはエリクサーを黒いモヤの中に戻すと、机の上のスマホを取り上げ、面倒くさそうに「もしもし?」と口をひらいた。
『――ッ! ――ッッ!!』
「むっ、なんじゃ小僧か。丁度よかった、今まさに小僧の話をしていた所で……ぬっ? ワトさんかえ? うむ、ホームズと一緒にワシの寝床に居るぞ。なに? 代われじゃと? そういうのはワシではなくホームズのスマホにかけろ……うん? ホームズがスマホを忘れている?」
どうやらババァの相手は所長のようで、ババァは酷く不愉快そうに「チッ」と小さく舌打ちを溢した。
そんなババァを見て、ワトさんが「ホームズさん、ホームズさん」とコートに擬態している7号の裾を引っ張った。
「なんだかアルテマさん、電話に出てから急に不機嫌になりましたね? 相手は誰なのでしょうか?」
「あぁ~、ありゃレイトン所長だな。ババァ、所長のこと好きじゃねぇから」
「そうなんですか? 意外です。何となくですけど2人の相性は良さそうに思えたのですが?」
「まぁババァにとって所長は恋敵だからな。今も昔も……な」
「恋っ!?」
んまっ! とワクワクした様子で俺を見上げてくるワトさん。
どうやらジジババ達のラブストーリーが気になっているらしい。
その瞳は『教えてください!』と雄弁に語っており……俺はあえてその視線に気づかないフリをしてコートのポケットをガサゴソとまさぐった。
あぁ、ヤッベ。スマホ事務所に置いてきちまった。
だから所長、ババァに電話をかけたのか。
「所長がババァに電話をかける時点で緊急の事案が発生したと見るべきだが……めんどくせぇ事になってねぇだろうな?」
「ほ、ホームズさんっ! そ、それよりもアルテマさんと叔父様の恋物語を詳しくっ!?」
教えてください! と続くハズだったワトさんの台詞は、ババァの気怠い声によって遮られた。
「おーい、ワトさ~ん。小僧から電話じゃ~。なにやら緊急の連絡だそうじゃよ」
「緊急の連絡……ですか? わわっ!?」
ほれっ! とワトさんの方にスマホを放り投げるババァ。
ワトさんは「わわわっ!?」とババァのスマホをお手玉しながら、なんとか無事にキャッチする。
ホッと胸を撫でおろしながら、おっかなビックリと言った様子でスマホに耳を当てるワトさん。
あぁ~、そう言えば帝国には電話の文化がないって話だったっけ?
なんでも遠方への連絡は手紙くらいしか手段がないって所長が言っていたっけ?
電話が無いって……どんだけ未開の地なんだよ、帝国? 信じられねぇ~。
「えっと……も、もしもし? わ、ワトソンです。お、叔父様ですか? ……あっ、はい大丈夫です。アルテマさんにはよくして貰っています。……えっ、ホームズさんですか? ホームズさんなら私の近くに居りますが……はい、はい――」
ワトさんは大事そうにババァのスマホを握りしめながら、何故かペコペコと頭を下げだす。
なんで頭を下げてんだろう、あの娘?
「所長は何の用だったんだよババァ?」
「さぁのぅ? かなり慌てた様子でワトさんに代わってくれと言われただけじゃから、内容までは――」
「――えっ? えっ!? そ、それは一体どういう事ですか叔父様ッ!?」
分からん、とばかりにフルフルと首を横に振っていたババァの意識をぶった切るようにワトさんが突然大きな声をあげた。
な、なんだ、なんだ!?
ワトさんのあんな大きな声、2日ぶりに聞いたぞ!? ……結構最近だな?
「ビックリしたぁ~。突然大きな声を出してどうしたんだろうなワトさん? まさか『あの日』か? 始まったのか?」
「ホームズよ……デリカシーが無さ過ぎてババァはビックリじゃ。だからモテないんじゃぞ、キサマ?」
「おっ、なんだババァ? 俺の名誉を棄損する気か?」
上等だ、次に会うのは法廷でファイナルアンサー?
と俺が啖呵を切るよりも先に「は、はい。分かりました……失礼します」とスマホの通話を切ったワトさんにババァが水を向けた。
「なんの電話だったんじゃ、ワトさん?」
「それがそのぅ……帰れなくなりました」
「帰れなくなった? 事務所に? なんで? 何かトラブルでも発生したか?」
「いえ、違うんですホームズさん。事務所ではなく、そのぅ……帝国に帰れなくなりました」
そう言ってワトさんは困ったような笑みを俺達に向けた。
帝国に帰れなくなったぁ?
ワトさんの言っている意味が分からず、ババァと2人揃って小首を傾げる。
そんな俺達にワトさんは頬をピクピク痙攣させながら、その桜の蕾のような唇を動かした。
「あ、あのですね? ど、どうやら祖国で内乱が起きたみたいです……はい」
「「な、内乱?」」
「です。え~と、コチラの言葉で言うのであれば、く、『クーデター』が起きました」
ワトさんの言葉に思わずババァと顔を見合わせる。
クーデター、それは非合法的に暴力的手段を行使して政権を転覆させることを言い……えっ?
「なんで? なんでクーデターが起きたワケ?」
「それがそのぅ……我がロード家を含む御三家が一斉に現王政に反旗を翻したようで……」
「御三家が御旗のもとのクーデターかっ! そりゃまた大変なことになったのぅ。……まっ、いずれはこうなるとは思っておったがな」
さもありなんじゃな、と肩を竦めるババァ。
うん?『いずれはこうなると思っておった?』だと?
「なんか事情を知ってんのかババァ?」
「まぁのぅ。ここ数年でバハムス帝国の王族の求心力が低下しておることは知っておるじゃろ?」
「いや、知らね。そうなのワトさん?」
「えっと……私の口からは言いづらいのですが」
コクンッと控え目に頷く巨乳令嬢。
「度重なる増税に次ぐ増税、物価は上がるがお給金は上がらず、国民の生活は苦しくなる一方。だというのに国は何もしてくれない。そういう不満が積もりに積もって、皇帝の求心力低下に繋がっておるんじゃ」
このままではマズい思った皇帝は、市勢から評判の良いロード家の娘を嫁に貰うことで求心力を回復しようと試みた。
それがワトさんと第一王子ハロルド・フォン・デュ・バハムス18世の婚約の真相じゃ。
とババァは続ける。
「じゃが、どういうワケか第一王子は長年連れ添った許嫁に一方的な婚約破棄を叩きつけ、どこの馬の骨とも知らん女と婚約した。それが帝国の民たちには許せなかったんじゃろうな」
「その結果クーデターが起きたって事かよ。つまり原因は王子の浅はかな行動ってワケね」
「は、ハロルド様は悪くありませんっ! ゲスティーナ様に一服盛られて記憶を失ってしまっただけで!?」
「気持ちは分かるがワトさんよ。王子の件はキッカケに過ぎん。元々国民の不満はピークに達しておったんじゃ、王子の件はソレにトドメを刺しただけ。王子の件がなくても遅かれ速かれ内乱は起きておったよ」
ババァはスタスタとワトさんの方へと近づき、スマホを取り返すと、空間魔法で黒いモヤの中へと放り込んだ。
なるほどな、ワトさんと婚約破棄した結果、まさか帝国が2つに割れるとは。
ゲスティーナもさぞ驚いていることだろうな。
なんせこれから先は左団扇で暮らせると思った矢先のクーデターである。
ある意味運の悪い女である。
一体どんな気分なのか笑顔で尋ねてみたいところだ!
「あれ? それじゃワトさんはこれからどうするんだよ? クーデターが起きったってことは、しばらくは家に帰れないってことだろ?」
「それがですね、クーデターが落ち着くまでは学院をお休みして叔父様の家でお世話になることが決まったようでして……」
「と、いうことは、もしかして?」
「は、はい……。こ、これからもよろしくお願いしますぅ? ホームズさん」
半疑問形のままペコリッ! と頭を下げる巨乳令嬢。
マジか……。
「ふむ、つまり時間が出来たワケじゃな? なら丁度いいわい! どうせ内乱は1年くらい長引くじゃろうし、その間にエリクサーを完成させてやるわい!」
「よ、よろしくお願いしますぅ?」
いまだ状況が呑み込めないままワトさんは頭の上に「???」を乱舞させながらババァにも頭を下げた。
かくして長い付き合いとなる俺とワトさんの初事件は、ワトさんが暫く事務所に下宿するという形で幕を下ろしたのであった。
……真の黒幕が最も望んでいない形で。
そう、このときの俺達は知る由もなかったのだ。
この判断のおかげで事件の裏に隠れた真の黒幕が炙り出されることを。
「あっ、それから帰りにトイレットペーパーを買って来てくれって叔父様が」
「……じゃあ帰りにスーパー寄って帰るか」
「は、はいホームズさんっ!」




