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ヒロインはもう死んでいる!?~聖女ワトソンとオッサン探偵ホームズの事件簿~  作者: おさんぽミルク
メインヒロインはもう死んでいる!?

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エピローグ 夜を泳ぐ

 ワトさんが我が【レイトン探偵事務所】に居候(いそうろう)を始めて2週間。


 内乱により帝国に帰れなくなったワトさんは――




「……温水トイレ、あれこそ神が人間のために作ってくれた聖遺物です」

 



 ――第六民主国の科学力に感動して身体を震わせていた。




「温かい便座、ボタン1つで流れる排泄物、なによりウォシュレット……アレが素晴らしい。私、この第六民主国に来て本当に良かったです……」

「そんな大げさな……えっ? 泣いてる? ウソ、マジで?」




 ツツーッ! と目尻から涙を溢しながら、神に感謝をするように両手を組んで天を仰ぐ。


 時刻は午前10時少し前の【レイトン探偵事務所】にて。


 俺は事務所の皮張りのソファーにふんぞり返りながら、感動のあまり涙を溢すワトさんをドン引きした瞳で見つめていた。




「トイレ1つで泣きすぎでは? 今までどんな未開の大地に住んでいたんだよ? アマゾネスさんかな?」

「あぁ~、気持ちは痛いほど分かるよワトソン。帝国のトイレ事情を知っていたら感動しちゃうよね、そりゃあ。僕も初めてウォシュレットを使ったときは感動のあまり号泣しすぎて小南くんにドン引きされたもん」




 事務所の所長席に座って新聞を読んでいた小太りのデブ、もといレイトン所長が「分かる、分かる~♪」とワトさんの涙に共感していた。


 えっ、ここでのマイノリティーは俺なの?




「そんなに帝国のトイレって酷いんっすか、所長?」

「酷いって言うか、う~ん?」

「酷いなんてモノじゃありませんよ、ホームズさん! もはや比べるのもおこがましいレベルです!」




 鼻息を荒げながら何故かちょっと怒りが滲んだ声音で帝国のトイレ事情を熱く語り出すワトさん。




「まず帝国に温かい便器なんてモノはありません! 冷たいガードローブと呼ばれる壁から突き出た小部屋で用を足すんですけど、これが本当に不便なんです!」

「お、おぉ……そうなんだ?」

「そうなんですっ! しかもトイレットペーパーなんて素敵な拭き紙なんてありません! 藁や干し草、葉っぱや古い布なんかで全部代用されていて……あぁ、思いだしたら涙が出てきちゃった」




 ホロホロとこぼれ落ちる涙を指先で優しく拭うワトさん。


 そんなワトさんを横目に『そうなんですか?』と所長に視線で尋ねる。


 レイトン所長はまるで昔を思い出すかのように目を細めながらコクリと神妙に頷いた。




「僕たちは身分が上だったからガードローブなんて洒落たモノを使っていたけど、一般市民の方々は桶にそのまま用を足して窓の外に放り捨てるんだよ」

「うげっ!? マジすか? 不衛生極まりなくないっすか? えんがちょっ!」

「そうなんだよねぇ~っ! だから数年に1度、ものすごい流行り病が流行ったりして大変なんだよぉ~っ!」

「……なんか色んな意味で汚いっすね?」




 もっとこうキラキラ優雅な生活でもしているのかと思ったのだが……案外みんな大変な思いをしながら暮らしているんだなぁ。


 そう思ったら第六民主国生まれで本当に良かったと心の底から思えた。




「じゃあウチの事務所のトイレは帝国に比べたら天国も同然なんだ?」

「天国なんて言葉じゃ生ぬるいです、アレはそう……楽園?」

「ウォシュレットって本当に偉大だよねぇ~。あの快感を知ったら帝国のみみっちいトイレにはもう戻れないよ」

「でもウチの事務所のウォシュレット、水圧を【強】にしたらア●ルがぶっ壊れるくらいの勢いで放水を開始するから危険ですよね? 俺、何度あのウォシュレットでア●ルをブレイクされかけたことか……。直さないんですか、アレ?」

「あなっ!? も、もうホームズさん! 下品すぎますっ!」




 自分から下品な話を振ってきたクセにプンプンッ! と怒り始める巨乳令嬢。納得がいかない……。


 そもそもアナタがトイレの話をし始めたのでしょう?


 いい加減にしないとその愛らしい戯言(ざれごと)ばかりほざく唇を俺の唇で塞いじゃいますよ、お嬢さん?


 なんてことを考えていると、所長の机の上に置かれた黒電話がジリリリリッ! とけたたましく事務所内に木霊した。


 あの黒電話が鳴るということは、




「どうやら依頼の電話のようですね」




 ワトさんがわくわくっ! と言った面持(おもも)ちで電話に出る所長を見つめた。


 流石にもう何度か依頼を共に受けた(・・・・・)だけあって、ウチのシステムは把握しているらしい。


 所長は暫く電話の主とお喋りを楽しみつつ、話がまとまったのか「分かりました、それでは今から遣いの者を送らせていただきます。失礼します」とチンッ! と受話器を定位置に戻した。




「ふぅ~……さて、まったりした時間はここでおしまい! 依頼の時間だよ、2人とも」

「はいっ! 行きましょう、ホームズさんっ!」

「待て待て。場所も聞かずに何処(どこ)へ行く気だい、おぜうさん?(お嬢さん)?」

「あっ、そうでした」




 うっかり、とばかりに片手で口元を覆うワトさん。


 恥ずかしがる仕草も優雅だな、この()? 流石は大貴族の娘ちゃんだ。


 そんな娘ちゃんを今、俺は助手としてコキ使っている。


 もちろん俺の意思ではない。レイトン所長の意思でもない。ワトさん自身の意思で、だ。


 なんでも『働かざるもの食うべからずですっ!』と言って所長に無理やりお願いして俺の助手に志願したらしい。


 ……なんか妙な形でお嬢様に懐かれてしまった感がある。


 一体なにがお嬢様の琴線に触れたのだろうか? 


 俺が彼女に与えたモノといえば甘い言葉と多大なセクハラくらいなモノだが……う~む? さっぱり分からん。




「まぁいいや。それで所長? 場所はどこです?」

「3丁目の駄菓子屋のタカさんの所だよ」

「あぁ、あのロリコンドワーフが経営している駄菓子屋っすね。確か幼女誘拐未遂でかれこれ3回は営業停止処分を受けていたハズ……まだやっていたのか、あの店? よく潰れないな、おい?」

「……なんだか行きたくなくなったんですけど?」




 急にヤル気を失ったワトさんがゲンナリした様子で肩を落とした。


 どうした、あの日か? 始まったのか?




「依頼を好き嫌いしてはいけないよ、ワトソン? このご時世、お仕事があるだけでありがたいんだから」

「わ、分かっています叔父様。どんな依頼であろうともロード家長女として立派にお役目を果たしてみせます!」

「おーい? なにやってんだワトさ~ん? 置いてくぞぉ~?」

「い、今行きまーす!」




 そう言ってワトさんが元気に事務所の扉を開け、俺のあとを追いかけてくる。


 その姿を横目でチラッと確認しながら、俺は7号が擬態したコートを(なび)かせゆっくりと階段を下りていく。




「さてさて、今日はどんなオモチロイ事件が俺を待っていることやら」

「ま、待ってくださいホームズさ~ん!?」




 背後から慌てふためくワトさんの声を聞きながら、俺は今日も夜の街を泳いでく。


 この温かい夜が支配する、この街を。

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