第19話 イレギュラー ~やり直し2回目~
「――うむ。2人には今日の深夜2時にワシの指定する場所に行って、アルバイトを受けて来て欲しいんじゃ」
水の底に沈んでいた意識が急浮上するとように、暗闇の中を漂っていた俺の意識が一気に覚醒する。
辺りを見渡すと、そこは倉庫街の10番倉庫内ではなく、吸血鬼のアルテマ婆さんの絢爛豪華な部屋の中だった。
「日当10万の超お得バイトじゃ。しかも働く時間は深夜の2時から4時までの2時間ちょいっ!」
そう言って胡散臭い笑顔で胡散臭い話しを進めるババァ。
この台詞を聞くのも2回目。
つまり巻き戻しは無事に成功したということだ。
「……えっ? ……えっ!?」
俺は何故か隣でキョロキョロと部屋を見渡し驚いているワトさんを無視して自分の左腕に視線を落とす。
そこにはワトさんの右腕と繋がっていない綺麗な俺だけの腕があった。
「どうじゃ、この美味しいアルバイト? 引き受けるならエリクサーを渡して――」
「あれ!? あれれっ!? わ、私の腕が戻って!?」
「……なんじゃ騒がしいのぅ?」
ワタワタと狼狽えるワトさんにババァが渋い顔を浮かべる。
そんな2人を横目に、俺は静かに今後の予定について思考を巡らせようとして
――ガシッ!
何故か喜びを爆発させたワトさんにムギュッ! と抱きつかれた。
おほっ♪ ナイスおっぱい❤
「やりましたよホームズさんっ! 成功ですっ! 大成功ですっ!」
「せ、性交っ!? シたいの!? 俺とっ!?」
「落ち着けホームズ。ワトさんは大性交と言っておる……つまりワシを含めた3Pを所望なんじゃっ!」
「やめろババァ!? 女を見せるな、気持ちわりぃんだよ!?」
ワトさんはともかく、なんで俺が頑張ってババァに腰を振らねばならんのだ? 罰ゲームか?
「俺は3Pなんて認めねぇっ! 恋もセ●クスもタイマン勝負がジャスティスだ!」
「ふんっ! ワシのテクを前にしてもそんな事が言えるかのぅ? このショタ100斬りの異名を持つバキュームババァの神テクを前になっ!」
「ちょっ!? へ、変なことを言わないでください2人とも!? 何を言っているんですか!?」
俺とババァが見えない火花を散らしていると、事の発端がいけしゃあしゃあとそんな事を口走り出す。
おいおい? 何言ってんだ、この小娘は?
「ワトさんが俺と『性交したい!』って言ってきたんじゃねぇか!」
「違うぞホームズッ! ワトさんはワシら3人で『大性交したい!』と言ってきたんじゃ!」
「どちらも言っていません!?」
私そんな恥知らずな娘ではありませんっ! と何故か批難がましい視線を俺達に向けてくるワトさん。……納得がいかない。
あれ絶対に俺達を誘ってたよな、ババァ? エロ漫画で何度も見てきた展開だから、俺には分かるぞ!
「そうか、ワシらの勘違いか……」
「そうです、勘違いですっ! 勘違いも甚だしいですっ!」
「なんだよ、俺はてっきりワトさんが唐突に『女』を持て余しだして『男』である俺を求め始めたのかとばっかり……」
「どうしてそういう思考になるのですか……? さっきまであんな修羅場を潜っていたというのに」
どこか辟易した声音でそう小さく首を横に振るワトさん。
うん? 修羅場? 潜ってきた?
何を言っているんだ、ワトさんは?
「これこれワトさんよ? 人の部屋を修羅場扱いは流石に酷いのではないかえ?」
「あっ!? ち、違うんですアルテマさん!? 修羅場なのはアルテマさんの部屋じゃないんです!?」
「「???」」
ババァがチロッ! と毒を吐くと、ワトさんが慌てた様子で弁解を始めるが、その言葉は要領を得ない。
堪らず俺とババァは顔を見合わせ小首を傾げた。
ワトさんは何が言いたいんだ?
「ワトさんに修羅場フェチなことがバレたか、ババァ?」
「人に変な性癖を押し付けるでないわ。ワシのストライクゾーンは穢れを知らない無垢な生娘とショタだけじゃっ! こう無垢な小童共にワシが手取り足取り色んなことを教えてのぅ……ぐっへっへっへ♪」
「ナチュラルに業の深いことを言うなよババァ……」
もうドン引きである。
もう完全にコミックL●案件である。
ババァとはもうかれこれ17年近い付き合いになるが、まだ底が見えない。……いや見たいとも思わんが。
「違うんですっ! そうじゃないんですっ! 修羅場なのはこの部屋でもアルテマさんの性格でもなくて、このあとの事なんですっ!」
「この後のことじゃと?」
ババァが不思議そうにワトさんを見つめる。
俺も釣られてワトさんに視線を落とし……気がつく。
ワトさんがどことなく自分の右腕を気にしていることに。
瞬間、パズルのピースのようにバラバラに散らばっていた情報の欠片が、物凄い勢いで1つの像を結び始める。
ワトさんのこの眼、この言動は……もしかして?
刹那、本来ありえない1つの答えに辿りついた俺は、おそるおそるワトさんに確認をとった。
「もしかしてワトさん……戻ってきたのか?」
「戻ってきた? ――ハッ!?」
瞬間、俺の能力を知っていたババァも気がついたのだろう。
『そんなっ!? ありえない!?』とでも言いたげな顔でワトさんの方を凝視し始めた。
ババァの気持ちは痛いほど分かる。
俺だって信じられない。
でも、ワトさんの言動からそうとしかもう思えない。
ワトさんは都合2人分の視線を一身に受け止めつつ、部屋に飾られた時計をチラッ! と一瞥しながら、
「……はい」
と小さく頷いた。
「……マジかよ」
「こりゃたまげたのぅ……」
ババァと一緒に思わず驚愕の声を漏らす。
それくらいありえない事が目の前で起きていた。
27年生きてきたが、こんなトラブルは初めてである。
ワトさんは愕然とする俺とババァに向かって、その桜の蕾のような唇を動かしてハッキリとこう言った。
「信じられないかもしれませんが、私は今から18時間後の未来から戻ってきたワトソン・サンライズ・メル・エル・ロードです」




