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ヒロインはもう死んでいる!?~聖女ワトソンとオッサン探偵ホームズの事件簿~  作者: おさんぽミルク
メインヒロインはもう死んでいる!?

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2/25

第1話 俺の名は

『――先輩ッ! 写楽(しゃらく)先輩ッ! もう起きてください、写楽ホームズ先輩ッ!』

「……んぁっ?」




 無線機から届くキンキンとうるさい小娘の声音に、夢の世界へ羽ばたいていた俺の意識が現実へと戻ってくる。


 随分と懐かしい夢を見ていた気がするが……思い出せない。


 それがなんだかもどかしくて頑張って思い出そうとすると、再び無線から我が【レイトン探偵事務所】の後輩アルバイト探偵であるダークエルフの阿笠(あがさ)クリスティーナの疑惑の声が俺の耳朶を叩いた。




『今、見張りの最中に寝てましたよね先輩?』

「寝てねぇよ。じゅるっ」




 口元からタラ―と出ていたヨダレを手の甲で雑に拭う。


 1年中24時間【夜】が支配する第六民主国。


 時刻はまだ朝の5時前。


 良い子の子供たちはまだお布団の中で夢の世界へ出航している時間帯。


 この時間は酔いつぶれたドワーフのオッサンが道端のあちこちで眠りこけている、そのため姑息な犯罪者の影が出没しやすい。


 そんな依頼人の声を聴き、調査へと乗り出したのが少し前。


 ドワーフから盗んだ盗品で売買をしている(やから)がいる。


 そんな情報を受けて俺たちは窃盗犯を確保するべく、ベンチで酔いつぶれて眠っているいかにもスリに合いそうなドワーフのオッサンに目をつけて張り込んでいた。


 えっ、俺が何者かって?


 仕方がない、なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け。


 俺は世界の破壊を防ぐため、世界の平和を守るため、愛と真実の正義を貫く、ラブリーチャーミーな探偵……




「…………」




 たんて……



「……ぐぅ」

『ほら、もうまた寝てる』




 ザザッ! と無線機からクリスティーナの冷めた声が夢の世界へ出航しかけた俺の意識を引っ張り戻してくる。


 俺は眠い目をこじ開け、無線機へと返事をかえす。




「眠ってねぇよ。こんな依頼の最中に眠るワケがねぇだろうが」

『ホントですかぁ~?』




 クリスティーナの疑いに満ちた声音が無線機から返ってくる。


 ホントですかぁ~? とか言っておきながら、明らかに俺が嘘をついていると確信して追及してきてやがる。可愛くないダークエルフだ。




「俺が今までお前に嘘を言ったことがあったか?」

『昨日、バナナに納豆をかけるとキャビアの味がするとか嘘をぶっこんできたじゃないですか』

「……忘れたな」

『酷いです先輩っ! 先輩のおかげで昨日のお昼はマジで最悪だったんですからね!?』




 昨日のお昼ごはんであるバナナ納豆の味を思い出したのか『うぇっ!?』と無線機の向こう側でえずき始めるクリスティーナ。




「どうした、つわりか? 始まったのか?」

『……マジでサイテーですね先輩? ほんとデリカシーを一体どこに忘れてきたんですか?』

「おい、無駄口を叩くなよ? 今は張り込み中だぞ?」

『……ほんと先輩じゃなければ2、3発シバいている所ですよ?』




 無線からアルバイト探偵の怒りに震える声が聞こえてくる。


 まったく、先輩に対して口の利き方がなっていないな。


 その調子じゃお前の夢である刑事になったときに苦労するぞ?




『先輩が大事な張り込みの最中に眠っていたから起こしてあげたのに』

「だから眠ってねぇって。事実を誤認するな」




 正確には寝落ち寸前だっただけだ。


 つまりまだ眠っていなかったのだ。


 だというのにこの後輩ダークエルフは俺を眠ったこと前提で話しを進めてきやがる。実に不愉快だ。魔法以上の不愉快だ。ハレ晴れ不愉快だ。




『誤認も何も真実だと思いますが……』

「よし、分かった。じゃあこうしよう。仮に俺が眠っていたとしよう。その場合――」

『えっ、ちょっと待ってください。今から一体何の話しが始まるんですか?』




 クリスティーナの心底嫌そうな声が無線機から垂れ流される。


 嫌がる後輩に無理やり話しを聞かせるのは実に楽しい。


 これぞまさに先輩の特権である。


 さて、今日はどんなクソくだらない事を言ってやろうかな?




『やめましょうよぉ~? ちゃんと張り込みしないと、これで犯人を取り逃がしたらレイトン所長に怒られますよぉ~?』




 そう言って我が【レイトン探偵事務所】の大黒柱、レイトン・サンライズ・メル・エル・ロード(40歳、人間族、独身)の名前を口にするクリスティーナ。


 むっ、流石にレイトン所長に怒られるのはマズイな。


 なんせあの小太りのオッサンの機嫌1つで俺の給料は決まるのだ。


 仕方がない、ちゃんと仕事をしよう。




「安心しろクリスティーナ、ちゃんと仕事はしてる。今もキチンと狙われそうなヤツに狙いをつけて監視をしているしな」

『そうなんですか? ……口から出まかせじゃないですよね?』




 疑いに満ちたクリスティーナな声音が俺を襲うが、これは本当。


 俺は改めてベンチで酔いつぶれて眠っているドワーフのオッサンへと視線を向けた。




『どんなドワーフの人なんですか、先輩の目星をつけている人は?』

「酔っぱらって街中のベンチでグースカ眠っているオッサンだ。今、路地裏の影からそのオッサンを見守っている。まったく、ナニが嬉しくてオッサンの寝顔を見守らにゃならんのだ」




 どうせならケツとタッパのデカい良い女の寝顔を見守りたかった。


 もちろんベッドの上で。


 なんて口にしたらまたクリスティーナが発情期の魔物のようにキンキンと(わめ)き始めるので絶対に口にはしないが。




「もう凄いぞ、あのオッサン? どうぞ盗んでください! って言わんばかりに堂々と財布をケツポケットに入れたまま寝こけてやがる」

『すごい不用心ですね』

「まったくだわ」




 アレなら俺でも簡単に盗める。


 なんてことを考えながら、オッサンのズボンに入っている財布へと意識を向ける。




「こちとら寒い中不眠不休で働いているっていうのに、ほんとイイご身分だぜ」

『寝てたじゃないですか先輩?』

「だからそれは誤解、もしくは勘違いだって……ん?」

『??? どうかしましたか先輩?』

「いや……」




 あれ、おかしいな?


 目の錯覚か?


 さっきまで確かにあったドワーフのオッサンの財布。


 それがどういうワケが今見ると確認出来ない。


 キレイさっぱりケツポケットから消失している。


 まさか、どこかへ落としたか?


 それとも……




『先輩が居眠りしている間に実はもうスられてなくなってたりして、財布』

「そそそっ!? そんなワケねぇだろうがっ!? アホかっ!?」

『今もの凄い動揺したように見えたんですけど……えっ? まさかの図星ですか? なにやってんすか!?』

「……警戒態勢」




 俺はキーキー(わめ)き始めた後輩の声を遮り、意識を切り替える。


 能力を使ってやり直してもいい(・・・・・・・・)が、それはまだ早い。やり直すのは最終手段だ。


 その前にまだ出来ることはある。


 俺は周囲を見渡し、動く影を全て視界に納める。


 車と路面電車は除外して、現在この時間に視認できる人物は4人。


 1人は人間の若者、おそらく10代。


 1人は千鳥足のドワーフのオッサン、おそらく40は過ぎている……けどドワーフの男は全員老け顔だからよく分からない。


 もう1人はエルフのイケメン、おそらく10代後半なのだろうが……こちらも年齢は定かではない。なんせエルフは10代の見た目を維持しながら数百年は生きるバケモノだからな。コッチも年齢は宛てにならん。


 最後にダークエルフの青年、年齢はおそらく20代前半。こちらは間違いないだろう。なんせダークエルフは人間と同じ寿命で同じように老けて歳を老いていく、人間にもっとも近しい種族だからな。まず間違いなく俺の見立ては当たっている。


 問題はこの4人の中にオッサンの財布を盗んだスリ野郎が居るかどうかだが……全員を尋問している余裕はない。


 1人の話を聞いている間に、残りの3人が歩き去ってしまうだろう。


 それに俺には見えていないだけで、もうすでに道を曲がってしまった可能性もある。


 とくれば、だ。


 イチかバチか博打に出るしかない。




「おい、クリスティーナ。耳を塞げ」

『えっ? なんでですか?』




 俺は無線から届くクリスティーナの疑問に答えることなく、夜の凍てつく空気を肺いっぱいに吸いこんだ。




「待て、ドロボーッ!」

「「「「ッッ!?」」」」




 4人に聞こえるように、デカい声で叫ぶ。


 その瞬間、エルフのイケメンが弾かれたように走り出した。




「よっしゃラッキー!」




 俺は自分の幸運に感謝しながら、間髪入れずコートに擬態(・・)させた7号を靡かせてエルフのイケメンを追いかけ始める。


 足にはかなり自信があった俺だが、エルフのイケメンは俺をも上回る速さでグングンと身体を加速させていく。


 いや、あれは普通に走っているってだけじゃ説明がつかんぞ?




「さてはあのエルフ、風の魔法を使っていやがるな!?」




 ――魔法、それはエルフという種族が産まれながらにして使える神秘の力。


 風を自由自在に操り、時には自らの運動神経を飛躍的に向上させ、相手を切り裂く刃へと変える。


 厄介極まりない力だ。


 俺は腰に巻いていたホルスターから拳銃を引き抜き、イケメンエルフへと狙いを定める。




「おい、止まれ! 撃つぞ? 非殺傷弾だが当たり所が悪ければ骨が折れるぞ? いいのか?」




 一応発砲前に警告しておく。


 だがスリエルフは止まることなくさらに速度を上げて加速し始めた。


 仕方がない……骨が折れても恨まないでくれよな?


 俺は泥棒エルフめがけてパンッ! と一発発砲した。


 狙いは足。当たれば痛みで暫くの間は動けなくなる。


 俺の放った銃弾は真っ直ぐスリエルフの足へと飛んでいき、




「ッ!? バ、バルササミサッ!」




 ブゥンッ! と見えない風のバリアにより、アッサリと防がれた。


 う~む、分かってはいたがやっぱりエルフ相手に拳銃は役に立たんか。


 なら、次の一手だ。




「クリスティーナ、来いッ!」

『りょ、了解ですっ!』




 俺は無線機に呼びかける。


 刹那、10階建てのビルの屋上から銀髪のダークエルフが勢いよく飛び降りた。


 銀髪のダークエルフもといクリスティーナは夜風に髪を靡かせながら、真っ逆さまに地面へと落ちていく。


 このまま何もしなければ自由という名の不自由な落下により、数十秒でクリスティーナはミンチになるだろう。


 そう、なにもしなければ……な。




「テルサドールッ!」




 瞬間、クリスティーナの身体が重力の鎖から解き放たれたように浮かび上がり、泥棒エルフに向かって滑空し始めた。


 それを見て泥棒エルフがギョッ!? と目を見開く。




「悪いな、風の魔法を使えるのはお前だけじゃねぇんだわ! 行け、クリスティーナッ!」

「はいっ!」




 クリスティーナはアッサリと俺を追い越し、物凄い勢いでスリエルフへと迫っていく。


 人間とエルフのハーフであるダークエルフも、訓練さえすれば魔法が使えるのだ。……まぁその訓練は死ぬ程キツイらしいが。


 何はともあれ、これでチェックメイトだ。


 そう思った瞬間、




「テルサッ!」




 イケメンエルフが呪文を唱えると同時に、目を細めてしまうほどの強烈な向かい風が吹き荒れた。


 もちろん空を飛んでいたクリスティーナはその影響をもろに受け、




「うひゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

「く、クリスティーナぁぁぁぁぁ~~っ!?」




 新聞紙が風に舞い飛ばされるように、コロコロと後方へ回転しながら吹き飛んだ。


 な、なんて強烈な風の魔法なんだ!?


 あのイケメンエルフ、もしかしてエルフの中でも上澄みの存在なのか!?


 なんでそんなヤツがスリなんてケチクセェことやってんだよ!?




「せ、せんぱぁぁぁぁ~~い!? た、助けてぇぇぇ~~~~っ!?」

「チクショぉぉぉぉ~~~っ!? 燃えろ、俺の中のナニカぁぁぁぁぁぁ~~~~ッッ!」




 俺は一旦イケメンエルフを追いかけるのを中断し、クリスティーナの方へと駆ける。


 クリスティーナも必死に軌道修正しながら、なんとか俺の方へと吹き飛ばされてきて――




「ぶべらっ!?」

「ふにゃんっ!?」




 なんとかクリスティーナの身体を受け止めることに成功するが、ふんばりが効かずそのまま2人仲良くゴロゴロと後方へと転がってしまう。




「た、助かりました、せんぱぁぁぁぁ~~い!? ウチ、も、もう死んだかと思いましたよぉ~っ!?」

()たた……おいクリスティーナッ!」

「は、はいっ! も、申し訳――」

「お前、胸デカくなったか? AからBくらいには成長したか? 掌に伝わる感触がちょっと前よりふっくらしている気が――」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~ッッ!?!?」




 ――パパパパパパパパーンッ!


 特に理由のないクリスティーナの往復ビンタが俺を襲う。




「よし、ケガは無さそうだな。よかった」

「どんな確認の仕方ですかっ! この痴漢ッ! 変態ッ! 強姦魔ッ!」

「強姦魔は言い過ぎだろ?」




 せっかく助けてやったのに酷い言われようだ。




「って、そんな事を言っている場合じゃなかった! スリ野郎はっ!?」




 俺はクリスティーナから視線を切り、泥棒エルフの方へと意識を向けた。


 そこにはもう泥棒エルフの姿はなく……あぁ~。




「に、逃げられちゃいましたね?」




 どこか気まずそうにクリスティーナがそう呟いた。




「やっちまったなぁ~」




 俺はボリボリと頭を掻きながら、クリスティーナを抱えてゆっくりと起き上がる。


 まさかスリ野郎があんな強い魔法を使えるとは計算外だ。


 だが、おかげで手の内は分かった。

 次はもっと上手く(・・・・・・・・)やれる(・・・)




「ど、どうしましょう先輩っ!?」

「どうしましょうって……まぁどうする事も出来んわな」




 お手上げで~す♪ とばかりに肩を竦めてみせる。


 俺の()を使えばいくらでもやりようはあったが、今日は疲れた。


 まずは6時間ほど休息してからやり直したい(・・・・・・)




「そ、そんなぁ~っ!? このままだとレイトン所長に怒られますよぉ~っ!?」

「んな事を言ったってしょうがねぇだろ? 今回の件であの泥棒エルフもしばらくの間は雲隠れするだろうし」

「なんとかなりませんか、せんぱぁぁぁぁ~~い!?」




 怒られるのは嫌ですぅぅぅ~~っ!? と半泣きで俺に縋りつくクリスティーナ。


 もちろん何とかしようと思えば今すぐにでも出来る。


 それこそ俺が()を使ったと気づかせることもなく。


 でも……




「なんともならんなぁ」




 俺は後輩の縋りつくような視線を引き離すように顔を逸らした。


 正直、昨日から徹夜続きで今日はもう休みたい。




「先輩、使えねぇ~っ!? 通販番組で売ってる健康サプリくらい使えませんよ」

「さぁ、所長に報告しないとな! 間抜けにも風に飛ばされたダークエルフの話をなっ!」

「じょ、冗談ですって先輩っ!? う、ウチのせいだけにしないでっ!?」




 慌てた様子で俺に食って掛かる後輩ダークエルフ。


 俺は「冗談だ」と口角を緩ませながらクリスティーナの肩を叩いた。




「部下の失敗は上司の失敗。つまりお前の失敗は俺のモノだ。だからお前に責任はねぇよ」

「先輩……」




 クリスティーナが潤んだ瞳で俺を見上げてくる。


 惚れられたかもしれない。




「先輩にもまだ、そんな優しい心が残っていたんですね?」

「張り倒すぞ、小娘?」

「痛いっ!? 小突いた!? パワハラッ!? 動物愛護団体に訴えてやる!」




 俺はキーキー(わめ)く後輩ダークエルフを引き連れ、所長の待つ事務所へと歩き出した。

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