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ヒロインはもう死んでいる!?~聖女ワトソンとオッサン探偵ホームズの事件簿~  作者: おさんぽミルク
メインヒロインはもう死んでいる!?

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プロローグ 刑事とクソガキ

 朝も昼もない、どこまでも暗闇が支配する世界で俺は生まれた。


 母親も父親も知らない。


 気がついたら路地裏の隅っこで生きていた。


 自分が産まれた理由なんか知らない。


 そもそもそんな事を考えている暇がない。


 なんせこの世界は気を抜いて油断したマヌケから死んでいくのだから。




「うぅ……バケモノめ……ッ!?」




 俺に()されて横たわっていた警官が、敵意のこもった表情で俺を見上げてくる。


 顎の骨が折れているハズなのによく喋れるもんだと、幼心に感心した。


 他の転がっている警官たちは白目を剥いて倒れているか、気を失ったフリをしてこの場をやり過ごそうとしているかのどちからだというのに。


 一体ナニかこの警官を突き動かしているのだろうか?


 そんなことを考えながら、俺は倒した警官から奪った非常食をモグモグと咀嚼した。




「け、警察にこんな事をしてタダで済むと思うなよ? 必ずオレの仲間がお前を捕まえるぞ!」




 そうか、と俺は小さく応えながら「ハァ……」と溜め息を溢した。


 そっちが先に手を出してきたクセによく言う……。


 俺は奪った警棒で警官の頭を1発ポカンと殴った。


 それだけで(わめ)いていた警官は白目を剥いて意識を失った。




「……俺だってこんな事やりたくねぇよ」




 それでも生きるためにはこうするしかない。


 その方法以外、俺は知らない。


 気を抜けば奪われる、だから奪う側の人間になるのだ。




「今日も寒ぃなぁ……」




 ボリボリと非常食を噛み砕きながら、半袖短パンで寒空を見上げる。


 誰も好き好んでこんな格好をしているワケじゃない。


 ただゴミ捨て場にあった衣類を着込んでいるだけ。


 ただ盗んだ衣類を身に着けているだけ。


 ただロクな服を持っていないだけ。


 穴が空いたり、破れているのは当たり前。


 ロクな防寒着にすらならない。


 それでもこの太陽に嫌われた国では無いよりはマシ。


 身に着けていなければ、俺はきっと一晩と経たず凍え死んでいた事だろう。


 もちろん何度も死にかけた。


 その度におれは【力】を使いやり直した(・・・・・)


 だから俺は今も生きている。


 他人の金を、他人の食料を、他人の命を奪いながら生きている。


 そしてそれは、これから先もきっと同じ――




「――そんな生き方、退屈すぎないか?」




 それは突然やってきた。


 俺の意識を引っ張るように、1人の若い姉ちゃんが路地裏へと足を踏み入れてきたのだ。


 その姉ちゃんはスーツ姿に何故かヨレヨレの草色のトレンチコートを着込んだ、妙に身長と態度のデカい女だった。




「おうおう? 随分とまぁ派手に暴れたな、少年?」




 若い姉ちゃんは俺の周りで伸びている数十人の警官を見下ろしながら、何か面白いのか口元に笑みを(たた)えた。


 その瞬間、10年間裏社会を生きてきた俺の細胞が警報を発し始める。


 この女はヤバイ、と。


 すかさず俺は若い姉ちゃんから距離を取って警棒を構え直す。


 そんな俺を見て若い姉ちゃんは特に気にした風もなく、マイペースに口を開いていく。




「最近この辺りの路地裏で人を襲う小鬼が出るって噂だが、少年がそうか? だとしたら随分とまぁ可愛い小鬼が出て来たもんだ。何歳だ? 9歳、いや10歳そこそこか?」

「…………」

「おいおい? レディーの質問には答えるもんだぞ少年?」




 ポケットに手を突っ込んだまま(とぼ)けた調子でそう(さえず)る若い姉ちゃん。


 口調と態度はふざけているのに、その佇まいには一部の隙もなく……なんだこの女は?


 いま動いたら確実にやられる! と俺の本能が絶叫していた。




「……だとしたらなんだ?」

「おっ? やっと答えてくれたな少年? いやぁ~、その齢でよくこれだけの大人を相手に出来たもんだ。もしかしてお前、能力者か?」

「……お前には関係ないだろうが」

「いやいや関係大アリだって。だってアタシ、少年を逮捕するためにココに来たワケだし」




 逮捕、その言葉を聞いて俺の身体が少しだけ強張るのが分かった。


 それでも隙を見せまいと子供心ながら必死に動揺を隠す。




「俺を捕まえる気かよ?」

「それが仕事だからな。……と言いたい所だが」

「??? なんだよ?」




 若い姉ちゃんは俺の顔をシゲシゲと観察したかと思うと、「うんっ!」と大きく頷いて、




「止めた」




 と言った。




「おい少年、ケツとタッパのデカい女は好きか?」

「け、ケツ? 尻? 尻と……えっ? なに? タッパ? タッパってなんだ? 乗り物か?」




 いきなりワケの分からない質問をされ、頭の中が真っ白になる。


 頭の中でクエスチョンマークが蝶のように乱舞する。


 そんな俺の顔が面白かったのか、若い姉ちゃんは盛大に爆笑し始めた。




「ブッハッハッハッハッ!? 乗り物じゃねぇよ! 身長だよ、身長! 尻と身長のデカい女は好きかって聞いてんだよ」

「い、意味わかんねぇ……なんでそんな事を聞く?」

「もちろん大事な事だからだ。それで? 好きか? 嫌いか?」




 どっちだ? と笑みを殺して今日初めての真剣味の帯びた顔を見せる姉ちゃん。




「ちなみに回答次第ではお前を殺すことになる」

「っ……」




 身体中から殺気を(ほとばし)らせながら俺を威圧してくる若い姉ちゃん。


 この10年間生きてきた中で一際強烈な殺意だった。


 本当になんなんだ、この女?


 質問の意図も分からなければ、どこにキレるポイントがあるのかも分からない。


 ただ分かることは、今、俺は人生の分水嶺に立たされているということ。


 おそらくこの回答次第で俺は本当に殺されるだろう。


 一体なんて答えるのが正解なのか。


 そもそもコレに正解はあるのか?


 考えれば考えるほどワケが分からなくなる。


 出来れば答えたくない。


 でも答えなければ死ぬ。


 間違いなく死ぬ。


 結局俺は悩みに悩んで――




「――好きだ」




 と答えていた。


 瞬間、耳が痛くなるほどの静寂が俺達を包み込む。


 10分、いや1時間くらい()っただろうか?


 もしかしたら10秒も経っていないかもしれない。


 それくらい時間の感覚が曖昧になるほどの濃厚な時間。




「……フッ、合格だ」




 やがて静寂を切り裂くように若い女の姉ちゃんが笑みを溢すと、ポケットから手を出し拳銃を取り出した。


 ヤバイ、()られる!?


 俺は能力(・・)を発動させとうとして、




「ほれ、受け取れ」




 ――瞬間、若い姉ちゃんが俺に向かって拳銃を放り投げた。


 …………はっ?




「っ!? っっ!?!?」




 俺は放り投げられた拳銃をお手玉するように受け止める。


 コイツ、正気か!?


 自分の命綱を平気で他人に明け渡しやがった!?


 俺が拳銃(コレ)でテメェを襲うとは考えなかったのか!?


 一体ナニを考えていやがる!?




「カッチョイイだろ、その拳銃? ソレな、普通の拳銃じゃなくて今警察(ウチ)が研究開発している【対能力者用試作兵器】7号ちゃんだ。ミニショットガンみたいな形状をしているが、ちゃんと拳銃なんだぜ? 可愛いだろぉ~?」

「な、なんのつもりだ?」

「やるよ、ソレ」




 そう言って屈託のない笑みを俺に向ける若い姉ちゃん。


 ……もう本当に意味が分からなかった。


 やる、つまりくれるというのか? 


 この拳銃を? 俺に?


 何故?


 どう考えても裏があるとしか思えない。


 だが姉ちゃんの瞳は悪人と呼ぶにはどこまでも真っ直ぐだった。


 そう真っ直ぐ、真っ直ぐなのだ、この女は。




「ソイツの使い方を知りたければついてきな。ただし、退屈な日常とはそこでオサラバだ。ここから先は刺激的で眠っている暇なんかないぞ?」

「……何者だよ、アンタ?」

「んっ? あぁ、そういや自己紹介がまだだったな」




 こりゃうっかり♪ とおどけた調子で下をペロリッ! と出す姉ちゃん。


 ……今まで会ったことがないタイプの大人だ、どうも調子が狂う。


 でも、何故だかその調子が嫌いではなかった。


 そんな自分に驚く。


 こんな感情は生まれて初めてだった。




「アタシは警察庁公安部【若人(わこうど)特別捜査室】室長のケツとタッパのデカい最高にイイ女、小南(こなん)ドイル23歳。ピッチピチの独身だ」

「……つまり刑事か?」

「ただの刑事じゃねぇぞ? 最高に可愛い刑事だ」




 ちなみに彼氏は募集中な! と子供のように無邪気に笑う女刑事。


 それは俺が今まで相対してきた刑事とは一線を画すほどふざけた態度で……本当に刑事か、この女?




「うん? なんだその顔は? アタシの美貌に見惚れてんのか? このマセガキめ! 惚れるなのよ?」

「……アンタ本当に刑事かよ?」

「おう、刑事も刑事。もう刑事の中の刑事、スーパーウルトラ刑事よ!」




 女刑事は懐から警察手帳を取り出して俺に見せてくる。


 確かに本物の刑事だった。……だがこの女、刑事と呼ぶにはあまりにも荒々しく、いっそチンピラと言った方が納得するレベルで態度が悪かった。


 でも不思議と嫌な感じはしない。


 それが余計に俺を戸惑わせた。




「それで少年の名前は?」

「……えっ?」

「『えっ?』じゃねぇよ。レディーが名乗ったんだ、少年も名乗るのが礼儀だろ?」

「そうなのか……?」




 そうなんだよ、と力強く頷く小南刑事。


 不思議とこの女に言われたら『あぁ、そうなのか』と納得してしまう自分が居た。


 だから俺は名前を口にしようとするのだが、




「…………」

「なんだよ? 名前も言えないシャイボーイか?」

「いや……分からない。名前なんてない」

「んぁっ? 名前がない?」




 俺はコクリと頷くと、何故か自分の生い立ちをこの女刑事に向かって語っていた。




「産まれてからずっと1人だった……」

「だから名前が無いって? ふぅ~ん? 両親は?」

「知らない。顔も見たことない」




 なんで俺は会って数分しか経っていない女に自分の過去を口にしているのだろうか?


 弱みを見せれば狩られるのは自分だと分かっているハズなのに。


 それなのに勝手に口が動く。


 もしやこの女、能力者か?


 疑惑の眼差しで小南刑事を見上げると、刑事は「名前がねぇのかぁ~」と難しい顔を浮かべて1人金髪のボサボサ頭をポリポリと指先で()いていた。




「名前がねぇとこれから先不便だしなぁ……よしっ! ならアタシが名づけ親になってやろう。喜べ少年ッ!」

「……はっ? 何を勝手なことを――」

「いいからっ! 貰えるもんはタダで貰っとけ!」




 そう言うと小南刑事は警察手帳とはまた別の手帳を懐から取り出すと、いつの間にか握っていたペンでスラスラと何かを書き始めた。


 そして1人「うん、完璧だ!」と納得すると、ビリッ! 手帳から1枚紙を引き千切って俺に見せてきた。


 そこにはガサツな言動に反して綺麗な文字でこう書かれていた。




「いいか少年? 今日からお前の名前は――」

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