第17話 帝国の負の遺産
ワトさんと共に漆黒のバイクに擬態した7号に乗って、深夜のブロードウェイを駆け抜けていく。
そのままバイクを走らせること30分。
俺達は目的地である倉庫街へと足を運んでいた。
「さて、と。確か10番倉庫だったよな?」
「道中、何も起きませんでしたね?」
バイクを緩やかに走らせていると、後ろに乗っていたワトさんが拍子抜けとばかりに口をひらいた。
「確かにな。てっきり誰か襲撃してくるモノだとばかり思っていたが……これで10万か。ボロい商売だわ」
「ほ、本当にこのまま何事もなく終わるんでしょうか?」
「いや、それはないな。俺の刑事としての……探偵としての直感が囁きやがる。まだ何かあるってよ」
そう格好つけつつ、倉庫街をバイクで疾走する。
だが、俺の言葉とは裏腹に道中何かが起きる気配はまるでなく……気がつけば目的地へと到達していた。
「……結局ナニも起きませんでしたね?」
「あっれ~? おかしいなぁ~?」
バイクから降り、7号をコートに擬態させつつ、俺は目的地の10番倉庫を見上げた。
マジでナニも起きなかったぞ?
「これで終わり? あっけなさ過ぎないか?」
「実質稼働は30分でしたね?」
「30分働いて10万円とか、世の社畜たちに怒られるぞコレ?」
困惑しつつも、俺とワトさんは10番倉庫の入口へと近づいていく。
すると出入り口と思われる扉の前には例のダークエルフの男がポツンッ! と1人立っていた。
おそらく最短距離を飛んでやって来たのだろう。
「来たか」
ダークエルフの男は俺達を見つけるや否や『コッチに来い』と指先をクイクイッ! と動かす。
俺とワトさんは指示通りUSBメモリを持ったままダークエルフの男へと近づいて行く。
「ご苦労」
「アンタが先に到着するなら、別に俺達がメモリを運ばなくても良かったのでは?」
「コチラにも事情がある。それよりもメモリは?」
「心配せんでもちゃんと持ってきたよ」
ワトさん、と俺が彼女の名前を呼ぶと、ワトさんがポケットからUSBメモリを取り出しダークエルフの男へと手渡した。
男は受け取ったUSBメモリをマジマジと見下ろし「……よし」と小さく頷いた。
「確かに受け取った。約束の10万は倉庫の中で渡す」
「倉庫の中ぁ~? 面倒くせぇよ、今ここで渡してくれや」
「ダメだ。いいから中に入れ」
頑なに首を縦に振らず「中に入れ」と繰り返すダークエルフの男。
流石にキナ臭いし、ここは強引にでも帰るべきか?
俺はワトさんに一瞬だけ目配せをする、がワトさんは俺の目配せの意味が分からないのか「???」と頭の上にクエスチョンマークを乱舞させた。
まぁ即席パートナー1日目のコンビネーションなんてこんなモンだ。
仕方がねぇ、覚悟を決めて敵陣に乗り込むか。
「あいあい、倉庫の中ね。金が貰えるならどこへなりとも行きますよぉ~と」
「最初から素直にそう言えばいい」
「へいへい。行くぞ、ハニー?」
「は、はいっ!」
俺はダークエルフの男をその場に残して倉庫の扉を開ける。
中へ踏み込む瞬間、ダークエルフの男が歪に笑ったのが気になったが、構わずワトさんと2人で10番倉庫へと乗り込む。
倉庫の中には何らかの生物が入った幾つもの培養液に満たされたカプセルが鎮座していた。
「な、なんだこりゃ?」
「こ、このカプセルの中に入っているのは全部魔物……でしょうか?」
思わずワトさんと共に目を丸くしながら培養液の中身を見つめてしまう。
そこには俺の知らない、見たことがない魔物たちが居た。
いや、これは……
「魔物じゃない?」
「えっ?」
「多分コレは人間だ」
よくよく観察してみれば分かる。
このカプセルの中に入っている生き物は、人間の男と女が強制的に合体したかのような姿をしている。
いや人間だけじゃない、他のカプセルの中にはドワーフの男女が合体したモノ、エルフの男女が合体したモノ、そして吸血鬼の男女が合体したモノなどが培養液の中を漂っていて……そこで俺は気づいた。
「この吸血鬼のような生き物はっ!?」
「どうかしたんですか、ホームズさん?」
「気づかないか、ワトさん?」
俺は懐からババァが渡してきた1枚の紙切れを取り出す。
そこには俺達が探している吸血鬼の似顔絵が描かれており……
「この培養液に浮かんでいる吸血鬼モドキ、俺達が探している吸血鬼とソックリだ」
「えっ? ……あッ!? ほ、ホントだ!? この人、アルテマさんに渡された似顔絵と瓜二つです!」
体形は完全に変わっていたが、顔は間違いなく俺達が探していた吸血鬼そのものである。
「一体ナニがあったんだよ?」
「し、死んでいるんでしょうか?」
「――安心してくれていい、まだ死んではいないよ」
「「ッ!?」」
コツコツコツッ! と革靴が地面を蹴る音と共に、男の渋い声が俺達の耳朶を叩いた。
瞬間、俺とワトさんは弾かれたように声のした方向へと視線を向けた。
そこにはスーツ姿の男が1人、俺達に笑いかけるように優雅に立っていた。
「彼らは大事な実験体だからね、丁重に扱わせて貰っているよ」
「……アンタは?」
「キミたちの雇用主さ」
そう言って雇用主と名乗るスーツの男は上品に笑った。
「なるほど、アンタがこの闇バイトの首謀者か?」
「『アンタ』と呼ばないで貰いたいね。ワタシにはウラギーノという美しい名前があるのだから」
自分の名前に大層な自信があるらしい『ウラギーノ』と呼ばれるスーツの男が、小さく肩を竦めてみせる。
その行動1つ1つが何とも胡散臭く……どうやらと言うか、やはりと言うべきか、俺達は危険地帯に足を踏み入れていたらしい。
俺はあえて強気な態度を崩すことなく、ウラギーノに声をかける。
「なんでもいいさ、名前なんて。それよりも10万、早く渡してくれや」
「おやおや? せっかちさんだねぇ、キミは?」
「こんな薄気味悪い場所に1秒でも長く居たいと思うヤツがいたら、ソイツは変態か犯罪者だ」
「アッハッハッハッハッ! 酷い言いようだ! いいだろう、約束はキチンと守るのがワタシのポリシーだ。でも――」
「そんな事よりもっ! こ、ここは一体なんですか!? アナタは何者ですかっ!?」
ウラギーノの台詞を遮ってワトさんがスーツ男を睨む。
バカ、ワトさん!? 今は余計なことを言うな!?
こういう手合いとの駆け引きで、いきなり本丸に攻め込むのは愚策中の愚策だぞ!?
と慌てるがもう遅い。
瞬間、その言葉を待っていたとばかりにウラギーノがニンマリと笑みを深めた。
ヤバイ、スイッチを押させちまった!?
「そうかっ! そうかっ! そんなにワタシの研究成果を聞きたいのかい! いいでしょう、いいでしょう! 特別報酬に教えてあげましょうっ!」
「……余計なことを」
「えっ? えっ?」
自分が変態のスイッチを押してしまったことに自覚がないのか、ワトさんが困惑した表情を浮かべる。
そんなワトさんにウラギーノは嬉々として言葉を重ねた。
「究極完全生物――パーフェクトキメラ計画って知っているかい?」
「パーフェクトキメラ……ですか? いえ、知らないです」
「かつて人間の国【バハムス帝国】で行われていた最強生物兵器を作る実験のことさ」
そう言ってスーツ姿のウラギールは割りとショッキングなことを口にし始めた。
「要は能力持ちの人間と人間を融合させて多種族に負けない最強の超能力を持った人間を作ろうって品のない計画だよ。ただあまりにも非人道的過ぎるって言われてね、御三家の一角であるロード家によって強制中止させられたんだ」
「あ、アナタも帝国の人間でしたの!?」
「おや?『アナタも』ということは、お嬢さんも帝国の人間なのかな? でもごめんね? 同郷のよしみとか全くないから」
そう言うとウラギーノは俺達に向けて指先を向けてきた。
俺はいつでも拳銃が抜けるように腰のホルスターへと手を伸ばす。
「ワタシの目的はただ1つ、この世で最も美しい生き物を自らの手で造ること!」
「この世で最も美しい生き物?」
「そうさ! ところでお嬢さん? この世で最も美しい感情はなんだと思う?」
「えっ? それは……愛、ですか?」
ワトさんはちょっとだけ恥ずかしそうにそう答える。
いや、それはないと思うぞワトさん?
愛ほど醜い感情は他にないぞ、と俺が口を開くよりも先にウラギールがパチパチパチッ! と両手を叩いた。
「正解ッ! そう、この世で最も美しい感情は愛だ!」
「えぇ~……マジかよぉ~?」
「なんでそんな嫌そうな顔をするんですか、ホームズさん?」
俺のリアクションを理解出来なかったらしいワトさんが不思議そうに小首を傾げる。
えぇ~っ、本当に分からないのぉ~?
愛ほど不鮮明で不確かな感情なんで他にないだろうに。
むしろこの世の美しい感情の対局にある感情だろ?
なんで愛がこの世で最も崇高な感情だと信じて疑ってないんだよ?
帝国の人間って、みんなこうなの?
「この世で美しい感情は愛っ! そしてこの世で最も美しい存在は愛し合っている男女であるっ! ……ここまで言えばもう分かるね?」
「……ハァァァァァ~~~。マジか、お前? ロクでもない変態だな?」
「えっ? えっ? 何が分かったんですかホームズさん?」
私にも教えてください! と話しについてこれなかったワトさんが縋るように俺のコートの裾を引っ張る。
多分聞いても意味が分からないと思うし、理解も共感も出来ないと思うが、まぁいいだろう。
俺はこの変態が水面下で動いていた計画の一端について、ワトさんに説明した。
「コイツは愛し合う男女のキメラを作りたいんだよ」
「あ、愛し合う男女のキメラ……ですか?」
「あぁっ、そのためにコイツはバイトと称して多くの多種族のカップルを拉致・誘拐してキメラに変えてきたんだ」
「そ、そんなっ!? なんでそんな事をっ!?」
「理由はさっきコイツが自分で話していただろ?」
俺は胡散臭い笑みを崩さずコチラを見つめているウラギールを睨みつけながら、言葉を重ねた。
「この変態は自らの手で世界で一番美しい生物を造りたいんだよ。つまりはまぁ、この培養液の中に入っているキメラたちはコイツの芸術作品ってことだ」
「すごいな、キミッ! 会って数分でワタシをここまで理解してくれたのはあの方以来だよ!」
「理解なんてするか、気持ち悪い」
俺が心底嫌そうに顔を歪めると、ウラギールは悲しそうな笑みを顔に貼り付け「そうかぁ……」と残念そうに小さく呟いた。
「ワタシたち、とっても素敵なお友達になれると思ったんだがね? 残念だ……」
「あぁそうかい。残念ついでに教えて欲しいんだけどさ、あのワケの分からん面接たちには何か意味でもあったんですかねぇ?」
「もちろんだとも! 第一の面接ではメスの容姿を、第二の面接ではオスの腕っぷしを確認させて貰った! やはりメスは美しく、オスは強くなければね! じゃないとワタシのコレクションに相応しくない!」
そう言って変態は恍惚な表情を浮かべて意味不明なことを口走る。
そんなウラギールをワトさんは『し、信じられない……っ!?』と批難がましい視線で睨みつけた。
「そ、そんな意味不明な理由で罪のない人々を殺したんですか!?」
「殺してないよ? 何度も言うようだけど、まだ生きているからね彼らは。……まぁ培養液から出たら死んじゃうんだけど」
「そんなの、死んでいるのと同じです!」
非人道的な行為を目のあたりにしたワトさんがヒートアップしていく。
マズいな……犯人を刺激し過ぎている。
相手はまだ奥の手を隠し持っているかもしれないのだ、今は出来るだけ穏便にことを運びたいのだが……。
俺は「ワトさん」と彼女の名前を呼ぶも、ワトさんは己の中の正義感に突き動かされてウラギールを批難し続ける。
ダメだ、やはり即席コンビでは意思の疎通は難しいか。
こんな事なら簡単なハンドサインくらい決めておけばよかった。
まぁ後悔したところでもう遅いワケだが。
「今すぐこの人たちの身体を元に戻しなさい!」
「戻す? それは出来ない相談だね。だって――もうすぐキミたちもこうなるんだから」
瞬間、俺の身体が猛烈な勢いでワトさんの方へと引っ張られた。
やっぱり奥の手を隠してやがったか!
おそらく判断をミスれば数秒後、俺もワトさんもヤツの芸術作品の仲間入りだ。
「させるかよっ!」
俺は叫びながら素早くホルスターから拳銃を抜き、非殺傷弾をウラギールの心臓に打ち込む。
「うぐっ!?」
射撃をマトモに喰らったウラギールが背後へと倒れる。
それとほぼ同時に左腕を奇妙な感覚が包み込む。
だがあの妙な衝撃は収まった。
「チェックメイトだ、キメラにした奴らを元に戻せ」
銃口をウラギールに向けながらそう口を開くも、返事はない。
どうやら意識が飛んでいるらしい。
仕方がない、面倒だがババァの所まで連れて行くか。
と俺がウラギールのもとまで移動しようとした矢先、
「ウラギール様ッ!」
パッリィィィィン! と天井の窓ガラスの一部が砕け、外から例のダークエルフの男が飛行魔法で飛んできた。
ダークエルフの男は気を失っているウラギールを抱きかかえると、キッ! と俺を睨みつけながら倉庫を後にしようと、飛んで撤退し始める。
「この借りは必ず返すぞ、モジャモジャッ!」
「逃がすと思ってんのか!」
俺はバンバンッ! とダークエルフの男に向かって発砲するも、男は俺の銃撃を華麗に躱して天井の窓から倉庫の外へと飛び出していく。
俺はすぐさまダークエルフの男を追いかけようとして、
――ズッシリ。
「ッ!? な、なんだ!? 左腕が重いっ?」
「ほ、ほほほ、ホームズさん!? ホームズさん!? 大変です、ホームズさんっ!?」
ワトさんが慌てた様子で「私の右腕がっ!?」と声をあげる。
ワトさんの右腕?
「どうした、ワトさんんん~~~っ!?」
俺の左手側を陣取っているワトさんへと視線を向けて……思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
そこで俺は先ほど感じた左手の違和感の答えを知った。
「なんじゃあこりゃあぁぁああ~~っ!?」
堪らず太陽に吠える俺。
そこには俺の左腕とワトさんの右腕が半分ずつ融合するように混ざっていた。
まるでそう、培養液の中にいるキメラたちのように。
「ッ! そうか、キメラを造る能力はあの男の超能力か! チクショウ、やってくれるぜ」
「言っている場合ではありませんよ!? どうするんですか、コレ!?」
ワトさんは半泣きで右腕をブンブンと振り回す。
当然ソレに合わせて俺の左腕もブンブンと上下に揺れる。
どうやらある程度の動作は可能らしい。
「完全に一体化しているな、コレ?」
「冷静に分析している場合じゃありませんってば!? このままだと私たち、お風呂はおろか、おトイレをしているときでさえ離れることが出来ませんよ!?」
「嬉しい?」
「ッッ!!(怒怒怒怒)」
「じょ、冗談だって」
本気で怒ったワトさんが無言で圧をかけてくる。怖ぇええ~~っ!?
美人は怒ると怖いという噂は本当だったのか……。
次からは気をつけよう。
「しかし見事なまでに綺麗にくっついてるな。どういう原理だ、コレ?」
「感心している場合じゃありませんよ!? どうするんですか、この腕!?」
「まぁまぁ、落ち着けよワトさん? 焦ったところでナニも始まらないんだ。まずは状況を分析してみようぜ?」
「な、なんでそんなに落ち着いていられるんですか……?」
もはや怒るのもバカらしくなったのか、ワトさんはガックリと肩を落としながら「ハァァァ~~~」と盛大に溜め息を溢した。
そんなワトさんを横目に俺は融合してしまった腕をペタペタと触り検分を始めた。
「凄いな、コレ? ちゃんと腕に触られた感触もあるし、なにより完全に一体化しているのに全然痛くない。しかも自由に動かせる。この力、医療のために使えばかなり有益な能力じゃないか?」
「感心している場合じゃないですよぉ~」
もうホームズさんのバカぁ~っ! と唐突に俺を罵倒するワトさんを無視して、俺は彼女と一体化してしまった腕を検分し続けた。




