第15話 ファーストキス
吸血鬼のアルテマ婆さんから依頼を受けた、その日の深夜。
時刻は午前1時50分を過ぎた頃。
俺とワトさんは婆さんの依頼を達成するべく、恋人のフリをして例のアルバイト現場である路地裏へと足を運んでいた。
「よ、夜の路地裏ってなんだか不気味ですね? 帝国にはない『怖さ』みたいなモノを感じます……」
そう言ってコートに擬態している7号の裾をチマッ! と握りながら、俺のあとをヨチヨチとついてくるワトさん。
先日の路地裏での襲撃事件がまだ尾を引いているのか、その足取りは鉛のように重かった。
「そうか? 路地裏なんてどこの国も同じようなモンだろ?」
「全然違いますよ。第六民主国の路地裏はなんというか温かみが無いというか……」
「路地裏に温かさを求められてもなぁ」
路地裏を出歩くのにはまだ抵抗があるのか、キョロキョロと警戒するように辺りを見渡すワトさん。
薄汚い路地裏に小綺麗なワトさんはあまりにも浮いていたが、う~む? ちょっと小綺麗すぎるか?
もう少しギャルっぽい格好で来させた方が良かったか?
なんてことを考えていると歩くペースが少し速かったのか、ワトさんが俺のコートの裾をクイクイッ! と引っ張った。
「あぁ、わりぃ。考え事してたわ」
「よくこんな状況で別のことを考えられますね、写楽さん?」
「まぁ俺はワトさんとは違って路地裏には何の抵抗もないしな」
皮肉な話しではあるが、ストリートチルドレンだった幼少期のおかげで俺は路地裏にはまったく抵抗がない。
暗闇が広がる細い道でも、心は自然とソレを受け入れている。
ガキンチョの頃はこの暗闇が俺の友達だった。
「本当にこんな所にアルテマさんが言っていたようなバイトがあるのでしょうか?」
「ババァが嘘をついている可能性がある、と?」
「あっ、いえ!? そ、そこまでは言いませんけど……でも」
「でも?」
「……ニセモノの情報を掴まされたという可能性はありませんか?」
ワトさんの不安気な瞳が俺を捉える。
俺はそんなワトさんの不安を一蹴するように口角をニヤッ! と吊り上げた。
「安心しろワトさん。ババァの情報は本物だったらしいぞ、ほら」
湿り気とアンモニア臭のする路地を突き進むこと5分。
俺とワトさんは数人の男女が集まっている場所へと辿り着いた。
獣人のカップルに、ドワーフのカップル、ピクシーのカップルと思われるソイツらは、手に持っていたスマホで時間を確認しながら午前2時になるのを今か今かと待っている風に俺には見えた。
「どうやらアタリだったようだぞ?」
「そ、そうみたいですね。うぅ……疑ってごめんなさい、アルテマさん」
「とりあえず2時になるまではココで待機だな」
俺とワトさんは集団から少し距離を取った状態で、動きがあるのを待つことにした。
そうこうしている間にももう2組、俺達の後ろからやってくる。
現在6組か……多いのか少ないのか、判断が難しいところだな。
「写楽さ――」
「ワトさん、ここではホームズと呼べ。一応ちゃんと恋人に見えるように、な」
「えっ!? だ、男性を名前で呼ぶのは恥ずかしいです……」
「ならダーリンでいい。甘えた声でいかにも世間を知らない脳みそお花畑女のように上目遣いで――」
「ホームズさん、そろそろ時間ではないですか?」
ニッコリ♪ と笑顔で俺の要望をスルーするワトさん。
そんなに嫌か、ダーリン?
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ傷ついていると1人の優男風のダークエルフが小汚い扉からゆっくりと出てきた。
袖から伸びる腕の締まり具合から、中々の手合いであることが伺える。
ダークエルフの男は軽く俺達を見渡すと「1、2、3――」と人数を数え始めた。
「6組か、多いな。必要なのは全部で3組だ。悪いがこれから面接を行う」
途端に俺を含め何組かのカップルが不服そうに文句を口にするが、雇用主に食って掛かるようなバカなマネは流石にしなかった。
ダークエルフの男は「嫌なら帰れ」と冷たく言い放つと、扉の近くに居たドワーフのカップルへと視線を向け、扉の奥に来るように促した。
「まずはお前たちからだ、来い」
ダークエルフの男に導かれるように小汚い扉の奥へと消えていくドワーフのカップル。
5分ほど経つと、入れ替わりとして別のカップルが呼ばれ扉の奥へと消えていく。
「な、中で一体ナニをしているのでしょうか?」
「面接だろ? さっきダークエルフの男が言っていたじゃねぇか」
「ほ、本当に普通の面接なのでしょうか?」
ワトさんが心配そうな瞳で小汚い扉を見つめる。
まぁこんな場所でやる面接が普通なワケないのは考えるまでもないことなのだが……今は余計なことを言うのは避けた方がいいだろう。
その後何組かのカップルが扉に入り、出てくるのを繰り返す。
全員面接が上手くいったのか、ちょっとだけ顔が赤い。
「案外簡単な面接かもな」
「へ、部屋に入ったら突然襲われるってことはありませんよね?」
「その可能性はあるかもな」
「ひぇぇぇ~~っ!?」
ブルブルと身体を小刻みに痙攣させながら、ギュッ! と俺の腕に抱きついてくるワトさん。
どうやらちょっとビビったらしい。
ちなみに俺もビビっている。ワトさんのお胸の核弾頭の大きさに。
この腕から伝わる大きさ……やはりFか!?
まったく、クリスティーナの1つ下とは思えない柔らかプリンちゃんである。
本当にコレの半分でもいいからクリスティーナに分けてあげたいぜ!
なんて事を考えていると、とうとう俺達の番がやってくる。
「やっと出番か、行くぞワトさん」
「は、はいっ!」
「……一応聞くけど、大丈夫か?」
「だ、大丈夫れふっ!」
ガッチガチに緊張したワトさんがコクコクッ! と首を縦に振る。
その様子に若干の不安を感じてやまないが、俺は構わず小汚い扉の奥へと進んでいく。
まぁ何かあればやり直せばいいか。
「中、かなり暗いから気をつけろよ?」
「は、はいっ!」
扉の中は明かりが殆どなく、目が慣れるまでは歩くのも難しい。
俺達が部屋へと足を踏み入れるのと同時にガチャンッ! と後ろの扉が閉まる。
その音にビビったワトさんがビクッ!? と身体を震えさせながら、さらに強く俺の腕に抱きついてくる。
これなら誰がどう見ようと恋人に見えるだろう。
怪我の功名である。
「このアルバイトの話はどこで知った?」
どこかに座らせられるワケでもなく、影の中からいきなり質問が飛んでくる。
この声はダークエルフの男ではないな、別の男か?
流石に声で種族までは分からんが、俺達を警戒していることだけは分かる。
まぁごもっともな質問ですわな。
俺だって雇用主側ならこんな怪しげなバイトをどこで知ったか聞くし。
だからこそ、その質問が飛んでくることは始めから分かっていた。
「は、はいっ! え、えっと!? きゅ、吸血鬼――」
「飲み屋だ」
バカ正直に全てを白状しようとしたワトさんを制するように、用意していた台詞を口にし始める。
「初めて会った吸血鬼の男が、以前高額なバイトをしたと自慢気に話していたんだよ。酔ってたから内容はぶっちゃけ覚えていないが、一晩で10万稼げるって話しだからな。俺達も恩恵にあずかろうと思って。なっ?」
「へっ? ……あっ!? は、はいっ! そうですっ! その通りですっ!」
鈍いながらも俺の意図を読んだらしいワトさんがコクコクと何度も頷く。
この娘っ子、察しは良いけど搦め手とか苦手クセェなぁ。
マジでクリスティーナとは正反対のタイプだ。
「なるほど、分かった。その吸血鬼の男はどんな男だった?」
「さぁ? 俺もしこたま酔っていたし、覚えてねぇよ。金のことしか気にしてなかったしな」
「嘘だとは思わなかったのか?」
「もちろん思った。……こうして面接されるまでは、な」
そうか、と男は短く呟くと考え込むように沈黙した。
俺は男の思考を少しでも削ぐべく、逆に男に質問した。
「面接は終わりか?」
「……いや、まだだ。最後の質問が残っている」
どこか確認するような視線を肌で感じつつ、俺とワトさんは男の声に耳を傾ける。
男は俺とワトさんの反応を確かめるように、
「今、この場でキスをしろ」
と言った。
瞬間、俺はワトさんが変なことを言う前に動き出した。
「了解」
「えっ? ――うむぅぅぅぅぅ~~~~っ!?」
男に命令された瞬間、間髪入れずにワトさんの身体を抱き寄せ、唇を奪う。
ズキュゥゥゥゥゥゥンッ! と背後に擬音が聞こえてきそうなほどの濃厚なキッスをワトさんと繰り返す。
「~~~~~ッッ!?!?」
突然のキスに瞳を大きく見開き硬直するワトさん。
そんなワトさんの隙を突くように俺は、唇の隙間から舌を突き出し、
――ぬるんっ!
「ッッ!?!? ――ッッ!?!? ~~~~~~~ッッ!?!?」
ビクンッ! とワトさんの身体が上下に震え、急に借りて来たキャットのように大人しくなる。
俺はワトさんが大人しくなったことをいいことに、男にみせつけるべく彼女の口の中を何度も蹂躙し続け、
「もういい、充分だ」
「チュッ――ふぅ。あいよ」
ワトさんの唇から舌を抜く。途端に俺とワトさんの唇に互いの唾液のいやらしい糸が垂れる。
俺はソレを指先で軽く拭いつつ、影に潜む男に声をかけた。
「面接は以上か?」
「あぁ、終わりだ。出ていけ」
「あいあい。行くぞ、ハニー?」
俺はキスのショックにより放心状態のワトさんの肩を抱いて、部屋を後にしようとする。
その際、影に潜んだ小型レンズらしきモノを視界の隅で捉える。
あれは……カメラか?
誰かが向こう側で値踏みしていやがるのか?
俺は不信感を覚えつつも顔に出すことなく、ポーカーフェイスのままワトさんと共に部屋を出る。
そのまま小汚い扉から離れるように路地裏の隅の方へと移動し、小さく吐息を溢した。
「ふぅぅ~~、なんとかなったようだな」
「…………」
「しかし、なんだあの面接は? 特別な話術を確かめるワケでも、力を試すワケでもない。選考基準がまったく見えない。むしろキナ臭さがどんどん膨れ上がってきやがる」
「…………」
「ワトさんはどう思った? さっきの面接で何か違和感とか感じなかったか?」
「…………」
「ワトさん? お~い? いつまで呆けているんだ? ワトさん? お~い?」
「――ッ!?」
まったく反応がないワトさんの目の前で片手をヒラヒラさせてみる。
瞬間、ビックーンッ! と肩を震わせ再起動したワトさんが『ハッ!?』とした表情を浮かべた。
そのままババッ! と俺の顔を……というか唇をジィィィィッ! と凝視し、
「~~~~~~~~ッッ!?!?」
シュボッ! と顔を真っ赤にさせながら、ポカポカと俺の胸板を両手で叩いてきた。
「ンン~~ッッ!?!? ンンンン~~~~ッッ!?!?」
「どうした? 反抗期か?」
「ンンンンン~~~~~ッッッ!?!?」
怒怒怒怒ッ! と『私、怒っています!』と言わんばかりのオーラを身体中から発散させるワトさん。
その瞳は物凄く不満を俺に語っていて……惚れたか、俺に?
「き、キキキッ!? き、キスするなんて聞いてないです!?」
「安心してくれ、俺も聞いてなかったから。お揃いだね♪」
「安心できません! お、乙女の唇を奪っておいてその態度はなんですか!?」
ピーピーッ!? と生娘のように喚くワトさん。
どうせ婚約者だった王子と小さい頃からチュッチュッチュッチュ♪ しまくってたんだろ?
いいじゃん、キスの1つや2つくらい。誤差だろ、誤差。
「落ち着けよワトさん。別にこれがファーストキスってワケじゃねぇんだからさ?」
「…………」
――ピタリッ!
俺がそう口にした瞬間、ポカポカと俺の胸を叩いていたワトさんの手が止まった。
その瞳は先ほどまでとは違い、どこか気まずそうで……えっ?
うそ? もしかして、お嬢さん……
「初めてだった、キス?」
「っ……」
正解ッ! とばかりにワトさんの華奢な肩が上下に震え……おいおい?
「マジかよ!? ワトさん、マジでアレがファーストキスだっのかよ!?」
「わ、悪いですか!?」
「いや、悪くはないけどさ? てっきりあの記憶を失った王子とバンバンやりまくっているのかと思ってたわ」
「やりっ!? ひ、卑猥なことを言わないでください!」
バシッ! と強めに胸を叩かれながら、ジロリッ! と下から睨め上げられる。
「ハロルド様と私はプラトニックな関係ですっ! そもそも本物の愛に肉体的接触は必要ありません!」
「ふぅぅ~~ん?」
「……なんですか、その気のない返事は?」
「いや、ただお互いに下心が透けて見えた結果嫌われるのが怖かったから、あえてそういった話題には踏み込まなかったのかなと思って」
「…………」
「おっ、図星か?」
「ち、違いますっ! 図星じゃありません!」
俺の言葉を否定するようにブンブンと首を横に振るワトさん。
そのままマシンガントークもかくやと言わんばかりの早口で、
「そもそも男女がお互いの身体に触れて良いのは結婚初夜からだと帝国では決まっており、断じて私の方からキスをおねだりしたらはしたない女だと思われてハロルド様に嫌われてしまうのではないか? とか考えてしまい1歩踏み出す勇気が出なかったとか、そういうワケでは断じてありません! その結果、その僅かな隙を突かれてゲスティーナさんにハロルド様を奪われたワケですから、えぇそうですよ! 全部勇気の出なかった私が悪いんですっ! でもしょうがないじゃないですか!? ハロルド様にスケベな女だと思われたくなかったんですもん! 私だって本当はハロルド様とキスがしたかったんですよ! チュッチュッチュッチュしたかったですよっ!」
「全部喋るじゃん、チミぃ?」
今まで貯め込んでいた鬱憤を全て吐き出すように、ワトさんの口が軽快に動き続ける。
よほど我慢していたんだろうなぁ……気持ちの籠り方が半端じゃないもん。
でもさ? 一応ここ敵地だからさ? もう少し声のボリュームは落としてね?
じゃないと、俺の唇でワトさんの唇を塞いじゃうぞ?
とりあえずもう1度ワトさんにキスしてやろうと彼女の顔を指先で持ち上げようとして、
――ガチャリッ!
と例の小汚い扉からダークエルフの男が姿を再び姿を現した。
「聞け、今日採用するのはそこのモジャモジャ頭の人間のカップルと猫獣人のカップル、そしてドワーフのカップルの3組だ。あとは帰れ」
男は『モジャモジャ頭』と言って俺を指さす。
天然パーマは知性の証という諺を知らんのだろうか?
「とりあえず面接には合格できましたね、ホームズさん」
「何が採用基準だったのかはサッパリ分からんがな」
ワトさんと胸を撫でおろしつつ、選ばれなかった3組が不満そうに帰っていく後ろ姿を見守る。
残ったのは俺とワトさんの人間カップルと、猫獣人のイケイケオラオラ系カップル、そして髭モジャのドワーフのカップルの3組。
この3組の共通点は、男はともかく女が可愛いという事くらいだろうか。
まぁ荷物運びに可愛さなんぞ必要もないか。
う~ん? さっぱり状況が見えてこない。
「ついてこい」
俺が頭を捻っている間に、ダークエルフの男が路地裏を歩き、さらに奥へと進んでいく。
俺はワトさんの肩を抱きしめながら、ダークエルフの男のあとを追いかける。
遅れて猫獣人カップルとドワーフのカップルもあとを追いかけてきた。
「仕事内容は?」
「それは現地についてから話す」
いいから黙って今はついてこい、と威圧的に話すダークエルフの男に「あいよ」と頷きながら大人しく後ろをついてまわる。
探りを入れられるような雰囲気じゃないな。
仕方がない、今は流れに身を任せておくか。
そう判断した俺は、緊張のせいか身体を震わせているワトさんの華奢な肩をグッ! と抱き寄せながら、路地裏の奥へと進んで行った。




