第14話 エリクサーを確保せよ!
「なるほどのぅ。帝国の王子殿が記憶喪失になった件はワシも小耳に挟んでおったが、まさかエルフの魔法薬が絡んでおったとわ」
ひとしきり俺の説明を聞き終えたロリババァことアルテマが、納得したように小さく頷く。
ババァが拠点にしている街はずれの廃ビルを訪れること20分。
少々遠回りをしたが、俺とワトさんはようやく事の本題へと切り込むことに成功していた。
「つまりお主たちはその王子の記憶を取り戻す解毒薬を探しておるワケか」
「はいっ! ホームズさんが言うには、ここに行けば何か手がかりが掴めるとのことで」
「ふむ……話しの流れから察するに、ワシならその解毒薬が作れると思いやって来たということじゃな? 前報酬を貰っておいてこう告げるのはアレじゃが、その王子の記憶を奪ったエルフの魔法薬の解毒剤はワシには作れん」
すまんのぅ、申し訳なさそうに首を横にふる金髪ロリババァ。
そんなババァに慌てて食って掛かるワトさん。
「ど、どうしても作れませんか!?」
「すまんのぅ。作ってやりたい気持ちは山々なんじゃが、なんせレシピがないからのぅ……。いくらワシが天才でも中身が分からんモノは作れん」
「そんな……」
ワトさんが絶望した面持ちでガックリと肩を落とす。
その顔は今にも泣き出しそうで――
「おい、何を勘違いしているババァ? 俺が聞きたいのはソレじゃない」
「えっ……?」
パッ! とワトさんの顔が跳ね上がり俺を視界に納める。
その瞳は『解毒薬のことを聞きにきたんじゃ?』と困惑の色合いが強く浮かんでいた。
「しゃ、写楽さん? エルフの魔法薬を解除する薬を求めてここに来たんじゃ……?」
「もちろんその通りだ。王子が失ったワトさんとの過去を取り戻すために俺はここ来た」
「で、でもアルテマさんは解毒薬を作れないって……」
「まぁまぁ、落ち着けよワトさん? 何事にも抜け道というモノはあるもんだ」
「ぬ、抜け道……ですか?」
俺は「まぁ見てろって」と不敵な笑みを頬に湛えながら、改めてババァと向き直った。
「ババァ、前にどんな病気も1発で治す神の秘薬【エリクサー】を作ったことがあっただろ? アレの余りって残ってるか?」
「……あぁ、なるほどのぅ。確かにソレなら可能性があるのぅ」
「えっ? えっ? どういう意味ですか? 私にも教えてください」
俺の意図を速攻で理解したババァがニヤッ! と笑う。
そんな俺達の様子に何か希望を見出だしたのか、意気消沈していたワトさんが縋るような声で俺に尋ねてきた。
だが俺が口を開くよりも早く、コッチの意図を汲み取ったババァがペラペラとその軽い口をご機嫌に動かす。
「いいかワトさん? 今王子はある種のデバフにかかっておる」
「で、デバフですか?」
「そうじゃ。ワトさんの記憶だけを失うデバフ、王子はソレに罹患しておる」
だからホームズはこう考えた、と俺の思考を読み切ったババァが自慢気に口を滑らせていく。
「エルフの解毒薬を作るのは無理、手に入れるのも不可能。なら違う方法でそのデバフだけを消してしまえばいい、と」
「そ、そんな事が出来るんですか!?」
「出来る。ワシが開発した秘薬があればな」
そう言うとババァのすぐ横の空間からブゥンッ! 黒いモヤが現れた。
ソレを見てワトさんがギョッ!? と目を丸くする。
「く、空間魔法っ!?」
「何も魔法はエルフだけの特権ではないぞい。え~と、どこに仕舞ったかのぅ?」
ズボッ! と黒いモヤの中に手を突っ込み『アレではない、コレでもない』とゴソゴソし続ける金髪ロリババァ。
その様子をポカーンとした様子で眺めるワトさん。
どうやらエルフ以外が魔法を使っている光景を見るのは初めてだったらしい。
まぁ無理もないか。基本的に魔法は習得に何十、何百年と時間がかかるためエルフのような長寿種でもなければ会得は不可能だ。
だがごく稀に悠久の時を生きるイモータルの吸血鬼などは、便利ということで習得していることがある。
ただ吸血鬼は基礎スペックが全ての種族の中でも上位に君臨しているため、そもそも魔法なんか必要ないのだが……このババァは変わり者なので多くの魔法を習得していたりする。
その数はおよそ100や200では足りないだろう。
「というかいつまで探してんだよババァ? はよ出せや」
「ちょっと待て、中がゴチャゴチャしていて……おっ! あった、あった! ……あっ、違う、コレは大人のオモチャじゃ」
「大人のオモチャ?」
黒いモヤの中からブブブブブブブッ! と小刻みに振動する小型のピンク色のローターを取り出し、地面に放り捨てる。
おい、やめろよ? ババァのお楽しみ用なんか見たくねぇよ。
「写楽さん、あの『ブブブブ』言っている『大人のオモチャ』とは何ですか?」
「……ちょっとしたマッサージ器具だ、気にすんな」
「おっ、あったぞい! コレじゃ、コレっ!」
ワトさんがピンクのローターを興味深そうにシゲシゲと観察している間に、お目当てのモノを発掘したらしいババァが、ぬぽんっ! と黒いモヤの中から小さな小瓶を取り出した。
すると興味の対象がピンクのアレから小瓶の中身に移ったらしいワトさんが「アルテマさん、それは?」と問いかけた。
「神の秘薬【エリクサー】、どんな弱体化の呪いもコレを飲めば1発で解呪できるシロモノじゃ。さっき言っとった『デバフ』を消す薬じゃ」
「ッ!? ということは!?」
「うむ、もしかしたらコイツを飲めば失われた王子の記憶を取り戻せるかもしれん」
「あ、アルテマさん! そ、そのお薬を譲っていただくことは出来ませんか!?」
瞬間、ワトさんが地面に落ちていたピンクのローターを蹴り飛ばしてババァにズイッ! と詰め寄った。
「よかろう! と言ってやりたい所じゃが、この薬、かなり貴重なんじゃよなぁ……」
「もちろん良い値段で買い取ります! 幾ら欲しいですか!?」
「おぉ……存外俗物じゃのぅ? 別に金には困っとらんからなぁ」
「そんな……」とワトさんがババァから視線を切り、縋るような視線で俺を見てくる。
おいおい、そんな子犬が捨てられたような目で俺を見るな。
ワトさんはなんというかあまりにも真っ直ぐ過ぎて、駆け引きがまったく出来んタイプだな。
そんな心配しなくても最後までちゃんと面倒みるよ。乗りかかった船だしな。
「じゃあババァ、譲ってくれとはもう言わん。代わりに新しいエリクサーを作ってくれ。ババァなら出来るだろ?」
「ホームズ、お前……相変わらず無茶苦茶を言うヤツじゃのぅ?」
「なんだババァ、出来ないのか?」
「バカを言うでないわ。万能の天才と言われたワシじゃぞ? 1年あれば作れるわい」
「2週間で作ってくれ」
「アホかっ!? 伝説の秘薬がそんな短時間で出来るワケないじゃろうが! 舐めんな! 錬金舐めんな!」
「分かったよ。なら1年かかっていいから作ってくれ、頼むぞ」
「いや、だからワシは作るとは一言も――」
とそこまで口にしてババァの動きがピタリッ! と止まる。
そのまま何かを考え込むような仕草を見せながら、俺とワトさんを交互に見つめ……あっ、ヤバい。
なんか嫌な予感がする。
「うむ、よかろう。エリクサー、作ってやってもよいぞ?」
「本当ですかっ!? ありがとうございます、アルテマさ――」
「ただし、条件がある。今から提示するワシの依頼を2人で遂行してきて欲しいのじゃ」
ほら、キタ!
厄介事が向こうからやって来たぞ?
俺はババァからクルリッ! と踵を返しながら、スタスタと出口の方へと引き返して行く。
「邪魔したなババァ。またな」
「これこれ? そう警戒するでない。大丈夫、危険な依頼ではない故! ……多分」
小声で不安になるような事を付け加えながら、魔法で俺の動きを止めるババァ。
どうやら否が応でも俺に依頼を受けさせたいらしい。
「しゃ、写楽さん! せめて依頼内容だけでも聞いていきませんか!?」
「……チッ、おいババァ? その依頼、本当に危険はないんだろうな?」
「ないないっ! ……たぶん(ぼそっ)」
「おい聞いたかワトさん? このババァ、今『たぶん』って言ったぞ? やっぱ帰ろうぜ?」
「だ、駄目ですっ! ハロルド様の記憶を取り戻すチャンスを不意には出来ません!」
ワトさんが俺の腕に抱きついて「とにかく話しを聞いてみましょう!」と上目遣いで説得してくる。
それと同時に俺の腕に押し付けられた彼女のマシュマロパイパイが柔らかくむにゅん♪ と潰れて……チッ!
しょうがねぇから話しだけは聞いてやるよ!
「あ、アルテマさん、教えてください! その条件をっ!」
「うむ。2人には今日の深夜2時にワシの指定する場所に行って、アルバイトを受けて来て欲しいんじゃ」
「アルバイトだと?」
左様、とババァは小さく首肯しながら、その薔薇の花びらのような唇から言葉を紡ぎ続ける。
「日当10万の超お得バイトじゃ。しかも働く時間は深夜の2時から4時までの2時間ちょいっ!」
「超キナ臭い案件じゃねぇか」
普通ありえねぇよ、2時間働いて10万円とか。
絶対に危ない仕事じゃねぇか。
もうこの時点で帰りたい衝動を抑えきれねぇよ。
でもまぁ一応話しだけは聞くって決めたからな、大人しくババァの話を聞いてやろう。
「その依頼とババァの関係は?」
「ワシの顔なじみの吸血鬼が1人、そのアルバイトに参加して帰ってきてこんのじゃ」
キナ臭い上に胡散臭くなってきやがった。
「つまり依頼の内容はその吸血鬼の行方を捜すことか?」
「そういう事じゃ。言っておくが、その吸血鬼が見つからんとエリクサーは作れんからな? なんせヤツの持っとる材料の1つが素材じゃからのぅ」
「なるほど。だからアルテマさんは私たちにその人を探させようというワケなんですね?」
うむ、と頷くババァに俺は尋ねる。
「バイト内容は?」
「一応荷物の運搬ということになっておる。じゃが何をどこに運ぶのかは一切不明じゃ」
「本当に運びが仕事なのかも分からんワケね。募集事項は?」
「種族を問わない若い男女のカップル、10代から20代じゃ」
「若いって……おいババァ? 参加して消えた吸血鬼の年齢は?」
「1000歳じゃ」
「詐欺じゃねぇか……」
「ウッハッハッハッハ! まぁ吸血鬼は外見だけはいつまでも若々しいからの! バレはせんじゃろう!」
「いや、バレた結果事件に巻き込まれたって線もあるだろ?」
そこら辺は今考えても仕方がないが、と心の中で呟いていると、俺とババァの話を聞いてよく意味が分からなかったのかワトさんが小首を傾げながら「写楽さん、写楽さん」と俺の名前を呼んできた。
「『若い男女のカップル』とは、どういう意味なのでしょうか?」
「要するに、若い男女の恋人同士じゃないとこのバイトは受けられないってことだ」
「恋人、なるほど。つまり私と写楽さんが恋人になってバイトに参加するワケで――えぇぇええぇぇぇぇっっ!?!?」
「うぉっ!? ビックリしたぁ……。どうした急に大きな声を出して?」
見ると、ワトさんが頬を赤らめながらワタワタと謎の踊りを繰り広げていた。
「こ、恋人!? 私と写楽さんが恋人ですか?」
「まぁフリだけどな」
「そ、それは1時間おいくら万円なのでしょうか!?」
「おっとぉ? お嬢様の口からありえない言葉が聞こえた気がするぞぉ?」
まさかのレンタルを所望ですか、お嬢?
というか、なんでそんな言葉を知っているのですか、お嬢?
もしかしたらワトさんは意外と爛れた恋愛遍歴をしているのかもしれない。
「あっ、いえ!? すみません、実は民主国に来る前にちょっとだけコチラの国の常識を勉強しまして、それで……」
「恋人代行について勉強したの?」
「は、はい。コッチではお金を払って恋人を買うのが普通だと……違うのですか?」
「うん、全然違うね?」
ソレ、一体どこの世界の常識だろうか?
「アッハッハッハッ! ソレはパパ活じゃぞ、ワトさんよ! この国でパパ活は犯罪じゃ!」
「ぱぱかつ? アルテマさん、なんですか『ぱぱかつ』って?」
「おいババァ、やめろ。これ以上はマジで話しが脱線する」
私、気になります! と瞳をキラキラさせる好奇心モンスターと化したワトさんを無視して、俺は本題を進める。
「要するに、俺とワトさんが恋人のフリをして噂のアルバイト現場に潜入すればいいってことだな?」
「うむ、そういう事じゃ。期待しとるぞ、ホームズ」
「あの写楽さん、『ぱぱかつ』とは一体?」
もういいから、とワトさんを窘めつつ、俺はまた厄介事に首を突っ込んでいくのであった。




