第13話 吸血鬼のボスはロリババァと相場が決まっている
パトカーと死ぬ気の鬼ごっこに興じること1時間。
無事に交通課の猛攻を振り切った俺は、街はずれの廃ビルの前でバイクを止めた。
「はい、目的に到着で~す! お疲れ様でしたぁ~♪」
「うぅ……死ぬかと思いました……」
うっぷ!? と口元を押さえながら崩れ落ちるようにバイクが下りる別嬪ちゃん。
俺はバイクに擬態していた7号を再びコートの姿に戻しながら、紳士の嗜みとして別嬪ちゃんに声をかけた。
「どうした別嬪ちゃん?『つわり』か?」
「……この数時間で写楽さんがどういう人物か分かった気がします」
どことなく恨めしそうな瞳で俺を睨み上げてくる別嬪ちゃん。
惚れられたかもしれない。
「おいおい? そんな熱い眼差しでジッと見つめるなよ、恥ずかしいだろ?(ポッ)」
「うぅ~っ!? 張り倒したいぃ~っ!? 1発だけでいいからその頬を張り倒したいぃ~っ!?」
プルプルと小刻みに震える右手を左手で掴みながら、何かを堪えるようにブツブツと呟く別嬪ちゃん。
そういうお年頃なのだろう。
きっと右腕に封印された闇の力を抑えようと必死になっているんだ、そっとしておいてあげよう。
「よし、じゃあ行くぞ? ついて来い、別嬪ちゃん」
「あっ!? ま、待ってください写楽さん!?」
黒のコートに擬態した7号を羽織りながら廃ビルの中へと足を踏み入れる。
遅れて別嬪ちゃんも中へと入ってきて……ブルリッ!? と身体を震わせた。
「な、なんだか不気味な場所ですね?」
「味があるだろう?」
俺のコートの裾をチマッと握りしめながら、おっかなビックリといった様子でキョロキョロと辺りを見渡す別嬪ちゃん。
キキキッ! と天井に張り付いた蝙蝠が静かに鳴く度に、ビクリッ!? と身体を震わせる。ちょっと面白い。
「ほ、本当にこんな場所に解毒薬を知っている人が住んでいるんですか?」
「まぁ行けば分かる。……っとぉ、さぁ到着だ」
俺は廃ビル1階の奥にある一際異臭を放つ扉の前へと辿り着く。
途端に別嬪ちゃんが「うっ!?」と片手で鼻を押さえて眉根をしかめた。
「な、なんですかこの臭い? クサいです……」
「おーいババァ、居るかぁ? 生きてたら返事をしろぉ~?」
「ちょっ、写楽さん!?」
ノックをした方が!? と慌てる別嬪ちゃんを尻目に、バンッ! と乱暴に扉を開ける。
すると先ほどの異臭がまるで嘘のように薔薇の良い香りが俺達の全身を包み込んだ。
それに伴って、廃ビルの外観とは似ても似つかない優雅でおハイソな部屋が俺達の前に現れる。
「あ、あれ? きゅ、急にイイ匂いが? それにすごい綺麗なお部屋……」
「さっきの異臭はババァの幻術だ」
「げ、幻術?」
「なんだい、騒がしいさね?」
困惑した表情を浮かべる別嬪ちゃんの意識を引っ張るように、部屋の奥から金髪の幼女がテケテケとバスローブ姿で現れる。
金髪の幼女は俺の顔を見るなり、不愉快そうに歪めていた眉根をピクンッ! 跳ねさせ「おぉっ!」と満面の笑みを浮かべた。
「ホームズかっ! 久しいのぅ? 1カ月ぶりくらいか?」
「おうババァ、久しぶり。相変わらず小さいな?」
「ウッハッハッハッハッ! お主は相変わらず態度がデカいな? まったく、年々ドイルに似てきよるわ!」
上機嫌に「ウッハッハッハッハッ!」と笑う幼女を尻目に、別嬪ちゃんがクイクイッ! と俺のコートの裾を引っ張った。
「だ、駄目ですよ写楽さん!? こんな小さい女の子をお婆さん扱いしては!? 失礼ですっ!」
「小さいって……あぁ、そうか。説明してなかったな。この金髪幼女に見える女は年齢2000歳の吸血鬼だ」
「えっ? ……えっ!? じゃ、じゃあこの方が例の解毒薬を知っている!?」
お婆さん!? とロリババァの頭のテッペンからつま先まで何度も見返す別嬪ちゃん。
そんな別嬪ちゃんに今気がついたようで、ババァは「おっ?」と興味深そうに別嬪ちゃんの方へと視線を向けた。
「おいホームズ。この処女臭垂れ流しの良い匂いのするピチピチの女子は一体誰じゃ?」
「しょっ!?」
「あぁ、この別嬪ちゃんの名前はワトさんだ」
「ワトソンですっ!」
そう言って別嬪ちゃん、もといワトさんは俺に喰ってかかってくる。
俺はソレを片手でいなしながら、我らがロリババァについてワトさんに説明してやった。
「よく聞け、ワトさん? このロリババァことアルテマ・ウェポン・ナザリー・ダークナイト7世が、エルフの魔法薬に対する特効薬を作れる可能性がある吸血鬼だ」
「アルテマ・ウェポン・ナザリー・ダークナイト7世じゃ。よろしく頼むぞ、ワトさん」
「もう私の名前がワトさんで固定になってる!? ワトソンですっ! ワトソン・サンライズ・メル・エル・ロードですっ!」
「うっはっはっはっはっ! ちょっとしたお茶目じゃよ、許せワトさん! ……んっ? メル・エル・ロード?」
ババァがチラッ! と確認するように俺を見てくる。
俺はババァの視線に頷きながら、ワトさんの正体をバラしていく。
「あぁ、所長の姪っ子だよ」
「ほほぅ? あの小僧の……ということは帝国御三家の一角であるロードの娘か? 道理で質の良さそうな血液のイイ匂いがすると思ったわい」
じゅるっ! と口元のヨダレを乱暴に手の甲で擦るババァ。
その姿を見て、ビクッ!? と身体を震わせるワトさん。
どうやら本能的に危機感を覚えたらしい。ソレ、正解♪
俺は頭の上に「???」を乱舞させるワトさんを横目に、強引に話しの本筋を進めた。
「実はババァに聞きたいことがある。エルフの魔法薬についてだ」
「おっと、待ちなホームズ。情報を聞きたきゃ、先に報酬を前払いしな」
「チッ……顔なじみなんだから少しは融通しろよな?」
「顔なじみだろうがお得意様だろうが、貰うモノはキッチリと貰わないとのぅ。それがこの国のルールじゃろ?」
そう言ってババァは自分の唇の端っこから若干飛び出ている牙をチョンチョンッ! と指さした。
どうやら吸わせろとのことらしい。
仕方がねぇなぁ。
俺は覚悟を決めて腕を捲り上げババァの方へと差し出し……何故か拒否するようにフルフルと首を横に振った。
「どういうつもりだ、ババァ?」
「いやなに? 今日はその別嬪ちゃんの方を貰おうかと思ってのぅ」
「えっ? な、なんでしょうか?」
ニンマリと笑みを深めるババァを前に、ワトさんの顔が恐怖で若干歪む。
「そう警戒するなワトさん! 別に取って食おうとか思っとらん、ただちょぉぉぉ~~とお主の血を舐めさせてくれるだけでいいんじゃ」
「わ、私の血ですか?」
うむっ! と元気いっぱいに頷くババァ。
久しぶりの上質な生娘の血を飲めるということで、テンションが上がっているらしい。
ワトさんは困ったようにチラッ! と俺の顔を見上げてくる。
どうやらどう対応すればいいのか分からないらしい。
「おいババァ。ワトさんの血を舐めさせたらエルフの魔法薬についてちゃんと教えるんだろうな?」
「もちろんじゃ。ワシは約束を守る吸血鬼じゃからな」
「……だ、そうだ。どうするかはワトさん、お前が決めろ」
ワトさんが「な、なるほど……」とコクリと頷く。
どうやら事情を呑み込めたらしい。
ワトさんは少しだけ考えるような素振りを見せたあとグイッ! と腕まくりして、その雪原のように真っ白な肌を剥き出しにしてババァの方へと腕を差し出した。
「どうぞ。ソレでハロルド様の記憶を取り戻す方法が分かるのなら」
「良い覚悟じゃ。……うほっ♪ きめ細かい美しい肌じゃのぅ! この手の生娘の血は美味いと相場が決まっておる!」
もう辛抱堪らんわい! とワトさんの腕にむしゃぶりつくババァ。
途端に「チュゥゥゥ~~♪」とババァの唇から吸血音が零れ聞こえた。
「い、意外と痛くないんですね?」
「当然じゃ! 痛みは血の味を悪くするからの! ワシくらいのベテラン吸血鬼になれば、これくらいお茶の子さいさいじゃ! う~ん♪ やはりワシの見込んだどおり、甘露であったか! これは素晴らしい掘り出しモノじゃ!」
「おいババァ、吸い過ぎるなよ?」
分かっておるわい、と名残惜しそうにワトソンの腕から唇を離すロリババァ。
よほどワトさんの血が気に入ったのか、頬が恋する乙女のようにポッ! と赤く染まっていた。
おい、やめろババァ? 歳を考えろ、気持ち悪いぞ?
「いやぁ~、美味かった! 大儀であったぞ、ワトさんよ! こんなに美味い血を飲んだのは実に7年ぶりじゃ!」
「あ、ありがとうございます?」
「約束だ、ババァ。エルフの魔法薬について教えて貰おうか」
「まったく、少しは余韻に浸らせんか……」
だからモテないんじゃぞ、ホームズ? と余計なお世話を口にするババァを張り倒したい衝動に駆られつつも、大人の対応としてグッ! と飲み込む。
落ち着け俺? 行き遅れババァの戯言に耳を傾けるな?
写楽ホームズはクールな男、この程度の煽りにプッツンするような器の小さい男じゃない。
俺は顔に笑みを張り付けながら、大人の余裕をもって冷静に本題を切り出した。
「うるせぇロリババァ!腹パンして今飲んだ血ぃ全部吐かせるぞ、あぁん?」
「逆です、写楽さん。本音と建前が逆になっています」
「相変わらず自分に嘘がつけん男じゃのぅ」
何故か呆れた瞳でババァに溜め息をつかれた。
やめろババァ? そんな目で俺を見るな? ビンタするぞテメェ?
「エルフの魔法薬の解毒剤のぅ。報酬は貰ったし別に教えても構わんが……ホームズお主? また厄介ごとに首を突っ込んでおるのか?」
「またとか言うな、今回は成り行きで仕方なくだ」
そう言って俺は昨日の事件を伏せつつ、帝国の王子の記憶喪失の件をババァに話した。




