第12話 アスファルト、タイヤを切りつけながら……
「お、おぉ~っ! く、車がいっぱいです……っ!」
別嬪ちゃんを連れて事務所の外に出るなり、彼女は感動したように道路をビュンビュンッ! 走り回る車をキラキラした瞳で見つめていた。
「そんなに珍しいか、アレ? どこにでもある普通の車だけど?」
「はい、珍しいですっ! 帝国には車はおろか電車もありませんから! だから見ていて楽しいです!」
「あぁ、そうか。帝国って文化レベルがかなり低いって所長も言っていたっけ?」
確かガスも無ければ電気もないんだっけか?
信じられねぇよなぁ……ガスも電気もなくて一体どうやって生活しているのやら。
俺には想像も出来ない世界だ。
「車が無いなら帝国民共はどうやって移動するワケ? やっぱり馬車?」
「もちろん徒歩ですっ! 馬車は高級品なので、一部の王族・貴族しか持っていません」
「うへぇ……すげぇ不便そう。じゃあ別嬪ちゃんはココまで徒歩で来たワケ?」
「あっ、いえ。我が家はその『一部の貴族』に属する部類でしたので」
えへへ……とどこか恥ずかしそうにはにかんだ笑みを溢す別嬪ちゃん。
そりゃそうか、だって別嬪ちゃんの家は【帝国御三家】と言われるほどの超お金持ちだもんな。
そりゃ馬車の一台や二台、余裕で用意出来るか。
「それで写楽さん、その解毒薬を知っているかもしれない知り合いの吸血鬼さんのもとまで、どうやって行くんですか? もしかして電車に乗るんですかっ!?」
ワクワクッ! と言った様子で丁度やってきた路面電車を見つめる別嬪ちゃん。
「期待をぶち壊すようで申し訳ないが、電車は使わん」
「そうですか……残念です」
しゅん、と別嬪ちゃんが分かりやすく肩を落とす。
何も悪いことはしていないハズなのに、罪悪感が凄い。
なんというか道端に捨てられている子犬を見捨てたような、そんな後味の悪い罪悪感が胸に広がる。
だからつい俺らしくもない言葉が唇から零れてしまった。
「……まぁ帰りは路面電車で帰るけどな」
「本当ですか!?」
「あぁ、マジマジ」
俺がコクリと首肯すると、別嬪ちゃんが「やったぁ!」と嬉しそうに声を弾ませた。
おしとやかに見えて意外と好奇心モンスターだな、この娘?
……なんとなくドイルに、俺の恩師に似ている。
まぁあの女と違ってケツとタッパはデカくないけど。
代わりにあの女と比べて胸はかなりあるが、なんてことを考えていると別嬪ちゃんが俺の名前を呼んできた。
「写楽さん、帰りは電車だとしても行きはどうするんですか? もしかしてタクシーですか!? 乗れるんですか、タクシーにも!?」
「バッカ、お前! タクシーで移動したらお金がいくらあっても足りんわ!」
「す、すいません……じゃあ徒歩ですか?」
「それは流石に遠いからコレを使う」
コレ? と小首を傾げる別嬪ちゃんを横目に、俺は掌を道路の脇へと向ける。
そのまま能力を使用するときのように身体中にエネルギーを走らせながら、解号を口にする。
「起きろ【怠惰】」
瞬間、コートに擬態していた7号が液体のように変化すると、俺の肩を通じて掌へと移動し始める。
その様子を目にした別嬪ちゃんが「ひっ!?」と短く悲鳴をあげた。
「しゃ、写楽さん!?」
「あぁ大丈夫、大丈夫。別に害は無いから」
オロオロと困惑した表情を浮かべる別嬪ちゃんを横目に掌へと走っていた7号が道路の脇へと飛び出る。
そのまま液体から形を変え、機械染みた漆黒のバイクへとメタモルフォーゼする。
「よし、完成」
「しゃ、写楽さんの服がバイクに変形しました!? こ、コレはっ!?」
「探偵7つ道具の1つだ」
「探偵7つ道具ッ!」
ショーウィンドウに飾られたトランペットでも見るかのような瞳で俺を見上げる別嬪ちゃん。
どうやら7号に興味を持ったらしい。
「あとで説明してやる。ほら行くぞ、乗れ」
「は、はいっ!」
俺がバイクに跨ると、別嬪ちゃんも恐る恐ると言った様子でバイクへと跨った。
そのまま「お、おぉ~っ!」と何に感動しているのか分からんが、感嘆の声をあげる。
「こ、これが噂の鉄の馬ですか……。意外と乗り心地が良いですね?」
「ハロルド王子よりも?」
「ハロルド様ですか? ハロルド様の上には乗ったことはありませんが?」
んん~? と小首を傾げる別嬪ちゃん。
どうやら俺の下ネタは伝わらなかったらしい。
これがクリスティーナなら『先輩、マジサイテーです。死ねばいいのに……』とドM大歓喜の瞳で俺を冷ややかに見つめてくるものだが……これが育ちの良さの違いか。
「なんでもねぇ、それじゃ行くぞ?」
「は、はいっ! うわわっ!?」
ブゥンッ! とエンジンを吹かしつつ、アクセルを手前に引きバイクを走らせる。
それだけで何が嬉しいのか、後ろに乗っていた別嬪ちゃんがキャッキャッ! と声を弾ませた。
「は、走ってます! 走ってますよ、このおバイク! 写楽さんっ!」
「そりゃバイクだし走るだろ? 驚き過ぎてエセお嬢様口調になってるざますわよ?」
「は、速いですっ! 凄いですっ! ウチのシュバルトより凄い速いですっ!」
「シュバルト?」
「あっ、ウチで飼っている葦毛のお馬さんです! 帝国でも1、2を争うほど速いと評判なんですよ?」
「へぇ~」と適当に相槌を打ちながら、俺は運転するフリをして背中に意識を集中させる。
今、俺の背中には別嬪ちゃんの柔らかい2つの果実がこれでもかと押し付けられていて……ふむ。
「E、いやFはあるか?」
「なにがですか?」
「いや、なんでもないぞ? それよりも危ないからしっかり捕まっておけよ?」
「はいっ!」
むぎゅ~っ! と何の警戒もなく俺の背中に抱きつく別嬪ちゃん。
これだけで今日カノジョを連れて来た甲斐があるというモノだ。
俺はしばらく別嬪ちゃんの魅惑のメロンを堪能しながらドライブデートを満喫していると、不意に別嬪ちゃんが「写楽さん」と俺の名前を呼んだ。
「今の内に聞いておきたいことがあるのですが」
「んっ? どうした? 聞いておきたいこと?」
「はい。どうして写楽さんは王子の記憶喪失の全貌について知ることが出来たんですか?」
「そりゃあの殺し屋バレルが聞いてもいないのにペラペラと喋ってくれたからだよ」
本当は何度もやり直して情報を集めただけだが、俺の能力を知られると厄介なのでそう言っておく。
「別嬪ちゃんもアイツに追いかけられているとき、やたら声をかけられただろ?」
「はい、怖いくらい声をかけられました……」
「口が軽いお喋りだったんだよ、アイツ。だからペラペラと大事な情報を俺に漏らしたワケ。まぁ本人はすぐに俺を殺すつもりだったから、冥途の土産として教えてくれたんだろうけどさ」
それが自分への土産になっちゃ世話ないぜ、とケラケラ笑いながらバイクを吹かしていく。
だが別嬪ちゃんは微塵も笑うどころか、どこか疑わしい視線で俺を見てくる。
もしかして俺とバレル、いやゲスティーナがグルだと睨んでいるのか?
まぁ確かに色々と知り過ぎているからな、俺は。
そう疑われても仕方がないが、俺はハロルド王子どころかゲスティーナの顔さえ知らん。
別に疑いたいなら好きに疑ってくれて構わんが、不毛に終わるぞ?
「質問は以上か?」
「いえ、あと1つだけ。……どうして昨日、写楽さんはあの場所へ居たんですか?」
「偶然、たまたまだ」
「たまたま? あんな人気の居ない場所に?」
「おいおい、女の子が『タマタマ』なんて下品なことを言うもんじゃありません」
「へっ? ……あっ!? ち、違いますっ!? この『たまたま』はソッチの『タマタマ』ではなくっ!? 普通の『たまたま』でっ!? あれっ!?」
タマタマの迷宮に迷い込んだ別嬪ちゃんが混乱したように『タマタマ』を連呼し始める。
ふふっ、可愛い女の子がタマタマを連呼するなんて、オラわくわくすっぞ!
「もう真面目に聞いてください写楽さんっ!」
「聞いてるよ。でも本当にタマタマ――おっと、偶然なんだからしょうがないだろ?」
「嘘ですね」
「嘘なもんか。俺の股の間には立派なタマタマが鎮座しているぞ? なんなら確認するか?」
「やめてください!? もうタマタマから離れてっ!」
俺がタマタマに囚われ続けているせいで、お嬢様らしくなく語気を荒げてしまう別嬪ちゃん。
振り返らなくてもお顔を真っ赤にしているのが簡単に想像できた。
こういう初心な反応、最近クリスティーナはしなかったから新鮮でいいなぁ。
「つまり別嬪ちゃんは、こう言いたいんだろ? 俺とゲスティーナは裏で繋がっているんじゃないかって」
「そ、そこまでは言いません。ただあまりにも昨日の件は手際が良すぎたので……」
そう言って尻すぼみになっていく別嬪ちゃん。
まぁ確かに、別嬪ちゃんから見たら昨日の件は手際がよく見えただろうな。
なんせバレルと別嬪ちゃんの行動を先回りして息を潜め襲撃、からのクリスティーナによる空中からの救出……俺でも手際が良すぎて疑うわ。
本当な何十回とトライ&エラーを繰り返した結果の手際の良さだったんだが、もちろんそんな事を知らない別嬪ちゃんは疑いの眼差しを向けるのを止めない。
「ハッキリ言います、私は写楽さんが超能力者ではないかと疑っています」
「俺が能力者、ねぇ~?」
「違うんですか?」
「一応聞くけど、どんな能力だと思う?」
「……未来を視る能力、とか? ですかね?」
半疑問形で返ってきた答えに苦笑を浮かべる。
当たってはいないが外れてもいない。
中々に微妙な塩梅の答えだ。
「その件は宿題にしておこうか。それよりもお腹減ったし、あの婆さんの所寄る前にハンバーガーをドライブスルーしてもいい?」
「は、はぐらかさないでください! ……ドライブスルーってなんですか?」
聞いたことない言葉に別嬪ちゃんがソワッ!? とし始める。
どうやら好奇心が疼いたらしい。
「口で説明するよりも体験した方が早いな」
『そこの二人乗りのノーヘルバイク、止まりなさいっ!』
「……ごめん別嬪ちゃん、やっぱドライブスルーはナシで」
「へっ? うわっ!?」
ブルンッ! とエンジンを吹かしてバイクを加速させる。
途端に背後から『止まりなさい、止まれぇぇぇ~~っ!』と交通課のパトカーが猛烈な勢いで俺達を追いかけてきた。
アレに捕まったらが最後、今日1日は間違いなく潰れる。
というか次捕まったら免停なんだよなぁ、俺。
絶対に捕まるワケにはいかない、絶対にだ!
『面は割れてんのよ、写楽ホームズッ!? 大人しくバイクを止めなさ~いっ!』
「あ、あの? 後ろの白黒の車が写楽さんの名前を叫びながらけたたましい音を立てて追いかけてくるのですが?」
「俺のファンなんだろ。人気者は辛いぜ♪」
「絶対に違いますよね!? ねっ!?」
俺は別嬪ちゃんの小気味よいツッコミに背中を押されながら、パトカーを振り切るようにさらにアクセルを吹かした。




