第9話 そして探偵は語り始める
「う~す、おはようごぜ~ま~す」
「おはよう写楽くん。悪いね、休日だというのに起こしちゃって?」
簡単な着替えを済ませ、コートに擬態した7号を羽織り、クリスティーナと別嬪ちゃんと共に事務所へと顔を出す。
するとそこには今日も変わらずふくよかな愛されボディーをしたレイトン所長と、事務所のソファーにふんぞり返りながらコーヒーを嗜む憎っくきイクオの姿があった。
「ようやく起きたかホームズ。もう朝の8時30分だぞ? 社会人としての自覚が足りないんじゃないのか?」
「うるせぇ、うるせぇ。今日は俺の休養日なんだよ。それを朝から台無しにしやがって。なんで休みの日にまでお前の汚ねぇ面を拝まなきゃいけねぇんだ? 罰ゲームか?」
「それはお互い様だ。それよりも約束どおり昨日の件を報告……どうしたホームズ? お前、頬が腫れているぞ?」
「うわっ!? ホントだ!? 手形のあとみたいなのが頬にくっきり! 痛そぉ~……大丈夫、写楽くん?」
「気にしないでください所長。これは名誉の負傷なので」
俺は背後に控えていたクリスティーナをジロリッ! と睨む。
するとクリスティーナの方も『なんか文句あんのか、あぁん!?』と強気な姿勢で俺を睨み返してきた。
なんで俺の周りに集まる奴らは性格が終わっている奴らしか居ないのだろうか?
「う~ん? 類は友を呼んだんじゃないかぁ?」
「俺の心を勝手に読むの止めてくれません、所長?」
「その負傷は昨日の件と関係があるのかホームズ?」
「いや、ない」
「ならどうでもいいな。それよりも早く本題に入れ、昨日の件の報告だ」
ソファーにふんぞり返りながら『早くしろ』と命令を飛ばしてくるイクオ。
今ならコイツの頬を往復ビンタしても神は俺を許してくれるんじゃないだろうか?
「まぁいいや。腹も減ったし、さっさと終わらせよう。別嬪ちゃんも昨日の事件の真相を知りたいだろう?」
「それは……はい、そうですが」
「うん? どったの? そんなモジモジして? トイレ?」
「本当にデリカシーが無いですね先輩?」
幻滅です、と道端に落ちている犬のウ●コでも見るような目つきで俺を一瞥するクリスティーナ。
そろそろこのダークエルフには上下関係をしっかり分からせてやる必要があるのかもしれない。
とりあえず先輩を馬鹿にした罰として、そのAカップを揉みしだいておくか。
と俺が右手をワキワキさせていると、俺の背後に控えていた別嬪ちゃんが確認するようにその果実のように潤んだ唇を動かした。
「あの……写楽さんはどこまで知っているのでしょうか?」
「大体全部」
「全部……と言いますと?」
「この事件の黒幕と王子の記憶喪失の真相について、だな」
瞬間、別嬪ちゃんが物凄い勢いで俺の身体にしがみついてきた。
「ハロルド王子の記憶喪失について何か知っているのですか!?」
「どうどう、落ち着いて? それを今からちゃんと説明するから。とりあえず立ち話もなんだし、ソファーに座ろうか?」
鬼気迫る表情の別嬪ちゃんの拘束からスルリッ! と抜け出しつつ、俺はテーブルを挟んでイクオの反対側にあるソファーへと近づき腰を下ろした。
別嬪ちゃんも真実が知りたかったようで、覚悟が決まった瞳を浮かべて俺のすぐ横のソファーへと腰を下ろした。
クリスティーナはワトソンの鬼気迫る姿にやや困惑しつつも、大人しくイクオの隣へと着席する。
さて、それじゃどこから話そうかな?
「最初に言っておくと、この事件の黒幕はゲスティーナだ」
「っ……」
別嬪ちゃんが隣で息を呑む音が聞こえてくる。
だが、そんなに取り乱した感じではない所を察するに、おそらく彼女も薄々真犯人について気づいていたのだろう。
「ゲスティーナ? 誰ですか先輩、ソレ?」
「現バハムス帝国第一王子の許嫁だ」
「ブッ!? ちょっ、えっ!? メチャクチャ偉い人じゃないですか!?」
「いや偉くないぞ? 俺達と同じで平民、いや元平民だ」
「それでも今は王子の許嫁なんですよね!? なんでそんな凄い人がワトソンさんを殺そうとするんですか!?」
「その話しをするには、まずはこの事件の成り立ちから話さなきゃならん。先日の別嬪ちゃん襲撃事件は今から1年前、帝国の王子様が突然記憶喪失になった事件と地続きで続いている」
今から1年前、バハムス帝国の第一王子ハロルド・フォン・デュ・バハムス18世は記憶喪失になった。
それはただの記憶喪失ではなく、王子の許嫁である別嬪ちゃん……ワトソン・サンライズ・メル・エル・ロードと過ごした記憶のみがスッポリと抜け落ちる、特殊な忘れ方をしていた。
とそこまで俺が言葉を重ねていると、何かに気づいたらしいクリスティーナが「ちょっと待ったぁ!?」と伝説の『ちょっと待ったコール』を口にした。
「なんだよ、貧乳? 今イイ所なんだけど?」
「ワトソンさん、王子の婚約者だったんですか!?」
「も、元ですけどね。ハロルド様には先月、許嫁解消と婚約破棄を言い渡されましたので、今は普通の貴族の娘です」
「それでも充分すごいですけどね……。はぁぁぁぁぁぁぁ~~~~、道理で気品が身体中から溢れ出ているワケだぁ~」
「お~い? 話しに戻ってもいいか~?」
「あっ、すみません写楽さん。どうぞ、続けてください」
クリスティーナの代わりに別嬪ちゃんが頭を下げる。
別に別嬪ちゃんが謝る道理はないが、まぁ構わず話しを続けよう。
「まどろっこしい事を抜きにして端的に言えば、王子から別嬪ちゃんの記憶を奪ったのはゲスティーナだ」
「っ……」
ギュッ! と別嬪ちゃんの身体が強張る。
色々と思うところはあるだろうが、まずは俺の説明をきいてくれ。
「ゲスティーナと彼女の協力者が王子の記憶を奪った」
「……どうやって、ですか?」
「魔法薬だ」
魔法薬――それはエルフ一族にのみ伝わる伝説の秘薬。
森の民と言われるエルフ族は、人間が知らない多種多様な効能を持つ薬草・毒草を多く知っている。
その知識を総動員し、己の魔力を込めて作り上げられた薬は神秘の力を宿しており、ときに人間の常識では測れない奇跡を生み出すことがある。
今回使用された薬がまさにソレだ。
「特注で用意させたシロモノらしく、形は3ミリほどの錠剤で水に溶けやすい性質を持っているらしい。ソイツを飲ませれば王子から別嬪ちゃんの記憶だけを奪うことはおろか、ゲスティーナを心の底から愛する男に作り替えることが出来るんだとさ。……ここまで言えば別嬪ちゃんにもいつ王子に薬が仕込まれたのか分かるだろう?」
「……は、ハロルド王子の誕生日パーティーですか?」
「そうだ。去年の王子の誕生日パーティーにコッソリ魔法薬を仕込んだドリンクを飲ませたんだ」
方法はまぁ幾らでも思いつくわな。
給仕を買収したか、王子が目を逸らした隙にコッソリ仕込んだか、まぁここは考えたところで仕方がない。
なんせもう王子の記憶から別嬪ちゃんは消滅しているのだ。
今さら考えたところで栓無きこと。
「別嬪ちゃんの記憶だと、王子が誕生日パーティーで記憶を失って以降、態度が急変して別嬪ちゃんに冷たくなっただろ? アレは全部ゲスティーナの仕込みだ」
別嬪ちゃんも何とか王子の記憶を取り戻そうと接触を続けたみたいだが、結局王子の記憶は戻らず、先月許嫁を解消された。
結果、ゲスティーナは当初の目的通り王子の許嫁の座を、未来の王太子妃の座を手に入れた。
と俺は続けた。
「あとは仕上げだな。万が一王子が記憶を取り戻し、薬の効果が切れたときの保険として別嬪ちゃんを暗殺する。当初の予定では別嬪ちゃんにあることないこと罪を着せて、その罪悪感に耐え切れず自殺した……という体で殺す算段だったらしいが、図らずもビックチャンスがゲスティーナのもとに転がりこんできた」
「ビックチャンス……ですか? それは一体?」
「それはな別嬪ちゃん、アンタが帝国を離れて心の療養のために第六民主国に訪れたことだ」
名門であり部門の一族であるロード家の警備を掻い潜るよりも、移動中に襲った方が遥かにコスパが良い。
何より魔物にやられたという言い訳も立つ。
「バレルは凄腕の殺し屋だが、剣術の達人であるロード家を敵に回すのはちと苦しい。だから別嬪ちゃんが民主国へ移動中に殺すという案を受け入れた。……が、ここでゲスティーナにも予期していなかったトラブルが発生する」
それはバレルが気分屋であるということ。
もちろん依頼を受けた以上は別嬪ちゃんを殺す。
だがそれは別に移動中でなくてもいい。
第六民主国に着いてから殺しても別に問題ない――と自己判断し、勝手に計画を変更した。
その変更が致命的なミスへと繋がった。
「結果バレルは銃弾を額に受けて返り討ちに遭い、別嬪ちゃんは無事にこうして今日もピンピンしているワケだ」
「ちょっと待てホームズ。何故バレルは道中ではなく、我が国の敷地内で殺しを行う必要があった? 道中の方が安全に処理出来ただろうに、何故わざわざ危険を冒してまで我が国で殺しをやった?」
「観光したかったんだってさ、第六民主国を」
「なに?」
イクオの眉根がピクンッ! と跳ねる。
おいおい、そんなおっかない目で俺を見るなよ?
「別にコレは冗談でもなんでもなく、本人が言っていたことだ」
「……能力者の傲慢か」
「そういうことだ」
流石はイクオ、長年パートナーを組んでいただけあってコチラの意図を汲むのが早い。
逆にそこそこパートナーを組んでいたハズのクリスティーナが小首を傾げていた。
前にも教えたんだけどなぁ、この事は。
さてはこの女、もう俺の教えを忘れているな? ポンコツかよ?
「どういう意味ですか、先輩? その能力者の傲慢って?」
「言葉通りの意味だ。力の強い能力者は驕るんだよ。なんなら自分の力に溺れると言ってもいい」
「力に溺れる……ですか?」
「そうだ。例えばそうだな……クリスティーナお前、なんとなく自分は死なないと思って生きてるだろ?」
「へっ? ま、まぁそうですね。ウチ、風魔法を使えますし、いざとなれば飛んで逃げればいいですし」
「それが驕りだ」
俺は肺の中に溜まった空気を吐き出すように「ふぅー……」と大きく息を吐き出しながら、言葉を重ねた。
「エルフもドワーフも獣人もピクシーも吸血鬼も、己の能力に絶対の自信を持っている。なまじ中途半端に力を持っているから思っちまう。自分は死なない、仲間は死なない……ってな。それが酷い幻想だ。いくら凄い能力を持ったヤツでも、脳天に銃弾をぶち込まれたら死ぬんだよ」
俺もイクオもそうやって己の力を過信して死んでいったヤツを何度も見てきた。
敵味方関係なく何度もだ。
「生き物ってのはさ、死ぬときは本当にあっけないぞ?」
「び、ビビらせないでくださいよぉ~っ!?」
肝っ玉の小さいクリスティーナが半泣きになる。
実にそそられる顔だ、ドMの適性アリと見たね!
なんてことを考えていると、脱線した話しを元に戻すようにレイトン所長が口をひらいた。
「なるほどね、大体事件の詳細は分かったよ。でもそうなるとちょっと困ったことになるねぇ」
「困ったこと? なんすか所長、その困りごとって?」
「いやね? 写楽くんの話だと、ワトソンはゲスティーナくんに命を狙われているってことだよね?」
「そういう事になりますね」
「だとしたらワトソンが今帝国に戻るのは非常にマズイよねぇ~」
むむむむむ~っ? と珍しく難しい顔を作り、唸り声をあげる所長。
まぁ今帝国に戻れば間違いなく新しい刺客がゲスティーナから放たれるだろう。
王子の記憶を奪う無茶をやった女だ、ワトソンが生きていると知れば多少無茶をしてでも必ず殺しにくるだろう。
「別嬪ちゃんは何日第六民主国に滞在する予定だった?」
「えっと……休学中の学院の予定もありますので、2週間ですね」
「あぁ~……2週間かぁ。ほとぼりを冷ますのには短すぎるわなぁ」
「あ、あのっ!」
どうすっかなぁ~? と所長と仲良く頭を捻っていると、別嬪ちゃんが縋るような視線を俺に向けてきた。
「そのハロルド様が飲んだ魔法薬というのは、解毒することが出来るのでしょうか?」
「んっ? あぁ、薬を作ったエルフなら解毒薬を作ることが出来るだろうが……まぁ十中八九ゲスティーナに消されているだろうな」
「そ、そうですか……」
しょぼん、と分かりやすく肩を落とす別嬪ちゃん。
そんな別嬪ちゃんを見てクリスティーナが「あぁ~ッ! 先輩がワトソンさんを泣かしたぁ~っ!」と囃し立てくる。
うるせぇ、Aカップは黙ってろ! ……んっ?
Aカップ……?
「あっ」
瞬間、俺の脳裏に超有能なAカップの姿が浮かび上がった。
アイツならもしかして解毒薬を作れるんじゃないか……?
「先輩? どうしたんですか、そんな真面目腐った顔をして? らしくありませんよ?」
「張り倒すぞ貧乳? いや、もしかしたら解毒薬を手に入れることが出来るかもしれんと思ってな」
「本当ですかっ!?」
ガバッ! と超至近距離で別嬪ちゃんが俺を見上げてくる。
睫毛なが~い♪ 唇ぷるぷる~♪ キスしてやろうかな、コイツ?
「セクハラですよ先輩?」
「心を読むなよ後輩?」
シラッとした冷たい視線を俺に向けるクリスティーナ。
なんでこういう事に関してだけは勘が良いんだよ、コイツ? やりづれぇなぁ……。
「そ、その解毒薬はどうやったら手に入りますか!?」
「落ち着けよ、別嬪ちゃん。教えてやってもいいが、まずは俺の質問に答えてからだ」
「質問、ですか?」
一体なんでしょうか? と不安気な視線を俺に向けてくる別嬪ちゃん。
ここで『スリーサイズを教えてちょ♪』とボケたらマジでクリスティーナに軽蔑されそうだったので、大人しく本題を続けた。
「別嬪ちゃんは自分の意思で第六民主国に来たのか?」
「はい」
「だとしたらその目的は心の療養……ではなく、王子の記憶を取り戻す情報を集めるためか?」
「……写楽さんは何でもお見通しなんですね」
別嬪ちゃんは苦笑を浮かべながらコクンと頷いた。
「その通りです。私の目的は初めから1つだけ。ハロルド様の中で失われた私の記憶を取り戻す方法を見つける、それが第六民主国に来た理由です」
「なるほどな。多種族が共存する第六民主国なら王子の記憶を取り戻す手がかりを掴めるかもしれない、と。そう踏んだわけね」
正解です、と首肯する別嬪ちゃん。
これで帝国御三家の大事な1人娘がなんで家を出奔したかの理由が分かった。
あと何点か気になる点もあるが、今は脇に置いておいていいだろう。
どうせ俺の問いに答えられる人材はこの場には居ないんだ。
俺はスクッ! と立ち上がると、いまだ頭を悩ませているレイトン所長とイクオに一言申してから事務所の出口へと歩き出す。
「昨日の件の報告はここまでだ、イクオ。それじゃ所長、俺はちょっと出てきますね?」
「は~い、いってらっしゃ~い……うん? えっ、どこへ?」
「待てホームズ、どこへ行く?」
「王子の記憶を取り戻せるか、知り合いの吸血鬼にあたってくるんだよ」
そんじゃ行ってきまぁ~す、と事務所の扉を潜ろうとして、
――グイッ!
と7号のコートの裾を何者かに引っ張られた。
振り返ると、そこにはいつの間にか近くに寄っていた別嬪ちゃんがコートの裾を握りしめて俺を見上げていた。
「わ、私も連れて行ってください、写楽さん!」




