045 思いもよらない協力者
私たちはマリーナに連れられ、船の甲板を歩いた。
人の姿を見ると、マリーナは顔を隠すようにフードを深く被った。
心地よい程度の風だが、薄いフードはすぐに脱げてしまう。重いローブであれば簡単には脱げないが、今は夏。そんなローブを着ていたら、熱中症になってしまう。
マリーナは船の帆を見上げた――正確には、帆が括り付けてある木の棒にとまっている、一匹のコガラスを見つめていた。
『協力者です』
私が信じられずに目をぱちぱちさせていると、マリーナはもう一度コガラスを見て、今度は指さした。
「……コガラス?」
マリーナは頷く。
つつくぐらいしかできない下級魔物に、何ができるというのだろう。私とレインは顔を見合わせた。
コガラスは、船の上にいる三人を見つけると、別の場所へ飛んで行った。マリーナはそれを追っていく。
「これ、どうなるのでしょうか……」
レインはぼそりと呟くと、マリーナたちの後を追う。私もそれについて行く。
コガラスがとまったのは、人気のない場所の手すり。マリーナとともにこちらを見つめ、私とレインが近くに来るのを待っている。
コガラスの首には、ピンクのリボンと、銀のハートのチャーム。もしかして、協力者の使い魔か何かだろうか。その予想は、はずれることとなる。
「レインと、シエル」
その言葉が、コガラスの小さなくちばしから聞こえてきたのだと、理解するのには時間がかかった。私は驚きのあまり、言葉が出てこなくなる。
レインは、驚いた様子もなく、当たり前のようにそのコガラスに話しかけた。
「アイレさんの部下の方ですね?」
「うん」
なるほど、首飾りはアイレに着けられたものか。
「アイレの、命令。嵐、起こす」
レインは一瞬だけ目を見開き、すぐに元の顔に戻った。
ただのコガラスに、嵐を起こす力はない。だけど、アイレの部下なら、できないことも……でも、コガラスだし……。
私の頭の中は、コガラスがしゃべったことと、嵐を起こすと発言したことで、理解が追い付かなくなっていた。
一つだけ考えついたのは、名前を聞かなきゃ、ということだった。
「な、名前! 名前は、なんていうの?」
目を回しかけている私をちらりと見て、コガラスは口を開く。
「ティフォーネ」
この奇妙なコガラスの名前は、ティフォーネというのか。そのことだけは、しっかりと理解できた。
「おまえ、見たこと、ある」
ティフォーネは、羽でレインを指した。
レインはしばらく考え込み、はっとして顔を上げる。
「あなた、ミドリ町を襲ったコガラスの大群を率いていた……アイレさんの補佐役ですね?」
「ほさやく。わたしの、仕事」
あの時は大変だった。ただ勇者一行とチユを会わせに行っただけなのに、コガラスの大群に遭遇するし、しかもイルとチユが知り合いで、無駄足だったし。
アイレは「補佐役ちゃん見つからなかったのよ」と言っていたが、その補佐役がティフォーネだったらしい。
「どうしてあんな騒ぎを起こしたのですか?」
ティフォーネはレインをじっと見つめた。
「仲間、取り返しに、行った。おまえ、コガラス、治した。だから、みんなに、帰ろう、言った。けど、みんな、帰らなかった」
「それで、あなたはどうしたのですか?」
「帰った」
レインは何も言わず、目をつむった。
「アイレから、言われた。わたしが、先にやる。みんな、ついてくる」
「……まあ、あの時は皆さんお怒りでしたからね。仕方ありません」
その話は一旦置いておき、レインは話を戻す。
「協力者はこれで全員ですか?」
『はい』
レインは咳払いをし、その場の空気を換える。さすがは魔王軍四天王、仕事モードのときは雰囲気が違う。可愛い顔して可愛い服を着ているのに、威圧感がちゃんとあるのだ。
「マリーナさん、クラーゲンが待ち構えている場所は?」
『もうずっと船の下にいます。ですから、呼べばすぐに来ます』
マリーナが海を覗くと、海の一部分が盛り上がった。水と同化していたそれは、クラーゲンの体だった。
レインはクラーゲンに苦手意識があるのか、びくりと体を震わせた。
「わかりました。決行するのは明日でもよろしいですか? 勇者たちの行動の確認、ほかの乗客も把握しておきたいので」
勇者の様子、時間帯、ほかの乗客の状況……すべてを加味して、最善のタイミングで決行したいのだろう。しっかりと練られた作戦なら、なおさら力が入るらしかった。
「わたしは、いいよ」
『私もそれで構いません』
ひとりと一匹の返答に、レインは頷いた。
「では、ぼくたちは勇者の様子を見てきます。シエルさん、行きましょう」
レインは踵を返し、人がいるほうへ歩いて行った。それに私もついていく。
不意に、レインは足を止めた。しゃべるコガラス、ティフォーネを横目で見ながら歩いていた私は、レインにぶつかる。と、彼は前へと倒れこんだ。
「えっ、ごめん! 大丈夫?」
レインはぶつけてしまったおでこを、無表情でさすりながら、座り込んだまま前方を見ている。
「無理を言って同行していただき、ありがとうございます、アストさん」
「いやいや、シャインにはいつもお世話になってるんだし、このぐらいは。それに、俺らも気になってたからな」
アストと、もう一人。後ろ姿だが、何となく見覚えがある気がした。シャインという名も、どこかで耳にしたことがある気がする。
「シャイン……蒼炎の騎士」
レインがつぶやいたのは、ミナモの町をアイスネークの群れから救った英雄。蒼炎の騎士が、そこにいた。