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ミシェルは恋多き女  作者: kkkkk


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3/7

3.平民の祭

 翌週、ミシェルは待ち合わせ場所の広場へと向かった。下町で祭が開かれる日だった。通りには同じ形、同じ色の提灯が吊るされ、屋台の準備をする人の声で賑わっていた。


 貴族の男女が平民の祭りに紛れ込めば、目立ってしまう。ミシェルはピエールに、平民に変装して来てほしいと頼んでいた。


 広場に着くと、ピエールが噴水の前に立っていた。ピエールは目立っていた。とても目立っていた。

 たしかに、変装しようと努力した跡は見て取れた。しかし、着用していたのは厚手のツイードのジャケットに、光沢のある革のブーツ、狩猟用の帽子だった。それは平民の服装ではなく、貴族が郊外へ狩りに出かける格好だった。

 貴族が祭会場に狩りをしに来たのか? そういう光景だった。


「……あの、その服装は?」


 ミシェルは咳払いをしながら、なんとか笑いを堪えた。


「変ですか? 目立たないように変装できたと思ったのだけど」


 ピエールは不安げに自分の服装を触った。困った仕草が、おかしくて、愛おしかった。


「近くに洋品店があるから、まずは着替えましょう」


 ミシェルはピエールの腕を引いて、広場の脇にある洋品店へ向かった。店主に事情を話し、ありふれた木綿のシャツと、古着のズボンを見繕ってもらった。着替えを終えたピエールは、鏡の前で苦笑いしていた。


「なんだか、自分でないような気がします」

「よく似合っていますよ」


 ミシェルが微笑むと、ピエールは頭をかいた。


 祭の会場は人で溢れていた。屋台から漂う香ばしい匂い、子供の笑い声、楽器の音。下町全体が盛り上がっていた。

 ピエールは屋台で売られていた料理に興味津々だった。串に刺さった肉、油で揚げた菓子、赤い飴に包まれた果物。どれもが、貴族の食卓には並ばない、庶民に親しまれてきた料理だった。


「これは、何と言う料理ですか?」


 ピエールは串焼きの肉を指差しながら尋ねた。


「名前はありません。ただの串肉です」


 ミシェルは屋台の主人から串肉を二本受け取った。串肉を手にしたピエールは、その場で動かなかった。きっと、食べ方を知らないのだろう。


「こうやって、端から食べるんですよ」


 ミシェルが手本を見せると、ピエールは見よう見まねで串を口に運んだ。


「美味しい! こんな食べ物があるなんて、知らなかった」

「良かったわ」

「ミシェルは詳しいのですね」


 ピエールは串肉を頬張りながら、声を弾ませた。

 詳しいのは当然だ。ミシェルは下町で生まれ育った雑貨屋の娘なのだから。


 それからも、ミシェルはピエールといろんな場所に出かけた。市場での買い物、川沿いの散歩道、夕暮れ時の橋の上。どこへ行っても、ミシェルが案内する景色に、ピエールは目を輝かせた。ミシェルにとっての日常は、ピエールにとっては、新しく魅力的な世界だった。


「ミシェルと一緒だと、世界がこんなに広く見えるのですね」


 ある日、川沿いを歩きながら、ピエールがぽつりと呟いた。

 その言葉を聞いて、嬉しかった。けれど、苦しかった。


 ミシェルは自身を貴族令嬢だと偽ったことが後ろめたかった。その後ろめたさは日に日に大きくなっていた。

 ピエールと何度も会った。平民のミシェルはピエールの婚約者にも恋人にもなれない。そろそろ、本当のことを打明けないといけなかった。

 雑貨屋の娘だと打ち明ければ、ピエールはどう思うだろうか?

 騙されたと憤るだろうか? それとも、失望して離れていくだろうか?


 考えただけで、呼吸が苦しくなった。真実を告げれば、ピエールとの幸福な時間は永遠に終わる。


 ――このままでいいのだろうか?


 ピエールと会った夜、ミシェルはいつも自分に問いかけた。

 答えは、いつも同じだった。良いはずがない。

 ミシェルはピエールを愛していた。けれど、貴族であるピエールと、平民であるミシェルは、決して結ばれることはない。いつか終わりが来るのなら、傷が浅いうちに身を引くべきだ。

 でも、ピエールに会うと、その決意はあっけなく崩れた。ピエールと離れたくない気持ちが、理性を上回った。

 離れなければいけない。でも、離れられなかった。


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