4(現状整理)
(落ち着け落ち着け落ち着けっ)
来栖は頭を洗いながら、気を落ち着かせようと必死だった。
(え、するの? マジでするの? この流れで? 急展開すぎるっ。そもそもコンドームなんて持ってない。あ、いや、ラブホだから部屋に置いてあるのか? いや、でも、でもでも)
「来栖くぅ~ん」
磨りガラスの向こうから、マリアの声。
「まだぁ? もう面倒だから、一緒に入っちゃおっか。三年ぶりにお背中流してあげるよ」
マリアのシルエットが、服を脱ぎはじめている。
「もう出る! もう出るから!」
来栖は泣きそうになりながら、浴室から飛び出した。
❖ ❖ ❖
部屋は明るいままにしておいた。
暗くして、変にムードが出てしまっても困るからだ。
来栖は別のことを考えながら、気を紛らわせる。
別のこと。
そう、今一番考えなければならない、『七大魔王百年戦争』のことだ。
(百年戦争……のことは、調べても出てこないな)
スマホで検索したものの、英仏間で発生した大昔の戦争の話しか出てこなかった。
あの有名な、ジャンヌ・ダルクが登場した戦争だ。
(関係あるのかな、ないのかな? まぁ、今は関係ないってことで無視しよう)
七大魔王のことは、元メギドヶ丘学園の学生として知っている。
メギドヶ丘学園は、『第七旅団』に入隊するエクソシストの養成機関だ。
『旅団』とは、軍団の単位だ。
上から順に、師団、旅団、連隊、大隊、中隊、小隊、分隊となる。
日本の陸軍には表向き、第一から第十までの十個の師団が存在する。
そして、表向きには存在しないことになっているゼロ番目の師団が、退魔専門部隊の『第ゼロ師団』だ。
第ゼロ師団の中には全部で七つの旅団がある。
神道系部隊の第一旅団、
仏教系の第二旅団、
道教・陰陽系の第三、
対琉球の第四、
対蝦夷の五、対半島・大陸の六。
そして、対西洋の第七旅団だ。
日本産怪異は『六甲山条約』によって互いに不可侵が定められているため、第一から第六旅団は軽い監視任務に当たるくらいで実戦はほとんどない。
一方の西洋産怪異とは不可侵条約など結んでいないため、わりと容赦なく襲いかかってくる。
今日の夕方、来栖が遭遇したマレブランケのように、だ。
なので、ほぼ閑古鳥状態の第一から第六旅団とは違い、第七旅団は毎日大忙しだ。
非常に実戦的で危険も多く、それゆえに大量の人材が投入されている。
来栖もまた、メギドヶ丘卒業後は第七旅団のエクソシストになるはずだったのだ。
だから、来栖を始めとするメギドヶ丘学園の学生は、基礎的な教養として『七つの大罪』や『七大魔王』についての知識を有している。
『憤怒』
(『憤怒』のサタンは、あの超有名なサタン。ゲームや漫画でもおなじみの、悪魔のリーダー。旧約聖書の『創世記』や『ヨブ記』、『ザカリヤ書』にも登場する、悪魔界のスタメン。それだけに人々の関心も強く、恐らく召喚魔王としては最強だろう)
『傲慢』
(『傲慢』ルシファーは、サタンが堕天する前の姿であり、サタンの別名)
あの、戦術核にすら匹敵する【第七地獄火炎】を連発していた、とんでもない天使だ。
(でも、そのルシファーをマリアは圧倒していた。ってことは、残る魔王のうち苦戦しそうなのはサタンくらいなのかな?)
『嫉妬』
(いや、『嫉妬』のリヴァイアサンも手ごわそうだ。トマス・ホッブズの書籍のタイトルになっているし、何より某有名ゲームの召喚獣として定着してるから)
そう。
この世界では、怪異の知名度イコールその怪異の強さになるのだ。
『怠惰』
(『怠惰』のベルフェゴールは絶対弱いよね。コラン・ド・プランシー『地獄の辞典』で描かれている、便座に座ってるイメージしかない。それに、ベルフェゴール本人もめちゃくちゃ怠惰で、一年のうちほとんどを寝て過ごしてるって話だし)
明治時代の第七旅団員に、実際にベルフェゴール本人と遭遇した人物がいて、その人物が書き遺しているのだ。
『強欲』
(『強欲』のマモンは、知名度はほぼゼロ。いや、ミルトン『失楽園』に登場してたっけ。でも、マモン本人はお金にしか興味がないって話だし、強いイメージはないよな)
『暴食』
(『暴食』のベルゼブブは、強いだろうなぁ)
ハエの王。
ゲームや漫画、アニメでも定番の強キャラだ。
(確か、キリスト教によって悪魔の身に貶められる前は、フェニキアの神『バアル』だったっけ。『気高き主』。あのハンニバル・バルカも、『バアルは我が主』って意味だったとか。それが、旧約聖書の『列王記』で『ハエの王』ってディスられて、悪魔扱いされたんだよね。他教を異端とし、他教の神を悪魔扱いして貶めるのは、キリスト教の常套手段だから)
実際、ベルフェゴールなど多数の悪魔が他教の神出身だったりする。
『色欲』
(最後は、神戸の主神・阿栖魔大明神こと『色欲』のアスモデウス。七大魔王の中で唯一、人間との共存論を謳っているハト派中のハト派。だから、遭遇しても話し合いで解決できる可能性が高い。でも、いざ戦うとなった場合、絶対強いだろうな。なんたって、阿栖魔大明神は縁結び・子宝の神様として一般人にも広く浸透してるから)
以上が、来栖の知る七大魔王に関する情報だ。
(結論。サタンの写し身であるルシファーを圧倒できたんだから、マリアがいればサタン以外の相手に負けることはない。
サタンと遭遇したら、一旦逃げて様子を見る。他の戦争参加者同士で潰し合ってくれるとうれしいかな。
アスモデウスと遭遇した場合は、対話を試みる。
それ以外と遭遇した場合は、油断は禁物だけど、勝つつもりで戦う。こんなところかな)
――ガチャリ
バスタオル姿のマリアが入ってきたので、来栖は飛び上がった。
ベッドの角に小指を足のぶつけてしまう。
「いっっったぁ!?」
「大丈夫、来栖くん!?」
マリアが駆け寄ってきた。
マリアの顔を間近で見て、来栖は驚いた。
化粧を落としたマリアの、顔。その目元に隈があったからだ。
「マリア、それ」
「え? あっ」
マリアが魔力をまとった指先で隈を拭う。
すると、隈が消えた。
「な、何でもないよ。ちょっと魔力体の設定をミスっちゃっただけ。さぁ来栖くん、シよう?」
「もう寝るよ! 明日も戦闘になるかもしれないんだから」
「えーっ? ちょっとだけ。先っぽだけだから」
「女がそれを言うのか」
「なんなら生やすこともできるよ? 魔力ちんちん」
「やめてっ。本当にやめてっ。これ以上、マリアのイメージを壊さないで!」
「もう、しょうがないなぁ来栖くんは」
ドラえもんみたいなことを言ったマリアが、バスタオルを解いた。
すると中から、寝間着を着た体が現れた。
来栖の願いを聞き入れてくれたらしい。
「でも、抱きしめるくらいはいいでしょ?」
翼を消して、寝やすいフォームに変わるマリア。
「それくらいなら、まぁ」
二人してベッドに潜り込む。
気恥ずかしくて、来栖はマリアに背を向けた。
すると背後から、マリアが抱きついてきた。
「おやすみ、来栖くん」
「おやすみ、マリア」




