5(デート)
❖翌二十六日・午前中/神戸三宮・百貨店/来栖❖
翌日は、朝から曇天だった。
来栖とマリアは今、百貨店のメンズセレクトショップを冷やかして回っている。
あの老人――テンプル騎士団の魔術師との戦闘で、来栖の服が焼け焦げてしまったためだ。
マリアの魔力体で焦げや破れを覆い隠すこともできるし、外を歩くときは実際にそうしているが、いつまでもそんなことをしているわけにもいかない。
余計なことに魔術を使っていると、いざ敵に強襲されたときに魔術の精度が落ちかねないからだ。
「ほらほら来栖くん、このジャケットとか可愛くない?」
「可愛い? かどうかは分かんないけど、ちょっと肩周りが動きにくそう」
「えー、絶対可愛いよ」
「だって、僕も戦闘に参加するかもしれないでしょ」
マリアには一段、二段、いや百万段は劣るが、これでも来栖は多少は立ち回れる。
昔アイラム師匠に叩き込んでもらった、合気道があるからだ。
敵魔王の相手をマリアがしている間に、魔王召喚師のほうを攻撃することならできるかもしれない。
召喚師が死ねば、魔力供給元を失った魔王は消滅する。
つまり、
(僕が敵の召喚師を……殺せば、勝てる。やれるのか、僕に? やれるさ、マリアのためなら)
「動きやすさ重視なら、やっぱりセーターかカーディガンかなぁ。あ、この色のセーター、可愛い。あーっ、でもこっちのカーディガンのほうがもっと可愛い!」
(女の子の言う『可愛い』って、全然分からない……)
「ね、これ試着してみよ」
「うん」
来栖はカーディガンを持って試着室に入る。
すると、あろうことかマリアまで一緒に入ってきた。
「ちょっとマリア!?」
「いいじゃん。減るもんじゃなし」
「僕の尊厳が減るんだよ!」
「えーっ、傷つくなぁ。ボクたち付き合ってるんじゃなかったの? 夫婦になるんじゃないの?」
「うぐぅ」
マリアがカーテンを閉める。
狭い空間で二人きりだ。
「はーい、手ぇ上げて~」
「自分で着替えられるからっ」
「うふふっ。恥ずかしがる来栖くん、可愛い」
「まったく。話が通じないんだから」
来栖はボロボロになってしまったカーディガンを脱ぎ、新しいカーディガンを着る。
「思ったとおり、すっごく似合ってるよ」
「そう? マリアが選んでくれたからかな」
「ねぇ、せっかくだから前髪を上げてみせてよ」
「……それはやだ」
来栖は姿見に映る自分の顔を見る。
来栖はその長い前髪で、目元を隠している。
「せっかくカッコ可愛い顔してるのに、どうして隠すの?」
マリアが前髪に触れてきた。
「ちょっ、上げないでよ。悪目立ちするのが嫌なんだよ。また、『堕ちた神童』とか『元神の子』って言われるから。それに、他人の目を直視するのが怖いんだ」
三年前まで、来栖は無敵だった。
そりゃあマリアにこそ敵わなかったが、メギドヶ丘学園の同級生の中で、来栖に勝てる生徒なんて一人もいなかった。
教師陣ですら来栖に敵わなかった。
そんな状況だったので、当時の来栖は調子に乗っていた。
偉そうにふんぞり返って、同級生たちを顎で使っていた。
だが、誰も来栖には逆らえなかった。
来栖の行いに対する能力的裏付けがあったからだ。
若干十三歳にして前人未到の地獄級魔術を使うことができた神童。それが来栖だった。
だが、その年の冬、来栖は唐突に力を失った。
何の前触れもなく体内霊脈が崩壊して、魔力操作量がほぼゼロになってしまったのだ。
来栖に対してゴマをすっていた同級生たちは、一斉に手の平を返した。
来栖を嘲笑い、中・上級魔術で来栖をいじめるようになった。
とはいえそれは、来栖の自業自得だったのだ。
だから今の来栖は、隠れるようにして生きている。
目元を隠しているのは変装のためであり、他人の視線から自身の心を守るためでもある。
「でもっ」
とマリアが言った。
力強い口調で。
「今のキミには、力がある。最強の堕天使ルシファーを瞬殺できるほどの力だ」
「マリアの力だろ」
「ボクを使役しているのはキミだよ、来栖くん。ボクはキミという召喚師なくしては、すぐに消滅してしまう。だからキミの力だ。ほら」
マリアが虚空からカチューシャを取り出した。
「ねぇ、それどこから取り出したの?」
「魔力製だよ」
「ヒエッ。っていうか、この柄。いばらはさすがに……」
『いばらの冠』といえば、イエス・キリストの象徴だ。
「我が王、ユダヤの王よ。神の子、ダビデの子、主よ」
マリアが厳かに告げる。
ふざけている様子はない。
マリアは本心から来栖を敬愛し、来栖を神の子として扱うつもりのようだ。
「やめてよ、さすがに畏れ多いって」
「でも、キミは今や、天使を従える偉大なる王様なんだよ? ボクのメシアだ。それに、他の七大魔王を牽制するためにも、ハッタリは必要さ」
マリアが来栖の前髪をかき上げ、まるで戴冠式で皇帝に冠を授ける教皇のように、いばらのカチューシャを来栖の頭に着けた。
「父と子と聖霊の名の下に」
目元を隠すための前髪を上げられてしまった来栖は、心細い。
「大丈夫。大丈夫だよ」
マリアが、そんな来栖の頭を胸に抱く。
「我が王。来栖くんの行く手を阻もうとする邪魔者は、ボクが全部ぜーんぶ追い祓ってあげるんだから」
マリアが包容を解いた。
二人、至近距離で見つめ合う形となる。
マリアがおもむろにキスしてきた。
来栖は魔力を吸い上げられる。
「ぷはっ。ちょっ、今の流れでキスする必要、あった!?」
「雰囲気だよ。そんなこと言って、ホントは嬉しいくせに~。ねぇ、見てみなよ。新しいカーディガンを着て、こうして髪を上げた来栖くん。最高にカッコ可愛いよ。ほら、昔みたいに『俺』って言ってよ」
「言わないってば」
来栖がカチューシャを外そうとした、そのとき。
「あの~。お客様、中で何をなさってるんですか? 迷惑行為は――」
試着室の外から、店員のいぶかしげな声が聴こえてきた。
来栖は大慌てでカーテンを開く。
「べ、別に何もっ。このカーディガン、買います。このまま着ていってもいいですか?」
来栖は、『いばらの冠』を外す機を逃してしまった。
❖ ❖ ❖
「おりゃっ。うおりゃっ。あーっ、来栖くんに抜かれた!」
(ぷっふふっ。マリアって昔から、レーシングゲーしたらハンドルと一緒に体が傾くんだよね。可愛いから教えないけど)
百貨店の次は、ゲーセンだ。
三年のブランクを埋めるかのように、二人は遊び倒す。
もちろん、警戒は怠ってはいない。
だが、気を張り詰めていても、疲れるばかりで意味がないのだ。
「次はあれ、クレーンゲームやりたい! 百円入れてよ、来栖くん」
「えー、やだよもったいない」
「レーシングゲームはいいのにクレーンゲームは駄目なの? なんで?」
「だって、ゲームは長く楽しめるでしょ? でも、クレーンは一瞬じゃん」
「取れたら一生の思い出になるよ」
「うーん」
「おねがいっ」
来栖は、マリアの『おねがい』に弱い。
たまらず、百円玉を投入した。
「ありがとっ。あのすっごく可愛いぬいを狙うね」
「え、何……この……何?」
マリアが指さしているのは、クマとパンダとネコとウサギを混ぜて四等分したような、謎生物のぬいぐるみだ。
しかも、ジト目。
(可愛い……? 可愛い、イズ、何)
「あーん、失敗した! 来栖くん、もう一回」
「はいはい」
「『はい』は一回でいいんだよ」
「はいはいはいはい。ぶふふっ。マリア、クレーンでぬいぐるみの顔面がメキョってなってる。しかも取れてないし」
「じゃあ、どうすればいいって言うのさ」
「下手くそなんだよ。相変わらず、マリアはゲーム全般が駄目だな」
「むきーっ。駄目って言うな!」
売り言葉に買い言葉。
来栖は少し、楽しい。
三年前の気安い感じに戻れたような気がしたからだ。
「ほら、貸してみ」
来栖はマリアに代わり、操作する。
その両目には十三ミリリットル分の魔力が充填されており、脳内詠唱の【文殊慧眼】によってすべてのぬいの重量・配置・取りやすさを看破している。
「何、そのクレーンさばき! 魔法みたい!」
「魔法使いはマリアのほうだろ」
「んふふっ」
来栖が取ったぬいを抱きしめながら、マリアが幸せそうに笑った。
「来栖くん、今、『だろ』って言った。『でしょ』じゃなくて、『だろ』って」
「え?」
「ちょっとだけ、昔っぽいしゃべり方」
「! ……忘れて」
「いいじゃん。もっとボクのこと、引っ張ってほしいな。ボクのカレシ、未来の旦那さん、そしてボクを召喚したマスター、来栖くん」




