6(戦力確認)
❖同日・真昼/ファミレス/来栖❖
「それでさ、今のマリアって、どういう魔術が使えるの?」
イタリアンなファミレスで明太子味のパスタに舌鼓を打ちながら、来栖はマリアに尋ねた。
一方のマリアは、ナポリタンとペペロンチーノとカルボナーラとエビたっぷりグラタンを食べている。
相変わらずの食欲モンスターだ。
「どしたの、藪から棒に」
「藪からってほど突然でもないでしょ。せいぜい茂みくらいだよ」
「藪と茂みの違いって何?」
「僕にも分かんない。次の戦闘に備えて、相棒の能力を把握しておくのは重要なことだよ」
「相棒!」
マリアが目を輝かせた。
「いいね、それ。バディって感じ」
「うん。うん? 相棒とバディの違いって何?」
「ボクにも分かんない」
「ぶぷっ、会話が循環してる。ええと、まず、マリアは今、三つの術式が使えるよね。【光あれ】っていう太陽みたいな熱光線と、魚をたくさん出して敵の魔術を吸収するやつと、あと大量の羊を出すやつ。他には使えるの?」
「うん」
「っていうかさ、それっていつ覚えたの? 生前も使えてた?」
「まさか。【光あれ】って、たったの五文字で詠唱完結できるんだよ? それで、地獄級火炎魔術以上の威力。そんな必殺技が使えてたなら、あの蛇に食べられる前に反撃してたよ」
「だよね」
一方の【第七地獄火炎】は、どれだけ早口で詠唱しても、数十秒はかかってしまう。
今のマリアがいかにチート級の魔術師(天使?)か分かろうというものだ。
「じゃあ、どうやって覚えたの? やっぱり復活したとき?」
「うん。力を吸収したときに、一緒に情報も頭の中に入ってきて――あっ」
「力を、吸収?」
マリアが露骨に視線をそらした。
「マリア?」
マリアが明後日の方向を向いて、ド下手くそな口笛を吹いている。
「話してくれる?」
「えーと」
「話せないの?」
「……ごめん」
「はぁ。話す気になったら、話してね」
「分かったよ」
マリアに隠し事をされて、来栖は少しだけ悲しい。
だが、話す気になったら話してくれるようなので、それほど気にしなかった。
それに、隠し事だったら来栖にだってある。
例えば自宅のSSDの中にとか、スマホのブラウザのお気に入りにとか。
(マリアをオカズにってのが、どーも無理なんだよなぁ。なんでだろ)
好きが高じすぎると、そういう目で見れなくなることもある。
(けど、今はこうして本物のマリアが目に前にいる。想像と実物は、やっぱりぜんぜん違う。マリアってば、三年前よりもずっと成長してて、その、胸とかも。今夜もラブホに泊まるだろうし、もしまた迫られたら……)
「ボクが使えるのは、全部で七種の魔術――いや、神術になるのかな?」
「そのへんは面倒くさいから、魔術で統一しよう」
「了解」
魔術師が使えば、魔術。
陰陽師が使えば、陰陽術。
巫女が使えば、巫術。
呪術師が使えば、呪術。
術式には様々な呼び方があるし、その成り立ちも古今東西様々であるが、要は『魔力(これも霊力、巫力、呪力、氣など呼び方は様々だ)』を使って超常の力を発揮する技術のことだ。
メギドヶ丘学園では、それらすべてを便宜上『魔術』と呼んでおり、その使い手のことを『魔術師』と呼んでいる。
「まずは【光あれ】。【プレゲトン】よりも強い熱系の攻撃魔術だね。魔力消費量は数千から一万単位」
「マジでチートだよね、それ」
「んっふっふっ。来栖くんとボクの愛の結晶だよ」
「ぶっ飛ばしてるけど」
「細かいことはいいの。で、二つ目が【ΙΧΘΥΣ】。数百匹の透明の魚を召喚する魔術。魚は敵の魔術を魔力に還元して食べて、ボクの元に戻って来て、ボクと同化する。ボクはその魔力を自分のものとして蓄えることができる」
「マジ最強じゃん」
「でも一個だけ難点があって、ボクと同化した魚は消えちゃうってこと。あと、クールタイムがあって、すべての魚が消えるか、もしくは数分経たないと、再度使うことができないんだ」
「つまり、敵の攻撃魔術があまりにも大規模だった場合、押し負ける可能性がある、と?」
「そのとおり。まぁ、効率よくすべての魚に魔力を食べさせて同化させ、素早く再発動させることもできなくはないんだろうけど……魚はわりと自由に動き回るから、まぁまぁ至難の業だろうね。【エクスプロージョン】くらいならまだなんとかなるけど、【プレゲトン】を連発されると、キツい」
「マリアがそう言うんなら、そうなんだろうね」
実際、マリアはVS老人・天使戦で、老人の【エクスプロージョン】は魚に食わせていたが、天使の【プレゲトン】のほうは【光あれ】で相殺していた。
「じゃあ、防御面はマリアの力に頼らず別の手段を探したほうがよさそう? 例えばメギドヶ丘学園から【小十字結界】を盗んでくるとか」
「ナチュラルに犯罪に走らないでよ」
「いやぁ、非常事態だしさ」
「それはそうなんだけど。もう、ボクがブレーキ役に回ってどうするんだよ。三つ目の魔術に、強力な防御術式があるよ。【スピリッツシールド】。数十匹の聖霊――炎のハトを召喚して、盾になってもらうの」
「ほう。そいつは強いの?」
「うん。束になれば、【プレゲトン】も防げるよ。まぁ【光あれ】で相殺したほうが速いけど」
「つえぇ。そのハトも、【光あれ】も」
「四つ目、【パーフェクトヒール】」
「それ! 天使の【プレゲトン】で、僕の手指とか目とか顔とか、ほぼ焼け溶けてたよね!? それがつるりと治ってたんだけど!」
「完・全・治・癒、だからね」
「マジで奇跡だよ」
「大天使マリア様だからね。で、五つ目はネタ枠。【私はよき羊飼い】」
「あの、無数の羊が空から降ってきたやつか。あれも普通に強いよね」
「まあね。六つ目が、【ハルマゲドン】。これはまぁ、自爆技だよ」
「じ、自爆!?」
「うん。ボクの体内魔力すべてを爆発させる、最強の広範囲攻撃技。威力はそのときの魔力量に左右されるけど、【光あれ】のざっと数百、いや、数千倍?」
「それ、マリアが死ぬってことじゃないか!」
来栖は思わず立ち上がった。
店内の喧騒がピタリと止まり、数十個分の視線が来栖に集まった。
「あ、すみまっ……」
来栖はとっさに前髪で目元を隠そうとして、『いばらの冠』によって前髪が上げられていることを思い出した。
「痴話喧嘩かな?」
「かわいい~。青春だねぇ」
近くの客が、微笑ましそうに茶化す。
来栖が座ると、店内は再び元の喧騒に戻っていった。
「……絶対に使わないでよ?」
「大丈夫、大丈夫」
マリアが頭をなでてくれた。
だが、『使わない』とは言ってくれない。
「……マリア?」
「つ、使ワナイヨ?」
「あーっ、目ぇそらした! 僕がピンチになったら使うつもりだな? 絶対ぜぇったいに駄目だからね!?」
「そもそもキミがピンチにならないように、ボクが守るもの。お姉ちゃんにドンと任せなさい!」
「だから、『使わない』って言ってってば」
「言ったじゃん」
「カタコトだったじゃん!」
「じゃんじゃんうるさいじゃん」
「茶化さないでってば!」
「ラスト、七つ目。これは【ハルマゲドン】よりもさらに威力の高い、神級魔術【聖絶】。でもこればっかりは、ボクでも扱える気がしない」
「だからごまかさないで……って、マリアですら使えないの!?」
「うん。詠唱は脳にインプットされてるけどね。なんたって、消費魔力が一億もするんだよ?」
「お、億……」
世界最強の魔術だと言われる【プレゲトン】ですら、一発あたり一万だというのに。
「【アナテマ】は、ゲームで言うところの『ザキ』とか『デス』とか『ハマ』。敵単体を強制的に神の御下に召させるという、究極確殺魔術だよ。たぶん、神本人以外だったら誰でも殺せる」
「は、ははは……それもう神様じゃん」
「だから、この戦争期間中になんとかして来栖くんの魔力総量を一億超えまで伸ばすことができれば、ボクらは確実に優勝できるわけだ」
「い、一億って、それはもはや神なんだよ。そもそも僕は、十三ミリリットル分の魔力しか扱えない。十万あろうが一億あろうが、宝の持ち腐れだよ」
「だから、ボクが代わりに使ってあげるって話をしてるんじゃないか」
「あ、そっか」
来栖にとって、魔力が使えなくなってしまったことは非常に大きなコンプレックスだ。だから、ついつい思考が自虐の方向に傾いてしまう。
「そもそも今の来栖くんって、なんで魔力を扱えないの?」
「知ってるでしょ? 体内霊脈が壊れてしまったからだよ」
中一の冬に、前触れもなく、ある日突然。
そのせいで来栖は魔術がほぼまったく使えくなってしまい、マリアとの婚約を解消させられるに至った。
「もっと詳しく知りたいの。まず、魔力はおヘソの下――丹田から引き出すよね。で、それを心臓にまで持ち上げて、血流のように全身へ循環させることで、魔力を『練る』。そうして練り上げた魔力を使って、ボクらは魔術を使う」
その、魔力を血液のように全身へ巡らせる経路のことを『体内霊脈』と言う。
「うん。でも、僕の場合、その途中で流れの『詰まり』が発生するんだ。体内霊脈がパンクしそうになって、それが痛みとして現れる」
「詰まり。便秘みたいな?」
「言い方!」
「いやー、でも実際あるんだよ。ほら、ここ」
マリアが自分の尻辺りを指差す。
「え、えっと」
来栖は少し照れながら、
「尾てい骨?」
「そうそう。来栖くん、護国拾家の伍里家は知ってるでしょ?」
『護国拾家』は、日本を代表する退魔の名家だ。
壱文字、
弐又、
参ツ目、
肆季神、
伍里、
陸玖陸、
漆宝、
捌岐、
阿ノ玖多羅、
拾月。
そのうち、阿ノ玖多羅家が最強の家とされている。
マリアの家だ。
ちなみに、来栖の家は阿ノ玖多羅家の分家。
阿ノ『九』多羅、と旧字(大字)ではなく現代風の漢数字(小字)を名乗っている。
「伍里家は全員が猿神憑きなんだけど、生まれつき尾てい骨に『門』を感じるんだって。修行によってその門を開通したとき、霊体の『尻尾』が生えてくるの。尻尾の分、体内霊脈が長くなるから、よりたくさんの魔力を体内に流すことができるようになり、より強力な魔力を練り上げられるようになる。だから、尻尾を会得した伍里家の魔術師は超強いんだよ。覚醒する前の数倍とか、人によっては何百倍も強くなれるんだとか」
「へぇ~っ」
来栖は青天の霹靂だ。なぜなら、
「流れが滞っているところ。その一つが、尾てい骨だ!」
「一つ? 他にもあるの?」
「うん。背中と頭」
「背中と頭。具体的には?」
「背中は、肩甲骨の内側に左右に二ヵ所。頭は頭頂部辺りに左右に二ヵ所」
「それ、まるで翼と角だね。さらには尻尾だなんて。来栖くん、実はデビルの生まれ変わりだったりする?」
昨日、祓いそこねたデビル・マレブランケ。
二本の角に一対の翼、尻尾。三又の槍を持ち、意地悪な笑みを浮かべているマレブランケこそが、ダンテの『神曲』にも登場するようなステレオタイプの悪魔像だ。
「悪魔が天使を使役するの? ラノベかよ。あれ、僕たちの物語、実はラノベだった?」




