7(色仕掛け)
❖同日・午後/猫カフェ/来栖❖
「かわいぃぃ~~~~っ」
マリアが猫まみれになっている。そんなマリアを眺めながら、来栖は、
(おまかわ! おまかわだよ!)
と身悶える。
「好きなことに好きなだけ時間を費やせるだなんて、夢みたい!」
マリアが楽しそうに笑う。
そんな彼女の言動の端々に、来栖は彼女の闇を垣間見る。
(そっか。マリアは今まで、猫カフェに行く自由すらもらえなかったんだ)
❖ ❖ ❖
❖同日・夕方/南京町/来栖❖
「この肉まん、美味しい! あ、あっちの小籠包も美味しそうだよ!」
「好きなだけ食べていいよ。マリアはもう、自由なんだから」
マリアが、隣で楽しそうに笑ってくれている。
来栖はそのことが、たまらなくうれしかった。
❖ ❖ ❖
❖同日・夜/ラブホテル/来栖❖
さらにその夜、二人は再びラブホテルに泊まった。
「ねぇ、来栖くん」
シャワーを浴び終え、寝間着姿になったマリアが、ベッドの上の来栖ににじり寄ってきた。
「昼間、猫ちゃんたちのことをうらやましそうに見てたでしょ」
「み、見テナイヨ?」
「ほら、嗅いでごらん」
マリアが来栖を翼で包みこんできた。
「すーっ。めちゃくちゃいい匂いする」
「何の匂いだと思う?」
「えっ、何だろう?」
「マ・リ・ア・の・に・お・い」
「あっっっ」
来栖はフリーズする。
一度に接種可能な可愛さの上限を超えてしまったのだ。
「来栖くん? おーい、来栖くーん。こちょこちょこちょ~」
「ひゃっ、ちょっとやめてよ」
「ほらほら、ここがええんか? ここがええのんか?」
「くすぐったいって、マリア」
「猫ちゃんはそんなしゃべり方しないでしょ? ほら、ニャーン」
「にゃ、ニャーン……どんなプレイ? わわっ」
両目をハートマークにさせたマリアが、来栖にのしかかってきた。
もちろん、実際に目がハートマークになったわけではないが。
明らかに発情している。
「はぁはぁ、来栖くんのふさふさまつ毛たまらん。食べていい?」
「いいわけないだろ!」
「ちゅう」
「あっ、吸うな! 吸わないで!」
「来栖くんは可愛いなぁ」
マリアがキスの雨を降らせてくる。
「それに、格好いい。たまに男っぽい口調になるのがまた、ギャップがあっていいんだよね」
「口調?」
「今も、『だろ』って言ったじゃないか」
「……忘れて」
「このやり取りも、もう二度目だけどさ。来栖くんは強いし格好いいんだよ。顔も、こうして前髪上げたら中性的なイケメンだし。もっと自信持ってよ。昔みたいに『俺』って言ってよ」
「や、やだよ。僕みたいなへなちょこが『俺』とか言うの、いきってるみたいでダサいだろ」
「へなちょこなんかじゃない! だってキミはもう、ボクの主人なんだよ? ルシファーを瞬殺できるほどの強キャラなんだよ? どうしても自信が得られないのなら、キミのこと、『マスター』って呼ぼんでみよっか。ボクは強い。最強だ。そんなボクを従えている来栖くんはもっと強い。そうでしょ、マスター?」
「マスター……は、ゲームっぽくてちょっとやだな」
「じゃあ、主? 主上? 聖上? 我が王、とか?」
「王はマリアのほうだろ。【光あれ】とか【アナテマ】とか、世界だって征服できるくらいの威力なんだから」
「ボクが王なら、そのボクを従えてるキミは諸王の王ってことになるけど。偉大なるシャーハンシャーよ」
「その……」
来栖は少し、もじもじする。
「やっぱり昔みたいに呼んで欲しい」
「あっは! 分かったよ。じゃあ――」
マリアがとびっきりの笑顔で、来栖の名前を呼んでくれた。
「来栖くん!」
「!!!」
三年ぶりの喜びだった。
事ここに至ってようやく、来栖は『帰ってきた』と感じた。
もちろん、昨日の夜からずっと、マリアは来栖の名前を呼び続けてくれていた。
けれど来栖は、その呼び方にどこかよそよそしさを感じていた。
いや、マリアに原因があったわけではない。原因は来栖のほうにあった。
だって、現実感がまるでなかったのだ。
久しぶりにマリアの話を聞いたかと思えば、それが『マリアが四十歳の男と結婚する』という話で。
三年ぶりに逢えたと思ったら、マリアがいきなり大蛇に食い殺されて。
そうしたら、今度はマリアが天使になって復活して。
三年間ずーっと避けられていたはずなのに、一転して『来栖くん、来栖くん』とマリアがグイグイ来て。
マリアの豹変ぶりを見て、来栖は浅ましくも、
『僕が魔力供給を止めたら消滅してしまうものだから、媚を売っているのでは?』
などという考えを、ちらりとだが浮かべてしまったのだ
けれど今日一日、朝からマリアと一緒に遊び倒したことで、ようやく現実感が追いついてきた。
マリアがどれほど、来栖のことを好きでいてくれていたのか。
そして、やむにやまれぬ事情によって来栖を避け、どれほどつらい思いをしていたのか。
それらを実感できたのだ。
「来栖って、良い名前だよね。いかにもエクソシストって感じで」
「自分でも気に入ってる名前だよ。祖父ちゃんが付けてくれたんだ」
祖父は阿ノ九多羅家の当主だ。
分家とはいえ古い家なので、家父長が名前を付ける。
「でも、エクソシストっぽいって意味なら、『クリス』のほうがそれっぽいけどね」
「それも考えたそうだけど、『栗』栖だとちょっとダサくて可哀そうかなって考えたらしいよ。小学生あたりでイジメられちゃいそうだ、『クリボー』とか『栗男』ってからかわれそうだ――って」
「え、何、マリア、祖父ちゃんに会ったことあったっけ?」
「うん。十年前、来栖くんをもらうと決めたときに、ご挨拶に」
「何それ初耳なんだけど」
「来栖くんに直接会う前の話だからね。『お孫さんをボクに下さい』ってお祖父様に言ったんだけど、子供の冗談かごっこ遊びだと思われたみたいで、まともに取り合ってもらえなくて」
「そりゃそうでしょ。当時八歳でしょ?」
「で、毎日毎日通い詰めるうちに、お祖父様がついに、『儂に勝てたら孫をやろう』って仰ったんだ」
「何やってんのお祖父ちゃん!?」
「んで、ボコボコにボコされて」
「まぁ、いくらマリアでも八歳のころではなぁ」
「悔しかったから、アイラム師匠に思いっきり厳しくしてもらって、一ヵ月で魔力総量を十倍に伸ばして」
「は?」
「で、お祖父様をボコし返して、来栖くんをもらう権利を手に入れたの。それ以来、ちょくちょくメッセージを送り合ってるよ」
「何してんのマジで!?」
いつの間にか馬乗りになっていたマリアが、来栖の上からどいた。
ベッドから降り、くるりと一回転してみせる。
「十年前に、来栖くんはボクのモノになった。と同時に、ボクはキミのモノになった。ボクらは愛し合う運命にあったのさ」
バレエか歌劇のように、マリアが優雅にカーテシーをしてみせる。
「三年ほど遠回りしちゃったけど、そんなの気にすることないよ。一緒に幸せになろう」
寝間着のワンピースを着たマリアが、カーテシーと言うにはいささか扇情的すぎるほど、裾を持ち上げていく。
来栖の視線はマリアの太ももに釘付けだ。
(それにしても、本当にエロい体してるよなぁ)
幼馴染の姿を三年振りに間近で眺めながら、しみじみと思う。
昨晩はテンパってばかりで、マリアの体を眺める余裕なんてまるでなかった。
が、二晩目ともなれば、さすがに余裕も出てくる。
マリアの体のことは、右太ももの内側にあるほくろの位置まで把握しているつもりだったが、やはり高校生というものは育つらしい。
「んんん? どこを見ているのかな?」
「み、見テマセンヨ?」
「ウ・ソ」
マリアが妖艶に微笑んでみせる。
(未成年が出していい色気じゃないっ)
「だって目が泳いでるもの。来栖くんはえっちだなぁ」
「だ、誰のせいでこうなったと思ってるんだよ!」
「んふふ。来栖くんはボクの体のどこが好き?」
マリアがいよいよ、ワンピースの裾を持ち上げていく。
右太ももの内側のほくろが目にとまった。
「どこってそりゃ」
裾は、まだまだ持ち上がっていく。
来栖はマリアの太ももから目が離せない。
マリアの強烈な色仕掛けをかわして眠るのに、来栖は一生分の忍耐を要した。
❖ ❖ ❖
❖翌二十七日・早朝/神戸上空/ルシファー❖
夜明け。
明けの明星が東の空でひときわ強く輝いたそのとき、ルシファーの『完全召喚』が発動した。
マリアの【光あれ】に呑まれて死ぬその寸前に、ヴェヌスは詠唱を完成させていたのだ。




