3(マリアの死)
❖同日二十一時/メギドヶ丘学園・校舎裏/来栖❖
待っている間に、来栖は準備を終えた。
一度家に帰って、シャワーを浴びて、昔マリアに選んでもらったワイシャツとカーディガンとチノパンに着替え、マリアから贈ってもらった指輪を薬指に嵌めて、バックパックを背負った。
家を出るとき、ブレーカーを落とした。
それから、コンビニやATMを渡り歩いて全財産を引き出し、バックパックに詰め込んだ。
すべてを終えてメギドヶ丘学園の校舎裏に向かうと、すでにマリアが来ていた。
「今さら、何」
マリアが開口一番、刺してくる。
だが、来栖はめげない。
『覚悟』はすでに決まっていた。
「その、聞いた。結婚するって」
「うん。親戚の人。傍系だけど、魔力総量も魔力操作量も、ボクより上なの」
「マリアより強い術師がいるなんて」
やはり、決闘を仕掛けるのは無謀だ。
だから来栖は、その『覚悟』を口にした。
「逃げよう、マリア。そのためのお金は貯めてきた。ほら、三百万ある」
そう、そのためにお金が必要だったのだ。
マリアと駆け落ちして、阿ノ玖多羅家から逃げ続けるための資金が。
来栖はマリアの手をぎゅっと握る。
「海外で暮らすための方法も考えてきた。準備は全部できているんだ」
マリアが三百万円を見て、それから、
「…………………………………………は?」
と言った。
「ま、マリア?」
「どうして?」
マリアが頭をかきむしる。
「どうしてそれを、三年前のあの日、言ってくれなかったの? ボクがどれほど悲しかったか、キミに分かる? ボクは絶望して、絶望して、三年かけてたっぷり絶望して……けれど、いい加減、絶望するのにも疲れて、最近になってようやく心に折り合いをつけることができたんだ。だからこうして、結婚の話も受け入れた。なのにキミは、今さら何?」
「でも僕は――」
「僕、僕、僕! 弱い男なんて大っ嫌い。高一にもなって、まだ分からないの? 阿ノ玖多羅家の力は全世界に及んでいる。駆け落ちなんてしても、隠れおおせる場所なんて世界のどこにも存在しない。さよなら、来栖くん。ボクの、最高最強『だった』幼馴染」
来栖は打ちひしがれる。
決定的に嫌われてしまった、と思った。
いや、マリアの中では、来栖はすでに過去の存在になっていたのだ。
マリアが去っていこうとする。
が、不意に振り向いた。
目を見開いている。
マリアが、来栖の足元を見ている。
つられて、来栖も見た。
来栖の足元に、蛇がいた。
それも、一匹や二匹ではない。
来栖の足元を埋め尽くす量の蛇が、ひしめき合っていた。
明らかに自然現象ではなかった。
(この感じ……西洋魔術!?)
次の瞬間、蛇たちが寄り合わさって大蛇になった。
無数の歯が生えた口を開いて、来栖を食い殺そうとしてくる!
「逃げて、来栖くん!」
そのとき、信じられないことが起きた。
マリアが、来栖の体を押したのだ。
来栖の代わりに、マリアが蛇に呑み込まれた。
マリアが、来栖をかばったのだ。
「マリア⁉」
脚から呑み込まれたマリアの、左手。
来栖をかばったその左手が、大蛇に食いちぎられる。
ぶち、
ぶち、
ぶち、
ぶち、
ぶち。
マリアの五指が弾け飛び、薬指に巻いていた絆創膏が剥がれた。
中から現れたのは、シルバーの指輪。
来栖が小学校のころに、全財産をはたいてマリアに贈った婚約指輪だ。
(隠してまで指輪をしていた? なんで? 嫌われていたんじゃなかったのか? 見捨てられたんじゃなかったのか?)
マリアの指輪が転がってきて、来栖の爪先に当たった。
来栖は本気の悲鳴を上げた。




