8(勝利)
……。
…………。
………………。
どれほど飛び続けただろうか。
数分、あるいは数十分、あるいは数時間?
脳を魔力で満たし、思考速度を極限にまで加速させているため、時間の感覚が曖昧だ。
体を斬り刻まれ、燃やされる痛みに耐え続けた。
マリアを守る。
三年前に逃げてしまったことを、今度こそやり遂げる。
その一事を心の中心に据えて、来栖は戦い続けた。
だが、状況は悪くなる一方だった。
脳に満たした魔力は、再生の都度消費する魔力量を正確に計測していた。
そして、いよいよ魔力残量が危険水域に達しつつあることを来栖に伝えていた。
(マリア……せめて、マリアだけでも)
来栖はついに、自分の命をあきらめた。
腕の中のマリアに、口づけする。
「ねぇ、何?」
マリアが拒む。
「どうして魔力を渡そうとするの?」
「いいだろ、最後くらい」
「最後って何!? 嫌っ、嫌だっ、来栖くん!」
そのとき、世界にひびが入った。
「間に合った!」
千晶だった。
左手を真っ白な蛇のようにさせた千晶が、立っていた。
左手の蛇が自ら意思を持ち、ワールド・オブ・グランドシジルを貪り喰っている。
あれが、千晶の言う『周囲の魔力を吸い取ってしまう困った体質』の正体か。
(この時を待っていた!)
来栖はマリアを抱きしめながら、ワールド・オブ・グランドシジルから脱出した。
一方のルーシャは、穴の空いた風船のようにみるみるうちに小さくなっていく。
穴の空いたワールド・オブ・グランドシジルも、同じように縮んでいく。
ワールド・オブ・グランドシジルとルーシャが連動しているのだ。
やがて、真っ黒な半球の空間――ワールド・オブ・グランドシジルが消え果てた。
「……バイバイ、コクリちゃん」
すっかり小さくなり、三等身の褐色天使の姿に戻ったルーシャが、コクリに口づけした。
それっきり、ルーシャも消滅した。
阿ノ玖多羅邸のど真ん中。
ありとあらゆる構造物が消え果てた焼け野原のど真ん中で、阿ノ玖多羅コクリが座り込んでいた。
「……まだだ」
ルーシャ、
サトリとアスモデウスと阿ノ玖多羅家の術師たち、
マリア、
そして管狐たち。
ありとあらゆる戦力を失ったコクリが、呆然と座り込んでいる。
「まだだぁあああああああああああああああああああああ!」
いったいどこにそんな力が残っていたのか、コクリが強大な魔力を身にまといながら、立ち上がった。
背負う九本の尾が四方八方に伸びて、焼け残った草花や虫に絡みつき、その生命力を奪っていく。
尻尾が這うように伸びていき、そこかしこに倒れ伏す阿ノ玖多羅家の術師たちや第七旅団員たちの命を食い尽くそうとする。
気づいた旅団員たちが退避を始めるが、尻尾の動きのほうがなお早い。
このままでは、膨大な数の死人が出てしまう。
「ボクがやるよ」
立ち上がろうとした来栖を、マリアが制した。
「来栖くん、キミの全部をボクに頂戴」
「いいぜ」
来栖はマリアにキスした。
言われたとおり、『全部』を――実に一億単位超えの魔力を、マリアの中に注ぎ込む。
『これは【ハルマゲドン】よりもさらに威力の高い、神級魔術【聖絶】。でもこればっかりは、ボクでも扱える気がしない』
『なんたって、消費魔力が一億もするんだよ?』
「【あなたの神】」
マリアが詠唱を始める。
膨大な量の魔力が練り上げられ、辺り一帯の空気をひりつかせる。
「【主は焼やき尽くす火】」
その効果は、『神の召喚』。
「【ねたむ神】」
天におわす唯一神を一時的に降臨させ、任意の相手を強制的に天に召させるという術。
燃費最悪の、本来は神そのものにしか使えないはずの神級絶対確殺神術。
預言者モーゼの後継者ヨシュアがイスラエルの民を導いた戦――エリコの戦いにおいて、天を衝く城壁を崩し、敵の全ての男子・老人・女・子供・赤子に至るまで殺し尽くし、神に召した最強最狂の手。
「【聖絶】」
マリアが詠唱を完成させた。
とたん、天から無数の黒い手が降り注いできた。
手が、コクリに絡みつく。
「なんだこれは!? 放せっ、やめろっ、ぎゃぁああああああああああああああああああっ!」
無数の手がコクリの耳を、鼻を、指を腕を足を首をもぎ取り、天へと召していった。
コクリが死んだ。
すべての戦闘が、終了したのだ。




