7(グランドシジル・オブ・ルーシャ)
❖同刻/阿ノ玖多羅邸跡地/大神牙王❖
「てめぇ、このっ、来栖とマリアを吐き出しやがれ!」
身の丈十メートルの『大神モード』となっている牙王は、巨人に何度も体当りした。
だが、巨人は来栖たちを吐き出そうとしない。
代わりに、牙王に対して反撃もしてこない。
膝を抱え、丸まってしまった。
恐らく、腹の中で来栖たちを攻撃することに集中しているのだろう。
牙王は渾身の力を込めて、巨人に噛みつく。
だが、
「いっでぇ!」
牙が欠けるかと思った。
(こいつぁ駄目だな。外への攻撃を捨てた代わりに、守りはピカイチだ。俺にゃ砕けねぇ。【天国門】開いてアイラム師匠でも連れてくるか? いや、別の門を開いたら、今空の上で開いているあのデカブツが消えちまうからなぁ)
牙王は途方に暮れる。
(来栖、マリア、無事だといいが)
それから、首を傾げた。
「あれ? そういや阿ノ玖多羅コクリはどこ行った?」
❖ ❖ ❖
❖同刻/???/来栖❖
「――はっ!?」
気がつくと、来栖は薄暗い空間にいた。
見渡す限り、何もない。
マリアは、すぐ隣で倒れていた。
(この感じ)
数日前、似たような空間に引きずり込まれた。
そう、ドラゴン・ルシファーの『ワールド・オブ・グランドシジル』である。
(ってことは、ここはルーシャのワールド・オブ・グランドシジルか!)
試しに魔術を使ってみたが、初級魔術【ファイア】から地獄級魔術【プレゲトン】に至るまで、すべての魔法が発動しなかった。
「……来栖くん?」
マリアが目覚めた。
「ワールド・オブ・グランドシジルだ。俺たち、ルーシャに呑み込まれたんだ」
「そんなっ。【光あれ】!」
マリアの術式も、やはり不発。
「無駄だ」
コクリの声がした。
見れば、十数メートル先にコクリが佇んでいた。
彼の隣には、身の丈十数メートルの巨人――ルーシャの分身かあるいは本体――が立っている。
「最後の手段まで使わせおって。貴様らは、ここで死ぬのだ」
コクリが一歩、踏み出した。
二歩目からは、早すぎて目で追えなかった。
気がついたときには、腕を斬り飛ばされていた――マリアの。
「ぎゃああっ」
マリアの悲鳴。
来栖はマリアの腕を拾い上げ、接合し、魔力を込めた手の平で接合面をなでた。
すると、マリアの腕が復元された。
魔力体は魔術以前の『体のありようそのもの』であるため、ワールド・オブ・グランドシジル内部でも無効化はされないようだ。
「なんでだよ!?」
来栖はコクリに抗議する。
「マリアを嫁にするんじゃなかったのかよ!? 攻撃なら俺にしろ!」
「サトリも死んだ。アスモデウスは身共の手中から逃れてしまった。身共の物にならない女など、要らん」
「くっ」
来栖はマリアを抱き上げ、上空へと舞い上がった。
【飛翔】の魔術は使えないが、翼を強く羽ばたかせれば、マリアを抱きかかえながらでも飛べないことはない。
「【九尾狐の鬼火】」
「【プレゲトン】」
来栖の背中を、和洋の究極火炎魔術が焼いた。
「ぎゃあああっ!」
来栖がひるんだその隙にコクリが飛来し、魔力刀で来栖の背中を斬りつける。
コクリとルーシャによる猛攻がはじまる。
火炎の魔術、ときどき斬撃の雨あられ。
来栖は体を修復させながら、必死に逃げる。
翼を大きくし、羽ばたく力を強くした。
また、もう一対の翼を生成し、背後からの攻撃に対する盾にした。
脳を魔力で満たし、敵の攻撃タイミングや攻撃ヵ所、威力を即座に判断できるようにした。
攻撃を受けるやいなや、魔力体を修復できるように神経を研ぎ澄ませた。
飛び回る速度では来栖のほうがやや分があるため、状況は拮抗していると言えなくもない。
だが、こちらは防戦一方であり、かつ体を再生させるための魔力にも限りがある状況だ。
「来栖くん、ボクを下ろして。ボクも戦える!」
「駄目だ。ここじゃあらゆる攻撃手段が封じられている。俺たちにできるのは、逃げて時間を稼ぐことだけだ」
だが、来栖は何も、死を前にして諦観してしまったわけではなかった。
この遅滞戦闘には、明確な戦術目標があった。
その目標を信じ、来栖は逃げ回る。
灼熱の炎から、壮絶な斬撃から。
マリアの体は、二対目の翼で守った。
マリアには、これ以上痛い思いをさせるつもりはなかった。
「来栖くん、痛くないの? 熱くないの?」
マリアが心配そうに聞いてくる。
「平気さ。マリアのためならな」
嘘だ。
本当は、泣き出したいほど痛い。
本当は、叫び出したいほど熱い。
だが、マリアに弱音を吐く姿は見せたくない。
男の意地だ。
惚れた女に、格好いいところを見せたいのだ。
「大丈夫、大丈夫だ。マリアは絶対に、俺が守るから」
来栖は確信する。
自分は今、この瞬間のために生まれてきたのだ。
マリアを守る。
そのために生まれ、育ち、こうして力を付けたのだ。
他の物事はすべて些事かまやかしだ。
マリアを守る。
今はただ、そのことだけに集中すればいい。
不思議と安心できた。
だが、このままではジリ貧だ。
いずれはこちらの魔力が尽きて、マリアともども殺されてしまう。
(いや、希望はある。そのためにも、今は耐えるんだ)




