5(思いがけない助っ人)
来栖が進退きわまった、そのとき。
「よぉ来栖。相変わらず死にそうな顔してンなァ!」
背後から声をかけられ、来栖は文字どおり飛び上がった。
「うわぁああああああああああああああああっ!?」
「よっ」
牙王だった。
親友の牙王が、立っていた。
「……は? はぁああああああっ!? なんでお前がここに!?」
「親友のよしみで、助けてやろうと思ってな」
「わぁ、それは助かる――じゃなくて!」
状況が意味不明すぎて、思わずノリツッコミしてしまう来栖だった。
だが、おかげで多少は冷静になることができた。
(牙王の奴、それを狙ってわざとボケてくれた? いや、こいつはそんな器用な奴じゃない)
「要るンだろう、助けが?」
「そりゃ、猫の手も借りたい状況だけど」
「猫じゃなくて、狼だけどな。ガオーッ」
大神牙王が『にしし』と笑う。
「はぁ? こんなときにダジャレ? お前、状況分かってんの?」
「分かってるさ。阿ノ玖多羅コクリ率いるサタン・ルシファー・アスモデウス連合 VS リヴァイアサン・ベルフェゴール・マモンの中立派のおおいくさだろ? しかも、お前のパートナーは魔王じゃなくて天使ときてる」
驚くほど正確な状況把握だった。
「戦争序盤から最終決戦かよ。飛ばしすぎだぜ、親友」
来栖はいろいろと理解が追いつかない。
「待て待て、ちょっと待ってくれ。え、お前、なんで百年戦争のこと知ってんの?」
「俺も当事者だからさ」
「はぁああ!?」
サタンは阿ノ玖多羅コクリが、
ルシファーはテンプル騎士団の爺さんが、
リヴァイアサンは千晶が、
ベルフェゴールは湖太郎・エキャンバス・山田が、
マモンは漆宝ダイコクが、
ベルゼブブは環境テロリストが、
アスモデウスは阿ノ玖多羅サトリが召喚したはずである。
すでに七柱とも出揃っている。
「出てこい、ベルフェゴール」
「ふわぁ~、ねっむ」
牙王の求めに応じて現れたのは、三頭身の悪魔だ。
ナイトキャップを被り、枕を抱きしめている。
「紹介するぜ。こいつは俺が召喚した魔王、ベルフェゴールだ」
「いやいやいや」
来栖は混乱する。
「ベルフェゴールを召喚したのは湖太郎・エキャンバス・山田だろ。俺、神戸鎮台で湖太郎・エキャンバスとベルフェゴールが一緒にいるところを見たぞ」
「こいつは別個体なンだよ」
「別個体??? そんな、ゲームじゃないんだから」
だが言われてみれば、湖太郎・エキャンバスの隣に漂っていた魔王とは、なんだか雰囲気が異なる。
「百年戦争」
牙王が言った。
「百年戦争、百年戦争、百年戦争。おかしいと思わなかったのか? 百年戦争って言ったらお前、『百年続いた戦争』って意味だろうが。続いてンだよ、今も終わってねぇンだよ。前回の戦争で、阿栖魔大明神の奴が一抜けしやがったせいでな」
「どういうことだ? っていうかそれ、牙王は百年前から生きてるって言ってる?」
「そうだぜ。言っただろうが、俺は王様だって」
『王子じゃなくて王だ。けど、ウチは万年火の車でよォ』
「摩耶山に君臨し、日本産怪異を取りまとめ、日本政府との六甲山条約を毎年更新しているのは、日本産怪異の王たるこの牙王様だ」
「なっ、なっ、なっ……」
「んお? ぼちぼちこの結界も限界のようだな」
「ひっ」
再びコクリの攻撃による無間地獄が始まるのかと思い、来栖は体を固くする。
「大丈夫さ。助けてやるって言っただろ?」
牙王がニッカリと笑う。
相手が百歳超えで日本産怪異の王だと知ると、とたんに牙王が頼もしく見えてきてしまった来栖である。
「ベルフェゴール、【天国門】の準備だ」
「ったく、アンタってほーんとに人使いが荒いわよね。アタシは眠いんだけど」
「人じゃなくてデビルだろーが」
「『グランド』を付けなさいよ、人狼ハーフ。アタシは大魔王なのよ。敬いなさい」
「ははーっ。大魔王ベルフェゴール様、ありがたやありがたや」
魔王に対しておざなりにゴマをすってみせたあと、牙王が来栖に向きなおった。
「んじゃ、この結界を解いてくれ」
「そんなことしたら、またコクリが襲いかかってくるだろっ」
「大丈夫大丈夫」
「本当に? 信じるからな?」
来栖は、【ディースの城壁】を解除した。
もっとも、何百層にも重ねがけした城壁のうち、すでに九割方がコクリによって破壊済みだったのだが。
「【天国門】!」
ベルフェゴールが詠唱した。
とたん、巨大な門が阿ノ玖多羅邸上空に現れ、ゆっくりと開き始めた。
天国の風が現世に流れ込んでくる。
空を漂っていたマリアが、天国の風に当たった。
そのとたん、
「え? 何、どういう状況? 来栖くん、それに牙王くん?」
マリアが正気を取り戻した!
「マリア!」
さらには、
(コクリが弱体化してる?)
コクリが飛ばしてきた【九尾狐の鬼火】を結界で防ぎながら、来栖は分析する。
(阿ノ玖多羅家の地脈が、天国の風に押されている、とか? 理屈は分からないが、チャンスだ!)
「これで、状況はイーブンだ!」
牙王が高らかに宣言した。
「行けっ、来栖とマリア! 俺の弟弟子たちよ!」
「なんか分かんないけど、牙王くんは味方ってことでいいんだよね?」
マリアが来栖のそばにまで飛んできた。
「さぁ、コクリをぶっ殺すよ、来栖くん!」
「おうよ!」
「【光あれ】!」
マリアが威勢よく詠唱した。
だが、
「あれ?」
おなじみの熱光線がコクリ目がけて飛び出すはずが、何も出てこなかった。
「マリア?」
「【光あれ】! 【光あれ】! え、なんで?」
マリアが試しに別の魔術――防御術式の【スピリッツシールド】を使ってみたところ、そちらは問題なく発生した。
「どういうこと?」
――ワオォオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!
突然の遠吠えに驚いて見てみれば、身の丈十メートルはありそうな超巨大な狼が暴れまわっていた。
(あれって牙王か? めっちゃつえーんだけど)
牙王は主に、操られている術師たちの相手をしてくれる。
殺さない程度に甘噛みして、ぶん投げる。
また別の術師に甘噛みしては、ぶん投げる。
牙王がいてくれることで、戦況がずいぶんと楽になった。
(さて。どういうことだ、この状況は?)
コクリとルーシャの攻撃をさばきながら、来栖は思考する。
考えることができるだけの余裕が生まれていた。牙王のおかげだ。
「もしかして、コクリに対する攻撃魔術だけが使えないんじゃ?」
空を飛び、コクリたちの攻撃から逃れながら、来栖は言う。
「言われてみれば」
隣を飛びながら、マリアがうなずいた。
「きっと、洗脳魔術からまだ完全には抜けきれていないんだ」
「でも、それじゃあどうすれば」
「ボクに考えがある」




