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10(来栖 VS コクリ)

❖同刻/ホテルの一室/来栖❖


 ひどい寒気を覚えて、来栖は飛び起きた。

 窓を開け、部屋から飛び出す。


「マリア!」


 マリアが屋上にいるのを感じる。

 そして、危機に瀕していることも!


(階段で登る? 壁をよじ登る? いや)


 来栖は魔力核から魔力を引き出し、全身に行き渡らせた。


(今ならいける!)


 なぜだか、魔力核の調子が抜群にいい。


(【偉大なる軍神スカンダの剣・ニュートンの林檎――韋駄天の下駄】!)


 重力操作の東西混合術式を使ったとたん、来栖の体重が消えた。

 両足に力を込めて飛び上がると、五階建てのビルの屋上まで一気に跳躍することができた。


 果たしてマリアは、そこにいた。

 コクリに首をつかまれて、吊し上げられる形で。


「マリアを放せ! 【毘沙門天の(ほこ)】!」


 来栖は省略詠唱かつ脳内駄獣詠唱。

 銃弾程度の極小の矛を二十七本生成し、まさしく弾丸そのものの速度でコクリ目がけて射出した。


 上級術式をアレンジし、

 なおかつ二十七×三個並列起動させ、

 しかも省略詠唱。


 並の術師なら脳が焼ききれ、廃人になるような芸当だ。

 三年前の、全盛期のころの力が戻っている。


 コクリは平然と、マリアを盾にした。

 来栖は、コクリのそういう性根を見抜いていた。

 だから、二十七発の弾丸の中に別の術式を編み込んでいた。

 風の術式が発動し、弾丸がマリアの左右に逸れてゆく。


「【毘沙門天の矛】!」


 今度は、一本の巨大な槍をコクリの頭上に生成した。

 ドリルのように超高速回転させ、コクリの脳天目がけて射出しようとする。


 コクリがマリアを投げ捨てた。

 懐からキセルを、まるで刀のように抜き放つ。

 来栖が矛を射出するのと、コクリがキセルを振り上げるのは同時だった。

 激しい火花とともに、コクリが矛を弾き返した。


(なんて膂力と戦闘センス! けどっ)


 そのころにはもう、一八〇度機動を変え終わっていた二十七発の弾丸が、コクリの背中に殺到していた。


(今!)


 弾丸に忍び込ませていた三つ目の術式――爆炎の術式が発動した。

 殺すつもりで放った、二十七個の大爆発。

 視界が爆煙に呑まれる寸前、脳と瞳に【文殊慧眼】をかけることで極限にまで高めた来栖の動体視力は、ルーシャがマリアにつかみかかろうとしているのを捉えた。

 だから来栖は、腰のホルスターから退魔拳銃を抜き放った。


「【AMEN】!」


 ルーシャに向かって、撃つ。

 放たれた光の槍は、ルーシャの片手を吹き飛ばした。


(体が軽い。絶好調だ。これなら勝てる!)


 日本の術師は、デビル以外と戦うときは日本由来の術式や東西混合術式を使う。

 そうすることで、日本の霊脈のサポートを得ることができるからだ。

 日本で日本由来の術式を使うと、バフがかかって威力が増大するのだ。


 一方、デビルを攻撃する際には、西洋文化由来の魔術や神術を使う。

『西洋文化』というつながりを介していないと、デビルにダメージが通らないからだ。

 具体的には、カトリック、プロテスタント、あるいは正教会の神術、そして七大魔王やソロモン七十二柱のグランドデビルの魔術を使う。

 だから、メギドヶ丘学園の生徒や第七旅団の隊員は、古今東西さまざまな術式を納めている。

 来栖はエクソシストであると同時に、真言密教の修行僧であり、神道の宮司であり、陰陽師でもあるのだ。


 爆煙が晴れはじめた。

 マリアは無事だった。

 一方のコクリは、


(……ひき肉よりひどいだろうな)


 来栖は今まで、何体もの怪異を祓ってきた。

 だが、人間を殺した経験はなかった。

 今回が初めてということになる。


(マリアに格好悪いところは見せられない。どんな光景でも、しっかり受け止めないと)


 爆煙が完全に晴れた。

 来栖は愕然とした。

 コクリが無傷で立っていたからだ。


(馬鹿な! 榴弾砲並の威力を二十七発だぞ!?)


 光の束が、コクリの全身を覆って彼を守っている。

 コクリの尾てい骨から生えているように視えるそれは、


(阿ノ玖多羅家の九尾狐(きゅうびこ)! 当主でもないのに召喚できるなんて)


 九尾狐は、太古の昔に中国大陸から渡ってきた伝説の大妖怪だ。

 その力はあまりにも強大で、九尾狐を代々封じる家である阿ノ【玖】多羅家の当主ですら、永らく召喚に成功した例がなかった。

 そんな伝説上の存在の召喚に成功したというのは、明治以来の快挙だ。


「次はこちらの番だ」


 コクリがキセルに息を吹き込んだ。

 すると、半透明の小さな狐――管狐がキセルの中から出てきた。

 次から次へと出てくる。

 その数、実に七十五匹。

 そのすべてが、来栖に向かって一斉に牙を向いた。


「ぎゃああっ!」


 管狐に腕や足を噛まれ、来栖は悲鳴を上げた。

『噛む』などと生易しいものではない。

 服を食い破り、来栖の手足の皮や肉を食いちぎっている。

 瞬く間に、来栖の全身が血で染まった。

 来栖は両手を魔力で覆い、管狐たちを払い除け、あるいは握りつぶした。

 だが、狐はあとからあとから補充されていき、常にピッタリ七十五匹を維持している。


(このままじゃ喰い殺される!)


 来栖は素早く脳内詠唱。


(【釈迦牟尼如来が脇侍・星宿光長者の薬壷・オン・ビセイシャラ・ジャヤ・ソワカ――大治癒】)


 マリアの【パーフェクトヒール】にすら匹敵する急速治癒術式により、生命の危機に瀕していた来栖の体が、瞬く間に癒やされる。

 だが、癒えたそばから管狐たちに食い荒らされる。


(【大治癒】、

 【大治癒】、

  【大治癒】、

   【大治癒】、

    【大治癒】、

     【大治癒】、

      【大治癒】、

       【大治癒】、

        【大治癒】、

         【大治癒】、

          【大治癒】、

           【大治癒】……)


 管狐たちの勢力は、衰えを見せない。

 ますます激しく、来栖を喰らう。


(守るんだ……僕がマリアを守るんだ!)


 痛みで発狂しそうになりながらも、来栖は管狐を駆除し続ける。


「【九尾狐の鬼火】」


 コクリが厳かに詠唱した。

 とたん、極大の火球が来栖の頭上に生じた。


 火球がジリジリと降りてくる。

 来栖は必死にもがく。

 だが、立ち上がろうにもアキレス腱を喰われ、身を起こそうにも手首を喰い散らかされているような有り様で、起き上がれない。


 来栖もろとも焼かれるというのに、管狐たちは逃げ出そうとせず、無我夢中で来栖に喰らいつく。

 いよいよ、【大治癒】の術式が追いつかなくなりつつある。


(どうする、どうするどうするどうすればっ!?)


 来栖の思考が限界に達した、そのとき――。

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