6(来栖、覚醒未満)
❖同日日中/神戸鎮台・応接室/来栖❖
応接室に戻ると、先客がいた。
小学生高学年くらいの小柄な少年だ。
シャツに半ズボンにサスペンダーという、いかにもお坊ちゃんな感じの服装。
子供っぽく見える――いや、『子供のように見せかけている』とでも言うべき、わざとらしい服装。
どういう遺伝の受け継ぎ方をすればそうなるのか、碧色の髪をしている。
「僕は阿ノ玖多羅来栖。キミは?」
来栖は自分から少年に話しかけた。
三年前に『堕ちた神童』に成り果て、ありとあらゆることに対して消極的になった来栖としては、これは珍しいことだった。
珍しいことではあるが、さすがに小学生が相手ともなれば、会話をリードしたり、相手を引率してあげようという程度の甲斐性は持ち合わせている。
「キミも戦争参加者なのかい?」
来栖は自然と、そのように考えた。
少年の落ち着いた様子もさることならが、ソファに座る彼の背後に、メイド姿の少女が侍っていたからだ。
来栖がソファに近づくと、メイドが立ちふさがった。
なんだかひどく作り物めいた顔貌の少女だ。
(違う。作り物なんだ。確か、ソロモン七十二柱のグランドデビル『サブナッケ』は、自動人形や魔道具造りの名手だったはず。ということは、この子が湖太郎・エキャンバス・山田か)
「いいよ、アインス。下がっていろ」
湖太郎・エキャンバスが言った。声変わり前の声だ。
「……若様がそう仰るのなら」
メイドの自動人形アインスが下がった。
「キミがウワサの八人目かい?」
「らしいね。アイラム師匠――運営の人いわく、システム? みたいなのに登録されているそうだよ」
「ふぅん」
湖太郎・エキャンバスが品定めするような目で来栖を見てくる。
(いや、実際、品定めしているんだろう。【文殊慧眼】だ)
魔力を失ってしまった今の来栖には、自分が鑑定魔術にさらされているのか判別することもできないが。
湖太郎・エキャンバスが顔を歪めた。
「キミ、ご先祖様がデビルだったりする? それか、デビルの転生体とか」
「転生って、そんな異世界ラノベじゃないんだから。僕の家は分家のほうの阿ノ九多羅家。混じりっけなしの日本人だよ」
「それにしちゃ、ずいぶんと気持ち悪い体をしている」
「どういうこと?」
「どうもこうも、その不完全な霊体は……。キミ、魔力の流れが悪かったりしない? ふん詰まっているような」
魔力の流れが詰まっている――それは、数日前にマリアとも話したことのあることだ。
「若様」
アインスがやんわりと主人をいさめた。
「うん、仮想敵に塩を贈るような真似はすべきじゃない。分かってるよ、アインス。けど悪いね、興味が勝る」
「若様がそう仰るのなら」
「キミの体、魔力の流れがふん詰まっているんだよ。頭頂部に二ヵ所、肩甲骨の内側に二ヵ所、尾てい骨に一ヵ所。まるで、角と翼と尻尾――典型的な悪魔・マレブランケのような姿だ。キミ、実はデビルの生まれ変わりなんじゃないの?」
「デビルの生まれ変わり……」
マリアにも同じことを言われた。
(グランドデビルにしか使えないと言われている、地獄級魔術。師匠とマリアの指導があったとはいえ、それを僕が使えるのは、本来ありえないはずのことなんだ。実際、欧州最強を自称していたあの爺さんにも使えなかった。生前のマリアですら、地獄級魔術は使えなかったんだ)
もし、自分がグランドデビルの生まれ変わりだとしたら。
その力に目覚めることができれば、現状を打破できるのでは?
コクリとルーシャを打倒し、マリアを奪還することができるのでは?
「元々はこうじゃなかったんだ」
ヒントが欲しくて、来栖は積極的に情報を開示した。
「十三歳の冬まで、僕は普通に魔術を使うことができていたんだ。自慢ではなく客観的事実として、魔力総量が十万単位あって、地獄級魔術を使うこともできた」
「人の身で、地獄級魔術を? ますます興味深いね」
「それまでは、魔力の流れが詰まるようなこともなかったんだよ。けれど十三歳の冬、ある日突然こうなったんだ。なんでだろう?」
「知らないよ。前世のキミが、十三歳のときにデビルに魂を売ったとかじゃないの?」
「んな、いい加減な」
「助言ついでに霊体の『門』を開いてあげよう」
「そんなことができるのかい?」
「僕を誰だと思っているんだ? 現代最高峰の自動人形技師だよ?」
湖太郎・エキャンバスがアインスを見る。
「霊体の設計・開発はお手の物だ」
湖太郎・エキャンバスが、メスをつかむような仕草をした。いや、実際にメスを握っているのだろう。霊体を切るための、霊体製のメスだ。
「背中を向けたまえ」
「う、うん。……いたっ、いたたたたたたっ!?」
「大げさに騒ぐな。大人だろう」
「いや、僕はまだ十六――マジで痛いって! ちょっとストップ!」
「それを言うなら、僕はまだ十歳だぞ。アインス、こいつを押さえつけろ」
「はい、若様」
湖太郎・エキャンバスが、来栖の霊体を切り刻んでいく。肩甲骨の裏を二ヵ所、尾てい骨を一ヵ所、そして頭頂部を二ヵ所。
特に頭頂部は、頭が割れるかと思うほど痛かった。
「終わったよ」
「はーっ、はーっ、はーっ」
来栖は涙を浮かべていた。
「お、終わった……?」
「そう。体内霊脈の、ふん詰まっている『門』を開通させた。気分はどうかな?」
来栖は半信半疑で、体内に魔力を巡らせてみた。
「……え?」
驚いた。
魔力がスルスルと、わずかなつかえもなく循環しはじめたからだ。
「すごい。すごいすごいすごい! こんなに大量の魔力を体内に流せたのは、三年ぶりだ! あれ、でもおかしい」
「何がだい」
「だって、魔力を取り出すための丹田がないのに。この魔力、いったいどこから出てきたんだろう」
「あるじゃないか」
湖太郎・エキャンバスが来栖のへその下を指差す。
「立派な魔力核が」
来栖はへその下に、確かな温かさを感じる。
瞳に魔力をまとわせて見てみれば、ちょうど丹田があったはずの場所に、直視できないほどの光の塊があった。
「どういうこと? 何だこれ!?」
魔力核は、霊体で言うところの丹田。
肉体の丹田と比べ、数倍、数十倍の魔力量を生産することができる。
だが、Aランク以上のデビルのような超強力な霊物でもなければ発現しないようなレアな代物だ。
実際、魔力核を持っている人間など、日本一のエリート魔術師集団である第七旅団においてすら、片手の指で数えられる程度しかいない。
「あはっ、キミの前世ってどんなだったんだろうね? 興味が尽きない」
(戦える)
来栖は喜びに打ち震える。
(これなら、戦える! マリアを取り戻すことだってできるはずだ!)




