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4(保護される来栖)

❖翌二十九日/神戸鎮台・病室/来栖(くるす)


 目覚めたら、二日が経過していた。

 来栖がデジタル時計の日付を呆然と見つめていると、病室のドアが開いた。


 入ってきたのは、着物に袴に麦わら帽子に編み上げブーツという、一風変わった服装の少女だった。

 薄っすらと八本の尻尾を背負っているのが視える。


 ぼんやりとしか視えないのは自分が丹田を失ってしまったからだ、と来栖は思った。

 患者衣の襟元から腹の傷を見てみれば、傷は塞がっており、痕もない。高名な回復魔術師が癒やしてくれたのだろう。


「あっ」


 来栖が目覚めていることに気づいた少女が、固まった。

 数秒後、回れ右をして、


千晶(ちあき)っ、千晶ーっ」


 ドタバタと忙しなく、病室を出ていった。





   ❖   ❖   ❖





❖同日日中/神戸鎮台・取調室/来栖❖


「AHAHAHAHA! すみませんね。あなた用の部屋、まだ用意できてなくて」


 来栖を助けてくれた第七旅団の少佐は、捌岐(やつくび)千晶(ちあき)と名乗った。

 まるでサーカスのピエロのように、陽気に笑ってみせる。


「ちょっと無粋な部屋だけど、許してくださいね」

「……取調室に見えるんですが」


 来栖は緊張している。

 相手が敵か味方か判断できないからだ。


 もちろん、第七旅団は市民の味方だ。

 この千晶という旅団員も、ルーシャに殺されかけていた来栖を助けてくれた。

 だが、来栖はもはや、一般市民とは言いがたい身分だ。

『七大魔王百年戦争』と呼ばれる殺し合いを演じ、勝利を目指しているからだ。


 それに、もしこの男が万が一にも戦争参加者だとしたら、この男と殺し合わなければならない。

 ただでさえ、一度は信じかけた阿ノ玖多羅コクリに裏切られた――というより騙された直後であるため、来栖の心は荒んでいた。


「安心してください。私は戦争参加者ではありますが、あなたの敵ではありません。あなたのことを、アイラム師匠に頼まれたんですよ」

「師匠!? あなたも師匠のお弟子さんなんですか?」

「はい。あの泥酔幼女シスターは、やたらめったら顔が広いですからねぇ」


 来栖は一気に安心した。

 体の力が抜け、背もたれに背中を預ける。


「我々第七旅団には、あなたを保護する用意があります。が、最初にいくつか、確認しておかなければならないことがあります。あなたの戦争参加目的は何ですか?」


 ここは、正直に話したほうがよいと思った。

 師匠の弟子なら、信用できる。


「『ジ・アース』を手に入れて、マリアを生き返らせることです」

「マリアとは、阿ノ玖多羅マリア? 阿ノ玖多羅家の跡取りの?」

「はい」

「なるほど。勝利のためなら、何でもするつもりですか?」

「それは、まぁ……戦争なんですし。殺されそうになったら、戦います」

「そのために、一般人に被害が出ても?」

「そうならないように立ち回ります」

「二日前、あなたたちと阿ノ玖多羅コクリの戦いに巻き込まれ、近隣住民に相応の被害が出ました」

「えっ!?」


 来栖はようやく、二日前のことを思い出しはじめた。

 そういえば、ルーシャが街のど真ん中で地獄級魔術を連発していなかったか。


「亡くなった人は!?」

「いませんよ。奇跡的に、ですけど」


 千晶がふにゃりと微笑んだ。


「いやぁ、安心しました。あなたの善性は本物のようですね。我々第七旅団は、あなたを歓迎します。阿ノ九多羅来栖くん」





   ❖   ❖   ❖





 それから来栖は、柔らかな雰囲気の応接室に通された。

 千晶は、来栖が人殺しを何とも思っていないタイプなのかどうかを見極めたかったらしい。

 もしそうだとしたら、来栖を客人ではなく囚人として扱うつもりだったのだろう。


 温かなお茶を頂きながら、来栖はいろんなことを教えてもらった。


 まずは、千晶のこと。

 千晶は『嫉妬』のリヴァイアサンを召喚した戦争参加者だが、第七旅団と日本政府のバックアップのもと、死人の出ない勝利を目指しているそうだ。

 戦争によって生じる混乱の鎮圧を行うべく活動している、いわば『中立派』だ。


 中立派にはあと二人の魔王召喚師がいて、いずれもここ、第七旅団の根城である『神戸鎮台』で保護されている。


 一人は、『怠惰』のベルフェゴールを召喚した山田湖太郎(こたろう)こと湖太郎・エキャンバス・山田。

 ソロモン七十二柱のグランドデビル『サブナッケ』の血が入ったハーフだかクオーターだか八分の一だかの、グランドデビルとの混血の少年だ。

 ベルフェゴールは最弱の魔王と呼ばれているらしく、湖太郎・エキャンバスはベルフェゴールを引いた直後に第七旅団へ保護を申請したそうだ。


 もう一人は、『金欲』のマモンを召喚した漆宝(しっぽう)ダイコク。

 護国拾家の七番目、七福神を祀る漆宝家生まれの零細企業経営者で、参加するつもりはなかったのにうっかり召喚してしまったとのこと。

 マモンはお金が大好きなグランドデビルで、お金を支払えば支払うだけ、力を貸してくれる。

 けれどダイコクは会社経営に失敗して借金まみれ。

 なので勝利は絶望的と考え、同じく保護を申請したとのこと。


 以上が『中立派』だ。


 続いて、独自に活動をしている三つの『過激派』がいる。


 過激派の一つ目は、『傲慢』のルシファーを召喚した、テンプル騎士団の最強魔術師こと『明けの明星』ヴェヌス。

 あの、数日前にマリアを殺し、逆にマリアに殺された老人だ。


「あ、あの、千晶さん」

「何ですか?」

「僕、その人をこ、殺してしまったんですが……つ、罪とか」

「AHAHA、大丈夫大丈夫。百年戦争における傷害・殺人には裏国際条約が適用されるので、あなたたちは罪には問われません」

「よかった~……」


 来栖は、罪人としてマリアと一緒に生涯逃げ回る覚悟すらしていた。

 それだけに、この情報はありがたかった。


 ……いや、それも今さらの話だ。

 だって、マリアはもういない。

 駆け落ちの相手は、あの四十歳の男に奪われてしまったのだ。


 本音では、今すぐにでもマリアを取り戻しにいきたい。

 だが、来栖にはもう、戦う手段がない。

 今や一ミリリットル分の魔力すら、扱えなくなってしまったのだから。


 コクリとキスしていたマリアの姿が思い出され、来栖は吐きそうになった。

 そんな彼の様子には気づかない様子で、千晶は話を続ける。


 過激派の二つ目は、『暴食』のベルゼブブを召喚した国際テロリスト『ラブ&アース』。

 地球環境のために全人類の滅亡の必要性を謳っているこのテロリストは、魔術師でも何でもない。

 ただ、『視える』系の人間だったらしい。


 ベルゼブブを召喚したのは偶然であり、百年戦争のことも知らないようだ。

 今はベルゼブブの力を使って、神戸でテロ活動に勤しんでいるらしい。

 千晶が来栖とルーシャの戦いの場に駆けつけることができたのは、そもそもラブ&アース確保のために三宮にいたからだったのだ。


 そして、過激派の三つ目こそが、阿ノ玖多羅コクリと阿ノ玖多羅本家だ。


「え、本家もですか!? 阿ノ玖多羅コクリの単独犯ではなく?」

「困ったことにね。阿ノ玖多羅本家の現当主・阿ノ玖多羅サトリは『色欲』のアスモデウスを召喚し、コクリと同盟を結んでいます。だから、日本は今、政府VS阿ノ玖多羅財閥――内乱状態とすら言える状態なんですよ」

「なんてこと。しかも、アスモデウスって、あの阿栖魔大明神? 神戸の主神じゃないですか!」

「そう。阿栖魔大明神は縁結びや子宝の神として地域住民に非常に親しまれていますから、アスモデウスはこの神戸では無類の強さを誇ります」

「善良な神様なら、コクリの邪悪なやり方に反発してくれるのでは?」

「いいえ。これはリヴァイアサンから聞いた話なのですが、召喚魔王は召喚師に服従するそうなんですよ。『百年戦争』という名の術式に組み込まれている、強力な洗脳魔術がなせる業なのだとか。だから、阿ノ玖多羅サトリをなんとかしない限り、阿栖魔大明神は我々の敵です」

「なんてこと。阿ノ玖多羅コクリに、マリアの父に、阿ノ玖多羅財閥に、阿栖魔大明神……勝てっこない」

「とはいえ、野放しにもできない。コクリは近隣住民の被害もいとわずに、ルーシャに地獄級魔術を使わせました。いくら戦争中とはいえ、超えてはならない一線を越えてしまったんです。霊害庁は、コクリを討伐対象のS級霊害と認定しました。だからこそ、八柱目の戦力であるマリアさんにはぜひとも我らが陣営に入っていただきたいのです」

「でも、マリアはもう……」


 コクリに連れ去られてしまった。

 それも、来栖を守るための身代わりとして。


(僕は、マリアを守れなかった)


 来栖の中には、何かが決定的に『終わってしまった』という感覚がある。

 目の前が暗い闇に呑み込まれてしまったような感覚。


「奪還すればいいんですよ」


 そんな来栖の闇を、千晶の言葉が照らした。


「人生、何事も遅すぎるということはありません」


 ちょうどそのとき、麦わら帽子に八本の尻尾の少女がお茶のおかわりを持って入ってきた。

 たどたどしくも、給仕をする。

 千晶は少女を愛おしげに眺めたあと、立ち上がって、少女の頭を帽子越しになでた。

 少女が「子供扱いするな」と手を払い、そそくさと出ていく。

 だが、来栖の目には、少女が嫌がっているようには見えなかった。


「遅すぎることなんて、ないんです」


 千晶が言葉を続ける。


「現在、第七旅団では阿ノ玖多羅マリア奪還作戦を立案中です。ラブ&アース確保ののちに、動くつもりです。その際には、来栖さんにも作戦に参加していただきますよ」

「でも」


 来栖はなおも迷う。


「僕はもう、丹田を失ってしまいました。十三ミリリットルの魔力すら、僕にはもう、ない」

「うーん。そこはまぁ、魔力充填済みの退魔武器を使って戦う、とかでしょうか。私、こう見えてもものすごい量の魔力を扱うことができるんです。来栖くんのために銃弾に魔力を充填するくらいは余裕でできますよ。何発でも、何十発でも」

「そうなんですか?」


 来栖は癖で瞳に魔力を集めようとして、できないことを思い出して落胆した。

 だが、ほんのわずか、薄っすらと霊が視える程度の魔力――十単位程度の魔力は体内に残っているらしく、例えば麦わら帽子の少女の尻尾は薄っすらと視えた。

 そんな来栖の霊視能力によると、千晶の魔力は大したことがなさそうに視える。


「あぁ、私じゃなくて義妹が、です」


「お茶を持ってきてくださった子、ですか?」


「ええ。あの子は生まれつき、魔力過多な体質で。一方の私は魔力欠乏体質で、周囲の魔力を吸い取ってしまう困った体質なんです。そこで、私があの子の魔力を吸収して戦うんです。あなたとマリアさんの関係性の、逆ですね」

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