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10(暗転)

 来栖の混乱が極地に達した、そのとき、


「お困りかな?」


 涼し気な声が、背後から聞こえてきた。

 来栖は振り向く。

 立っていたのは、ただならぬ雰囲気を漂わせた、和装で狐面の男だ。


「必要なら手助けするが?」


 来栖はとっさに、無詠唱の【文殊慧眼】で男を観察する。


(魔力総量、五十万だって!? とんでもないバケモノだ!)


 来栖は、賭けてみることにした。


「お願いできますか!?」

「承知。出てこい、サタン」


 男が隣を見た。

 すると、ゆらりと空間が歪み、小さな天使が姿を表した。

『半召喚』状態のルシファーと似たような姿の天使だが、肌が緑色だ。


(ルシファー!? いや、この男、『サタン』って言った。この人、戦争参加者か!)


 来栖は警戒する。

 が、そんなことを気にしている場合ではない。

 一秒を争う状況なのだ。

 今は、この男にすべてを委ねるしかない。

 それに、暴走状態のドラゴン・ルシファーを止めることができる者がいるとしたら、最強魔王のサタンを従えているこの男しかいないだろう。


「喰え」


 男がサタンに命令した。

 サタンがふわりと舞い上がる。


「え、何こいつ!? 敵!?」

「敵じゃない!」


 混乱するマリアに、来栖は告げる。


「いいから離れて!」

「わ、分かった!」


 サタンが、小さな口を開いた。

 その口がどんどん、どんどん大きくなっていき、破裂寸前だったドラゴン・ルシファーを丸呑みにしてしまった。

 口と比例して巨大化していた天使の口内、喉、そして腹へと光輝くドラゴン・ルシファーが移動していくのが見える。

 そして、


 ――ボッ


 と、ドラゴン・ルシファーがサタンの腹の中で爆発した。


「げふっ」


 サタンが、煙混じりのゲップをした。


「は、ははは……」


 来栖はもう、笑うしかない。

 あれほどの強敵を、緑色の天使はあっさりと食べてしまったのだ。

 しかも、一〇〇〇〇度超えの大爆発を、小さなゲップに変えてしまった。


「うわっ。なんだ、ここの異界濃度は!?」

「車が事故を起こしてます!」


 にわかに辺りが騒がしくなりはじめた。

 メギドヶ丘学園の制服を着た生徒たちが、ぞろぞろとやって来たのだ。


 サタンの姿がかき消えた。

 マリアも慌てて降りてきて、翼と天使の輪っかを引っ込めた。


「あーい、作戦どおりキビキビ動けー」


 学生たちの先頭に立つのは、牙王だ。


「救護係と記憶処理係はツーマンセルになって被災者に当たれ。捜索班は上空のAWACSとのデータリンクを急げ。……って、またお前かよ、来栖」


 来栖は、牙王と目が合った。


「相変わらず、いい感じにボロボロだな。まーた危ねぇことに首突っ込んでんのか?」

「あー、えーと、これは」

「この街は今、めっちゃくちゃ治安が悪いンだ。一週間、いや、一ヵ月くらい、神戸から離れてたほうがいいぜ」

「治安が悪い?」


 来栖は首を傾げる。


(牙王……もしかして、七大魔王百年戦争のことを知っている? いや、まさかな)


「んおっ、阿ノ玖多羅(あのくたら)マリアじゃねぇか」


 マリアは今、翼と輪っかを隠した状態で、来栖の背中に隠れるようにして立っている。

 傍目には、いつもの制服姿のマリアに見えることだろう。


「な~んだよ来栖、寄りを戻したのか?」


 牙王が『うりうり』と来栖の脇腹を小突いてくる。

 来栖は苦笑して、


「あー、うん。まぁそんな感じ」


 と返した。


「なら、なおさらここから離れたほうがいい」

「考えておくよ」


 と答えつつも、来栖にそのつもりはない。

 来栖には、目標がある。


『百年戦争参加者を全員ぶっ倒す』

『優勝賞品である「ジ・アース」を手に入れる』

『「ジ・アース」の力で、マリアを人間として黄泉帰らせる』

『生き返ったマリアと一緒に、幸せな家庭を築く』


 という、非常に大きな野望があるのだ。

 そのためにも、この戦場から逃げ出すわけにはいかない。


「あのな、俺はお前のためを思って――」


 牙王の小言が続くかに思われたが、


「え、あれって阿ノ玖多羅マリア様!?」

「あの、『S組』首席の!?」

「世界最強JKじゃん」


 学生たちの声が、にわかに大きくなりはじめた。

 さらに、


「マリア様の隣にいるのって、例の『堕ちた神童』?」

「は? なんで? 何かの間違いでしょ」

「だよな。マリア様が落ちこぼれと一緒にいるはずがないし」


 と、来栖を悪く言う方向へ波及しはじめた。


 来栖は何も言わない。

 昔の彼はまさに『釈迦の手の上で飛び回る孫悟空』で、得意になって同級生や後輩・同輩・先輩・教師陣を顎で使い、いい気になっていたクソガキだった。

 だから、力を失った今、当時の愚かな行為の報いを受けるのは当然のことだと受け入れている。

 だが、問題はマリアのほうだった。


「ちっっっ!」


『品行方正』、『聖母の再来』、『ザ・お嬢様』で通していたはずのマリアが、不良学生ですら二度見しそうなほどの見事な舌打ちをした。

 メギドヶ丘学園の学生たちが愕然とする中で、マリアが来栖の前に歩み出て、これ見よがしにひざまずいてみせる。


「来栖くん、我が王よ。行きましょう」

「え、えっと……」


 学生たちが醸し出す空気に呑まれそうになっていた来栖の手を、マリアが取る。

 とたん、来栖とマリアの体がふわりと浮かび上がった。

 今のマリアは翼を隠しているから、二人が【飛翔】の魔術によって浮かび上がったように周囲には映っているだろう。

 学生たちが唖然とした様子で見守る中、来栖とマリアは空高く舞い上がっていった。


「さっきは助かったよ、来栖くん。見事だった」


 翼と輪っかを出現させ、その翼で来栖をすっぽり抱きしめながら、マリアが言った。


「『見事』なんて言葉を使ってしまったら、偉大なる我が王に対して不敬かもしれないけど」

「冗談はよしてよ」


 マリアに包みこまれながら、来栖は少しだけ得意な気持ちになっている。


「でもまぁ、これで分かってもらえたでしょ? 僕も、マリアが攻撃するための隙を作るくらいはできる。キミと僕の力を合わせて、この戦争、勝とう!」

「うんっ」


 やがて二人は、JR三宮駅の南、ひと気のない公園に降り立った。


「やっぱり、来栖くんは最高だ」


 マリアがうっとりとした表情で言う。


「ボクは強い。分かっているさ。たぶん、世界最強クラスに強い。でも、たった今経験したとおり、ボクだけでは勝てない敵も多い。でも、来栖くんの魔力と助けがあれば、ボクは間違いなく最強だ。魔力も助けも、どちらも来栖くんの力だよ」

「つまり僕らは、二人で世界最強ってことだろ?」

「そうだね!」


 着地した二人は、ハイタッチした。


「ところで」


 来栖は十三ミリリットルの魔力を脳みそにじわっと染み込ませ、知覚を広げる。


「さっき僕たちを助けてくれた、戦争参加者とサタンは?」

「お呼びかな?」


 いきなり背後から声がして、来栖は飛び上がった。

 脳を魔力で満たして索敵能力を上げていた最中だったというのに、まるで気づけなかったからだ。


「あ、あの、ありがとうございました」


 礼を言いつつ、改めて男を観察する。

 身長一九〇近く。

 細身で、着流しに真っ黒なグローブ、そして編み上げブーツという一風変わった服装をしている。


 男が狐の面を取った。

 中から出てきたのは、眼光の鋭い顔だ。

 一重まぶたで切れ長の目や、スラリと通った鼻筋は、美形の顔貌と言えるだろう。

 白髪交じりの黒髪を後ろでまとめている。

 白髪から分かるとおり、けして若くはない。

 が、その顔にはシワも垂みもなく、老いている感じがまるでしない。


「あ、あぁぁ……あなたは」


 マリアが後ずさる。

 来栖は首を傾げる。


「この人は敵じゃないよ、マリア。さっきのドラゴンを倒してくれたんだから」


 来栖はマリアをなだめてから、男のほうに向き直る。


「共闘できますよね? 僕は阿ノ九多羅来栖。できればあなたのお名前を――」


 来栖は、最後まで言葉を続けることができなかった。


身共(みども)か?」


 来栖は言葉を発することができない。

 当然だ。

 男の手刀が、来栖の腹を貫いているのだから。


「身共の名は、阿ノ玖多羅コクリ。キツネ、イヌ、タヌキと書いて、狐狗狸だ」


 阿ノ玖多羅コクリが、その手をズルリと引き抜いた。

 コクリの手には、薄っすらと輝く臓器『丹田』が握られている。


「はじめまして、マリアの元婚約者くん」


 来栖は崩れ落ちた。

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