知力封印と、野生の直感
スキルに続き、敵が放った次なる呪いは「精神鈍化の霧」。それは人間の思考力、記憶力、そして「知力」そのものを極限まで低下させ、幼児退行させる恐るべき精神攻撃だった。
「うぅ……頭がまわらない……。一足す一は、なんだっけ……」
天才魔導士であるルナすら頭を抱えて座り込んでしまう。
クロノもまた、激しい頭痛と共に、これまで明晰だった思考が急速に霧に包まれていくのを感じていた。複雑な数式や、緻密な国家再建の計画、戦術の最適解が、脳裏からみるみる消えていく。
「ははは! 計算も予測もできなくなった『知力派』など、ただの人形だ!」
霧の向こうから、今度こそ勝機を見出した敵の魔導戦士たちが襲いかかる。
だが――クロノの瞳からは、光が消えていなかった。
むしろ、余計な思考が削ぎ落とされたことで、その瞳には獣のような鋭い「野生の直感」が宿っていた。
「……考えるのが無理なら、考えない」
クロノはぼんやりとした口調のまま、しかし身体は勝手に、かつてないほど滑らかに動き出した。
「看破」のスキルで数万回、数百万回と見せられ、身体に叩き込んできた「戦闘の正解」。それはすでに脳の思考回路ではなく、脊髄と筋肉の反射に直接刻み込まれていたのだ。
迫り来る刃に対し、クロノは頭で考えるよりも早く、肉体の記憶だけで完璧なパリング(受け流し)を繰り出す。
キンッ! カァン!
「な、何だと!? 思考を奪われているはずなのに、なぜこちらの攻撃をすべて予測したように受け流せるんだ!?」
「予測、してない。……身体が勝手に、ここだって言ってる」
複雑な戦術計算を失ったクロノの剣は、むしろ「迷い」という最大のノイズが消えたことで、より純粋で、より予測不能な神速の領域へと達していた。ガイルの剛剣の重み、ジードの変幻自在な足捌きが、本能のままにミックスされて繰り出される。
流れるような三連撃で、襲撃者たちの武器が次々と宙に舞い、彼らは恐怖と共に地面に組み伏せられた。
やがて霧が晴れ、徐々に知力を取り戻したルナが、ふらつきながらクロノを見る。
「クロノ……あなた、思考を奪われても戦えるの……?」
「ええ……。どうやら僕の身体は、僕が思っていた以上に『正解』を覚えていたみたいです」
クロノは少し間の抜けた笑顔で、ぽりぽりと頭を掻いた。
知謀を封じられても、その肉体そのものが「無双の証明」となる。クロノの万能ぶりは、もはや魂の領域にまで達していた。




