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21・其は、新たな冒険の始まりの地

 船旅は終わった。

 ロズタリア領を有するプラタリア大陸から、ここは海を隔てたゴルゾという大陸に変わる。生活様式はさほど変わらず、海を隔ててもほぼここは地続きと言っても良い。

「それで、これからどうするのだ」

 停泊した船から乗客が吐き出され。青い空の下、数時間前と同じような人並みで溢れる中、ドリューは言った。

 アスターシャは、新たな世界へ胸を高鳴らせているに違いない。キョロキョロと見回すその首が、雄弁に物語っている。

「まずは食事にしませんか?それから身の振り方を考えましょう」

 アスターシャの笑顔が、これからの生活を期待するのか。眩しい程の笑顔で輝いていた。


 ドリューはきな臭さを感じていた。

 この港街であるリルフォード。

 剣を掲げ、同じくアスターシャやドリューのように冒険を生業と生計を立てているであろう、一筋縄では留まらない気配を放つ輩がそこかしこに感じる。

 チラチラと伺うような、牽制するような。

 それが、姿を隠しつつもはっきりと分かる、通常の人間よりも巨大な体躯であるドリューに向けられたものならばまだいい。無数のその目は、傍らのアスターシャに注がれているような気がしてならないのだ。

 それが、見目麗しいアスターシャが放つ輝きに目を眩ませているものならば。

 それは、かつてアスターシャがノルダッドに身を置いていた時。闇の組織の暗殺者(アサシン)に睨みつけられた時のような。

 それ程の殺気は感じられないもの、十分に不快な波を放っているように見受けられる。これにアスターシャは気付いているのか。

 ドリューは周囲に放つ気を探るのを途切らせること無く、アスターシャの後へと続いた。


 アスターシャとドリューは、手近な食事処へと入った。

 扉が中の活気を押さえつけていたかのように、騒ぎ立てる声がそこかしこから聞こえてくる。

 ふたりは手近な空席に腰を落ち着け。

回遊するウエイトレスに適当に注文を通し。

 アスターシャは騒々しいと言える程の週に視線を向け。

「凄い活気ですね。これが全員冒険者。私達と同じ、世界を回る旅人なんですね」

 感心するように、アスターシャは頬を紅潮させる。それは、彼女が求めていたことなのだろう。絵物語で見た、世界をまたに掛ける冒険譚。その舞台がここにはあった。

 冒険者と一口に言っても、目的は枝分かれする。

 その日暮らしの根無し草。その土地土地で何でも屋まがいの依頼を受け、幾ばくかの路銀を稼ぐもの。ダンジョンに浪漫を追い求める者もいるだろう。

 アスターシャのように、世界各地に点在する竜人族(ドラング)と出会うこと、という目的を掲げている者は皆無だろう。

『竜人族(ドラング)』は出会わなければ良し。生きていくには関わらなくても良い存在だろうから。よくよく考えれば、それに会いたいと願うこの少女こそ異常なのかも知れない。

「・・・お口に合いませんか?」

 運ばれてきた料理にフォークとナイフが進んでいないのを見て、アスターシャの表情が陰る。もしかすれば、人間の食事の味付けは竜人族(ドラング)に比べ薄いのかも知れない。

 もっとも、アスターシャがノルダッドで食べた竜人族(ドラング)の食事は、濃さの中にもしっかりとした味わいと旨味があった。

 ノルダッドとの食事で異なるのは、その肉の厚みだろう。

 今、目の前にあるステーキは、フォークを突き立てれば、先端が皿の面に触れてしまう。

「・・・別に食い応えが無いわけでも、味に満足していないわけでもない」

 食事の時でも目深に被ったフードの奥に送り込む肉片に、不満はない。

 ドリューも、人間の多くいる場所に来たのは初めてのことだ。無駄に鋭敏に気配を感じすぎているだけななのかも知れない。

 ただ、アスターシャを守る任を受けた仕事だけは全うしなければならない。例え、こちらに注がれている視線が杞憂でも。

「思ったことがあるのですが」

 そんな中、アスターシャがそう口を開き。

「街の中で情報を集め、『竜人族(ドラング)』の行方を探す目的ですが」

 この旅のもうひとつの側面。

 アスターシャの見識を深める意味とは別の目的。それは、この世界に散らばる『竜人族(ドラング)』と出会うこと。

 それは恐らく、この世界に辿り着いたドリュー達の祖と、アスターシャの先祖が結びついた要因を解き明かすことでもある。

 ノルダットの書庫で見た、かつてのロズタリアの王が導いた、竜人族(ドラング)の戦士達。

 その時の気持ちは、どうだったのだろうか。遥かな時に想いを馳せるアスターシャの抱く謎が溶ける日は、来るだろうか。

「現状、私達の手はふたつしかありません。ふたり同時に情報を集めるのは効率が良いとは思えません」

 と、そんなことを言った。要するに、手分けしようと言い出したのだ。

「・・・この街でひとりで出歩くのは危険ではないのか?」

 アスターシャを守る立場であるドリューは、当然その提案を両手を上げて賛同しかねる。

 他所様から預かった人間の娘ということを差し置いても、ひとりで歩いて何かしらのトラブルに見舞われた場合、アスターシャの細腕で解決できるとは思えないのだ。

 アスターシャは、ノルダッドを去ったその日から、未来のために剣を振るい、稽古を怠らなかったと聞く。

 人間にしか扱えない魔導の勉強も身に付け、旅をするのに恥ずかしくない強さを身につけた。

 だが、それはあくまで人間としての尺度で、である。

 ドリューは未だ、アスターシャの剣の腕を知らない。

 バルボア相手に剣を震わせていたあの頃。年端もいかない少女であれば、それは仕方は無いのかも知れない。もっとも、ドリューの感覚で言うと、今のアスターシャも十分少女なのだが。

「ご心配、恐れ入ります。でも。大丈夫です!」

 アスターシャは、自信に満ちた目で胸を張る。余程、これまで重ねてきた研鑽に覚えがあると見える。

 アスターシャの腰に刺した剣は、『竜人族(ドラング)』であるドリューからしてみれば選びもしない、細身の剣だ。

剛直の剣など受けきれるものでは無い程の、か細い刀身。

 アスターシャは、その小さな胸に自分達『竜人族(ドラング)』と出会うことを夢見ている。

 見渡せば敵しか居ない状況で、これ程までに希望を見出してくれることはありがたくも、嬉しい。だが、それがアスターシャの立場を危うくするものないのではないのかと心配もする。

『竜人族(ドラング)』は、人の目には未だ慣れていない。その威圧感も破壊神の如く強さも。この世界に似合わぬ、排除すべき存在だと言う勢力も居ないわけではない。・・・悲しいかな、そういう悪意を突きつけられたのも記憶に新しい。

 人間が『竜人族(ドラング)』を恐れるのと同じく、『竜人族(ドラング)』もまた、人間を恐れるのだ。

「この食事の後、取った宿を集合場所にしましょう」

 トントン拍子で話は進む。

 今が楽しくて仕方がない。そんな笑顔で、アスターシャはフォークに通した肉を頬張った。


『竜人族(ドラング)』の気質として、人里から離れた場所に集落を作る傾向がある。

 もっとも、サンプルはノルダッドとドリューが身を置いていた名も無き村しか無い。

 人の目に触れないよう、人の足では辿り着くことが困難な場所へと。ノルダッドの場所が過酷な地であるのは幸運とも呼べるものだった。ドリューの故郷も、まず人の足が入らない僻地だった。そこで慎ましくも仲間が生きていた。武器を捨て、人間を真似た生活で。

それこそが人間との繋がりを示していた証明なのだろう。

 そして、それを探し当てることは容易では無いのかも知れない。


 アスターシャとドリューは、街の中心部で別行動とする。

 アスターシャの根拠の無い自信とは対象的に、ドリューの不安は拭えない。とりあえず、今回は好きにさせよう。情報が必要なのはドリューも同じだ。

 同族の『竜人族(ドラング)』を探すことは、ノルダッドに恐怖を与えた『黄金色の鱗』の片鱗を探ることになるからだ。

 人間には恍惚と人智を授け。『竜人族(ドラング)』には異なる色の鱗を授ける。

 魅惑の劇薬である『黄昏』。

 それに溺れ、アルガス・ロッドランドは自滅した。それを人間の度の越えた情愛がもたらしたものだと切り捨てることは出来ない。それを可能にしたのは、自らの一族が生み出した薬に一端があったからだ。

 ノルダッドの王、ヴァンデラですらその存在の影しか知らず。かつての祖より枝分かれした種族が生み出したと呼ばれる過薬。

 それは決して『竜人族(ドラング)』を含む生命に進化を促すものではないだろう。

 アスターシャという悲しみを抱いた者が確実に生まれ、愛しきもうひとりの親と言うべき存在がこの世を去り。

 ドリューの目的は、その薬を生み出したであろう『竜人族(ドラング)』を探し出し、その真意を問い正すことにもあった。

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