20・船の上で、想いを馳せ
これからいつ果てるかも知れない旅路だ。旅の路銀は削れる部分は削れる方がいい。
新大陸へと渡る船の中。
下等級の船室を一個取り、そこを次の大陸までの身を休める場所とする。
そこは、ただの簡素なベッドがあるだけの部屋で。人ふたり、それの大柄な竜人族には手狭だろう。それは頭の天辺が天井に触れそうなほど。
「すみません、ベッドを使わせていただいて」
「構わん、どうせ俺の身体は収まらない」
ひとつしかないベッドは、当然アスターシャが使う。どの道ドリューにはその身体には逆の意味で余りある。木目の地べたにあぐらをかいて座るその姿が可愛らしくも微笑ましくあった。
「・・・少し、休ませて頂いてもいいですか?」
アスターシャは、その胸に秘める冒険心の高まりとは別に、やはり成長したとは言っても、まだ幼い身体には緊張が宿っているのだろう。その気持ちの乖離がもどかしい。
「・・ゆっくり休め。旅はこれからだぞ」
帯同を任されたドリューには、アスターシャを守る義務がある。これから旅を共にする仲間。自分だけではなく、アスターシャの体調を気遣わなくてはならない。
旅の目的は、アスターシャの世界への理解を深める旅。様々な景色を見聞きし、本で得ただけでは身につかない世界を知る旅。
そして。
ドリューの『かつて』の祖の仲間を求める旅でもあった。
三年前。
アスターシャがノルダッドに身を置いていた時。
アスターシャのもうひとりの親と言っていい腹心、アルガス・ロッドランドという人物の策略があった。それは彼の妄信的とも言えるアスターシャの祖母、エルナへの時を経てなお陰ることはない情愛にあった。
その際、彼は闇の世界の手の者の力を借り、それを成し得ようとした。
金でしか繋がりを得なかったその逆賊は、『竜人族』の天性の強さに返り討ちに遭う。
ドリュー達にとっては、そのことよりも。ドリュー達『竜人族』がこの世界に置いての背景を、ただの人間が知り得ていることを気にしていた。その情報源は、アルガス・ロッドランドが口にした『黄金色の鱗』と呼ぶ竜人族の存在があった。
『竜人族』は、赤、青、緑、白、黒。濃淡の差はあれど、それ以外の鱗を持つ種族は居ないとされる。居るとするならば、それはある秘薬により、鱗の色が変わったに過ぎない。
『竜人族』は、ノルダッドだけに点在するのではない。世界各地、人目を避けるようにその身を隠している。
アスターシャが見たいのは世界だけではない。
歪んだ野望とは言え、アルガスと『黄金色の鱗』は確かに邂逅し。
それと同じように、アスターシャも会いたいのだ。どうしてアルガスに歪んだ知識を授け。どのような思いで歴史を託したのか。
『竜人族』には恍惚を与える『黄昏』なる薬は、人間には異常とも呼べる力を授ける。だが、それは過ぎたる力で、ある種の『毒』だ。
老体であるアルガスには、その膨れ上がる力を永遠に維持することは叶わず。『竜人族』の勇壮の剣の前に散った。
『黄金色の鱗』だけではない。この世界に存在する『竜人族』に、アスターシャは出会いたいのだ。
打算や野心だけで人間と関わるだけではない。きっと普通に手を取り、歩んでいける。人の心を迷わす薬などで繋がらなくとも、きっと。
ドリューとアスターシャがそうなのだから。
船に揺られて暫くが経つ。
ドリューはどれくらいの時間かはわからないが、眠っていたようで。
伏せた瞼を開ける。相変わらず手狭な室内は変わらず。
ふと、目を巡らせると、ベッドはもぬけの空だった。
「・・・アスターシャ?」
どうやらベッドで毛布を被っている為、見えていないわけではないようだ。事実、部屋には自分以外の気配は無い。
トイレなら、きっとドリューには告げずに行くだろう。人間にとって排泄はデリケートな生理現象で。そのことに対しアスターシャは非常に憤慨し、ドリューの発言を咎めたことがあった。
だとすれば、その姿を追って探すこともない。今やアスターシャは成長して、あの頃のか弱さはない。
だが。
ドリューは床から立ち上がると、自らの姿を覆う布を手に取り、船室を後にした。
船外に出ると、潮風が肌を濡らす。
空は星空で照らされ、船の旅を光で導く。
甲板には、人間の姿は無い。今の時間帯、乗客は全て夢の中だろう。ただひとりの影を除いて。
「アスターシャ」
その声に気付き、彼女は振り向いた。
吹く潮風に揺れ、僅かに陰る金糸を手で払い。束ねた髪は今は昔の面影を見せる程に流麗で。
「・・・ドリュー」
見知った影に、アスターシャの顔は綻ぶ。
「少し、風に当たりたくて」
恐らくドリューは、部屋の中に姿を見せなかった自分を心配したのだろう。
船体の縁。アスターシャは柵の側で夜闇に浮かぶ波間に視線を向けていた。
「排泄では無かったのだな」
その言葉に、アスターシャは眉を潜めつつ、顔を赤く変化させ。
「・・・そういう部分、全く変わってないですね」
嗜めるように、アスターシャは言葉を続ける。
「排泄は、生物にとって最も隙のある行動、ですよね」
目を細め、アスターシャは腐肉っぽく鋭く言い放つ。だが、その怒りを夜風と共に解き。
ドリューは、アスターシャの隣に並び、アスターシャもそれを受け入れる。
月の光が生み出す影。甲板に差のある並びを生む。
「今は人目もありません。風、気持ち良いですよ」
その身にマントを羽織っていることに対してだろう。
今の世界は、『竜人族』の存在に恐れおののく人間は少なくない。むしろ、それが大多数だろう。
その人とは異なる姿と、『竜人族』にまつわる噂を掛け合わせた時、それは時に人にあだ名す脅威に変化する。
実際は、彼らは彼らの文化を持ち、人間と違わぬ感情を持つ存在なのだ。それを知らずして、人は彼らを恐れる。
竜人族は、儀に溢れ、武を誇りに思い。仲間を尊び。去る命を悲しむ。それは、どこが人間と違うのだろう。
きっと、表立って手を取り合える友になれる。自分とドリューがそうなのだから。
「それに、『アレサ』という名を忘れてますよ」
それは、この旅での約束事のはずだ。
「・・・どうせ、この場には俺達しか居ない」
その愚かさを他の人間に聞かれる心配は無い。
未だ慣れない仮の名を、いつかは自然に呼べる日は来るのだろうか。
ドリューの想いは、潮風の中に解けて消える。




