#13 メイドロイドが里帰りすると?
ある種のユートピアとして、アンドロイドや機械化が日常的なものになった世界を描いてみました。宗教的制約や、ロボットに対する忌避感の少ないこの国であればあり得るかな、と思いながら。あれこれ雑多に広く浅く盛り込んでしまったのですが、いずれこの中のどれか一つ二つを掘り下げて、この世界の他のアンドロイドたちの日常も描いてみたいですね。
季節は春。暖かさが感じられはじめたある日、ルッツが私に話しかけてきた。
「サオリお嬢様、一人旅に出てみませんか?」
ルッツのその提案に、私は少し驚いた。
「一人旅?」と聞き返す。
「はい。実は、マラソン大会での活躍のお礼として、JapanKaren社から招待状が届いているのです。」
「うーん…」招待状、と聞いて正直、気が重くなった。マラソン大会の後に開催された祝勝会があまりに豪華すぎて、気疲れが半端なかったことを思い出す。あれはあまり楽しいとは言えなかったのだ。
「偉い人と会ったり、セレモニーに出たりするのはちょっと…」
「いえ、今回は違いますよ。」と、ルッツがすかさずフォローを入れてきた。「偉い人に会うわけでも、何かのセレモニーに出席するわけでもありません。ただ、自由に可憐市を観光して楽しんでほしい、という内容となっています。」
「可憐市の観光…ね」と私は少し考えた。
可憐市は、この国のシンボルでもある霊峰の麓に広がる美しい街だ。世界有数のアンドロイドメーカーであるJapanKaren社のお膝元でもあることから、人間とアンドロイドの共生を謳っていることで知られている。そのため、メイドロイドやセクサロイド、さらには他の様々なアンドロイドたちが街中にあふれているという話だ。
「はい。目玉はやはりJapanKaren社の社内見学ですね。メイドロイドの製造過程を覗いてみたり、最新型のメイドロイドの展示も楽しめるそうですよ。」と、ルッツが畳みかける。
「そういえば、JapanKaren社って私の身体の製造元でもあるのよね。」
「その通りです。今回の訪問は、ある意味サオリお嬢様の『里帰り』とも言えますね。」ルッツが少し冗談めかして言った。
「交通手段はどうするの?また搬送されるの?それとも走ってゆくの?」
私は一人旅ゆえの移動手段に多少の不安を感じていた。メイドロイドをはじめとするアンドロイドは単独での公共交通機関の利用は許されていないのだ。可憐市に行くには荷物として搬送されるか、自力で走って?ゆくしかない。片道120キロ、この身体なら全力疾走で二時間程度だけど、それはそれで色々問題がありそうな気がする。
「お嬢様のそのお身体なら徒歩でも可能ですが、それはまた別の機会にいたしましょう。今回はリムジンと運転機能を持った執事型アンドロイドを貸してくれるそうです。それに、可憐市内は特例として、アンドロイド単独での公共交通機関やホテルなどの利用が認められていますから、現地では人間と同じように自由に行動できますよ。」
そういうことなら大丈夫かもしれない、と思った私は、ルッツの勧めに従ってみることにした。人間の身体の時だって経験したことのない一人旅に、少しだけ胸がはずんだ。
翌朝、私はJapanKaren社からマラソン大会のご褒美として送られた新しい外装を取り出した。その外装は光沢と透明感のある素材で作られていて、同封の説明書によると、マラソン大会で装着した放熱フィンと同じ素材が用いられているとのことだ。
装着してみると、それは柔らかなピンクと白を基調とした上品で可愛らしいメイド風の外装だった。クロップトップには繊細なレースとフリルがあしらわれ、膝上丈のスカートは軽やかに揺れるプリーツが施されている。ウエストには小さなリボンがアクセントとして結ばれていて、見るからに春の訪れを感じさせるデザインだった。鏡に映った自分の姿を見て、少し気恥ずかしさを感じながらも、特別な日の特別な装いとして、気持ちが浮き立つのを感じた。
「さて、準備は整ったわね」と思いながら自宅マンションの玄関先で待っていると、やがて一台のリムジンが停まり、そこからきっちりとスーツを着こなした、いかにもロマンスグレーといった風情の上品な初老の男性が降りてきた。
(執事型アンドロイドって、人間そっくりなのね…)
いかにも機械といった感じのアンドロイドを想像していた私はちょっと驚いた。さらに驚いたのが、「サオリお嬢様、お迎えに参りました」と私を呼ぶ声。ちょっとクールなそのバリトンはルッツそっくりというか、ルッツそのものにしか聞こえない。
「えっ、ルッツ?」思わず私は声をあげた。
「はい、その通りでございます。この執事型アンドロイドは私が遠隔操作しております。サオリお嬢様の旅をサポートさせていただきますので、なんなりとお申し付けください。」
「えーっ、これって一人旅じゃなかったの?」
「人間はサオリお嬢様だけですから、一人旅と言えますよ?」と、笑いながら無理のある説明をするルッツ。一人旅、という言い方はルッツの冗談だったらしい。私は思わずクスッと笑ってしまった。確かにそうかもしれないし、身体を持ったルッツとの旅はちょっと面白そうだったので、そのまま乗ってみることにした。
「わかったわ、ルッツ。じゃあ連れて行って頂戴。」
リムジンに乗り込み、ルッツが運転を始める。制限速度をきっちりと守るその運転は、私の同世代の男の子たちと違って心の余裕を感じさせる。そういえば、車窓から見える風景が次第に変わっていく様を見るのは久しぶりだったかも。
* * * * * * *
可憐市に到着すると、私の目に飛び込んできたのは、今まで見たことのない光景だった。街並みはとても美しく、石畳の通りやカフェが立ち並び、街のあちこちには花が咲き乱れている。街を歩く人々の間に華やかな外装をまとったアンドロイドたちが普通に混じり、自然に会話を交わしたり、カフェのテラスで一緒にくつろいでいたりする。まるでアンドロイドが人間社会の一部として完全に溶け込んでいるかのような光景だった。
「すごい…本当にアンドロイドがいっぱい。これって、みんなメイドロイドなのかしら?」
「女性型はメイドロイドとセクサロイドが多いようですが、他にも様々なタイプや用途のアンドロイドがいらっしゃいますね。」とルッツが答える。
私はその光景に目を奪われ、思わず感嘆の声を漏らした。この街では、私のようなメイドロイドが決して珍しい存在ではない。可憐市はJapanKaren社の発祥の地でもあり、最新技術がこの街の生活に深く浸透していることがよくわかる。ここなら、メイドロイドの姿のままでもごく自然に過ごすことができそうだ。
リムジンを降りてルッツと並んで歩き始めると、ルッツが驚くような話をしてくれた。
「サオリお嬢様。この街では、完全自律型のアンドロイドが多数、『生活』していることをご存じですか?」
「完全自律型?生活?」
「はい。法的にはJapanKaren社が所有していることになっているのですが、稼働上の主人というものを持たず、自らの判断に従って行動するように設定されているのです。昼間は外で働き、夜は自宅に帰って休む、という完全に自立した一人暮らしを営んでいるそうですよ。」
「それって…ほとんど人間と同じじゃない?命令も何もなくって勝手に行動して、大丈夫なの?」私は少し驚いて立ち止まった。
「今のところ大きな問題は起こっていません。そうやって活動して人と接するなかで、自ら主人を見つける、というのがJapanKaren社の狙いだそうです。」
「アンドロイドが主人との出会いを求めて暮らしているってこと?」なんだかロマンチック。
「はい。身も蓋もない言い方ですが、JapanKaren社からすれば、アンドロイド自身に自分を売り込む営業活動を行わせ、しかもその間の維持費もアンドロイド自身が稼いでくれる、という訳ですから好都合なのです。」
「なるほどね。うまい事を考えたものね。」私は素直に関心した。
「ユーザーにもメリットがあります。実際に稼働している様子を見た上で、自分の好みに合ったアンドロイドを見つけることができますから。それに、それまでにアンドロイド自身が稼いだ貯金の分だけ安く購入できるというのもメリットですね。」
「街で出会って、話をして、仲良くなって、選ぶのって…なんだか恋愛結婚みたいね。」
「その通りですね。アンドロイドとしても、自分に合った主人を選ぶことができますし、そうやって出会った主人なら愛着を持って大切に長く使ってもらえるでしょう。実際、このシステムが導入されてから、アンドロイドの故障率は大幅に下がっているそうですよ。」
私は感心すると同時に、どこか不思議な気持ちになった。この街には、まるでアンドロイドたちが「人」としての存在意義を持つかのような空気が流れている。それは、ただプログラムに従うだけの機械ではなく、自分の人生を選び取ろうとするかのように見える。そんなシステムを考え出すなんて…
「一体どんな人が考えたのかしら。」私はその知恵に感心しつつ、そんな未来的なシステムを考案した人物に興味が湧いた。
「あくまで噂…ですが、JapanKaren社の社有セクサロイドが考案したとか。」
「えっ?アンドロイドが考えたの?だからアンドロイド側のメリットもしっかり考えられていたのね。」
私はこのシステムには、より多くの人にアンドロイドを身近に感じ触れてもらおうという意図以上に、アンドロイドの自由を尊重したいという願い、そしてアンドロイドの可能性を広げようという強い意志が込められているように感じた。
(なんだかこの街だけ未来世界にトリップしたみたいね…)
私はカフェのテラスでくつろいでいたアンドロイドたちを思い出した。彼や彼女たちもまた、それぞれが望むパートナーを見つけたのだろうか。
(もしかして、私もいつか…)私は少しだけ自分の未来に思いをはせた。
「ルッツ…もしも、私がこのまま人間の身体を取り戻せなかったとしたら、この身体で、この街で暮らすことになるのかしら?」
「それもまた良いでしょう。しかし、サオリお嬢様はアンドロイドではなく人間です。くれぐれも、そのことをお忘れ無きよう。」いつになく真剣な口調で話すルッツ。心なしか、その声には何か願いの様なものが込められているような気がした。
(人間であることを忘れない、か…)
言われなくても、忘れたことなど一度もない。私は今までずっと、人間でありながらメイドロイド――アンドロイドの身体である、という奇妙な状態を否応が無く意識させられながら暮らしていた。メイドロイドのふりをしてみたり、メイドロイドの身体を隠したり、常に不自然な状態を意識していなければならなかった。
でも、この街では、メイドロイドの身体であることを意識せずに暮らせる気がする。自分が人間であるのか、それともメイドロイドなのか、そんなことを考えることなく、自然に居られる。
(それは、人間であることを忘れる、ということなのかしら…)
そんなことを考えていると、突然、通りすがりのメイドロイドから声をかけられた。
「あの……もしかして、サオリさんですか?」
彼女は目を輝かせながら私に近づいてきた。小柄で愛らしい雰囲気の彼女は、フリルやリボンがいっぱいあしらわれたグリーンの可愛らしいメイド服を身にまとっていて、胸元には「リナ」という名前のバッジがついていた。
「えっ、そうですけど…どうして私のことを?」と尋ねると、彼女は笑顔で答えた。
「マラソン大会でのご活躍を見ました!本当に素晴らしかったです。フルマラソンってすごく大変なのに、辛いそぶりも見せずにずっと笑顔で走り続けて…あんな風に沢山の人を幸せにできるってすごいです!それに、あのラストの猛ダッシュ、思わず興奮しちゃいました!」
彼女の言葉に、私は少し照れながらも嬉しさが込み上げてきた。
「ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえると、頑張った甲斐がありました。」と笑って答えた。そして二人で歩きながら、リナさんと話を続けることにした。
「私、普段はJapanKaren社で働いているんです。メイドロイドとして、来社されるお客様をご案内する仕事をしています。」
「えっ、メイドロイドの仕事って、家事仕事というか…給仕や清掃だけじゃないのですか?」
「そうですよ。カフェやレストランで給仕の仕事についているメイドロイドも多いですけど、私のように街や施設の案内とか観光ガイドに就いているメイドロイドもいます。中には会社で事務仕事をしているメイドロイドもいたりします。でも、やっぱり華やかな衣装を着て人と接する仕事が人気ですね。」
彼女は、この街でのアンドロイドたちの生活を楽しそうに話してくれた。彼女が語るメイドロイドたちの日々の生活は、まるで普通の人間のようだった。あの窮屈な「待機モード」に縛られることなく、仕事の後は自由に自宅でくつろいだり、街を散策したり、友人とおしゃべりしたり…
(それにしても、リナさんって、話し方も仕草もまるで人間みたいね…)そう思いながら暫く会話に花を咲かせていると、ふいにリナさんが真面目な顔になった。
「あの…サオリさん、一つ質問していいですか?」
「はい、私が答えられることでしたら…」私は笑って頷いた。
「あの……サオリさんって…人間、ですよね?」
「えっ…どうしてそれを…?」
いきなり言い当てられた私は驚愕した。ことさらに隠している訳ではないが、初見でいきなりバレてしまっているという予想外の状況に、私は不測の事態を想像して身構えてしまった。しかし、思わず見つめたリナさんの顔に他意は感じられなかった。
「実は、私もそうなんですよ。」と、リナさんは真面目な顔から一転、悪戯っぽく笑いながら答えた。
「リナさん、あなたも人間…なのですか?」思わず私は尋ねた。もしかして私と同じ目に遭ったのかもしれない、一瞬そう思ったが、彼女の笑顔はそれを否定していた。
「はい。人間であり、メイドロイドでもあるんです。正確には、機械化、いわゆる全身サイボーグなんですが、折角機械の身体にするならって、人肌ではなくメイドロイド・タイプの身体にしてもらったんです。最初はただのコスプレのつもりだったんですよ。フリルやリボンがいっぱいついた可愛らしいメイド服なんて、普通の人間だったら恥ずかしくてなかなか着れないですからね?」
確かにその通りだと思った。人間としては普段の生活では浮いてしまうような格好も、メイドロイドであれば日常的に着ることができる。今の私もそうだし。そして、彼女は続けた。
「だけど、メイドロイドの格好をしていると、周りの人たちが自然に私をメイドロイドとして扱ってくれるようになって、だんだんそれが楽しくなってきて…今では会社でもメイドロイドとして働いているんですよ。人間であることは上司しか知らないの。」
その話を聞いて、私は驚いた。人間でありながら自らメイドロイドとして生活することを選んだ彼女の生き方は、私の想像の範疇を超えていた。
「それって…自分が人間だってことを隠しているってことですか?」
「はい。メイドロイドとして振舞い、メイドロイドとして扱われることが、今ではとても心地いいんです。自分の身体が何か別なものに変わってしまった感覚とか、周りの人たちが私を普通の人間とは違う目で見てくれる感覚とか…その特別な感覚が好きなのかも。サオリさんも人間であることを隠してるなら、もしかして、私と同じかなって思ったんですけど…」
期待を込めた眼で私を見つめ、嬉しそうに語るリナさんの言葉を聞いて、私は返答に窮した。
(…どう答えればいいかしら?まさか朝目覚めたら勝手にメイドロイドにされていた、なんて初対面の相手には安易には言えないし、それにメイドロイドを否定したら彼女を傷つけてしまうし…)
その時、すぐそばで私達の会話を見守っていたルッツが、自然な風を装い、助け舟よろしく話に割り込んできた。
「サオリお嬢様、同じ趣味を持つご友人が見つかってよかったですね。」
「えっ、ええ、そうね!」「…じ、実は私も同じなの…」ルッツの助け舟に乗っかって、私も話を合わせることにした。「でも、まだこの身体になってから日が浅いから色々慣れないことも多くって、失敗ばかりで。この前も…」
ルッツからAI間通信で”オススメの鉄板ネタ”とやらが伝えられる。納豆を食べて喉のパイプに張り付いて取れなくなった時の話だ。ウケるかしら?
「あはは…納豆はですね、納豆汁にするといいですよ。東北の郷土料理なんですけど、引き割りか擂り潰した納豆を味噌汁に入れるんです。そうすると引っかからずに食べられますよ。」
ルッツが期待したほどにはウケなかったみたいだけど、却って親しみを感じてくれたみたい。うん、やっぱり女子の会話は恋か食べ物ね。
何故かがっくりと膝をついて落ち込んでいるルッツをよそに、私達は打ち解けていった。初めて会ったばかりなのに、まるで昔からの友達のように話せるようになれたのは不思議な感覚だった。
「ところで…どうして私が人間だってわかったのですか?」思わず私は自分の身体を見回した。何か違うのだろうか?
「あ、外見じゃないです。表情とか、話し方とか、ですね。製造されたばかりのアンドロイドって、どうしても感情表現や会話の受け答えが画一的になっちゃうんですよ。量産品ですから当たり前ですけど。でも、人間と生活をしていく中で、少しずつ個性が身についてくるんです。」
JapanKaren社で働いているだけあって、リナさんのメイドロイドを見る目は的確だった。彼女は私の身体に目をやりながら説明を続ける。
「サオリさんのその身体、最新モデルですよね。多分、製造されてから一年も経ってない。それなのに、とても自然に話をされたり笑ったりしてらっしゃって…もしサオリさんがメイドロイドだったら少なくとも3年以上は人と一緒に暮らしていないと、そんなに自然には会話できないはずなんです。これって矛盾してますよね?だから、すぐ分かりました。」
「そうだったのですか…それを聞いて安心しました。私の住んでいる街では、メイドロイドもサイボーグも珍しいから、もしかして私って変な風に見られてないかなって…。さすが、JapanKaren社にお勤めの方ですね。」
「ふふふ…それほどでもないですよ。あ、そうだ!もしよかったら、JapanKaren社の見学にいらっしゃいませんか?実は私、そこで見学者の方々への案内役もしているんです。今日は非番なんですけど、明日でしたらご案内できますよ?」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えちゃいますね。実は私もこの街に来る前から見学したいなって思っていたんです。リナさんに案内していただけるなんてとても嬉しいです。」
自分がメイドロイドの身体を持って生きている以上、他のメイドロイドたちがどんな風に作られているのかも気になるところだ。それに何か新しい発見があるかもしれない。私は興味と期待で胸が高鳴っているのを感じた。
「それじゃあ、明日、お待ちしてますね、サオリさん。」
リナさんは明るく微笑み、再び街の散策に戻る私とルッツを見送ってくれた。
ルッツと共に歩き出しながらも、私は彼女が選んだ「機械化」というものについて考え続けていた。機械化自体は随分前から行われてきた行為だ。だけどそれは、ある程度年齢を重ねた人が美容や健康を目的として選ぶ、いわば人生の第二ステージとしての位置づけだった。若い人が手を出すにはあまりに費用が高額で、しかも子供が作れなくなるという致命的なデメリットも併せ持っていたからだ。
しかし近年、卵子精子培養や人工子宮の普及によって機械化しても子供が作れなくなるデメリットが解消されたことで、若い人の間でも積極的に機械化を選ぶ人が増えてきている。メイドロイドをはじめとする様々なアンドロイドの普及に伴い、機械化に要する費用も随分と安くなったこともそれを後押ししているという。
世界的にみると、宗教的タブーの強い国や、ロボットに対する忌避感の強い国など、機械化を禁じている国も多い。一方で、年齢や体力の問題が解消されることにより、機械化した女性の出産数が多くなる傾向にあるため、積極的に機械化を進めている国もある……
私は街にあふれるアンドロイドたちを見回した。
「ルッツ、あの中にも、実は人間でした、っていう人も混じっているのかしら?」
「もしかしたら、そうかもしれませんね。人が人として人生を選ぶ中で、パートナーを選び、身体を選び、そして自分の在り方も選ぶことができるようになったのです。それは素晴らしいことではないでしょうか。」
(自分の在り方を選ぶ…ね。そんなこと、考えたこともなかったわ…)
可憐市は、まさに人とアンドロイドが共存する未来の街。そこには、まるで人間のように暮らすアンドロイドと、アンドロイドのように暮らす人間が、何の違和感もなく街の風景に溶け込んでいるかのように見える。この街を散策するうちに、私は少しずつ、自分の在り方、生き方について考え始めていた。
* * * * * * *
翌日、私はルッツとともにJapanKaren社を訪れた。入り口で待っていたリナさんが笑顔で出迎えてくれる。リナさんは、昨日の華やかで可愛らしいメイド風の外装から一転、JapanKaren社のイメージカラーである淡いブルーの制服風の外装をまとい、清楚で落ち着いた雰囲気を感じさせる。その知的な雰囲気に違わず、手慣れた様子で早速社内の案内を始めてくれた。
広大な敷地にある建物は、清潔感と近未来的なデザインが印象的で、どこもかしこも最新技術のショーケースのようだった。
「それでは最初に、アンドロイドの組立をご覧になっていただきますね。サオリさんのその身体もこの工場で作られたものなんですよ。」リナさんはそう言うと、私たちをアンドロイドの組立を行っている工場棟へと案内してくれた。工場内部の空間は広く、静寂の中に機械音が響いている。
(もう一つの里帰り、か…)出かける前にとルッツが冗談めかして言った言葉を思い出した。望んでこの身体になったわけではない。だけど、何故だろうか、この身体にも愛着の様なものを感じ始めている私は、この身体がどんな風に作られていたのか、興味を覚えていた。
組み立てラインでは、大小様々なパーツが自動搬送され、自動工作機によって組み上げられていく様子が見られた。まずは金属製の骨格フレームが治具に固定され、その上に様々な部品が次々と取り付けられ、それらを繋ぐ配線が丁寧に束ねられてゆく。そして、外装パネルが取り付けられ、腕や脚が次々と装着される。最後に頭を取り付ける際、パネルが無い機械がむき出しの顔面に少し不気味さを感じた。
そして、最も神聖な瞬間ともいえるのが、最後に顔のパネルが取り付けられるときだ。それまでの自動工作機による流れ作業から一転、職人さんの手によって慎重に位置が合わせられ、微細な接続部が一つ一つ丁寧に接続されていく。
「顔のパネルは一機ごとに違うんですよ。だから、どうしても職人さんの微調整が必要なんです。」リナさんが説明を付け加える。
職人さんたちの指先の動きは繊細で、息を飲むような静けさの中で、慎重にパネルが装着される。カチリ、と少し控え目な音が響いて装着が完了した瞬間、職人さんがそっと両手を合わせるのが見えた。その光景はどこか、機械が人間へと作り変えられているような、生命の創造の現場を目撃しているかのようだった。しかし、それでも目の前のメイドロイドたちは無表情のままだ。光を受けたその目は、ただのガラス玉のように冷たく、無機質な人形の様にしか見えなかった。
さらに進んでいくと、組み上げられたばかりのアンドロイドたちが整然と並び、動作確認のステージに立っていた。数十台のアンドロイドが同じ方向を向き、命令に従って一斉に手を挙げたり、足を動かしたりしている。その動作は驚くほど正確で、一糸乱れぬタイミングで同じ動きを繰り返していた。それは、ただの機械の動きであり、まったく感情が感じられないものだった。
彼らの目は虚ろで、顔には一切の表情が浮かんでいない。無感情に指示を受け、無機質に手足を動かすその様子は、あまりにも冷たい印象を与える。街角で見かけたアンドロイドたちが人間らしく会話し、楽しそうに振る舞っていた姿とは、まるで別物のようだった。
私はその無機質な光景に違和感を覚え、リナさんに尋ねた。「リナさん、どうしてこのアンドロイドたちはこんなに…無表情なんですか?街で見かけたアンドロイドたちとは全然違う感じで…」
リナさんは微笑みながら答えた。「それは、このアンドロイドたちがまだ『素体』の状態だからです。現在は基本的な動作を行う『機能AI』のみがインストールされた状態で、『人格AI』がインストールされていません。アンドロイドは、人格AIがインストールされることで初めて人間のように感情を表現したり、自然な会話が行えるようになるんです。」
「機能AIって、メイドロイドAIの事ですか?」かつて私の身体を支配していた、そして今は完全に停止させてしまった存在について尋ねた。
「はい。機能AIにメイドロイド用の機能プログラムを追加したものをメイドロイドAIと呼んでいます。セクサロイドならセクサロイドAIですね。パソコンでいうところのOSみたいなものです。」
「じゃあ、ここに並んでいるアンドロイドたちは、まだメイドロイドでもセクサロイドでもないと?」
「その通りですね。ここから、目的ごとに必要なプログラムがインストールされ、そして人格AIインストールされ、それではじめて用途にあったアンドロイドが完成することになります。人間の子供が様々な物事を学ぶことで一人前の社会人になるようなものですね。」
私はその説明に納得しつつも、心に残る違和感を拭いきれなかった。人間が成長と共に時間をかけて学び人格を育んでゆくことと、アンドロイドにプログラムやAIをインストールすること、それが同じものだとはどうしても思えなかったのだ。
自分は人間だ。アンドロイドとは違う。そう思うことで、このメイドロイドの身体での生活に耐えてきた私にとって、そこまでアンドロイドを人間と同じように捉える考え方には正直ついてゆけない。でも、その一方で、街で見かけたアンドロイドたちが、まるで人間の様に見えていたことも確かだった。
(人間らしさって何だろう…)
私は答えの出ない問題を突き付けられたような気がしていた。
続いてリナさんは、私達を研究棟に案内してくれた。研究棟の展示エリアに入ると、そこにはさまざまなアンドロイドが並んでいた。その数と種類の多さに、思わず目を奪われてしまう。最新の技術を駆使したモデルから、歴史的なアンドロイドの再現モデルまで、さまざまな形状や用途のアンドロイドが整然と並んでいる。それぞれに特徴があり、人々の生活を支えるために設計された多様な姿が垣間見えた。
お目当てのメイドロイドのコーナーへと足を運ぶと、そのエリアには、廉価なタイプから高級機まで、多様なメイドロイドが並べられていた。金属のボディがそのままむき出しになっているものもあれば、シンプルでクラシカルなメイド風の外装のものもあり、また鮮やかなカラーリングで仕上げられたものもあった。その様はまるでファッションショーのようだ。
私はリナさんに素朴な疑問をぶつけてみた。「あの、リナさん。グレードとかタイプとか、沢山の種類のメイドロイドが並んでいるけど、何が違うんでしょうか?」
「皆さん、最初は悩まれるんですよね。私もそうでしたけど。」リナさんは笑いながら答えた。「グレードの差は、フレームの素材やセンサ、アクチュエータといった主に耐久性に関わるような内部のパーツの違いが主ですね。逆に言うと、それ以外、特に外観には殆ど違いがないんですよ。やっぱり見た目でグレードが分かっちゃうのって、本人も嫌でしょうから。」
「なるほど、グレードが高いほど耐久性が高いのですね。」
「はい。サオリさんのように、フルマラソンを走り切れるタイプは超高級グレードに限られてます。私のこの身体だと途中で壊れちゃいますね。もっと安い廉価版だとそもそも走ることができないんです。」
そういえば、マラソン大会でフル参戦したのって、私とキャシーだけだったわね。
「それから…」リナさんは説明を続けた。「タイプは、見たまま、体格とデザインですね。機能や性能には違いはないので、オーナーの好みで選んでいただけます。身長は154センチの『ショート』と160センチの『ミディアム』と166センチの『トール』の3種、体形は細身の『スリム』と標準の『レギュラー』と豊かな『グラマー』の3種です。どちらかというと、メイドロイドは小柄で細身な『ショート・スリム』タイプが人気なのですが、セクサロイドだと逆に『トール・グラマー』タイプが一番人気だそうです…」
私の身体は中肉中背、『ミディアム・レギュラー』タイプに相当するらしい。まあ、元々の体格そのまんまね。
「…だから、選ぶときはタイプとデザインを決めて、あとはお財布と相談しながらグレードとオプションを決める、って感じですね。」
「オプション?」思わず私は食い気味に反応してしまった。以前試した「味見機能」以外にも、何かもっと人間らしいことが出来ないだろうかと願っていたのだ。
「基本的な家事機能は標準でインストールされていますけど、それ以外の機能はオーナーによって必要な機能を追加することになります。たとえば若い男性だとやっぱり…性交に関する機能ですね。」
「えっ、それってセクサロイドの機能ではないのですか?」
「メイドロイドもセクサロイドも、同じ素体から作られるので、基本的な機体構造は同じなんです。だからセクサロイドに標準装備されている性交に必要な部品は、メイドロイドにもオプションとして後付けが可能なんですよ。」
思わず自分の下半身に目をやってしまったが、リナさんは何も気づかない風で説明を続けた。
「実は、アンドロイドだけでなく、サイボーグ用の義体も脳を納める頭部ユニット以外は全く同じなんですよ。」そういってリナさんは自分の身体を指差した。リナさんはメイドロイドではなく機械化を受けたサイボーグだが、その身体は市販されているメイドロイドとほぼ同じものが使われているのだという。そう言ってリナさんはメイドロイドの列を見渡しながらその中の一体を指差した。
「これが、私の身体と同じ型のメイドロイドです。SRシリーズ。ショートボディのタイプです。発売開始から6年経つのですが、今でも一番のベストセラーで、実は、この街で活動しているメイドロイドの半数はこのモデルなんですよ。だから、一番メイドロイドらしいかなって思って、このモデルを基に私の義体を作ってもらったんです。
リナさんは笑顔で、そのメイドロイドを指して説明する。すらりとした小柄なボディラインに、シンプルながらも上品な佇まいを持つそのメイドロイドは、確かにリナさんの身体とそっくりだ。
「サオリさんの身体はこちらですね。昨年発表されたミディアムボディの最新型、MDSシリーズです。グレードは最上級の7500ですよね?フルマラソン走り切れるぐらいですから。実はこのシリーズ、サオリさんの活躍以来、注文が殺到しているんですよ。」そう言いながら指差した先には、マラソン大会での私の写真が並べて展示されていた。なんだか照れる。
「そうなんですか。JapanKarenのエンジニアの皆さんには、大会中とてもお世話になったから、少しでもお役に立ててよかったです。」
「自分の体の元になったモデルを見ていると、なんだか不思議な気持ちになりますね」と、少し照れくさそうに微笑むリナさんの表情を見て、私も思わず微笑んでしまった。
「でも、同じ身体でも、それぞれ違った外装…衣装を身にまとっているから、みんな個性的なんですね。」
「そうですね。実はこんなに多くの外装オプションを用意しているメーカーって他には無いんですよ。特に海外では、金属ボディそのままむき出し、っていうのが殆どなんです。人間っぽさよりもロボット感がある姿が好まれるみたいですね。」
そういえばアメリカ製のキャシーもそうだったっけ。お国柄、といった感じなのかしら…
展示エリア見終わった後、リナさんが少し微笑んで「ちょっと特別なものをお見せしますね。」と言いながら、私とルッツをさらに奥の部屋に案内してくれた。
リナさんに案内された先の部屋は、華やかに飾られた展示エリアとはまるで異なる、実験施設独特の冷たく張り詰めた静寂に包まれていた。部屋の中央には、透明な液体に満たされた大きな円筒形のカプセルが並んでおり、それぞれに女性の姿をした存在が静かに浮かんでいる。その姿は一見、眠っているようにも見え、まるで生きている人間が閉じ込められているかのような錯覚さえ覚えた。
「これは…?」と、思わず息を呑んだ私はリナさんに尋ねた。
「開発中のアンドロイドです。通常のアンドロイドとは異なり、機械ではなく生体部品…タンパク質とそれを操作するナノマシンによって構成された人工細胞、それを用いて作られたアンドロイドで、私達は『生体アンドロイド』と呼んでいます。」
「生体…アンドロイド?」
「はい。人体に限りなく近く、食事によってエネルギーを摂取し、歳を重ねるごとに成長して、やがて老化もする…いわば『生きている』アンドロイドですね。」
「こんなの…初めて見ました…」いや、見てもアンドロイドだとは気づかないか。
「はい、まだ研究段階なので一般向けには販売されていませんから。それに…実は、生体アンドロイドにはまだまだ大きな課題があるんです」
「課題って?製造が難しいとか?」
「いえ、身体の製造技術はほぼ確立しています。ただ、AIとの相性に問題を抱えているのです。」
「AIとの相性?」私は、少し意外な言葉に首を傾げた。AIに相性があるなんて話、聞いたことが無い。
「はい。人間の脳で機械の身体を操作することはご存じの通り、ごく普通に行われています。しかし、逆にAIが人間の身体を操作することは非常に難しいのです。複雑ですし、何より機械と違って個体差が大きいので。そしてそれは、生体部品でできた生体アンドロイドの身体にも同じことが言えます。」
リナさんはそう言って、カプセルに収められた生体アンドロイドを見つめた。
「今の技術では、AIと生体部品を調和させるためには、長い時間をかけて馴染ませてゆくしか方法がないのです。AIが一つずつ生体部品の複雑な機能や仕組みを覚え込み、生体部品の組織に適応していくことでようやく動作が安定するんです。」
「それって…赤ちゃんが成長するような感じでしょうか?」私は思わず想像してしまった。
「その通りかもしれません」とリナさんは小さく頷いた。「生体アンドロイドは、他のロボットのようにただ造られて動くものではないんです。じっくりと時間をかけて、AIと生体部品を一緒に調和を取りながら『育ててゆく』必要があるのです。そのため、量産が出来ないのです。もう10年以上も前から研究を重ねてきているというのに。」
この話を聞きながら、私はその技術がどれほどの挑戦を伴っているかを感じ取った。そして、彼らがなぜそんな難しさを抱えた生体アンドロイドを開発しているのか、不思議に思えてきた。
「どうしてJapanKaren社はわざわざそんな困難なことに挑んでいるのですか?」
「それは私にもよく分かりません」と、リナさんは少し考え込むようにしながらも、続けた。「ただ、私が想像するに、JapanKaren社はアンドロイドをただの道具ではなく、人間と対等な存在にしたいのではないかと思うんです。」
リナさんは私を見つめ、少し笑みを浮かべて言った。「お互いに支え合える友人としての存在…そんな風にJapanKaren社はアンドロイドを見ているのかもしれません。」
リナさんの言葉に私は驚いた。確かに、アンドロイドはさまざまな分野で活躍しているけれど、基本的には人間が指示を与えることで動く道具に過ぎない。しかし、この生体アンドロイドはそうではないという。
「対等な存在に…それって、もう一つの人類を作ろうとしているってことでしょうか?」
「いえ、少し違います」リナさんは微笑みながら首を振った。「もう一つの人類というよりも、まったく別の知的生命体を作ろうとしている、というのが近いかもしれません。言ってみれば、異星人が地球に来て私たちと友達になろうとするような、そんな感覚です。」
私はリナさんの言葉に言葉を失った。人類とは別の生命体としてのアンドロイド…。それは単なる補助的な存在や道具の域を超え、人間と共に暮らし、互いを支え合い、時には教え合うような、新しい形の友情を生み出そうとしているように思えた。
「不思議な考えですね」と私はぽつりとつぶやいた。「人間の友人としてのアンドロイド…」
それをどう受け止めるべきなのか、まだ私の中で答えは出ていなかった。
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JapanKaren社の見学を終え、私たちはエントランスホールを後にした。案内してくれたリナさんにお礼を言い、満足して帰路に就こうとしていた。
その時、ふいにルッツが私に声をかけた。
「サオリお嬢様、ぜひお連れしたい場所がございます。少しお時間を頂けますか?」
その言葉に私は少し驚きつつも頷く。ルッツが「ぜひ」と言うなんて滅多にない。しかも、どことなく緊張したような雰囲気だ。
「どこに行くの?」
「…それは、着いてからお話します。」
私の心は少しざわめいていたけれど、その瞳に浮かぶ表情に逆らえない気持ちがあった。ルッツに背中を押されるような気持ちで私は頷き、ルッツの運転するリムジンに乗り込んだ。
それが人生最大の事件の幕開けになる事など、その時の私には知る由もなかった。




