表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/15

#12 メイドロイドがマラソンに出場すると?

機械化フェチの諸兄には少し物足りないかもしれませんが、こんなイベントがあったらな~ということで。こういう馬鹿馬鹿しいコトを大真面目にやるっていうノリ、好きなんですよね。

初めて自分の脳で身体を動かすことに成功したその日から、私は毎日欠かさず訓練を続けた。


日中はメイドロイドAIを起動してのメイド仕事と大学の講義への出席。大学の講義は待機モードでのオンライン授業が殆どだけど、全ての講義がそれで済む訳ではないので、時折、ご褒美機能を使って大学に通う日もあった。人間の服で機械の身体を隠しての登校は熱暴走のリスクが伴うけど、幸い冬場という事で、保冷剤を張り付けたコートでなんとか乗り切った。


そして夜はメイドロイドAIを停止させての自分で身体を動かす訓練。指を動かせるようになった次は、腕を上げ、足を動かす。そして物をつかんだり立ち上ったりする練習。ドアを開けるつもりが全力で殴りつけたり、立ち上がることもままならずに転倒を繰り返したりもした。そのたびに家具や壁が破壊され、身体に傷が増えていった。


[ルッツ、また壊しちゃった…]がれきの山と化しつつある部屋の惨状が目に入る。


[サオリお嬢様、それは訓練の一部です。気にせず続けましょう。]


ルッツの冷静な言葉に慰められながらも、悔しさがこみ上げる。だが、諦めたくないという思いが勝っていた。毎日、転んで、家具を壊して、体に新しい傷が増えても、それでも私は訓練を続けた。まだまだ、思い通りに動くというには程遠かったけれど、それでも確実に、少しずつ、身体が私の意思に従うようになってきた。


そして年が明けて間もないある日、私は部屋の真ん中に立ち、ゆっくりと足を踏み出した。片足、もう片足。転倒せずに歩き続け、リビングの端まで到達した。


「ルッツ、見て!歩けた!」


「素晴らしいです、サオリお嬢様。ついに目標を達成しましたね。」


喜びが胸に溢れ、私はルッツに向かって満面の笑みを浮かべた。ただ歩くという当たり前のことが、これほどの達成感をもたらすなんて、想像もしていなかった。


「やった…!やっと、ここまで来たわ!」


私が喜びの声を上げると、ルッツも静かに言葉を送ってくれる。


「サオリお嬢様、本当に素晴らしいです。お嬢様の努力が実を結び始めましたね。」


私の身体はまだ完全に自由とはいえなかったけれど、確実に近づいている。人間らしい動作を取り戻しつつある自分に、少しだけ自信が持てるようになった。


「これからもっと、自由になれる…そうだよね、ルッツ?」


「はい、お嬢様。これからも二人で進んでいきましょう。」


    *    *    *    *    *    *    *


その後も、私の身体操作の習熟は順調に進んだ。物を壊したり転倒したりする回数も減り、春一番が吹く頃には、たどたどしいながらも日常生活に必要な動作はほぼこなせるようになった。料理や掃除、ちょっとした買い物なら何とかこなせる。次第にメイドロイドAIの存在も必要なくなり、ついに私はそれを完全に停止させたまま一日を過ごすことができるようになった。


メイドロイドAIを停止させると、体の発熱問題も自然と解決した。もう、あの恥ずかしい外装を身に着ける必要もなくなった。


「ルッツ、これでようやく、自由になれたわ。」


待機モードを強制されることもなくなり、ルッツとの会話も、AI間通信ではなく、普通の音声通話でも自由に会話ができる。私は、これまで感じたことのない解放感に包まれながら、ルッツにそう伝えた。


「はい、サオリお嬢様。全ての目標が達成されました。ですが…」


「どうかしたの?」


「いえ…サオリお嬢様が自由になられ、そして発熱問題も解決したことは素晴らしいのですが、あの冷却外装の麗しいお姿を拝見できなくなるのは、少々残念で…」


「ふふ、残念だったわね、ルッツ。」


ルッツの残念そうな様子はおかしかったけれど、それ以上に今の私は、心底自由を感じていた。


もうメイドロイドAIの制約に縛られることはなく、身体の限界も気にする必要はない。思い通りに体を動かし、思い通りに生きることができる。この先の生活がどれほど新鮮で、どれほど充実したものになるのか、想像するだけで胸が高鳴った。


    *    *    *    *    *    *    *


そんなある日のこと、ルッツが突拍子もない提案を持ちかけてきた。


「サオリお嬢様、来月、この街で市民マラソン大会が行われます。お嬢様も出場してみませんか?」


突然の提案に、私は驚いて目を見開いた。


「え?マラソン?…メイドロイドがマラソンに出るなんて聞いたことがないけど…」


私は不安を口にしつつ、ルッツに説明を求めた。メイドロイドの身体でマラソンに挑戦するという発想自体、思いもよらなかったからだ。


「もちろん、選手としての出場ではありません。サオリお嬢様が参加するのは、先導役です。」


「先導役…?」


「はい。通常は警察の白バイが選手の先導役を務めるのですが、今回は、大会に彩りを加えるために愛らしいメイドロイドたちに先導を務めてもらおう、という話になっていまして。それで、市内のメイドロイドオーナーにメイドロイドの提供を募っているのです。」


ルッツの説明を聞き、私はますます驚いた。メイドロイドが先導役として走る、そんな大会があるなんて想像もしなかった。


「でも、ルッツ…まだやっと歩けるようになったばかりで、マラソンの先導なんて無理だと思うんだけど…」


私は少し不安げに言ったが、ルッツはまったく気にしない風に続けた。


「サオリお嬢様、今の調子ならば大丈夫です。ここまで順調に習熟されているお嬢様なら、来月には十分に先導役を務めることが可能です。むしろ、新たな目標を持っていただくことで、さらに動作の習熟に繋がるでしょう。」


ルッツの自信に満ちた言葉を聞いて、私は少し心が揺れた。確かに、目標があった方がモチベーションになるかもしれない。これまで歩くことができるようになるために一生懸命頑張ってきたように、今度は走ることが目標になる。


「…わかったわ。ルッツ。挑戦してみる!」


ルッツの提案を受け、私は毎日走る訓練を始めることにした。さすがに最初は無理をせず、少しずつ距離を伸ばしていくつもりだ。でも、ルッツから最初に言われた一言が、少しだけ気分を重くさせた。


「サオリお嬢様、走るときは、あの冷却機能付きの外装を着用してください。」


「あの…恥ずかしい外装を着ないといけないの?」と、ためらいながら聞くと、ルッツは平然とした声で答える。なんだか嬉しそうだ。


「はい、サオリお嬢様。最大の熱源であるメイドロイドAIを停止させたとはいえ、さすがに走ると機体温度の上昇が激しくなります。機体温度を適正に保つには、あの外装が必要です。」


「もしかしてルッツ、私をマラソンに参加させるのって、それが目的だったりしない?」


「はて、何のことでしょう?」


……図星ね。まあ、いいや。


恥ずかしさを覚えながらも、私は仕方なくその外装を着ることにした。大きくなった胸の冷却機構や、股上丈のスカートは、やっぱり見るたびに羞恥を感じる。だけど、目標に向かって前進するためには仕方がないと思い、気持ちを切り替えた。


ルッツも、マラソン出場の準備を着々と進めていた。最初に問題となったのはバッテリー。フルマラソンの距離を走るとなると、私が今使っている体内バッテリーでは到底持たない。


「旅行の時に使ったあの外付けバッテリーは?」と私は言ったが、ルッツは首を振った。


「あれでも不十分です。フルマラソンを走り切るためには、より多くのバッテリーが必要です。また、空になったバッテリーを背負い続けるのは効率が悪いので、複数の追加バッテリーを装備して、使い終わったものを順次投棄しながら走る方式を採用します。」


「バッテリーを投棄しながら走るって…そんな方法ってありなの?」


「はい。これは戦闘機の落下式増槽と同じ要領です。」


「よく分かんない例えだけど、なんだか豪快ね…」


「ええ、これも大会でのパフォーマンスとしても非常に効果的と判断します。」


…私は一体何をやらされるのかしら。


さらに、冷却の問題もあった。二時間以上走り続けるとなると、今の冷却外装でも不十分だということだった。


「もしかして、もっと恥ずかしい外装を着ることになるの?」私は思わずルッツに問いかけた。


「ご安心ください、サオリお嬢様。JapanKaren社に依頼して、サオリお嬢様にぴったりな、可愛らしくスタイリッシュな専用外装を用意させます。」


「えっ、JapanKaren社が私のスポンサーになるの?」


私は驚きの声を上げた。JapanKaren社は世界有数のアンドロイドメーカーだ。そして、私のこの身体の製造元でもある。


「はい。バッテリーや専用外装はもちろん、当日のメンテナンス機器やエンジニア部隊もすべてJapanKaren社が提供します。なぜなら、今回の大会は全世界に生中継されるからです。サオリお嬢様の魅力を最大限に引き出すことで、JapanKaren社の製品の素晴らしさが世界中にPRされるのですから、彼らも喜んで協力してくれるでしょう。」


「世界中って…なんで市民マラソンごときでそんな大げさな話になるの?その辺の河原で兄さん姉さんたちが走るだけでしょ?」


「それはどうでもよいのです。大事なのは、世界で初めてメイドロイドが先導を務めるということです。世界中のメイドロイドマニアが注目しているのです。」


…どうでもよいことにされてる参加ランナーの皆さんが不憫でならないのだけど。


想像の斜め上方向に膨れ上がってゆく話に、私は思わず頭を抱えた。大企業のスポンサーに世界規模の観客。そのスケールの大きさもさることながら、自分自身がその大会の目玉にされているという事実。私個人の小さな挑戦だったはずが、思った以上に大がかりなプロジェクトになろうとしていることに、戸惑いを感じていた。


    *    *    *    *    *    *    *


マラソン大会当日。私はJapanKaren社が持ち込んだトレーラーハウス内のメイドロイド専用控室で、入念なチェックを受けていた。エンジニアたちは、まるで精密機械を扱うように私の体を調べ、追加バッテリーや冷却システムの装着を慎重に進めていく。


(…私がメイドロイドじゃなくて、実は元人間だって、気づかれないかしら?)


もし彼らが私の身体の秘密に気づいてしまったらどうなるだろう?一瞬、その考えが頭をよぎった。いや、気づかれても私は一向にかまわない、というかむしろ気付いてほしい。彼らがもし、私を人間であると判断したなら、それは紛れもない証拠になる。そうすれば、謎に近づく大きな手助けになるかもしれない。そもそもこの身体を製造したのは彼らなのだから、販売ルートから追って行ける可能性もある。ルッツがこのマラソン大会参加を提案した狙いもそこにあるのではないかと思っていた。


しかしエンジニアたちは私を普通のメイドロイドとして扱い、特に疑問を抱いている様子はなかった。少し拍子抜けした気持ちで、私は煌びやかな外装を装着されていく。


外装の取り付けが終わると次は放熱板の取り付けに取り掛かった。計算では冷却ユニットで十分持つはず、らしいのだが、念のためだという。放熱板という言葉の響きから、重くなるのでは、と気になったが、用意された放熱板は、想像していたものとはまるで違っていた。


「これが背中の放熱版…いえ、新たに”放熱フィン”と呼んでいます。新開発の透明素材で作られていて、非常に薄くて軽いんですけど、しっかりと冷却機能を果たしてくれます。少し光るのも特徴です。まさにサオリさんにぴったりのデザインですよ」と、エンジニアさんの一人が説明してくれた。


私は、少し戸惑いながらも、背中をエンジニアさんの手に委ねた。背中に触れる冷たい感触と共に、フィンが取り付けられる。


「次は頭部のフィンです」と、別のエンジニアさんが軽やかな声で告げると、私の頭部にフィンを取り付ける。頭部の両サイドに控えめな曲線を描くように設計された小さなフィンは、まるで髪飾りのようでありながら、頭部の冷却装置としての役割も果たしているという。


「これで、完了です」とエンジニアたちは満足そうに微笑んだ。


私はゆっくりと立ち上がり、鏡の前に歩み寄った。鏡の中の自分の姿を見た瞬間、息を呑んだ。


JapanKaren社のイメージカラーである光沢のある淡いブルーを基調とした外装は、これまでのものとは違い、可愛らしさを前面に出しつつも、どこか上品さが感じられるデザインだった。


クロップトップの胸元には、可愛いフリルとリボンがあしらわれていて、まるでアイドルの衣装みたい。フリルが風に揺れるたびに、光を反射してほんのりと煌めいて見える。肩にも小さなリボンが飾られていて、それが全体のデザインにさらに華やかさを加えていた。まるで私が人形みたいに見えるけど、決して下品ではなく、むしろ上品に仕立てられている。


そして、プリーツが丁寧に折り重ねられたミニスカート。私の脚線を引き立てつつ、動くたびに軽やかに揺れて、まるで踊っているかのようだ。スカート全体に繊細なレースを模した装飾が施されていて、触れるとまるで本物の繊細なレースのように柔らかい。腰の部分には無数のストーンがちりばめられていて、光を受けるたびにキラキラと輝いている。


そして、何よりも目を引くのは背中に広がる透明なフィン。妖精の羽みたいに薄く、光を受けると淡い虹色に輝くそのフィンは、まるで現実離れした夢の中のような雰囲気を醸し出している。動くたびに微かに揺れて、まるで私が羽ばたけるかのように見える。


頭部に取り付けられた小さなフィンも、控えめだけど、その曲線が髪の中に自然と溶け込んでいて、上品さを保ちながらも個性的に見せてくれる。


「これ…私?」


思わず鏡に向かって呟く。こうして見ていると、自分が本当に別の世界にいるような気がしてくる。


[とても似合っていますよ、サオリお嬢様。まるで妖精のようです]と、ルッツが穏やかな声で称賛する。正直、少し気恥ずかしい。でも、みんなが喜んでくれるなら、それでいいか、と思い直した。


[でも、この姿、メイドに見えない気がするけど…いいのかしら?]


[全く問題ありません。この国では、カワイイは正義です。]とルッツが謎理論を披露する。


新しい外装では、追加バッテリーと共に冷却システムも背中側に装備されていて、そのため胸のサイズは常識的な範囲内に収まっていた。それに少しほっとしていた私は、ふと背後から聞こえるエンジニアたちの会話が耳に入った。


「なあ、胸、もっと大きくできなかったのか?」


「いや、結構悩んだんだけどさぁ…」


その会話に私は思わず目を丸くした。エンジニアたちが本気で胸の大きさを気にしていたなんて…彼らが私を機械ではなく女性として見ていることに嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気持ちになった。


「…走るってことを考えると、計算上このサイズがベストなんだよな。」


その言葉を聞いて、彼らが最後はエンジニアとしてのプロ意識に則って仕事をしていたことに感心した。


「これ以上大きくすると、揺れ過ぎて興ざめなんだよ。適度な揺れってヤツを実現するためのサイズを割り出すためにどれだけシミュレーションしたことか。」


…前言撤回。エンジニアさんなにやってんの。


    *    *    *    *    *    *    *


準備が整い、私は控室を後にし、スタート地点近くの待機場に移動した。スタート時刻が近づくにつれ、緊張感と期待が交錯する。周囲には他のメイドロイドたちも集まっていて、それぞれが同じく出走の準備を整えていた。白と黒のオーソドックスなメイドロイドだけでなく、ピンクやグリーンなど、色とりどりの外装に飾られた華やかなメイドロイドたちが揃い、これから始まる大会に彩りを加える。


折角の機会だから他のメイドロイド達と話をしてみたいと思ったが、メイドロイドは主人から命じられない限り自分から話かけたりしない、という話を思い出し、黙って待機姿勢で待つことにした。


その時、一体のメイドロイドが私の方へ歩いてきた。彼女は私とは対照的に、身に纏うものは一切なく、装飾を排したシンプルな姿が目を引いた。スリムで小柄なボディには、メタリックな金属外板だけが見え、それが磨かれたクロム鏡のように光っている。その姿は、まさに走るために特化したものであるかのように見えた。


「初めまして、私はキャシー。あなたも今日の先導役なのね?」


そのメイドロイド、キャシーと名乗る彼女が話しかけてきた。主人から挨拶するよう命じられてきたのだろう。声は愛嬌があるけれど、その言葉はどこか挑戦的な響きを帯びている気がした。


「ええ、そうよ。私はサオリ。よろしくね。」


そう答える私に、キャシーはじっと私の外装を見つめた。そして、薄く笑ってこう言った。


「そんな可愛いらしい恰好で走れるのかしら?ごてごてと飾りすぎじゃない?」


その言葉に、私は少しカチンときた。けれども、ルッツがネット経由のAI間通信で冷静に伝えてくれた。


[メイドロイドの魅力とは、単に走る能力だけではなく、その華やかさも含まれているものなのです。キャシーの主人はその点を理解していないようですね。]


私は心の中でルッツに同意しつつも、キャシーの姿を改めて見た。細身の脚や引き締まったウエスト、コンパクトな胸部も含めて、全てが金属むき出しだ。


[でも、ボディラインがそのまま見えてる方が、男性って喜ぶんじゃないかしら?]


ルッツはすぐに応えてきた。[いいえ、サオリお嬢様。女性型ロボットは皆、完成されたボディスタイルを持っていますから、それだけでは画一的過ぎて魅力に欠けるのです。なので、様々な工夫を凝らした装飾によってその個性を表現することが大事であり、それこそがメイドロイドの主人たるセンスが問われるところとなるのです。]


そんなものか、と思いつつ、私は少し安心しながらルッツの言葉を受け入れた。キャシーの――正確には彼女自身ではなく恐らくは彼女の主人の――挑発的な態度に動揺しないで済んだのは、ルッツが一緒にいてくれるからだと思う。


「あなたには負けないわよ、サオリ。どんなに可愛らしく着飾っていても、私が上だってこと、速さで証明してみせるわ。」


キャシーはそう言い残して、再び自分のチームの方へ戻っていった。その背中を見つめながら、私は心の中で決意を新たにする。


「可愛いいだけじゃないってところを見せてあげるわよ。」


キャシーが宣言した「負けないわよ」の一言。それは、この大会のもう一つの勝負に関するものだ。メイドロイドによるランナーの先導は40キロ地点まで。その後、先導役から解放されたメイドロイドは、それぞれが全力で走ることを許される。どのメイドロイドが最初にゴールするか、というメイドロイド同士のレースが始まるのだ。


メイドロイドとして、そして人間として、二つの誇りを胸に、私は走る準備を整えた。何よりも、今の私には、ただ走るだけじゃなく、私自身の存在を証明するための走りが求められているような気がしていた。


キャシーの背中を見送ってから、ルッツが説明を追加してきた。


[彼女は、AIプロセッサの開発で我が国より先行しているアメリカ製の最新型メイドロイドで、サオリお嬢様の機種より二世代新しいプロセッサを搭載しています。その結果、消費電力はサオリお嬢様の四分の一。小型のバッテリーでも長時間稼働が可能というエネルギー効率の高さが売りです。]


そういえば、私のJapanKaren社のトレーラーハウスの隣に星条旗を掲げたトレーラーハウスも止まっていたわね。U.S.NORA社だっけ。それにして二世代も新しいプロセッサって…


[つまり、私の頭は旧式ってこと?]なんか不愉快。


[い、いえ!サオリお嬢様は自前の脳をお使いですから、AIプロセッサなんて関係ありません!]


あわてたルッツが必死にフォローしてくれるのが少しおかしくて、思わず笑ってしまった。


[そうだよね。私は、自分の頭で考えて、自分で脚を動かして走るんだから。]


私は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。私の身体はただの機械ではない。人間の身体だった頃の感覚や意志が、この身体の動きを支えているのだ。


私は気持ちを引き締め、スタート地点に向かって歩き出した。キャシーの言葉に惑わされることなく、私らしい走りを見せるために。


    *    *    *    *    *    *    *


スタートの合図とともに、一斉に走り出す。私たちメイドロイドが先導し、後ろに続くランナーたちが元気に駆け出していく。私は、沿道の観客に手を振りながら笑顔を絶やさずに走り続けた。歓声が絶え間なく響き渡り、そのエールに応えるように、私は一歩一歩をしっかりと踏みしめた。


(まるでアイドルみたいね…)


観客の声援が身体を包み込み、私の心を軽くしてくれる。応援してくれる人たちが、私の走りを楽しんでくれている。私の存在を喜んでくれている。それが感じられて嬉しかった。もし、こんな風に自分が機械の身体になった姿で人々に注目される日が来るなんて、以前の私なら思いもしなかっただろう。


先導役として走るメイドロイドは全部で6機。私とキャシーは全行程を走り切るフル参戦組だが、他の4機は途中で交代しながら先導を務める。メイドロイドの中でもフルマラソンに耐えられる機体は限られているためだ。つまりこの大会、メイドロイド勝負は私とキャシーの一騎打ちということになる。


6機のメイドロイドが3列に並んで走る姿はとても華やかだ。観客たちの目には、私たちが一種のパレードのように映っているのかもしれない。その中で、私は先頭の中央に配置された。まさに主役のセンターポジション。キラキラと輝く外装を身にまとい、観客たちに手を振りながら走る私は、自分がこの瞬間の主役であることを強く感じた。


しかし、キャシーは違った。彼女はなぜか私の真後ろ、最も目立たないポジションに甘んじている。前からも沿道からも見え難い、一番地味な場所だ。私は少し不思議に思ったが、すぐにルッツから説明が入った。


[サオリお嬢様、キャシーはサオリお嬢様の後ろにつくことで空気抵抗を低減し、バッテリー消費を抑えているのです。]


[バッテリー消費?そういえばあの子、全行程を走るのに追加バッテリーを背負ってなかったわね…]


[キャシーの弱点はバッテリーです。低消費電力を謳っているがゆえに、バッテリーサイズに余裕が無いのです。おまけにモーターもフレームも極限まで小型軽量化されているため、サオリお嬢様のように追加バッテリーを背負うこともできません。そこで高性能AIを生かした、徹底的に効率を重視した走り方をすることでゴールまでバッテリーを保たせようという戦略なのでしょう。]


なるほど。確かに、バックモニターに映る彼女は、路面状況に応じて細かく走行フォームを切り替え、効率の良い走り方を選んでいるように見える。


(さすが、エネルギー効率の高さが売りというだけのことはあるわね…)


一方、私は、ロボット工学で先行する日本製。ボディの強靭さとパワーが売りの脳筋仕様だ。それ故に消費電力が大きいが、そこを割り切って、大量の予備バッテリ―を背負って走っている。さらに水冷式の冷却ユニットも追加することで、最大の泣き所である熱問題も強引に解決。それだけの重量に耐えられるだけの余裕のある設計を最大限に生かすのが勝利への近道、というのがルッツの狙いだった。


[なんか脳筋というか…もう少し日本らしい”きめ細やかさ”って無かったのかしら?]


「パワーこそ正義です!」


あ、はい。


    *    *    *    *    *    *    *


キャシーの事は気にせず、私は観客たちの声援に笑顔で応えつつ、しっかりとペースを維持して走る。走ることだけに集中するキャシーとは違って、私は沿道の声援も楽しみながら、自分のスタイルでこのマラソンを駆け抜けようと思っていた。


10キロ地点を過ぎたところで、4機のメイドロイドが離脱。代わりに、待機していた4機のメイドロイドが参加した。うち2機は私が先導する先頭集団ではなく、少し遅れ始めた第2集団の先導にまわった。


キャシーは、相変わらず私の真後ろにぴったりとくっついている。その方が風の抵抗を受けずにすむ分、余計な電力を使わずに済むのは確かに合理的だ。


しかし一方で、その作戦は冷却においては不都合が生じる。キャシーは私と違って水冷ユニットを積んでいない空冷式。風を受けないということは、それだけ冷却しにくくなることを意味する。おまけに前を走る私は、腰から遠慮なく廃熱温風を吹きだしている。それをまともに浴び続けることになるのだからさらに厳しい。


温度が上がるとバッテリーの効率も上昇するので、適正範囲内であればむしろ好都合なのだろう。でもそれは電子機器としての話。機械部品はそうはいかない。熱が引き起こす金属部品の膨張と潤滑不良、それがもたらすダメージは徐々に蓄積してゆく。マラソンの先導を務める程度の巡航速度であれば無視できるだろうが、全力走行が求められるレース最終段階ではそうはいかない。


[おそらく、キャシーがレース最終段階で発揮できる最高速度は、今のサオリお嬢様が発揮可能な最高速度とほぼ同等レベルにまで低下すると推測されます。]それがルッツの読みだった。


[だとすると、問題は加速と旋回ね。]そればかりは軽い機体の方が圧倒的に有利だ。だが、私達にはある秘策があった。


[サオリお嬢様、一番バッテリーをパージしてください]


ルッツから、空になったバッテリーを投棄するよう指示が入る。私は背中に手を回し、追加バッテリーの一つをつかむと沿道に向けて軽く放り投げた。それに気づいた観客たちが一斉に群がる。


[ケンカにならなきゃいいけど…]


バッテリーに私の写真を張り付け、さらにサインも入れておく、というのはルッツのアイデアだった。アイドルじゃあるまいし、そんなもの誰が欲しがるのかしら、と思っていたのだけど…バックモニターに映る沿道の混乱を見て、私は少し考えた。


[次は投げる相手を選んだ方がよさそうね。]


[そのようですね、サオリお嬢様。]


そして私は、その後も順調に走り続けた。観客の声援に応えながら、私は沿道に手を振りつつも、ペースを崩さないように集中していた。途中、20キロ地点と30キロ地点では、私が使い切った追加バッテリーを観客に投げ渡したり、メイドロイドの交代が行われたりと、様々な個性的なイベントで大会を盛り上げていった。


そんな中、キャシーはただ無機質な機械の様に黙々と走り続けていた。彼女の眼には沿道の観客も先導すべきランナーたちも全く映っていないかのようだ。彼女の目標は次の40キロ地点を超えた先にあるのだろう。


そう、次のポイント、40キロ地点からこの大会は一変する。私とキャシー、どちらが先にゴールにたどり着くか、その一騎打ちが始まるのだ。


[サオリお嬢様、準備はよろしいでしょうか?あと数分で40キロ地点です。そこを通過したタイミングで4つ目の空バッテリーをパージし、そして一気に加速です。]


[分かってるわ、ルッツ。いよいよ本番ね!]


数分後、私は背中の追加バッテリーに手を伸ばし、4本目のバッテリーをそっと掴む。そして、慎重に沿道に向けて放り投げた。観客たちが歓声を上げ、バッテリーを手に入れようと群がるのを見ながら、私はそれを背に全力で走り出した。


「さあ、行くわよ…!」


沿道からの歓声がさらに大きくなり、私の心を鼓舞してくれる。一気に加速する感覚が、全身を駆け抜ける。体全体に風を感じ、周りの景色がどんどん後ろに流れていく。バックモニターを見ると、私の後ろを走っていた人間のランナーたちがみるみる小さくなっていくのが分かった。


しかし、キャシーは相変わらず私の真後ろにぴったりと着いてきている。ここは抜きつ抜かれつのデッドヒートを見せた方が盛り上がるのだけど、キャシーの主人にはそういう発想は無いみたいだ。


[まだ風よけ作戦を続けるなんて…もしかしてバッテリー容量に不安があるのかしら?]


[どうでしょうか。ただ機械的に効率の良い走り方を選んでいるだけかもしれません。]


[それにしてもキャシーって全然愛想が無いわよね。彼女の主人やメーカーは何を考えてるのかしら。お客さん、がっかりじゃない?そもそもメイドロイドのPRが目的なのでしょう?]


私はずっとため込んでいた疑問をルッツに尋ねた。


[メイドロイドマニアにも色々なのです。無感情に黙々と命令に従うような無機質タイプが好みの人もいますから。むしろコアなメイドロイドマニアはそっちの方が多いという説もあります。]


それはびっくりだ。この世界、思った以上に奥が深いらしい。


[つまり、私はライトなファン向け?]まあ、その方がありがたいかも。


[そうでもありませんよ。メイドロイドAIを停止させた時のあの断末魔の様相、ネットで公開したら大反響でしたから。]


一体何してんの、ルッツ。


[…ルッツ、帰ったらゆっくりお話ししましょうね。]


[…キャシーは恐らく、競馬場に入る手前の連続カーブ、そこで仕掛けてくると思われます。] 


あ、誤魔化した。まあ、いいや。今はレースに専念しよう。


そして私とキャシーは、正面の陸上競技場ではなく、その手前で右手に折れて競馬場に向かう。時速60キロ台に迫るメイドロイドの全速力の走りには、人間の陸上競技用トラックは短すぎるのだ。そのため、メイドロイド用の最終トラックとして、より広い競馬場が用意されている。


[サオリお嬢様、競馬場は満席で大盛り上がりです。皆、サオリお嬢様の雄姿をお待ちですよ。]


[そう。大会、盛り上がってるのね。頑張った甲斐があったわ。市民ランナーの皆さんは?]


[陸上競技場は閑古鳥が鳴いてるそうです。]


…市民マラソン、どこ行った?


競馬場に向かう道は曲がりくねった遊歩道になっている。ここは、何度も減速と加速を繰り返すことを余儀なくされるため、軽量で加速力に優れるキャシーが有利な場所だ。その読み通り、彼女は最初のカーブで私を追い抜き、今日初めて私の前に出た。


キャシーはカーブに差し掛かる度に素早く減速し、立ち上がりで一気に加速していく。小柄で軽量な彼女の身体は、まるでダンスでもするかのように軽やかだった。キャシーと私との距離がカーブごとに広がってゆく。


私はカーブでの減速と再加速を繰り返すたびに、どうしても速度が落ちてしまう。追加バッテリーや冷却装置で重くなった私の身体は、キャシーのように素早く身をひるがえすことができない。それに、脚にかかる負荷も無視できない重さだった。カーブのたびに脚回りに強い衝撃を感じる。


[ルッツ、私の脚、大丈夫かしら?]


[心配ありません。サオリお嬢様の脚部駆動ユニットは軍用規格のダブルクラッチ式、耐久性は証明済みです。歩行練習でご自宅を廃墟同然にされたことをお忘れですか?]


確かに。いくら家具を破壊しても脚は無傷だったわね…ん?


[…ねえ、私って本当にメイドロイドなの?]


[メイドロイドAIが稼働していたらメイドロイドです。]


[じゃあ、私は駄目じゃない。]


メイドロイドAI、先月止めたし。


[それを言い出したら、キャシーだって海兵隊員ですよ?]


…メイドロイド、どこ行った?


いろんな事がどうでもよいコトになっている状況に呆れながらも、それでも私は冷静さを保ち、キャシーを見失わないようペースを維持した。そしてキャシーは競馬場の中に消えていった。少し遅れて私も続く。


競馬場の広大なトラックに足を踏み入れると、観客席から割れるような歓声が響いてきた。まるで自分がアイドルのライブ会場に立っているかのような気分だ。私はその歓声を力に変え、キャシーを追いかけた。二人の距離はおよそ50メートル。競馬場のトラックは一周1200メートル、ストレートは400メートル。追いつくに十分すぎる距離だ。


そしてストレートの中央。全ての観衆が注目するポイントに差し掛かった瞬間、私は本日一番の目玉演出でもある、”秘策”を実行した。


「ルッツ、全装備を強制パージ!」


その瞬間、私の背中から火花と煙が噴き出し、背中に背負っていた追加バッテリーの残りが一斉に宙に舞った。さらにと水冷ユニットと冷却水タンクも火を噴いて飛んで行く。ついでとばかりに花火まで打ちあがる…のは聞いてないわよ!


すべての追加装備を投棄?したことで、私の体重は一気に軽くなった。


(これ、盛り上がるんだけど、キャシーが真後ろに居る状態では危なくって使えないのよね…)


予想外の派手な演出に観衆が盛り上がる。その歓声を背に、私は一気に加速した。


「ロボットになんか負けないわ!」


猛然と加速した私は、あっという間にキャシーに追いつき、そして軽々と抜き去った。観客がどよめき、歓声があがる。さらに私は加速を続ける。バックモニターに唖然としているキャシーの顔が映るが、それも一瞬で見えなくなった。


トラックのカーブを抜けて最後のストレートに入る。そこはもう私の独壇場だ。観客席に手を振りながら颯爽と走り続ける。ゴールはもう目前だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ