一章VII 『晴れのち雨』
鳥が囀っている。
(朝……なのか……?まだ眠いな……。時間はあるんだし……、たっぷりと……休まないと……)
寝ぼけた意識の下で二度寝という結論が出た。
――数時間程経ったはずだ。
「うぁっ……今何時だ……」
またもや寝ぼけており、あるはずもない時計を探した。
「あっ、わかんないんだった」
三百六十度見渡し終えたと同時に気づいた。
「待った、僕、まさか二度寝したか……?」
一回目は起きてから寝るまでの時間が一瞬だった為、二度寝したことを完全に忘れていた。というか、寝る寸前からの記憶が一度目も二度目もない。相当疲れていたのだろう。
かなり驚いていた。
外に出て、太陽の位置を確認する。
「ええと……正午は過ぎてなさそうかな?」
まだギリギリ位置が低く、明るいので時間帯はまだ朝のようだ。時刻的には十時から十一時程になる。
外に出たそのままの勢いで、川で顔を洗い、リンゴを切り刻んで食す。
「さて、今日こそ神に会おう。あの森、どこから入るのが正解かな」
リンゴを齧りながら、少し背伸びをして森の方を見渡す。
「とりあえず、正面だよね」
自然の国に入ってきたところから正面へ向かい、そこから森へと入ることにした。
入口らしきものもないので、何となくで突入しようと考えた。
「さて、行こう」
「多分……ってよりも、ほぼ確実に、いるとしたらあそこだよね」
森を見ると、意識せずとも目に入る、中央にただ一本だけ生える他の木よりも一線を画して大きな木だ。
予想では、中が空洞になっており、神の寝床としての役割を担っている。それに従い、目的地は真っ直ぐそこだ。
「この時間は動物の活動が盛んだね。馬、羊……あっ、普通の狼だ」
何を目的にしているのかよく分からないが、動物達は野を駆け回り、好きな時に止まり草を食べたり、寝そべったりしている。
この国で目覚める度に、何度も感じるし、飽きない感情だ。
「長閑だな」
「よし、ここから入ろう」
中はとても静かで、風に靡く葉の音と、動物たちの囀りしか聞こえない。
木漏れ日により、暗いということもなく、和やかで神秘的な雰囲気が漂っていた。
「こんな雰囲気なら、大丈夫そうかな……?」
魔物が大量にいるようにも思えないので、安堵を呟いた。
道という道はけもの道ぐらいしか見られず、なるべく直進になるように進む。
(なるべく伐採はしないようにしよう。……うわっ、蜘蛛)
虫は嫌いではない。足が多ければ多いほど不愉快さが増すとは思うが。
そんなことは置いておいて、伐採せずに、草木を掻き分けて進むのにも理由があり、前の方にも思った通りルールがあった時に困るということと、自然の国の神に「植物を大切にするやつ」と思われれば印象が良いと思ったからだ。
取引の基本は第一印象を良くすることだからだ。
(あとは、どう話すか、だな……)
《協力する》ことと、《前世を思い出させる》こと。この二つの条件を同時にクリアできるようなコミュニケーションをしなければならないため、どのようにして話を進めるか考えるのは、難易度が如何せん高い。
(いっその事頭をぶっ叩いてみようか……?)
良い案が思い浮かばず、酷な邪推が思い浮かんでくる。
糖分が欲しくなってきた。と呑気に考えていたところに……
――ぽつり。
「ん?」
顔が濡れた気がする。
露でも落ちてきたのかと思ったが、そんなレベルでは無いらしい。
「ああ、雨か。まあ、そこまで強くないし――」
いや、嘘だ。
ザァ―――ッッ。
「うわっ、ゲリラか――!」
突然の豪雨だ。
幸い、森の中だから影響は軽減されてはいるが、好ましい事態ではない。
ここで体温を下げると、色々と不利になることは間違いない。
川は近くに無い事は確認済みなので洪水の恐れはないはずだ。
雨宿りできる場所を急いで探すことにした。
(うーん……。――あっ、あの穴ぐらが丁度良いかな)
辺りを駆け回って、案外直ぐに見つかった。
入った直後、濡れた体を暖める為、炎魔法による焚き火を用意する。
大分時間も経っているため、休憩にも丁度良い時間だと思い、軽食用に採ったその辺の果実を齧る。毒の心配は多分ない。
(参ったな。 これじゃあ、神も雨宿りしにどっか隠れるんじゃ……。あまりのんびりしたくもないしね……)
あまり長居すると、ここに入ってきた魔物と戦闘することにもなりそうなため、状況が悪い。
寧ろ、もう既に先人がいる可能性すらある。
その理由も、先程から、背後からガサガサという不気味な音がしているからだ。
折角の休憩が台無しだと感じ、溜め息をつきながら振り返った。
「うげ……」
ムカデだ。
それも、僕よりも二倍ほどの大きさがある。子供の頃に見ていたら、夢にまで出てくる最大級のトラウマになっていただろう。流石に少々グロテスクに感じる。
「倒した方がいいか……?」
虫の敵意を汲み取るのは難しい。感情を読み取ることが凡そ不可能だからだ。
先に仕掛けると後悔することになりそうだ。慎重に動かなければ面倒なことになる。
ムカデは、壁や天井、地面を暫く這い回り、敵意は顕著に見せてこない。何かを探っているようにも見える。
雨はまだ止まない。
(長い時間見たくはないんだけど……)
暫くして、ムカデはこちらに気づいたかのように、少しずつ、ゆっくりと蛇行しながら近づく素振りを見せる。
すると、遂にこちらへ真っ直ぐ向かってきた。
(来た……。先手を打つか、否か)
そして、腕を伸ばせば触れられるその距離まで寄ってきた次には、その大きな身体で僕をぐるりと囲み始めた。
殺意がどんどん剥き出しになっている。
所詮は虫だ、強めに小突けば呆気なく蹴散らせるはず。
それが正に今だ。
「――【零下の談笑】」
高速回転しながら相手を斬りつけ、その遠心力を利用して飛ばした氷魔法を全方位にばら撒く。
ムカデは瞬時に氷に呑み込まれ、凍結した。
特殊な体質などは持ち合わせていないだろうから、氷を薙ぎ払ったり溶かしたりすることは無いはずだ。
そのまま場を離れ、穴ぐらの入口へと向かう。
あまり時間は経っていないように感じていたが、雨は随分と弱くなっていた。これ程の強さなら、直に降り止むと考えられる。
外へ出て、散策を再開しようとする。
だが、嫌な音はまだ背後からしていた。
(ん……?この足音、氷を破られたか……?)
背後から先程のムカデの音がしている。何事もなく氷から出てきたのだろうか。
(いや、待てよ……。音の密度が高いな。まさか、複数体……?)
だとすると、降りてきた一体は出しゃばった個体であり、どこかに集まって身を潜めていたのだろうか。
同胞がやられた事に勘づいて敵討ちに来たか?とするとまずい、早急に離れなければ。
確認の為、不安を連れて顔だけ振り返らせる。
「――!おいおい、真っ直ぐこっちに来るぞ!?」
さっきよりも倍近くのスピードでこちらへ向かってくる。
隠そうともしない殺意が、ムカデの体を追い越して突撃してくる。
のんびりと探索している場合ではない、この数を一気に捌くのも無理がある。
つまり、残された選択肢は――。
(全力疾走で逃げる――ッ!)
○技説明
【零下の談笑】:『れいかのセルモ』と読む。上昇しない回転斬りを放ち、遠心力で氷魔法を全方位に放つ。囲まれた時にしか使うことはないが、打開力は高い。




