一章Vlll 『眩しく光るものに』
木々の間を吹き抜ける風を追い抜く程の勢いで、その場から駆け出した。
少しでも判断が遅れていたら今頃意識は上の空だっただろう。
あのスピード、少しでも悠長にいたら追いつかれる。
持てる脚力を尽くすかの如く使い、逃走に全てを費やす。
(とりあえず森へ出た……!その辺を走り回れば撒けるか?!)
ムカデも、総勢洞窟から出てきて、迷いなくこちらへ追跡してくる。ウネウネと高速で地面を這い回っている姿は、黒い川のようだった。
考え無しに東奔西走しても無駄らしい。
確実に撒くにはどうしたものか。
(ムカデ……ムカデ……。視覚と聴覚は無い……。なら嗅覚か……?いや、あの距離で嗅ぎつけるのは厳しくないか?うーん、生物に関しては、あんまり詳しくないんだよね……)
人などに備わる五感で考えるのは常識的ではない。虫の世界に入り込んで考えることにしよう。
(あいつは肉食だよな。逃げる獲物を見失うことなく追跡し、捕食する方法……。距離はまだ縮まっていない、僕のことも見失った雰囲気はない……。僕の挙動の何かをアテにしているのか……?)
そういえば、最初に出会ったムカデは、確信をもって近づいては来なかった。暫くしてから自分の方に真っ直ぐと近づいてきたのには、何か理由があるはずだ。
「今とあの時との圧倒的な違い……。外の明るさ、は視力がないなら関係は薄いか……、挙動じゃないし。とすると、静止していたことか?」
すると、今、自分が喋ったということに意識が向いた。
「……!音、音が耳に伝わるのは、空気の揺れ、というか、振動だったよな……?」
ふと、中学校の理科の授業で習ったことを思い出した。
太く低い声をしている訳ではないが、声を出すと喉や胸の辺りが少し揺れるのを感じる。それがヒントになった。
おそらく、ムカデが迷いなく追ってくるのは、今、走っているという状況が関係している。
(全力疾走はちょっとしたミスだったか……!こいつら、振動だ――!)
足踏みで地面に伝わる振動。
これを感知して、ムカデ達は僕を執拗に追いかけている。
あの巨体ならば、そういったことも容易いはずだ。
ならば、解決策は単純だ。
(木なら嫌ほどある!これに登ってジャンプで乗り継いで行けば……!)
地面からの振動を感知されないために、木上にかけ上る。こうすれば振動はかなり伝わりにくくなるはずだ。
足を踏み外さないよう、慎重且つ迅速に、枝と枝を乗り継ぐ。
ムカデはまだ追って来ているが、時間が経てば僕を見失うはず。
それまで逃げ続ければ良いだけのことだ。
幸い、このタイミングで木の上に登った事には気づいておらず、木から地へと伝わる微かな振動のみで、僕を探しているようにみえる。気づかれれば一巻の終わりではあるが、安全なのは確実にこっちだ。
……踏み外さなければの話だが。
(うーん、気づかれるのも時間の問題かもね……)
と言うのも、スピード的な問題で、この乗り継ぐという行為は、陸上を走るということよりも、言わずもがな格段に遅い。
そして、今の自分とムカデ達では、若干ムカデ達の方が速く、このままではいずれ追いつかれてしまう。
その末、ムカデが自分の真下に来たタイミングで、ムカデが木からの振動を感知し、そのまま木の上にいることを認知する。
その前に見失ってくれることを祈るしかない訳だ。
(とりあえず、もう少しスピードをあげよう)
少しでも距離を稼ぐ為、低空でジャンプをし、着地までの時間を減らす。
稀に風魔法を挟み、速度を落とさないようにする。
――――――――――――――――――――――
ムカデとのチェイスと同時刻――。
「おっ、良い天気になったね〜」
木に空いた大穴から、一人の女性が顔を出す。
肩には届かない程度に整えられたサッパリとした髪型に、インナーカラーとして桃色が入っている。
肩と臍が少し露出しているが、それ以外は白く優雅な衣装に包まれていた。
「悲しそうな君も好きだけど、やっぱり、爽やかなのが一番だね」
一際大きな大木から、木漏れ日が差し込む。
豪雨が止み、淀みを含んだ灰色が失せ、眩しく広がる青に染まっていた。
「そういえば、今日はこの辺り、騒がしいねぇ。群れで追いかけっこでもしてんのかな?」
人が一人来ていることは知らない。
なので、 至って自然に、呑気な思考になっている。
「まあ、ここがぐちゃぐちゃになんなきゃ、なんでもいいけど」
雨が止んだことに安堵して駆け寄ってきた小動物たちを、優しい手つきで撫でながら呟いた。
「というか、昨日?一昨日?珍しくルクスちゃんが降りてきてたけど、何してたんだろ。ここにも立ち寄ってたみたいだし」
鳥は頭上で愉快そうに囀っている。
「たまには会いに来てくれてもいいんだけどな〜。やっぱり忙しいかぁ――」
――――――――――――――――――――――
まだまだ、足は木に触れている。
(今気づいたけど、雨、完全に止んでるね。濡れてた体も乾いてる)
全力で逃げながら、呑気なことを考える。
かなり逃げたが、草木を掻き分ける音は未だ聞こえている。
だが、一向に追いつかれることは無い。
自分の真下は頻繁に見ているが、ムカデのような影は一度たりとも見ていない。
枝の位置を把握し、何となく記憶する。
そして、速度を落とさないよう慎重に振り返ってみた。
「おっ……?」
背後には、ムカデの姿は一つもなかった。
「撒けた……?!やった……!」
ずっと自分の背を小突いていた、植物の擦れる音の正体は、雨が止んで、元気に動き回る小動物達だったらしい。
さっきまでは居なかったので、てっきりムカデの追跡と勘違いしていた。
故に、動かしていた足も止めようと力を緩める。
次に飛び移る枝を最後に、地面に降りようと決心した。
(――あれ?なんか滞空時間長いな……って、痛っ)
ずっと後ろを振り向いていたため、不意に葉っぱに当たってしまった。
(うわっ、眩し……。――え?眩しい?)
日光だろうか、久しぶりに、木陰の遮断なしに浴びた為、特段眩しく感じる。
――えっ?急に日光?
(あ、これ、落ちてる)
顔を前に向けた。
案の定、足を出した先にはもう枝はなく、緑が明るくなり、開けた空間が視界を占めた。
因みに、花畑が広がっていた。
そして、一人の女性が居座っている。
「え?」
「えっ?」
状況を整理する間もなく、間抜けな声を放ちながら落下した。
花畑に勢いよく叩きつけられ、花達は下敷きになった。
「……」
「いっ……た……」
それにしても、ここはどこだろうか。
いや、少し見渡せば瞭然だ。
大木の真下、神がいるだろうと推測した場所。
こんなにも神秘的な場所に神がいないはずがない。 もしかすればあの爽やかな女性が、正にそうなのかもしれない。
ところで一体、神秘的な景色に反したこの重々しい空気は何が故に……?
「……悪いけど、君、死んで」
「は?」
突如、眩い光が辺りを包み込み、女性の姿が一変した。
曲がりくねった枝で造られた玉座の様な物に座し、神々しさが漂っている。周囲には色とりどりな木の実のような装飾品が浮かんでおり、燃えていたり、水滴が垂れたり、凍てついたりしている。
極めつけには、彼女に関与する全てが浮遊をしており、地には何も触れていない。
鋭い目つきでこちらを睨んでくる。
場所もいつの間にか変わっており、まるで庭園のように整えられた花畑の上空に、雲が点々とある青空が広がっている。
雰囲気は先程とさして変わってないが、太陽に近いのか、はたまた幻術であり、煌めいて見えるのかはわからないが、一段と眩しかった。
知能指数がいくら低くてもわかる。
あれが、この国の――
「神……」




