一章VI 『成る』
過去から戻ってきたようだ。
「ありがとう、母さん。有言実行だよ」
母親の意志が、失いかけていた意識をギリギリですくい上げた。
「今やっている事を好きになるか……なんて、定かではないし、寧ろその可能性は低いと思っているけど……」
阻止されてしまったものは仕方ない。
「今、あの走馬灯が見えたって言うことは、そういう事、なんだよな……」
次いで体を目覚めさせる為に、全身に力を入れ直した。
「まだ、手はある……。それに、ここまできて何も成長していないわけが無いんだ」
そう、成長だ。
勿論、まだ旅の序盤ではある。
だが、このナイフはかなり使い込んだ。
僕は気づいた、今までの技は未熟だ。
炎は静炎であり、屁理屈。水は漣であり、口ずさみ。木は千枝であり、助言。雷は遠雷で、罵倒。風では空運の噂。氷では細氷の冗談――など。
所々曖昧なものはあるが、この技名たち、共通して語気が弱いのもそうであり、シャチと戦った時に、ほんの僅かだが火力不足を感じたのだ。
そう感じた時に頭へ流れ込んだのが、《新たな技》だった。
これを駆使すれば確実にあいつを倒せる。
勝機は見えた。
さあ、あとは動けるか否か。
やっとこそ目覚めた体を起こした。
「悪いねクソゴリラ。僕は……まだ、死ねないらしい」
背中が熱い。
まだ傷は塞がっておらず、血が腰から臀部へ伝っているのを感じる。
猿までは少々距離があるので、先程と同じように高速で突き進める技を使用し、そこから連撃を繋いで行きたい。
「動いてくれよ……僕の体……!」
ナイフを構え、深呼吸をする。
そして、ナイフは静炎ではなく、勢炎を纏った。
「ふうっ――【業火の反駁】――ッ!!」
炎を、ジェット機の様に後方へ放ち、高速で移動し、炎の斬撃を繰り出しながら突っ込んで行く。
落ちてきた氷柱をものともせず、ただ一直線に猿へと向かって行く。
遂には猿も気づいたようで、何か動こうとしているのが見えたがもう遅い。
ナイフを地面に叩きつけ、巨大な炎を放つ。
「ガアァ……!」
手応えありだ。
ここで手を緩めてはいけない。
反撃の隙を与えるな。動きはイメージした、あとは執行するのみだ。
「油断……したな……!【天穹の真実】!」
回転斬りをしながら空へ上昇し、纏った暴風を集約させ、相手を交差で切り裂く。
これで目を潰した。
まだ畳みかける、もう反撃の暇は無いのだから。
「【腐蝕の命令】――!」
空中にて、一閃を連続で放ち、斬った痕に毒を無理矢理捩じ込む技。殺傷能力も高く、かなりの致命傷を追わせられる。
もう大詰めだ。
「……【花束の遺言】」
同じく一閃を放ち、入れた切れ込みから巨大な花を咲かせる。今回の場合は首筋だ。
筋力が衰弱していた為、傷を深く負わせることができ、それに次ぐ急激な花の成長により、首はいとも簡単に転げ落ちた。
「ようやく終わった……」
猿は白目を剥いて倒れており……いや、切り落とした首が白目を向いているという表現の方が正しいか。切り離された体の首元からは巨大な花束が生えており、生存確認をする必要も無い。
激闘の末の勝利だ。
「はあっ……はあ……っ。体が、限界を、超えてる……ね」
あの負傷した状態で、先程の連続した激しい攻撃だ。もう体は動く気がない。
意図せずその場に座り込んでしまった。
脳は動くのに体の方はなにも言うことを聞かない。 快癒のツインナイフによる自動回復を待つしかない。
「間に合うか……これ……?もうかなり寒いぞ……」
再び倒れるのは時間の問題だ。
意識を保つので精一杯だ。ギリギリの戦いを強いられている。
(倒れるな……まだ……)
出血は止まり、背中の傷は殆ど癒えたようだ。
残るは、体中を駆け巡る痛みが治まるのを待つのみ。
(落ち着け……。多分、大丈夫。間に合う、間に合うはず……。上半身は動く。後は下半身さえ……)
ようやくまともな状態になってきそうだ。意識も段々鮮明になっていく。
(よし……治ってきたようだね。次は、呼吸を整えるんだ……)
最大限冷静になり、深呼吸を始める。
呼吸のリズムを整え、万全な状態に戻していく。
「ふぅ――っ。良かった、間に合った……」
二、三分程で全て回復し終えた。
寒いことには変わりはないが。
「よくもまあ、あの状態から復活出来たもんだよ。やっぱり凄いよ、この武器」
人生の中で負うのも珍しいぐらいの大怪我だったはずなのに、目立った痕も無さそうで、流血まで止められている。
ただ、ワイシャツの方は切り裂かれており、背中が剥き出しになっていて、とてつもなく寒い。血で汚れてしまっているし、固まってしまって、洗っても落ちそうにない。とりあえずは上裸の状態で草原まで戻ることになった。
「最悪だね……。とっとと戻って暖をとらないと」
折角の勝利を風邪で台無しにしたくはないため、早々に駆け出し、疲労を気にせず全力疾走をする。
(くそう。走っても風が冷たすぎる。ルクス……服ぐらい用意してくれよ……)
五分程で吹雪の中を抜け、シャチと戦ったエリアに戻って来た。
いちいち一つずつ氷塊を乗り継ぐのが面倒なので、思いきり跳躍し、湖を跳び越す。
(うぐっ……!足にくるな、これ)
疲労困憊だったのをつい忘れており、ジャンプする体力すら無かったのだと、後から悟った。
少しばかり膠着したが、何よりも寒さが嫌なのでとにかく走る。
(今日はもう早く寝よう……。明日はこれ以上疲れるんだろうし)
この疲労の状態で神と戦うのはとても億劫だ。四の五の言っていられる訳もないし、どうせ明日には全快なのだから、無駄な億劫なのだが。
十分かそれ以上走り、ようやく雪が弱まってきて、終わりが見えてきた。
途中で寒さに限界が訪れ、やむ無しに炎魔法を使って暖をとっていた。
先程まで灰色の空をしていたが、ようやく青空を見られることが出来た。
もうすっかり夜だ。
「はああぁぁ――。やっっと戻れた……」
思わずため息を吐いた。
安心と疲労で、素早く動かしていた足がどんどん速度を落としていく。
遂に雪原を抜けられて、辺りは緑色に染まった。
途中、迷っているのではないか、これはもう戻れないのでは?と思うこともあったがそのような感情を乗り越えて辿り着いた草原に感激した。
そして雪原から離れ、野宿する場所を求めて昨日居た場所に向かう。雪原を選んだことを心の底から後悔し、疲労を噛み締めながら。
「まあ、やっぱり収穫は色々とあったな。強化された技や動き方とか、かなり役に立つね」
やはり一番は新たな技だ。以前まで使っていたものとの格差が段違いだった。
しかし、その強さの反面、体力はかなり消耗するので、弱い魔物などに使うのは勿体ないだろう。
「しかしこの武器、非の打ち所ってもんがないね」
釣竿として利用している時にふと思った。
威力に関しては技を発動する事でかなり期待でき、機動力はヨーヨーには劣るがかなり高い。その上、自動回復の効果もかなり大きく、正直これが一番助かる。時には今のように便利グッズとしても扱える。
この先これ以上の武器があるとは到底思えない程に強い。
「おっ、釣れた。今日はこいつでいいや」
回復したものの、食べるものに拘る余裕はなかった。
「というか、地味に冷えるね。夜風が冷たい」
雪原を抜けたとて、時間も時間なので気温が下がってきている。ナイフを焚き火代わりにし、魚を焼くと同時に体を暖める。
「あったか……」
「そういや、あの時の走馬灯……。僕を復活させるためのものなのかな……。」
あの戦いで最大の功績である走馬灯について思いを巡らせる。
「うーん。だとしたら自動回復だけで、充分事足りたよな」
あの時、自動回復は発動していなかったのだろうか。ということは、瀕死状態または意識喪失の状態になると自動回復の効果は失われるということなのか、発動はしていたが効果が小さかったか。
とすれば、このナイフは持ち手の生命力に呼応して効果を発動しているということか。
この武器の欠点は弱ると効果が薄まるという点になる……当たり前じゃないか?
「まあ、不利な戦いは極端に苦手ってわけだ」
特に差支えのない欠点だ。
欠点よりも利点が勝ちすぎている。
「さて、こんなもんか」
焼けた魚を頬張る。
大分疲れた後でのこの夕食は至高だった。
思わず微笑んでいた。
味付けなどは何も無いが、それでも今の自分にとっては極上であった。
「ごちそうさまでした」
後片付けをし、昨夜と同じく木属性の魔法で造ったテントを展開し、寝床に就く。
ようやく休養がとれる。
「はあ……やっと横になれた。こりゃ、直ぐに寝ちゃうな」
体の凝りが一気に取れたように感じた。
中は、上裸でも意外と暖かいので、環境としては最適だった。
(明日は神か……。展開が全く予想出来ないね)
明日は神がいるであろう、中央部にある森林へと向かう。中心に一本だけかなり目立つ大木が見えたため、狙いはあそこだ。
(話しやすいやつだといいな……。というか、敬語とか使わないといけないのだろうか。いや、頼む立場ではあるから礼儀は正すけど、堅苦しくしない方が良いのか?)
ルクスからも神に関する情報を穏やかという点以外一切得ておらず、情報も何も無しに向かうことになる為、少々心配である。
(どう話すか……。前世を思い出させるって、要は記憶喪失を治すってことだよな。すごい難しいことをさせられてる……?そこから協力を要請して……あ、あとは服を貰おう)
何が何でも、今は服が欲しかった。
森を歩くともなると、植物達がチクチクと刺激して痛むだろう。
(穏便に済ませられると良い……な……)
色々と考えている内に、遂に睡魔が襲ってきて、死んだように眠っていた。
明日はどの道、苦戦になるのだろう。
○技解説
【業火の反駁】:『ごうかのレフタティオ』と読む。後方に炎を噴射し、突撃する。突撃している途中、炎を纏った斬撃が乱雑に飛ばされら目的地に到着した際にナイフを振り下ろすと、豪炎が立ち上る。屁理屈から反駁になり、中身もあって勢いの強いものになった。
【天穹の真実】:『てんきゅうのヴェリタス』と読む。回転斬りをしながら上昇する。竜巻を纏い、頂点で、竜巻を刃に集約させ、クロス状に切り裂く。前方への範囲はかなり大きいが、使う場面は限られる。また、上昇中どこで剣撃を出すかは任意。噂は流れるもの、真実はやがて浮上するもの。
【腐蝕の命令】:『ふしょくのインペリウム』と読む。短距離に一閃を連続で繰り出し、切りつけた場所から毒が捩じ込まれる技。筋肉を急激に衰えさせることができる。
【花束の遺言】:『はなたばのテスタメントゥム』と読む。一度だけ一閃を放ち、傷を与えた場所に種を植え付ける。この種は体内のあらゆる物質を養分とし、やがては色とりどりな花が生える。花の大きさは体の大きさに比例し、デカければデカい程大きく成長する。成長スピードは尋常でない。




