一章IV 『寒帯湖のギャング』
暫く歩き、かなり奥まで来た時、氷海を見つけた。
とは言っても、氷海という程広くはなく、どちらかと言えば氷の湖ぐらいの大きさである。数々の氷塊が浮かび、入ってしまえば、間違いなく水中で冷凍保存されてしまうような様相だ。
「足場はあるな……。渡れないことは無いかな」
丁度、この湖を渡りきれば、最奥まで行けそうな雰囲気がある。ボス級の魔物がいるとすれば、ここよりも奥の場所に居座っているに違いない。
そうと決まれば、早速ぷかぷかと浮かんでいる氷塊に跳び移る。
「うおっと、転けたら割れそうだね」
とても不安定だが、これを乗り継げば確実に反対側に到着できる。溶けてしまったら困るので、纏っていた炎属性も解除し、着実に進んでいく。
滑りはするが、乗り移ること自体は身体能力が上昇していることもあってかなり簡単だった。
余裕だとすっかり安堵していた時、自分の足元とその周囲の氷塊が不自然に揺れだした。
「危なっ……!な、なんだ?」
地震にしては辺りは静かだし、僕自身のバランスを崩したなんてことはない。
揺れたのはこの湖全域のようで、自分一人でこの広大な湖を揺るがすような力は持っているはずがない。
ならば、答えはもう、一つしかなくなる。
「何かいる――ッ!」
そう確信した時、自分の足下に巨大な影が通過した。
水生生物。それもかなり大きく、確実に敵意を向けてきている。
明らかに狩りをする時のような挙動で、今立っている氷塊の周りをぐるぐるとしている。まるで油断するのを待っているようだ。迂闊に飛び出せば、あの巨体にぱくっと食べられてしまうだろう。
だからといってここにずっと留まって居ても狩られるのみ。袋のネズミとはこういう状況のことを言うのだろう。
何か策を立てようと、思考を巡らせている最中、遂に巨大な魚影が水面から姿を現し、背鰭が見えるようになった。
あちらは準備完了のようだ。
警戒態勢をとり、いつでも迎撃できるようにし、あちらの様子を窺う。
ザバンッ――!
水から飛び上がる音がし、大量の水飛沫がこちらに向かってくる。
冷水に視界を遮られながら目線を己の頭上へとやる。
白い腹が垣間見え、黒……ではなく、深緑色のシンプルな模様だ。
海のギャングの異名を持ち、その生息域には天敵は存在しないと言う。知能の高さと他の追随を許さないパワーを群れで集結させ、確実に獲物を仕留める、現代の海中において最強とも呼べる生物――。
「シャチ……か」
従来のものよりも相当大きく、古代生物を想起させる。また、ビリビリと身体の周りに電流を走らせている。
「キュルルルル……」
と言う甲高い声をあげ、身体に纏わせた電流を広げ、電気玉を周囲に複数出す。
何か、来る。
「ぐっ――あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!」
雷魔法だ。しかも避けようがなく、僕の立っていた氷塊全てを覆う雷だった。
何をされたのかもわからず、気づけば自分の体には電流が走っており、痺れ、動くことが出来なかった。
初っ端から奥義級の技を喰らわせてきたようだ。
十秒ほど雷は降り注ぎ、何も為す術はなくただ耐えるしかなかった。
「はあ……はあ……。っ……体が、動きずら……」
そんなことを言っている暇もなく、鯱は間髪入れ入れずに攻撃準備にかかり、尾鰭を高く振りかざし、氷塊を割る。
「ちっ、確実に狩りに来ている……!」
ここは危ない、ここまで不安定だとまさしく餌だ。
別の足場に跳び移って距離を離す。が、流石の鯱だ。猛スピードでこちらに向かって来て攻撃を仕掛けようとしてくる。
迎撃しなければ。
「間に合え――【エレト】!」
直撃だった。
でも、直撃なだけだった。
忘れていた、雷を纏っていたことを。
「効果なし……!まずい!」
咄嗟にまた別の氷塊に跳び移る。もう少し遅かったら確実に喰われていた。
水の中なら雷魔法でどうにか対応できたが、相手も雷属性だ、効果がない。地属性で大雑把に対抗することも考えたが、そんなものを使えば自分の足場をなくすだけだ。木属性と花属性も同じ要領。
炎?風?否、論外だ。
唯一の希望は毒属性なのだが……毒魔法は弾速がかなり遅い、当てるのは難しい。
またこちらへ向かってきた。
今度は波を起こし、僕を水中に沈ませる気だ。
高めに飛び上がり、別の足場を探していたところ、鯱も同時に飛び上がってきた。
「なっ……!くそ、【空運の噂】!」
危機を察知して、瞬時に技を出した。
一瞬怯んだため、別の足場を探す。
「いや、待てよ。閃いたぞ!」
武器を収納し、持ち替える。
そう、ヨーヨーだ。
そして、片方を鯱に結びつけ、鯱の背中の上に乗る。
パワーでは負けるので、勿論自分が鯱の方に引き寄せられる。持ち上げることはできない。
だが、その状況を利用し、鯱が水中に潜った時、鯱の腹の方へ移動し、そのまま頭の方へと移動、やがて鯱の顔の前へ身を乗り出し、自ら餌となる。
見たことがないだろうか、欲の対象となるものを釣竿のようなものに括り付け、それを必死に追わせ、走らせる風景を。
(さあ、食べてごらん)
縛り付けたヨーヨーの紐をもっと巻いたり緩めたりして距離を調節し、鯱を誘導する。
多少の電流ではもうあまり怯まない、鯱を水中から引っ張り出す。
「来たッ!」
誘導の通りに鯱は高く飛び上がった。
そこでもう片方のヨーヨーを投げ、またもや鯱に縛り付ける。これで両手の力で鯱にぶら下がることができる。
そして鯱を軸として、ブランコの様に遠心力を利用して鯱の周りを回転する。スピードが最大になったと感じた時、縛っていた紐を解き、鯱の更に上空へと飛び上がった。
そして、また武器を持ち替え、快癒のツインナイフに戻す。
相手を遠くへ吹き飛ばすため、威力の高い技を出す。
「残念だったな……!【千枝の助言】!!」
無数の枝が張り巡らされ、その全てが鯱に向かう。
枝の威力に耐えることができず、鯱は陸の方へ吹き飛ばされてしまった。自力で戻ることはもう難しいだろう。
さて、トドメを刺そう。
「狩るのは僕だ――【細氷の冗談】」
寝そべった鯱に勢いよく突撃し、氷を纏わせたナイフで連撃を繰り出す。最後の一撃に氷の斬撃が放たれる。
「ふぅ……危なかった……」
一時は際どかったが、なんとか返り討ちにしてやった。
「随分とやられたね。まあでも、渡り切れたし一石二鳥だ」
言葉の通り、鯱を吹き飛ばした方向が岸の反対側だったため、倒すと同時に最奥地に到着した。
待てよ……?最初から跳躍して届くのなら、あの氷塊を乗り継いでいく意味なんてなかったのでは?
……いや、気にしたら負けだ。
それよりも、ここは最初と比べて一段と冷え込む。
普通なら、コートなどの上着を羽織っているのに今回ばかりはワイシャツ一枚でこの極寒の地を歩んでいる。しかも、頼みの綱のワイシャツも先程の戦いで濡れてしまい、濡れた部分に吹く風が、刃物のように鋭く恐ろしい冷たさになっている。
そこへ更に畳み掛けるようなこの吹雪、どんな魔物よりも殺意が高いと感じた。
こんな状態で動けている自分に、寧ろ尊敬する。
神に会ったら、服の一枚でも貰っていこうと決意した。
「ああ!寒い!」
動けている――とは言ったが、流石に寒すぎて叫喚せざるを得ない。
耳も痛くなってきたし、手の感覚に関してはほぼゼロだ。
砂漠の方に行けば良かったと後悔し、奥へ奥へと足を運んでいく。
倒れたり眠くなるような様子はなく、永遠に寒いだけという、大方、拷問に等しい状況で音を上げないはずもない。
そろそろ何かと戦っておかないと動く気力すらも無くなりそうだ。ここまで来ると並大抵の魔物はいないし、もしかすると大物も居ないんじゃないか……?
「帰りたくなってきた……」
ほら、弱音をあげてしまったではないか。
いや、雪原を選んだことに関しては完全な自業自得だが、炎魔法でしか暖をとることが出来ないのは、あまりにも残酷だろう。
そもそも、武器はしっかりとしたものを寄越すのに防具は何もないのか?
武器があれば防御も要らないだろという魂胆なのかは不明だが、気温に適したものぐらいは複数欲しかった。
まあ、草原のみならこのワイシャツでも十分快適に過ごせたはずなので、練習を選んだ自分からの、ただの見苦しい言い訳だ。
「はあ……どれくらい動き回ったかな」
走ることは無意識と化していて、思考に集中していたので時間の感覚が狂った。
更にはこの悪天候で空が隠れ、日が出ているのか暮れているのかすらも知ることはできない。
失敗のオンパレードである。
「ふう……流石に走りっぱなしは疲れるか。耳も喉も痛む。少しはゆっくりしようか」
「――ん?」
視界が、白い……?
「雪……でかくないか?それに、速度も勢いも上がっているるような……」
吹雪はたしかに遠くからでも吹いていたが、その中でも異様に、一粒一粒が大きな雪が真っ直ぐと降っていた。
その雪は、一点にのみ急速に積もっていく。
「揺れ……」
地が揺れている。
この揺れ、一番最初の狼との戦いでも経験した。
来る――!
○技解説
【千枝の助言】:『ちえのコンシリウム』と読む。任意の方向にナイフを振るうと、その軌道から無数の枝が生える。虚空であっても何かに斬りつけても発動し、困ったら使うと牽制になる。
【細氷の冗談】:『さいひょうのヨークス』と読む。相手に突撃し、連続で切りつける。締めの一撃で氷の斬撃を飛ばすことができる。




