一章III 『自主練』
「クルアァァァァァァァァッ!!」
『確実に獲って食ってやる。』とでも怒鳴られるかのように、目の前の黒い鳥は朧に向かって鳴いた。
脚も太く、恐らく自分のよりも確実に屈強だ。あれで獲物を仕留め、空中で持ち運ぶのに利用しているのだろう。
襲いかかってくるということは魔物で間違いないはずだ。
そう感じた時にはナイフを構え、刃は既に雷を纏っていた。
「【エレト】――!」
細長い電撃が光の速さで相手を襲う。
飛んでいるなら雷で撃ち落とせば良いと思ったが、ビクともしない。羽毛が厚すぎてこの程度の電撃は通用しないのだ。
チクッと刺激が来たのか、明らかな怒りを見せて、僕のことを殺そうとしてくる。
あの速さの上に、あの過剰な程に鋭い爪で切り裂かれたら、間違いなく命がない。
危機を感じたので、直ぐにナイフを構え受け流そうとした。が、あの巨体から出る速さなので、ナイフでどうにかできる話ではない事に気づいた。
だが、気づくのが遅すぎた。
「ぐっ……!」
一瞬耐えられそうだったが、あっさり圧倒され、後方に吹き飛ばされて、体を地面に打ち付けた。
「あいつ、強いぞ……」
近距離戦で押し負けるなら魔法でどうにかするしかないか。
幸い、こっちには自動回復効果があるんだし、遠距離でちまちまと削ってやれば勝利は確実だろう。
「そういえば毒なんてものがあったよな……【ベノ】」
毒なんて、人生において使ったことがない。さあ、どうなる?
毒が奴の全身に回るまではどれくらいだろうか。それまでは一先ず防御に徹底し、魔法を遠距離から放つとしよう。
速さ、力はまだ衰えていないようだ。
刀身は毒を纏っている……。
今、追加で毒を注ぎ込んでも大した意味をなさなそうなので、別の属性を準備し始めた。
と、ナイフを構えていると、飛んでいた鳥の様子が少し変化し、フラフラとした飛行になった。
そして、何かを感じたのか、加速して朧へと突撃を仕掛けた。
「なるほど、やばいと思って早速突っ込んで来たね?なら押し返してあげるよ、【アウラ】」
自分が風に靡いた。背後からやや強力な風が吹く。
「風魔法。効果があるか不安だったけど、結構効く様だね」
放った風は、鳥にとっては向かい風ということも相まって、怪鳥の体を切り裂いていく。
怪鳥は仰け反り、辛そうな様子を見せた。
レベルの低い魔法でもここまで通用するということは、鳥は向かい風に弱いのだろうか。
好都合だ。毒で動きが鈍くなっているしそろそろケリをつけられそうだ。
怪鳥は力を振り絞るように立ち上がり、やはり突撃してきた。
今気づいたが、確実にこの魔物には遠距離攻撃がない。
「本気のスピードなら、今はこっちの方が上だ、風を帯びた僕を止められるかな?」
"クアアアァァァ!"
力で押し負けることはわかっている。そのため、身を翻して攻撃を避け、間髪入れずに技を叩き込む。
高い機動力と風を組み合わせた、速やかに仕留められる技を――。
「【空運の噂】!」
空中から地に向かって、自身に追い風になるように風を吹かせる。それによる速度上昇で、強力な剣撃を食らわせる。
「こんな感じか、魔法って」
かなり手応えのある敵だったが、どんな魔物なのかさっぱりだ。こんなのがまだいるのかと考えると流石に危機を感じるが……。
「よしっ……。あと少しだ、行こう。」
幸い、出血はなく全身を強く打ちつけただけなので痛みの程度は低い。
このダメージも回復するのだろうか……?
「――ん?あれ?普通に歩けるな」
魂消た。
一秒前まで回復の仕様について心配していたのに気づけば足が痛くない。
そして、歩いている内に背中や腕、首筋の痛みが消えた。
全て回復するのに一分程度しかかかっていない。
「これ、最強なんじゃないか?」
まだ武器を手にして二回目というのに、あまりにも強すぎる武器を手に入れた気がする。
いや、こういった世界ではこのレベルが普通なのだろうか。
まだ認識が現実離れしておらず、この世界の基準がわかっていないだけの可能性も十分にある。
歩いて疲れるどころかどんどん元気になっていく。
違和感しか感じられない感覚だ。
暫くしたら、走ることも出来るようになり、雪原がどんどんと近づいていた。
気温も少し下がってきたように感じ、ワイシャツ1枚ではかなり厳しい気温だ。
「冷えるね……【キャンド】」
寒いのでナイフに火を纏わせて暖をとる。
「もう便利グッズだな、これ」
動物達に危害を与えないように、火球を上空に放ったが、射程があるようで途中で消滅していた。射程の概念を知ることができて一石二鳥だ。
できる限りの防寒をし終えて、遂に雪原へと突入した。
何とも不思議な現象だ。この雪原一帯にのみ雲がかかっており、常に雪がしんしんと降っている。
さっきまでの草原は快晴だったのに、山などの隔てもなくここまで天気が一変することがとても不思議だ。
だが驚きはなく、そろそろこの常軌を逸脱した景色にも慣れてきた。
「ギリギリ自然だしね……」
雪原に着いたはいいが、とにかく歩きにくい。靴も仕事用のままで足がとられるし、注意して歩かねば確実に痛い目を見る。
ここを練習場に選んだのは間違いだったかもしれない。
足元から目が離れ、正面を向いた時、何かが近づいていることに気がついた。
「こいつらは……熊か。しかも二体……。群れで動くのも氷を纏ってるのもやばいね」
寒さでつい語彙力を失い、『やばい』などという俗っぽい事を言ってしまった。
熊を相手にしたことも、出会ったこともない上に、複数体で襲いかかってきたり、常識の範囲を超えた見た目をしていたりするのが『やばい』の内容だ。
慌てるのもおかしくない。
命の危険はもちろん感じた。
ただ、不思議と、体や心の奥底では『自分ならやれる』という根拠も何もない勇気が湧いていた。
全員、静かに様子を窺っている。
相手からしても僕のような人間は見たことがないのだろう。かなり警戒をしているように見える。考えるならば、この時間を有効に使いたいのだが、いつ襲ってくるかもわからないから警戒も怠れない。
やはり、攻めるとしよう。氷を纏って居るなら答えは簡単だ。今、刃が纏っている炎で畳み掛ければ確実だ。
相手にするなら一匹、まずは右のやつに目眩しをし、左のやつを速攻する。
【キャンド】を目眩し用に放った。
命中。動きは意外と鈍いようで、避けられなかった。
すかさず左に居る熊に向かっていき、確実に大きな一撃を与える。
自身も回転して相手を刺し、畝る炎を相手の身体に浴びせる技。
「【静炎の屁理屈!」
氷は熱で溶ける、当然の知識だ。
「グォォアア……ッ」
様子を窺うために後退する。
最高なのは一撃で倒せていることだが……。
右のやつは今にも向かってきそうだ、そろそろカウンターの準備をしよう。
そして左のやつは……。
「固いな……!溶けただけか……」
氷の鎧は完全に溶けきって、防御力は下がったようだが、肝心の本体はピンピンとしており、堪忍袋の緒が切れている。
もしかすると、最悪のケースになりそうだ。
「うーん、やっぱり、挟み撃ちで突撃してきたか」
最悪のケースというだけあって、対策はなんとなくイメージしていた。
というか、双剣を持った者に二方向で迫って来るのも愚策だ。
先程と同じように、一方の目を眩ませ、一方を叩こうかとも思ったが、同じことの繰り返しは練習にならないような気がするため、別の手を打つ。
「シンプルに行くか――【ステロク】」
地属性の魔法を真下へと放ち、散らばった岩石を時間稼ぎの役とする。これによって刀身は地属性を纏った。
よし、準備は整った。
軽く飛び上がり、近づいてくる熊達を自分の真下に集合させる。
そこからはシンプルかつ豪快な範囲攻撃を――。
「いい子だ――【脈岩の虚言】」
ナイフを地面に突き刺す。
その直後、左右双方へ、岩石が地面から突き出て、熊たちを吹き飛ばす。
あたかも玩具の様に軽々と突き飛ばし、空を舞っている。流石は岩だ、威力が違う。
一方はダウンしたようで、もう一方はギリギリで生きているように見える。
まあ、あくまでも熊だ。
空中で身動きを取れるはずも無いため、追い打ちをかければ確実に仕留められる。
ナイフを構え、狙いを定める。
トドメだ。
「【エレト】」
高速で放たれた雷魔法は、衰弱した熊を貫いた。
「僕の勝ち、だ」
多勢に無勢、悪環境という不利な条件下だったが、特に傷も負わず勝利することができた。
嬉しいことに、動きまくったので体も温まっている。
明らかに動きは良くなっていると感じたが、まだ終わる訳にはいかない。おそらく神との戦いとなればこれの数百倍も困難になるだろう。
自動回復で完治するのをゆったりと待ちながら、強敵を求め雪原の奥へと進んで行った。
○技の説明
【エレト】:雷の下級魔法。細長い電撃を放つ技。身体が硬かったり、筋力が凄まじいと貫くことはできない。そんなに強くない。名前の由来は電気っぽいから。
【アウラ】:風の下級魔法。斬撃効果のある風を自身の少し後ろから放ち、前後広範囲に風を放つ。防御にもなり、下級にしては優秀。名前の由来はラテン語で《微風》。
【ステロク】:地の下級魔法。魔力でできた球状の物を放ち、どこかに当たると礫を撒き散らす。威力は高いし範囲もまあまあ広い。弾速は遅い。名前の由来は某ゲームにある《ステルスロック》から4文字とったもの。
【べノ】:毒の下級魔法。小さな泡を任意の方向に弾き飛ばし、筋力を麻痺させる毒を浴びせる。名前の由来は《ベノム》。
【静炎の屁理屈】:『せいえんのカヴィラティオ』と読む。ナイフを持った状態で縦回転しながら、相手に真っ直ぐ突撃する技。突撃し、ナイフを刺すと、その地点に炎の追撃が及ぶ。横からの攻撃にめっぽう弱い。
【空運の噂】:『くううんのファーマ』と読む。任意の方向に風を吹かせ、風の後押しによってパワーを上げる技。移動にも使える。風によるダメージはない。
【脈岩の虚言】:『みゃくがんのメンダチウム』と読む。ナイフを地面に突き刺すと、左右から巨大な岩石が突き出る。生物にナイフを突き刺しても、生物の内部から岩が突き出ることはない。
※快癒のツインナイフ固有の技は、『属性+言葉による何か』である。




