二章VI 『仮想現実?』
「娯楽施設にしては静かだな……?」
〔はい。VRを主としている為、個人での娯楽が尊重され、個室かつ防音の部屋で使用できます〕
「カラオケ的な感じか」
〔それとは少し異なりますが、その解釈で構いません。団体で来られた場合、一人の仮想世界を大きなモニターに投影することが可能です〕
「へぇ、おもしろ」
棒立ちで説明を受けていると、右腕の方から「ピロン」とあたかも何かが送信されたような音がした。
「通話リクエスト……?誰だ?」
〔解析――履歴にはありませんが、発信元はオムニア・ウェーバーです〕
「あの陽気なやつか。通そうか」
どこからどうやって接続したのかを一旦考えず、許可した。
〔通話を開始します〕
〈よう!来たみてえだな!〉
溌剌な声が響いた。自然とスピーカーになるらしい。
また、開発局でも見たようなホログラムが腕の上に映し出された。
「ここにもホログラムが……」
〈ここは勿論、初めてだよな?一緒に見ようぜ〉
「構わないけど、君どうやって僕のガジェットに……?」
〈へっ、ちょちょいとクラッキングをな――〉
「それアウトだろ……」
〈いいんだよ、お前の方のサポーターさんもかしこまってくれたしよ〉
クラッキングされている事に気づいていたらしいが、黙認していたらしい。
「そっちの許可が降りたか……」
〈おうよ。で、勿論仮想現実を体験しに来たんだよな?〉
「ああ。勧められちゃったし」
〈なら、受付に話は通してある。声かけてくれ〉
「通してある……?」
話を通してあるとは、コネでもあるのだろうか。
不思議に思いながら、受付にいる若い女性に声をかける。
「あ、あの……」
「はい!どうしました?」
ふんわりとした黄色いボブカットを靡かせながら振り返る。眩しいほどにキラキラした丸い目を持ち、朧を照射した。
「えっと……オムニアって人から何か来てない?」
「あ!貴方が朧さんですね!お部屋ご案内するので、着いてきて!あっ、ください!」
「あ、あの、金は?」
「払われてますよ!」
意味不明な大盤振る舞いに戸惑った。
「とんだ良い奴だったか、あいつ」
〈あたぼうよ〉
されるがままに案内された。
「あっ――、オムニアさんと通話中だったんですね!やほ〜」
〈よう、クレア。今日もビックリするほど元気だな!〉
「クレア……君の名前か」
「はい!クレアです!【クレア・フリル】、二十歳!困ったら呼んでくださいね!」
雰囲気もそうだが、名前までフワフワしている。
綿あめのような女性だ。
〈こいつ、この若さでここの代表やってんだ、すげえだろ?〉
「それは凄いね……こんな大企業の代表、そうそうなれるものじゃないよ」
「えへへ〜……じゃなくて、このお部屋になります。楽しんでいってください!」
「ありがとう」
「使い方は説明されるので、しっかり観てくださいね〜」
《◯三》と書かれた部屋に入った。
中はかなり広めだが、内装はシンプルに、専用の機械らしき椅子と、ディスプレイ。あとは長時間用に冷蔵庫や机などがあるだけだ。
〈じゃあ命、腕のやつ外して俺が見えるように、その辺にセッティングしてくれねえか?〉
「うん、わかった」
〔解除します〕
部屋の壁際に置かれた机に、いい感じに立てかける。
「見えるかい?」
〈おう、バッチリな。じゃあ、行ってこい!〉
事を済ませ、椅子に座る。
そして、天井からぶら下がるゴーグルのようなものを身に付けた。
暗い画面に白い波のようなものが延々と畝っている。ロード中なのだろう。
(へえ……こんな感じか……酔いそうだね)
すると、脳へ直接話しかけられるように声が響く。
〔FAFシステムへようこそ。今回が初めてですか?初めての場合、目線を左にしてください〕
(そんなんでいいのか)
本当にそれだけで認識されるのかと不安になりながら、目を左に転がした。
〔初めてのご利用ということを確認しました。只今より、説明を開始します〕
(通った……)
〔まずはこのシステムについて、このシステムは、生物の脳内に特殊な電磁波を送信し、思考を読み込むという、一風変わったシステムを使用しています。人体への害悪はありませんので、ご安心ください〕
(すご、なんだそれ……)
〔また、情報の通り、ここで体験するのはお客様自身の脳内に広がる世界です。無意識下でも、表層の意識の中からでも、脳内に勝手に広がる世界を読み取り、この仮想現実に展開します。世界の構想は全てご自身にお任せしており、基本的に責任を負うことはできませんので、ご了承ください。ただし、例外によっては従業員や医療関係での助けが入ります〕
(怖っ。変なのじゃないと良いけど……)
脳内で相槌を打ちながら話を聞き続けた。
〔次に、使用方法について。お客様からすることは特にありません。全てこちらで作業が行われる為、ご安心ください。また、閲覧者の事も気にしなくて構いません。存分にくつろいでください〕
(なるほど)
〔最後に、緊急時の対応について。身の危険や大きな恐怖を感じた場合、可能であれば右手にある出っ張りを押してください。従業員が駆けつけます。不可能な場合、すぐにこの装置を外してください〕
(……なるほど)
少し身体が強ばった。
〔それでは、お楽しみください。思考傍受システムを作動します〕
(き、来た……ちょっとドキドキするね)
周りの声は何も聞こえない。
画面は暗転し、視界も真っ暗だ。
暫くすれば自分でも知らない世界が開かれるはずだ。
〈さて、どうなるんだろうな!〉
〔読取完了――世界を展開します……精神接続完了。スポーンします――行ってらっしゃいませ〕
辺りに壮大な景色が広がる。暗順応した目には厳しい光だった。
色は緑、大自然だ。段々と慣れていき、やがて目に優しい色ということを理解する。
「こうなる、か……」
透き通る程に青い空を突き刺している大きな山。
僕はそれに囲まれた大草原と、透き通る湖がある場所にいる。
(いや、まて……?)
臨場感と心地良さに身を震わせた所、突如脳の中で、何かがリンクした。
「見たことある……写真で」
記憶を頼りにすると、ここは確か、以前の地球に存在していた場所だったはずだ。
反応が思ったよりも薄かったのは、自然の国で見慣れた所為かとも思っていたが、記憶の戸棚にあったからだった。
おそらく、似ていると感じたのはスイスのアルプス山脈に広がるエッシネン湖だ。アルプスの景観が世界自然遺産に登録されていた為、そこそこ有名な場所だ。
「実際に行ったことは無い……けど、印象には残ってる。でもなんでこんな場所が?」
テレビでの特集だったか、SNSで見たのかは覚えていないが、間違いなく見た事があった。
〈なんだか、戸惑ってるみてえだな〉
〔原因不明です〕
(そんなこと、気にしなくて良いくらい気持ちいい場所なのは確かだけどね……)
困惑により佇んでいたが、欲望に抗えず観光を始めた。
「もっと幻想的かと思ったけど」
ただひたすらに歩き回る。
何にも邪魔されることなく、暇を持て余したようにゆったりと時間を費やしていく。
リフレッシュには最適だが、どうしても現実の場所がそのまま再現されたことが気になった。
(理由、理由……何かあるか?)
宛もなく歩き、見つかることのない到達点を探し求める。
「望んでいる――?」
ふと脳内にフェードインした言葉を呟いた。
元の地球を無意識に夢見ている、と。
(無意識からも世界を読み取るって言っていたよな……)
確証は無い。
だが、このコピーアンドペーストの現状を見るに、やはり元の地球が名残惜しいのではないのだろうか。
(そんな馬鹿な……僕自身に望む理由なんか一つもない)
人を嫌い、社会を嫌い、結果的に世界を嫌いになった自分の願うことではないだろう。
自然は好きだとは言っても、無意識に思うほど執着はしていないという自認がある。
有り得ない、と今の今まで確信していた。
だが、心は言っている、この現状が『心地良い』、と。
「訳がわかんなくなってきたよ」
一方、閲覧側でも一つハプニングが起こる
〔先程からお黙りですが、どうしましたか?オムニア・ウェーバー〕
ガジェットが問いかける。
〈んあ?いや、何か突っかかるなってな〉
〔僭越ながら、お聞きしても?〕
〈あー……まず一つはお前の声だな〉
〔ご説明をお願いしたいです〕
言っている内容から、口調が丁寧でも白々しく見えた。
〈なんでルクスの声がすんだろうな――って、最初っから思ってたんだ。ルクス、あいつとどんな関係なんだ?〉
〔本人に接続します〕
〈まじか?!〉
答え合わせをするかのように、通話準備を始めた。
〈――どうしました?ウェーバーさん〉
そして、ルクスのホログラムが現れる。
〈いや、今丁度、お前の声がする機械と一緒でよ、ついでに命っていう若くて強えやつともいるんだ〉
〈本当ですかそれ……〉
〈嘘はつかねえよ。で、この機械って何なんだ?〉
〈少しは話しても問題は無いでしょうね。そうですね、あの方に、私などの為に少々戦って貰おうかと。勿論、彼自身の為でもありますよ〉
〈なんでだ?〉
〈それはその内……いや、すぐに分かると思いますよ。ケッペンさんは気づきました〉
〈なんだそれ……隠し事かよ?〉
〈うーん……どちらかと言えば知りたいのは私の方ですが……〉
〈するってぇと、どういうこった?〉
〈なぜ言わないのですか?――自分自身が《神》だと言うことを〉
〈え?いや言う必要あるかなって〉
ない理由を探す為、天井に目をやりながら頭を掻いた。
〈そういう事なんですね……〉
深い理由でないことに、ルクスは溜息をついた。
〈あぁ、悪いな、聞きてえことはもう特にねえ〉
〈はい。では戻しますね〉
〔切断しました〕
〈(何なんだ……?)〉
〔『一つは』ということは、もう一つ気になることがあるのですか?〕
〈こっちは大したことねえんだがよ。なんか、心做しか、この場所見覚えあるなって――〉
と、疑問を放った瞬間、電撃が走った。
〈なっ――!?〉
咄嗟に頭を抱える。目は驚きで点のようになり、原因不明の汗が吹き出した。
オムニアは、脳内に出てきたとある情報を読み取り、先程のルクスが言っていた意味を理解した。
〔意外と、早いですね〕
ビーッッ!!ビーッッ――!!
だが、それを整理する前に、不穏な音と赤い光がこの部屋を支配した。
【クレア・フリル】
身長:157cm 誕生日:5/9 性別:女
好きな食べ物:酸辣湯麺
FAFシステムの代表を務めており、マターと同じくお偉いさん。ふんわりとしたボブカットに、ふんわりとしたワンピース、そしてふんわりとした立ち振る舞いが特徴的。明るく人当たりがいいので、社内でも屈指の人気を誇る。本人に気にする様子は全くない。
名前の由来は欧米にて女性名として使われる《クレア》。ラテン語で《明るい》を意味する言葉が由来。フリルは、ふわふわしてるものでパッと思いついたもの。




