二章V 『違和感付きの平日』
「――うわっ」
部屋を見て初めに出す声としては相応しくないが、つい驚いて出てしまった。
部屋が広すぎる。内見などした事がないので間取りやら何やらは詳しくなかったが、居間は十五畳以上はあるように見えた。
キッチンもとてつもなく広く、コンロはIHで少しガッカリした。お風呂の方もあまりに広く、逆に不安になるような広さであった。
「一人だぞ、僕……」
部屋の位置を確認して少しした後、疲れてどうでも良くなったのでゆったりとベッドに向かった。
(はあ……。何故だか疲れたな)
そのまま倒れ込み、枕に突っ伏した。
風呂に入らなければ、洗濯物も済ませないと、と思いながら、その意思は枕に吸い込まれていく様だった。
〔朧命、生活リズムが崩れていますよ、速やかに全て終わらせることを強く勧めます〕
吸い込まれてしまおうと堕落する寸前、耳の痛い文言が聞こえた。
「親か……」
不満げに溜息をついた。
仕方なく起き上がり、風呂場へと向かった。まず、服を脱ぐ事がとても面倒くさい。
(人との絡みはあったけど、今回情報は特に無しか……)
マターの言っていた事は少しだけ気になるが、神に関する情報はこれと言ってない。
自然の国の時と異なり、人が沢山いるので、気になる場所をしらみ潰ししても効率が悪い。
(でも、気になるのはあの空中に立った建物だよね)
だが、ここに来てから、目立つ建物はあった。
誰も説明してはくれなかったが、今自分がいる場所よりも高い場所にまだ建造物が構えられている。
宙に浮かんでおり、特殊な用途なのは間違いないが、一体何の為の建物なのだろうかとはずっと考えていた。
(あ、そうだ)
「ねえルクス、あそこの中央にある空中の建物って何だい?」
〔ルクスじゃなく、ガジェットと呼んでください〕
「あぁ、ごめん。慣れた声だったからつい」
機械との間に少し気まずい雰囲気が流れた。
〔あれは、実質この国における神殿の役割を果たしています〕
なんと、答えは見つかったようだ。
「神殿……!」
〔この国には信仰という概念が一応あり、あそこに祀られる《技術の神》が民に信仰されています。意識としては薄いですが〕
「なら、あそこに行けばいいのか」
〔ええ。ですが、一般人ではあの場に行くことは不可能であり、神から招待等を受けなければ直接出向くことはできません〕
浮いているならそれはそうだと納得しようとしたが、後半部分が喉に突っかかった。
「招待……?」
〔はい。自然の神【エア・ケッペン】と同様、神は実際存在しているので、無論対話は可能です。どこかでエンカウントし、運良く招待されるしかありませんね〕
神に会いに神殿へ赴くのに、その為に神に会わねばならないとは、本末転倒だ。
「なるほど。ある意味厳重だ。でも、僕みたいな空を飛べる道具を持っていれば普通に飛んで行けるんじゃないのか?」
〔電子バリアが張られている為不可能です〕
「どうにか行く方法を探して行けるとかは……?」
〔人の目があります、オススメは致しません〕
「うーん……」
面倒なことに唸り声をあげ、風呂から上がり、体を拭く。
(あっ、そういえば服ない)
小さなミスを犯した。
洗濯するだなんて微塵も思わなかったため、服は一着しか揃っていない。そもそも何着か持ってくることなど考えていなかった。
衣食住のうち一つで、大事だとは分かっていても、日常に溶け込めばその大切さの輝きは失せる。これを痛感した。
「ねぇ、服ってどこに売ってる?」
〔主に服屋が揃っているのは、自由区の大型ショッピングモール【サテライト】です〕
「そっちか……。しばらく行かないな。仕方ない、使い回すしかないな」
かなり抵抗はあるが、今からショッピングと言っても遅いだろうし、明日はFAFシステムとやらに出向く予定な為、時間が無い。
たかがショッピングで神と出会えるとも思っていないのでやる気も出ない。
(不快……)
洗っていない服に袖を通す。
歯磨きも済ませて、些かの嫌な気持ちのままベッドに横たわる。
そして再び枕による意識の吸引が始まった。
(慣れてきたよね、そろそろ)
やはり眠る前は色々と振り返ってしまう。
今は、自分がもう下手なことでは愕然としなくなってきたことに感激していた。
(ありえない武器も使いこなして、超強いロボットと戦って……漫画みたいだ)
この世界で目覚めてから三日目で、流石にまだ現実の感触を忘れ切ってはいないが、こちらの世界のファンタジーじみた事象に疲れなくなっていた。
(そういえば、これ、邪魔だな)
両腕に、絶妙にゴツゴツとした休息に似合わない感触がある。
「これ、外せないの?」
〔え?あっ、失礼。解除します〕
「機会が『え?』とか言うなよ……」
――――――――――――――――――――――
「貴方、自己紹介が薄すぎるよね」
パソコンの前に座り、暗闇の中でブルーライトに照らされている。
朧の隣の部屋だ。
「え?なんでだ?名前言ったろ?」
コップの中の飲み物をストローで掻き回しながら、通話を行っている。
「いや、まあ、それはそうなんだが…………なんというか、もっと具体的にだな……」
「なんだよ、初対面の人っ子一人にいきなりガツガツ説明しても困るだろ」
「それは君達の場合だけだよ……」
夜中の暗さに反して明るく活発な声だ。おそらく、実験の際に現れたオムニアだ。
「まぁ、いいじゃねえか!」
「そうもいかないんだよ」
「あ?なんでだ?」
「あの子、君に会いたがってるみたいだし……」
「あ?俺に?――俺も話してみたいぜ、あいつ、なんか気に行ったんだよな」
――――――――――――――――――――――
〔そろそろ起きてください、朧命。あと半刻で正午になります〕
何か声が聞こえる。
うるさい。スマホと違ってスライドで解除できない為、余計に腹が立つ。
〔朧命、起きてください〕
(こいつ、目覚ましまでしてくるのか……)
嫌々目を覚ます。
「……わかったよ、おはよう」
〔おはようございます〕
そのまま二度寝してやろうかとも思ったが、こいつは武器なので、何をされるか分からないと思い、起き上がった。
口をゆすぎ、水を飲み、顔を洗う。
朝風呂はしない派閥だ。
(あっ、そうか着替えなくていいんだ)
久しぶりのまともなモーニングルーティーンを行い、気持ちが良いと思っていたが、服が一着しかないことに気づき、落胆した。
「朝食……外出てからで良いか」
ビジネスホテルに泊まっていたかのような気分で、普通の社会人の生活を過ごそうとしていた。
それ故に身支度を済ませて出かけようとした矢先、後ろから声が聞こえた。
〔忘れないでください〕
「あっ」
武器を忘れていた。
そういえば、もう一般社会の中の人間ではないのだった。
「悪いね、ド忘れしていたよ」
〔……装着します〕
「よし、行こう」
今度こそ部屋の外に出た。
「お、モルモットくん。遅い出発だね」
「その言葉、君にもあげよう。大遅刻じゃないか?」
「ん?いいのいいの。何かしら理由付ければ疑われないし」
「何やってるんだか……」
局長と鉢合わせ、変わらない呼び方で挨拶をされた。
何時に起床したのか知らないが、十二時に出勤という、明らかな遅刻を平然とした顔で行っている。
「いやあ、ちょっと夜更かししてね」
「高校生か」
雑談から生まれた流れに身を任せ、あの長すぎるエレベーターに乗る。
「何をしに行くんだい?」
行先は同じなので、マターがボタンを押してくれた。
「朝食……いや、ほぼ昼食か。買い食いして、娯楽施設の方に向かおうかなって」
「なんだ、まだ食べていなかったのか」
「うん。丁度三十分前に起きたぐらいだし」
「寝坊助だな」
「君は?」
「私は見ての通り、出勤するだけさ」
白衣という点が『見ての通り』なのだろうが、この服装しか見ていない為納得はできなかった。
「君、いつも仕事は何してんの?」
「そりゃあ色々とだよ。今日は早速、ギルの調整に入る」
「昨日のあれか」
「ああ。改善点を取り入れる作業に入る。そこから実用だ」
「恐ろしいね、まったく」
終始話していたので、気持ち上は早めにエントランスに到着した。
「相変わらず長い……」
「知らない人と乗ると、気まずいよ」
「想像したくないね」
「全くだ。では、私は行くとするが、君の方は?」
「駅の方はまだ行かないかな。少し見て回る」
「了解だ。では、良い一日を」
先に急ぐマターと別れを告げた。
見て回ると言ったが、殆ど右も左も分からないような状態なので、下手に歩き回りたくはない。
「ねぇ、コンビニかなんかある?」
〔あります。ですが、自動販売機の方が近いです〕
「自販機?飲み物探してる訳じゃ……」
〔ご安心ください。食べ物も販売しております〕
食品自販機は以前の地球でも存在していた。そのようなものを想像した。
「へえ、凄いね、行ってみようか」
〔建物を出て、駅の方向にすぐあります〕
言われた通りに駅へ向かう。すると、本当に歩いて数秒で見つかった。
「あった。なるほど、完全食か。丁度いいね」
少しだけ迷い、レーズンパンと小さめのお茶を買った。
(意外といけるね)
特別美味しい訳ではないが、寝起きの口には丁度良☆食べ物だ。
これが自販機で売れるのは素晴らしい。
「ごちそうさま。駅までの経路、教えてくれ」
〔かしこまりました〕
ホログラムで表示された地図に、経路が示される。
この武器も中々便利だ。この国に限定しての話だが。
(人が沢山いるの、新鮮な感じだ)
今までは自然の国にいたので、動物でなく人間がいることに違和感が芽生える。
些か不快感もあった。
(この感じ、出勤を思い出す……。人混みに紛れ、職場へ向かうあの感じ、嫌な思い出だね……)
電話で上司への愚痴を吐露する者や、妻との電話、打ち合わせの電話など、色々なところで遠隔の会話が行われている。
うんざりしてきた。
昨日は夜だったから静かではあった。だが今は日中、賑やかだ。
(そういえば、この人たちも転生してるんだよな……)
ふと気になった。
全員が転生というぐらいなのだから、今例外なのは自分だけで、他の人たちは皆、元々あった地球で姿も中身も違う人間として暮らしていたのだ。
そう考えると、不思議な気持ちに陥る。
(記憶はない……皆、違和感も無いんだよな)
どことなく恐ろしくなってくる。
自分だけ、いや、自分とルクス、最近ではエアのみが、この世界の事情を知っている。
いずれはこの国の神も、そしてあと六つ以上の国の神の記憶が戻る。
それでも、ここにいる人間達の数には到底及ばない。
(なら、本当に地球を戻していいのか……?)
今いる人々はこの世界で何の不満もなく生活している。
違和感と不安、或いは不満を抱えるのは自分を含めた数人だけ。
そんな中で、自分たちの都合で世界を元に戻すことは許される行為なのだろうか。
(それに、星を再生させるとすると、何がどうなる……?)
抽象的すぎる疑問だ。
再生させて、安心できる証拠は何一つない。
それに、戻したところで、社会への不満が大きいのは元の世界の方ではないのか。
少なくとも自分はそうだ。
(でも、約束は約束だ。果たさない訳にはいかないよね)
〔朧命、駅に到着致しました〕
はっと我に返った。
「おっ、いつの間に」
〔すぐに列車が来ます。急ぎましょう〕
「わかった」
少し駆け足で乗り場へ向かう。
丁度ドアが開いていたため、そのまま乗車した。
〔ご乗車ありがとうございます。この列車は、中央区駅方向になります。次は、中央区駅に到着致します〕
システムボイスが流れる。
電車の中は比較的静かで落ち着く。
ただし、異常な程に速い。
〔間もなく、中央区駅に到着致します〕
もう着いてしまった。
(速すぎだろ、これ)
〔中央区駅、中央区駅。足元に気をつけてご降車下さい〕
五分未満で到着した。
(よし、あそこだよな、行こう)




