二章IV 『残業上がり』
〔【居住区駅】に到着しました。足下にご注意の上、速やかに降車してください〕
居住区、ガジェットが言っていた通り、典型的な住宅街だが、一軒家よりもマンションやビル、アパートの方が多く立ち並んでいる。
その景色もまた壮観で、以前の首都圏よりも建物の密度が高い。光源が全方位にあるため、日照権などをあまり気にしなくても良いのだろう。
朧とマターは、駅を出てどことなくフラフラと歩いていた。
「食事はどうする?」
「よくわからないし、その辺を見て決めて、さっさと食べちゃおうかなって」
「なら、勧めたい店がある。行こうか」
マターは行きたい方向に目星が付いたのか、足取りが着実なものに変わった。
「お値段の程は?」
「五千ポイントでかなり多いくらいだな」
「わかった、行こう」
何も考えずに了承したが、五千円未満とすると、かなりの値段な気がする。
「和食かい?洋食かい?」
「和?洋?その辺の国のことはよく知らないが、あそこは麺の専門店だよ」
「まさかのラーメンだったか」
「ああ。結局、最も元気が出る食べ物はあれだと思うんだ」
やはり流石のラーメン、老若男女から愛されている。
「餃子はあるかい?」
予想外な質問だったのか、マターが一瞬、「ん?」と言うと共にキョトンとした顔をした。
「勿論あるよ。私はあまり食べないがね」
「あんなに美味しいのに」
「好きなのかい?」
「うん。生涯一つしか食べ物を食べられないと言われたら僕は迷わず餃子と答えるね」
「意外だな。目測ではベジタリアンだったのだが」
「もちろん、野菜も好きだよ」
「大人だな」
転生前ですら、人と好きな物について話す機会など数なく、思い返せば、数年ぶりに好きな食べ物の話をしたような気がした。
在り来りな会話だが、退屈ではない。
「ここだ、【麺屋タキヤマ】」
外装も、中から溢れるニンニクや豚骨の香りも、転生前と同じように感じられるものであった。
ラーメン屋は技術が発展しても、雰囲気は不動のものらしい。
強いて違いを挙げるなら、看板が電光掲示板になっており、より一層目立つようになっている。
周りは白黒の建物のくせして、ここの看板だけは眩しい程の赤であった。
通るだけでお腹が空いてしまう。
自動ドアが開き、入ってすぐに、おそらく券売機であろう物が見えた。
「ここで食券を買う。今回は私の奢りだ、好きな物を頼んでいいよ」
「いいのかい?お言葉に甘えるよ」
ラッキーと内心でニヤけて、ボタンに貼られた商品名を見渡した。
「私のお気に入りは、この《特製辛味噌ラーメン》だ。これにいつも白ネギをトッピングしている」
「うーん。迷うね……。じゃあ僕はこの《塩とんこつラーメン》で」
マターが言った物と二択で迷った結果、違うものが良いと感じ、この結果となった。
「オーケー。餃子も頼んでおいたよ」
「やったね」
食券を受け取り、カウンター越しにいる店員と目が合った。
「らっしゃぁい!」
「やあ店長、これで頼むよ」
「あいよ!おぉ?マター、やーっと男を捕まえてきたか!」
「何を言う、勘違いしないでくれよ、専属の助手みたいなものさ」
専属になった覚えは無い。
頭に白いタオルを巻き、いかにもこの道三十年と言った渋めのおじさんだ。店員の見た目で判断するならば、この店が不味いわけない。
手製という拘りが強いのか、開発されていないのか定かではないが、店内に高技術な機械は見られず、以前の世界でも見られるような、大衆向けの内装であった。
「おう坊主!空いてる席座んな!あと、あいつ独身だから、狙っとくのもアリだぜ?」
(なんか、時間は経ってないけど、懐かしい内装だね)
店内を見るのに夢中になっていて、朧は聞いていなかった。
「隙あらば揶揄うな、店長。それに、私はまだ二十六だ。結婚するには少し気が早いだろう」
「んな事言ってらんねぇぞ?結婚ってのぁ取り合いだ、いい男はすぐぶん取られちまう」
「私にかかれば、その辺の男を落とすのなんて、水を沸騰させるのよりも簡単さ」
「そうかいそうかい。実際身なりは綺麗だしなぁ、お前。だよなぁ、坊主?」
「え?あ、あぁ、うん……?」
途中から言葉だけ耳に入っていた為、内容はよくわからずに適当に返事をした。
外見なんて、人生で一度も気にしたことが無いからわからない。
身長は普通よりも高いことはわかるが、顔を見ろと言われても悩む。
「私のモルモットくんを困らせないでくれよ」
「ハッハッハ!悪いな坊主!」
しばらく騒がしいような落ち着いたようなよくわからない雑談が続き、思ったよりも早く料理が提供された。
「ほれ、二人分のやつだ!たんと食えよ!」
そういえば、この変わり果てた地球に来て、初めてまともな料理を見た。
その所為なのか、いつもよりも食欲の勢いが強く、腹の中で重々しい音が鳴り響いた。
「ていうか、 二人で二千円……じゃなくて、二千ポイントよりも安かったな」
五千と二千では違いがありすぎるだろうと突っ込みながら、割り箸を割った。
「どんな言い間違いだい?それ」
「僕の国の通貨名だよ」
「ふむ。やはり君、人間としてはかなり不思議な子だね」
「そうかい?」
「性格も一応そうではあるんだが、生い立ちはかなり気になるね」
「生い立ちか……一般家庭に生まれた、ただの人間だよ。父親は体が弱くて僕の小さい頃に他界したけどね」
「おっと、それはすまない。気になっているのはそこではなく、君が何処から来たのかということなんだ」
「なるほどね、話すと長くなるし、信じ難い話だと思うけど、するかい?」
成程それもそうだ。ここでない国の生まれという情報なら、出自不明のよくわからない人間に見えているはずだ。
この人になら、飛躍した話をしても問題は無いだろう。
信じてもらえるかどうかはさて置いて。
「へえ?試しに聞かせてご覧よ」
箸を止め、水を飲んで油っこくなった口の中をリセットした。
「目が覚めたらいつの間にかこの世界の何も無い草原にいたんだ」
「目が覚めたら……?昏睡状態だったのか。その前の記憶はあるのかい?」
「あるにはあるよ。こことは別の……いや、別とも言えない世界にいたんだ」
作り変わった地球が、果たして異世界なのかはわからなかった為、言葉を濁した。
「ほう、興味深いね。どういった原因なんだろうね……」
「そして、あっちの世界に隕石が落ちてきて、死なずに気がついたらここに居た」
「不可思議だね、本当ならば実に面白い」
「だろ?僕だって信じられないさ、未だにね」
「君はこの国に滞在するのかい?衣食住は入手出来たと思うけど、他に何かやる事でも?」
「少しの間はね。けど、その通り、他に用があるから他の国にも行く予定さ」
「なるほど。この国が最初だったのかい?」
「いや、【自然の国】には行ったよ」
「あそこか。私は他国に関してはどこにも行ったことは無いが、綺麗な国なんだろう?」
「凄く綺麗だったよ。危険ではあるけどね……」
「そうか。なら、この国は安心だな」
「うん。機械の暴走とかが無ければね」
「君、強いんだし平気だろう?」
「いやいや、まだ軟弱だと思うよ」
身体能力が上昇したとは言え、経験はこの上なく浅い。今まで勝てていたのも実力というよりは、武器の機能性のお陰だと自分では思っている。
「気になったから聞くが、各国に用があるって、どんな?」
濁した所を刺され、少し戸惑った。
「まぁ、会わなきゃならない人達ががいるんだ、全国に」
「全国っていうと、神かな?」
人と言ったが無駄だった。
「す、凄いね、当たりだ」
一般人でも神がいることは知っている?この世界における《人間》の立ち位置が未だに分からない。
「この国の神には?」
「いいや、まだ会ってない」
「そうか、私は会ったことがあるよ」
「そうなのか?」
マターはこの国において言えばかなりのキーパーソンだろう。邂逅していても不思議ではなかった。
「多分すぐに会えると思うよ、君もね」
根拠は何も無いのに、何故か説得力を感じた。
話が終わった雰囲気を感じ取り、再び箸を手に取って麺を啜り始めた。
しばしば小話も挟んで、暫くした後食べ終わった。
「店長、ごちそうさま」
「ごちそうさま」
「おう!また来てくれよ!」
スープ完飲を少しばかり後悔し、店を後にした。
「よ〜し、お腹も膨れたし、家に帰ろうか」
満足そうな顔でマターが背伸びをする。
「なあ、本当に君の隣の部屋に居座っちゃっていいのかい?」
「ん?ああ。あのマンションの最上階、買い取ってるし、一人増えても大丈夫さ」
「ほんと何者だよ……」
「しがない所長」
(しがないってなんだよ……)
適当な返答に突っ込みながら、マターの後ろを歩いた。
「君、明日は何をする予定だ?」
「え?そういえば、特に決まってないね」
「なら、暇があれば【F.A.Fシステム】はぜひ体験して欲しいね」
「局の反対側にあった大きい建物か」
「そう、それ。自分の脳内の世界に行けるっていうのは、素晴らしいものだよ」
「君が言うなら説得力があるね」
「じゃあ決まりだ。私は恐らく局の方にいると思うから、何かあれば連絡してくれ」
「僕、二十三だぞ?保護者みたいな事しないでくれよ」
「ははっ。モルモットの世話は飼い主の役目さ」
「出たよそれ……」
「という事で、着いたぞ、ここが私の住むマンションだ」
なにが『という事』なのかはよく分からないが、流石は局長の住むマンションだ。高級ホテルのような装飾と広さをしている。
「カードキーを作るから、おいで」
「ああ」
言われた通りに受付カウンターの方へ向かい、係員がカードキーを作成してくれた。
「これだ。失くすなよ」
「子供じゃない」
階段なんて言うものは勿論使わず、エレベーターで最上階まで上がっていく。
この国では地上にある建物の中では最も高い建築らしく、最上階の階数は六十まで行く。
いくらエレベーターが速いとはいえ、最上階まで五分程はかかった。
「ようこそ、ここが私の六十階だ」
「君の……実感ないね……」
「ここが私の部屋だから、君はその左のここだ。間違えて入ってくるなよ?」
「入れるか、女性の部屋に」
「じゃあ、部屋に戻るとするよ。ではまた」
「ああ、おやすみ」
六◯◯二号室……見たことがない、こんな部屋番。
無意識にフラついていた足で部屋に入った。




