二章II 『沢山のはじめて』
白衣を纏い、丸眼鏡をかけた長い髪の女性。
いかにも、博識って感じの立ち振る舞いだ。
「ん?なんだ?」
「いやあちょっとね、その両手に付けてるやつ、気になっちゃって」
目を合わせるのではなく、ダブルガジェットをじっと見て言った。
「あぁ、これかい?護身用……みたいなものだけど、何か用かい?」
武器であると、公共の場でハッキリと言ってしまうのは気が引けた。
「ということは、ちゃんと戦えるってことだね?」
「そりゃ勿論。まだしっかり使ったことは無いけどね」
「おお!じゃあ都合がいい。ちょっとさ、実験に付き合って欲しいんだ」
『都合がいい』とは面と向かって言うものなのだろうか……。
「実験?具体的には?」
「ロボット退治さ」
「ロボット退治……暴走したのがなんたらってやつか」
「あー、それもあるけど、今回やるのは対人用ロボットの性能調査だよ」
性能調査……対人用となれば、戦闘だろう。
「なるほど。それの的になって欲しいって事か」
「まっ、そういう事だね」
「いいよ。少し腕を慣らしておきたかったから」
「よーし、モルモットゲット〜!」
「本人の前で言うかね……」
「あっ、そういえば、自己紹介がまだだったね。私の名前は【マター・ブレム】。《局長》って呼ばれることの方が多いから、呼ばれる所聞かないね」
「僕は朧命だ。局長って、どこの?」
「技術開発局」
「えっ?」
「ん?技術開発局だよ」
確か、開発から何まで行うという、言わば大企業だったはずだ。
「あの、あそこの大きなビルの……?」
「そうだよ」
「君、もしかしてお偉いさん……?」
「まあ、世間的に見たらそうらしいね」
驚いた。
こんなにも気怠げな様相で、尚且つ軽率そうだと見込んでいたが、とてつもないお上の方だったようだ。 断っていたらどうなって居ただろうか、考えると少しだけ恐ろしい。
そもそも、昼の二時過ぎに企業のトップが外をフラついていて良いものなのだろうか。
「というか、局長だったらどこでも普通はお偉いだろう?」
「そ、それもそうか」
少しズレた返答な気もするが、少しばかり圧倒されていた為どうでもよくなった。
「立ち話はそろそろやめにして、行こうか」
肩を後ろから捕まれ、そのまま誘導された。妙な感覚だった為、少ししたらそっと手を払い除けた。
「あそこ、僕なんかが入っていいのかい?」
「私は局長だって言ったろう?心配しないでいいよ」
ホログラムでできた信号と、それに対応して歩道、車道に壁が築かれる横断歩道を渡る。
辺りを見回し、少し観光気分でも居た。
「ふふっ。何をそんなに目をプラチナみたく輝かせているんだ」
自分でも気が付かなかった。どうやら、目新しいものを見て目が勝手に燥いでいたらしい。
「えっ……そんな顔に出てたかな?」
「ああ。珍しいなって思ってね。命くん、ここの人じゃないのかい?」
「そうだね。少し訳あってここに来たんだ」
ここでも、《神》という単語を出すことに気が引けた。人間のいる国は初めてなので、どこまで情報を出していいかが分からなかったからだ。
「へえ。急ぎだったかな、悪かったね」
「いや、いいんだ。僕にとってもこれは得だからね」
「そうかい?ならいいんだ」
「というか、君も実験ができて嬉しいのかよくわかんないけど、充分君の目も輝いてるよ」
「初めて言われたよそんなこと。でも、バレちゃったかあ」
「わかりやすいさ」
そして、近未来のバーゲンセールを少し歩いた後。
「到着〜」
近くで見ると圧倒されるほどに大きなビルに辿り着いた。
自動ドアが、相対的に極めて小さく見えた。
そして、呆気にとられている間に、中へ連れられていた。
「制御試験室ってところで、自律型ロボットの実験をしている。そこまで案内しよう。ちょっと遠くて面倒だけど」
中は、外の黒と青が基調となった、冷たくスタイリッシュな雰囲気と異なり、白と青という、繊細な冷たさのある色で統一されており、そこら中にホログラムやAI、小型ロボットなどが蔓延っていて、いかにも近未来の開発施設といった場所だ。
エレベーターまで案内され、四階まで登ろうとする。
「これ、本当に床に立っているのか?」
「立ってるよ。このエレベーターは鉄とかでできているんじゃなくて、大量の電気を濃縮して専用のパイプに包んでいるだけ。だから、軽くて速いんだよ」
「たしかに、もう着いてる」
中に乗るとまた驚きだ。エレベーターなんて、せめてガラス張りだとかそんなことでしか外を見れないはずだ。
だが、この国では足元も何もかも透明だった。エレベーター内の構造が鮮明に見えた。
マターが言うには、これらは電気の通るパイプらしい。電気が基盤なのに、回路などの線は見えなかった。
「んで、こっから実技棟に行って到着」
「へえ。それで、実技棟ってのはどうやって行くんだい?」
ここは目的地とは違う棟のようだが、渡り廊下のようなものは見つからない。
「こっちおいで」
廊下の隅の上下に、円盤が一つずつ。所長がそこに立った。人が入る想定で造られたものだろうが、何かは不明だ。
「乗ればいいのかい?」
「そう。私の隣に」
「またエレベーターか?」
「え?いや違うよ。転送装置だよ、簡易的なね」
「て、転送装置!?テレポートまでできるのか……」
「ははっ。何も知らない子の反応って面白いね。仕組みとしては、生体認証で、転送先に自分の虚像を作って、粒子レベルで解析、分解されることで別所に移れるって原理だ」
つまり二地点以上に装置が設置されており、一方では個体の解析、分解を行い、もう一方で解析結果により作成可能となった虚像を転写、そして、その虚像に沿って、元の地点から移動させた粒子を再構築する。それにより技術的なテレポートを可能にしている。
「そんなこと、本当にできるのか……?」
魔法を使わない単純な技術力に、少し恐怖すら感じていた。
「じゃ、行こうか。君は初めてだからちょっと時間がかかるよ」
隣にいたはずの局長が、砂粒程まで小さく分解され、やがて消えていった。
神隠しを目前で目撃したような感覚だ。中々恐ろしい。
(無理に動くと何かしらの理由で死にそうだな……)
〔認証成功。ヒト―〇一二八として転送します〕
転送が始まったようだ。
意識は依然としてあり、視界に関しては、既に別棟に到着していた。
聴覚や嗅覚の面では変化はなく、転送音が聞こえるのみだ。
体はまだ動かせない。
とてつもなく変な感じがした。
違和を感じている間に、いつの間にか体は装置の外に出ていた。
「おお……」
「ようこそー。もうすぐだよ」
局長は軽い足取りで直進していった。
「静かだね」
「あー、そうだね。全部の部屋が防音だし、少し寂しい感じにはなるな」
(どんだけ費用かかるんだろう、これ)
他愛の無い会話を繰り返している内に、プレートに《制御試験室》と書かれた部屋に到着した。
「よし、モルモットくん、存分に動いてもらうよ」
「モルモットって呼ぶな」
「今回君に戦ってもらうのは、《対咎人鎮圧兵器》としてこの国にいる【ギル】だ」
「【ギル】……英語だとエラって意味になるけど、どういうことだ?」
「名前は覚えやすいように安直にしているだけさ。特に意味は無い。君の言う『エイゴ』こそ気になるが」
そうか、世界が変わったのなら言語も変わっているのは当然か。自身と同じ言語に統一されたのは運が良かったのだろう。
「なるほど。まあ、雑談は良しとして、詳細の説明を頼むよ」
「そうだな。この子は名の通り罪人を鎮圧するためだけに造られた戦闘用のロボットだ」
「罪人……この国には法があるんだな」
「もちろん。君の国にもあるだろう?」
「無論だよ」
ここでいう僕の国は、《日本》でいいはずだ。
「そうだな、あとはこの兵器は殺傷を主とはしてない」
「というと?」
「どちらかと言えば拘束の面で秀でているんだ。テーザー銃やスタンガン、電子縄のような動きを封じるものが多い」
「電子縄……?」
「相手に直撃すると電気の輪が罪人にまとわりつくんだ」
「そりゃすごい」
「反応薄っ。まあいい、もう一つ、殺傷を主としないとは言ったが、万が一の場面に備えてガトリングと小型ミサイルだけは搭載してある」
「周到だね。――って、今からそれを壊しにかかるって考えたら……」
銃弾とミサイル……以前までの戦いではなかった攻撃だ。
「天気には気をつけてね」
「とんだ天変地異だな」
冗談を混じえて話しているが、これは命に関わる。 突っ込むことはしないが、初対面の人間を殺しにかかっているのだろうか。
と、つまらぬ漫才のようなことをしていると、どこかから知らない声が聞こえてきた。
〈よぉ局長!元気にやってっか?〉
「なんだ、またいらしたのかい。元気って言葉に出す程じゃあないね」
(なんだ?どこから声が?)
四方八方を見渡し、声の正体をつきとめようとする。男声で、明るく活気のある声だ。電子音が聞こえる為、通話のようだが……。
〈お?なんだ、見ねぇ顔がいるな! 〉
「ああ、モルモットくんだよ。新型ロボの実験体さ」
(おいおい、置き去りにされてるぞ)
〈見るからに一般人って感じだが、いいのか?〉
「ああ、快く承認してくれたよ」
「おい、置いていくな、今、誰が喋っているんだ?」
〈ん?ここだよ、ここ、ここ〉
「あなたが言ってもわかるまいよ……。命くん、顔を斜め上に上げてごらん」
言われた通りにすると、青く光る人型の像が動いていた。
「うわっ。ホログラムってやつか……」
〈よぉ!俺は【オムニア・ウェーバー】ってんだ。お前の名前は?〉
「ぼ、僕は朧命だ」
随分と賑やかそうなやつが来たらしい。
「へェ。お?なんだ?その腕のガジェットは?」
「これか?貰ったんだ、護身用だよ」
「誰が造ったんだろうなぁ。すげえ技術だぜ、それ」
「へえ……」
(神が一生懸命造ってくれたってことは……言わなくていいか)
「コホン。そろそろ始めたいんだが、いいかな?」
「おっと、悪ぃ悪ぃ。俺も早く見たかったんだ、始めようぜ!」
「うん。じゃあ命くん、そこ、入って」
ガラス張りの壁に貼り付けられた扉を開け、何も無い白い空間に入った。
(ガラス……割れないか?)
「さて、ロボットは準備してある。準備が出来たら言ってくれたまえ」
吸い込まれるような黒の装甲に囲まれた、二メートルを超えるであろう機体が佇んでいた。
「ワクワクするなぁ。見た事ねえモン同士の対決ってのは」
「まずくなったら直ぐに助けるから、安心しな」
「うん、いいよ」
武器の使い方は一瞬の座学のみだが大体理解は得た。
こんな強靭そうなロボットを初めてに使うものではないと思うが、致し方ない、この武器で乗り越えよう。
「さて、それじゃあ。【ギル】、稼働開始!」
【マター・ブレム】
身長:168cm 誕生日:6/7 性別:女
好きな食べ物:コーヒーゼリー
技術開発局局長であり、技術の国の《技術》の中枢を担う女性。シュッとしており整った顔立ちをしているが、生活が不健康な為痩せ細っているだけ。ウェーブのかかった深い青色の長髪を上の方で結び、襟足の長いハーフアップのような髪型。気怠そうな立ち振る舞いをしており、事実、開発関係以外の興味のないことには魂が絶対に入らない。
○名前の由来は『事象』を表す《matter》。
【オムニア・ウェーバー】
身長:182cm 誕生日:8/9 性別:男
好きな食べ物:チョココロネ
朧の前にホログラムで現れた男性。技術者の様で、ガタイが良い。服装も技術者のようだが、暑がりなので上は常に脱いで腰あたりに結んでおり、タンクトップで過ごしている。ツンツンとした青メッシュのかかった黒髪で、黒と黄色のヘアバンドを常に巻いている。明るく活発で、誰にでも分け隔てのない喋り。局長とつるんでいるので、名はある。
○由来はラテン語で『万物』を意味する《omnia》そして、工場立地論を提唱した『アルフレッド・ウェーバー』から。




