一章XI 『恋情を描く旅人』
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抱きしめたい。
全部知りたい。
愛し、愛されたい。
このような感情は、一般的に人間社会の間では恋と呼ばれる。
「ひえ〜、高いなあ」
一人の登山家に見える女性が、雲の上に到達した事に驚くと同時に言い放った。
明らかに、一人で登るだなんて有り得ない程華奢な体だ。
それでも、何を目的にしているのか、ひたすらに脚を上げ、地面を踏みしめる。
「んー、もうすぐかな〜」
弱音の一つも吐かずに、険しい山を進む。
目を輝かし、何かを待望しているかのように進む。
目指すは勿論、頂上だ。
恋……。恋について、どういったイメージを抱くだろうか?
ロマン、儚いもの、ドロドロしたくらい感情、病と言うこともあるだろう。
やはり軸となるのは《充足》と《幻想》だ。
失恋という言葉のある通り、恋によって精神のすり減ることもあるだろうが、恋をすることにより、己の生へ充足を齎し、様々な欲望がセットになった幻想を抱くようになる。
それを求めるが故、恋は時に、人の原動力となり得る。
「おっ!着いたっ!」
眼前に広がったのは点々と浮遊する雲、古代生物の脊髄のように連なる山、傍若無尽な程に自由に渡る地上の草原。目の前の崖下に広がる遺跡のようなものも見られる。
かつて存在していた文明の遺跡だ。
心地よく開ける自然を、これでもかと浴びる。
その壮大さに、涙腺が緩む程だ。
「よっし、始めるか!」
リュックサックから取り出されたものは鉛筆、絵具、ペットボトルに入った水。
彼女は、絵描きだったらしい。
絵描きが何が故にこれほどまで高い山に足を運んだのだろう。
丁度いい岩を見つけ、そこに座る。
そして、自分の眼に映る情報をスキャンし、右手に持った鉛筆を走らせる。
比率や位置は完璧に、少しアレンジも加え、壮大な景色を黒一色で描く。
そして、大胆に形を模した後に絵具を取り出し、筆を経由して絵に色彩が宿っていく。
無に形を、形に情景を、情景に彩りを。
「……できた」
――完璧だ。
可能ならば、モデルにした山や雲にも見せてやりたいところだ。
きっと、いや、確実に喜びを感じてくれる。
「うん、いい出来」
満足したようだ。
態々山の頂にまで登った訳は、この景色を、実際に紙面へ写すためだった。
インドアとアウトドアの両立という訳だ。
だが、このような嗜みには多大な資金と時間、根気が欠かせないはずだ。
彼女は、何を動機にこれほどの苦労をしているのだろうか――。
「うーん!今日も、君は綺麗だったよ。次はどこに行こうかな〜」
私は画家だ。
いや、もうちょっと詳しく言うなら、世間に画家と呼ばれる存在。
私には画家としての自覚は無いし、それでお金を稼ごうだなんて、露ほども思っていない。
絵を描いている理由?
そんなもの、『楽しいから』、『好きだから』という理由でしか片付けられないでしょう。
好きな人との思い出を写真に残したい。そんな感覚と似たようなことだ。
個展開くとか、ポスターを描いたりネット上で掲載したりは特にしない。
それでも、私の両親が過保護で、私の絵をこれでもかと褒めちぎり、大事にしてくれる。
そこから発展し、インターネットで専用のアカウントを作って私の絵を広め、知らない内に有名になってしまい、展示会を開くような出来事になる。
お陰で私は、そんな気も無いのに周りからは天才と呼ばれ、はした金が次々と財布に注がれていく。
悪い気はしないが、周りからちやほやされるのは体中が痒くなるような感じがして得意でない。
それに、人から愛ある言葉を貰っても、私は何も靡かなかった。
「だから私は、どこにも居ない……」
私は画家……。それも世界を渡る。
壮大な言い方をしたけど、そんな大層なものではなく、好きな時に出かけて、好きな場所で、好きな時間に、好きなことをしているだけ。
いつも同じ場所にはいない。
だから私はどこにも居ない、それだけ。
事実、私のファンのような人達は、インターネット上では好きに想像して言葉を発しているけど、誰も私を見たこともなければ、目撃情報もない。
世間からは謎だとか、不可解とか、ミステリックだとか……様々な評価をされている――少し面白いと思っている。
「私は、画家……?」
違う。
世間のことなんてどうでもいい、勝手に動いていて欲しい、私を関係させないで欲しい。
私は今見えているものだけに、愛するものだけに夢中になりたい。
今、この状態が最高で、最善で、至高なのだ。
私はなにも気にせず、景色と見つめ合いたい。
こんな欲望、客観的に見れば傲慢で奔放で能天気だ。
でも、そんな強欲な私を、世界は、《地球》は許してくれる。
言葉を出さないだけかもしれないけど、忌避も、拒絶もせずにここにいさせてくれる。
だから私はこの星の全てを受け入れるし、受け入れたい。そして、愛を贈りたい。
「私は、画家じゃない」
私は、何でもない。
愛するものとの記憶を、手中に、永遠に刻みたいだけ。
ただ一つ、たったこれだけ。
私は、この星に恋をしている――。
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「ああ……私……馬鹿なことしてる……」
鎮まりゆく光とは別の光が、小さく輝く。
それは、神の目から落ちた一滴の露だった。
「……?!」
即座に勢いを殺す。空中で完全に止まることはできず、攻撃体勢を辞められなかった為、峰打ちに切り替え、傷を与えないようにした。
「っ……、ごめんなさい」
そして三度目、光が輝く。今度は視界全体を覆い、最初に戦場に移転させられた時と同じような光だった。
大木が聳え、花畑が広がり、動物が楽しそうに遊んでいる。
「な、何だ……?」
神は目の前で萎縮し、子供のように俯いて座っている。
「どうしたんだよ、急に縮こまって」
「ごめん、都合がいいよね。私から始めたのに」
グズグズとした謝罪に、反射的にめんどくさいと思ってしまった……。黙っておこう。
「今までなんで忘れてたんだろ……あんなに好きだったのに、そんなこと気にもせずに今の生活に満足してた。浮気だよね、こんなの」
イマイチ何を思い浮かべているのかよくわからなかったが、空を仰ぎながら呟く様子に、何か勘づくものがあった。
「――!?君、もしかして……!」
「私はここを知らない……地球は、何処へ行ったの……?」
「やっぱり……!そうだ、最初からそれを言いに来たんだ!」
「そっか……」
「少し、落ち着こうか」
しばらくそっとしておいていた。
「どうだい?整理はできたかな」
「うん。私は神なんかじゃないし、こんなところにもいなかった。というか、こんな場所そのものが無かった」
「あぁ……!」
やはり取り戻している。思わず身を乗り出してしまった。
「こんなことをしてる前、私は世界を飛び回って絵を描いてたんだ。海でも、山でも、砂漠でも、雪原でも」
「それは凄いね」
「名前は、波翔 夕」
「同郷……」
「今は【エア・ケッペン】って名前。呼ぶなら……どっちでもいいかな」
「エアって呼ばせてもらおうかな。一番短いし」
前世の絵描きとしての名と、今の神としての名。
なんの因果か、どちらも空に関連している。
「君は?」
「僕は朧命だ。元の地球じゃ銀行員をやっていたよ」
「命、ね。わかった」
ようやくゆっくりと交渉できそうだ。
「ほんと、ごめんね。昔と変わらないんだけど、自然破壊みたいな行為にどうしても怒っちゃって。それで、本題はなんだったの?」
顔つきが、先程との温度差で風邪をひきそうなくらいに、冷淡なものから温かく情緒的な表情になった。
「地球を取り戻したいから、協力して欲しい。大雑把にいえばこうだね」
今だからこそ単刀直入に言える。《地球》を知っているからだ。
「わかった、協力する」
「話が早くて助かるよ」
「私が何よりも、誰よりも好きだったものだからね」
言われた通り、いつもは温厚なようだ。
「それで、僕はこの世界にいる全ての神の前世を思い出させて、協力しなきゃならない」
「それ、君の必要があるの……?」
「それ、僕も思ったよ。でも、ルクスに言われたんだよ、使命だって」
「なんだそりゃ。私が他のところに行って話してみようか?」
「いや、僕がやるよ。神によっちゃ戦いもしないとだめっぽいしね」
皮肉を込めた。
「ご、ごめんって」
「あと、会っておかないと、後々『誰だこいつ』とか言われそうだし」
ルクスだけが、姿、記憶も何もかも前世と変わらない朧命という存在を知っていても、大事な時に事態が複雑になるだけだろう。
「まあね。それで、私は何をすればいいの?」
「うーん、その辺は僕もよく分からない。とりあえずサポートしてくれたら助かるよ。あと、服が欲しい」
「わかった……って、服?あー、そりゃそうか。よく森の中上裸で歩こうと思ったね、君 」
やはり周りが見えていなかったのか、上裸であることに今気がついたようだ。
「それはそれは辛かったけどね」
「長袖でいいかな?薄めの生地にしとくよ、他の国はそこまで寒くないし」
「できればワイシャツに近いもので……」
「はい、じゃあこれ」
木の中にクローゼットでもあるのだろう。エアは一度木の中に入ると、すぐに一枚の布を持って戻ってきた。
念願の服だ。
それに、サラサラとしていて風通しが良い。
寒くなったら、ここへ上着を貰いに来ればいい。
「ありがたい!」
「で、命は次どうすんの?」
「まあ、他の国に行くって事は確定。それでなんだけど、ここの近くの国を教えて欲しい」
「えーと、ここの隣だと、東側には【技術の国】があって、西側は……ちょっと遠いかな。比較的近いのは技術の方だね。あっちの神様、すごい頼りになるし」
自然の次は技術……人間活動に焦点を当てた国だろうか。
「東、ね。道は?」
「あぁ、私が送るよ。一緒に入るのはちょっと、こっちの国が心配だから無理だけど」
「助かるよ」
「ほいじゃ、早速行こっか。積もる話は道中で」
「うん、宜しく頼むよ」
ようやく一つ事を終わらせることが出来た。
事の発端と言えば僕ではあるが。
「そっか――うん、絶対に戻そう。私の、私達の愛したものを――」
「――ん?」
「いや、ごめん、行こう行こう!」
彼女が自然の衝突によって、廻り廻ってたどり着いたのはあの頃の自然と、星への愛だった。
姿は変わっても、思いは変わらない。
申し訳ありません、私生活が忙しく更新がかなり遅れました……。以下、紹介です。
【エア・ケッペン】/【波翔 夕】
身長:171cm/161cm 誕生日:4/4 性別:女
好きな食べ物:好き嫌いそのものが無い。全部好き。強いていえばブドウ。
自然の国の神であり、旅して恋する絵描きさん。
前世と顔立ち、髪型は変わらないが、身長、髪色が違う。前世はこげ茶ほどの色だったが、この世界では黒髪にピンクのインナーカラーが入っている。髪型は後ろがパツンとしたボブ。
地球に恋をしている。人は嫌いなことは無いが恋したことはない。地球が好きすぎる為。
恋故に、環境破壊全般は許せず、頂きますとご馳走様を言わない人間は大嫌い。
名前の由来は空気などを意味する「Air」と気候区分で有名な「ウラジミール・ペーター・ケッペン」から。
【自然の国】
外壁となる《火山脈エリア》、入ってすぐに広がる《草原エリア》、中央の《森林エリア》、地上の北西最奥に《砂漠エリア》、北東最奥に《雪原エリア》。更に奥に、無限に広がる《海洋エリア》が存在する。朧が入った所を上辺に、台形に近い形をしている。人間以外の地球上にいた動物が大体いる。また、朧が「魔物」のように呼ぶ生物は、基本的には他国にはおらず、この国は珍しい部類。




