第5回「稲荷荘」
※本作は「小説家になろう」と「カクヨム」に重複投稿しています。
カスミ湖――。
湖のほとりに立つ美穂は、対岸の街を眺めていた。
「さて……」
街へ行こう。
そう思って歩き出そうとした、そのとき。
『美穂?』
「ん?」
『忘れていました』
「何を?」
『あなたの家です』
「……家?」
次の瞬間――。
美穂の目の前に、淡い光が集まり始めた。
「なにこれ?」
光はゆっくりと形を変えていく。
柱が現れ、壁ができる。
大きな屋根が乗り、最後には立派な一軒家が完成した。
「…………」
美穂は、しばらく言葉を失った。
「家……?」
『はい』
「いつの間に?」
『今です』
「建てたの?」
『建てました』
「……凄いね」
美穂は家の前まで歩いていく。
大きな屋根。
木で組まれた柱。
土壁。
どこか懐かしさを感じる、日本の古い農家のような造りだった。
「なんか……」
美穂は屋根を見上げる。
「白川郷みたい」
『シラカワゴウ?』
「ううん。こっちの話」
玄関には、木の表札が掛かっていた。
そこには、『稲荷荘』と書かれている。
「……稲荷荘?」
『美穂の家です』
「これ、あたしの?」
『はい』
「……」
美穂は、もう一度家を見る。
異世界に来て、最初に手に入れたもの。
魔法でもなく、
剣でもなく、
自分が暮らすための、一軒の家。
「……ありがとう、イナリさま」
『どういたしまして』
美穂は玄関を開ける。
「お邪魔しまーす……」
『自分の家ですよ』
「あ、そうだった」
中へ入る――。
広い土間。
その奥には畳の部屋。
中央には囲炉裏がある。
「うわぁ……」
美穂の顔が明るくなる。
「いい家じゃん!」
台所もある。
食器も揃っている。
さらに奥へ進むと――。
「お風呂!」
『農家には必要でしょう?』
「分かってるじゃん、イナリさま!」
美穂は嬉しそうに笑った。
一度外へ出る――。
家の前庭には、広い土地が広がっていた。
美穂は立ち止まる。
土を見る。
しゃがみ込み、手で触れる。
柔らかな土。
近くにはカスミ湖の豊かな水。
「ここ……田んぼ、作れそう」
『もちろん、そのための土地です』
「本当に?」
『美穂には「稲り実る才」がありますから』
その言葉を聞いて、美穂は土を握る。
「……そっか」
異世界での生活。
まだ何も始まっていない。
でも。
ここには家がある。
水がある。
土地がある。
そして、自分には――。
『稲り実る才』
がある。
美穂は立ち上がった。
「この世界のことを知って、お金を稼いで……」
美穂は広い土地を振り返る。
「ここに、田んぼを作る!」
『期待していますよ、美穂』
「任せて!」
カスミ湖の湖畔。
一軒の家から、美穂の新しい異世界生活が始まろうとしていた。
その家の名は――。
稲荷荘。
読んでくれてありがとうございます!
毎日【18時20分】に投稿してます。




