第3回「信仰の力」
※本作は「小説家になろう」と「カクヨム」に重複投稿しています。
真っ白な空間――。
美穂は、イナリからもらった稲の種を手のひらで眺めていた。
「この種を育てれば、いいんだよね?」
イナリは頷く。
「あなたには『稲り実る才』を授けました。きっと素晴らしい稲が育つでしょう」
美穂は目を輝かせながら言う。
「あたし、頑張って育てるよ!」
「ええ。期待しています」
イナリは笑った。
でも――。
さっきから、少し気になっていることがある。
「ねえ、イナリさま」
「はい?」
「さっき言ってたよね?」
「何をですか?」
「あたしが稲を育てることが、イナリさまにとっても大切って」
「……」
イナリの笑顔が、少し固まった。
美穂は興味津々で聞く。
「何か理由があるの?」
イナリは、少し困ったように頬に手を当てる。
「実はですね」
「うん」
「神には、信仰が必要なのです」
「信仰?」
イナリは頷きながら言う。
「人々から信じてもらい、祈ってもらい、感謝してもらう。それが神の力になります」
「へぇ……」
美穂は少し考える。
「じゃあ、イナリさまって、今はあんまり信仰されてないの?」
「……」
「イナリさま?」
「少しだけです」
「少しだけなんだ」
「田んぼの神ですからね」
イナリは苦笑した。
「現在のアトラテスでは、稲作は珍しいのです。 地域によっては米を知らない人もいます」
「なるほど」
「ですから、私の力もほとんどありません」
イナリは、美穂の手のひらにある種を見る。
「そこで、この種です」
「この種が?」
美穂は首を傾げる。
イナリの表情が、少し誇らしげになる。
「私が特別に育てた稲の種です」
「この種から育った稲が、素晴らしい実りをもたらせば、人々は喜ぶでしょう」
「うん」
「美味しいお米がたくさん収穫できれば、きっと『稲の神様に感謝しよう』と思ってくれる人も増えます」
美穂が半信半疑で質問する。
「つまり、あたしが育てたお米が、イナリさまの信仰になる?」
「その通りです」
イナリは笑顔で言う。
「豊作になれば、人々が豊かになります」
「うん!」
「人々が豊かになれば、感謝が生まれます」
「うんうん!」
「そして、その感謝が私の力になるのです」
「なるほどー!」
美穂は納得した。
つまり――。
「お米を作れば、みんな幸せ」
「はい」
「イナリさまも元気になる」
「はい」
「あたしも米作りができる」
「はい」
「あれ?」
美穂は首を傾げた。
「みんな得するじゃん」
「そうなんです」
イナリは嬉しそうに頷いた。
「だから、あなたにお願いしたいのです」
「あたしに?」
「はい」
イナリは、美穂の目をまっすぐ見つめる。
「あなたは農家の娘でした。稲を育てる知識も経験もある」
「うんうん」
「そして、私の加護『稲り実る才』もあります」
美穂は、種をぎゅっと握った。
「あたし……本気で頑張るよっ!」
イナリは笑顔で美穂を見る。
「本当ですか?」
美穂は笑った。
「もちろん、だって、あたし農家だもん」
田んぼを耕して。
稲を植えて。
水を管理して。
稲穂が実るのを待つ。
それが、美穂の知っている農業だ。
異世界に行っても、それをやればいい。
「でも、イナリさま? 信仰ってどうやって増えるの?」
「それは……」
イナリは少し考える。
「人々に私の存在を知ってもらい、豊作を喜んでもらえれば自然と――」
「じゃあ、たくさんお米を作ればいいんだね?」
「そうです」
「分かった!」
美穂は拳を握る。
「あたし、いっぱい作る!」
「お願いします」
「イナリさまが、もっと元気になるくらい!」
「ええ!」
イナリは嬉しそうに笑った。
美穂は気合を入れる。
「あたし、頑張っていっぱい作るよ!」
こうして。
美穂の異世界での農業には、一つの目的が加わった。
美味しいお米を作ること。
みんなを豊かにすること。
そして――。
田んぼの女神、イナリの信仰を取り戻すこと。
美穂はまだ知らない。
自分が育てる一粒の稲が、この世界を大きく変えていくことを。




