第2回「稲り実る才」
※本作は「小説家になろう」と「カクヨム」に重複投稿しています。
真っ白な空間――。
美穂は、イナリと向かい合っていた。
「異世界に転生って……本当に?」
イナリはニッコリと笑う。
「あなたが転生する世界は、アトラテス」
「……アトラテス」
「剣と魔法の世界です」
美穂は少し戸惑いながら言う。
「田んぼの世界じゃないんだ……」
「そこですか?」
イナリが呆れた顔をする。
「剣と魔法の世界ですよ。もっと驚くところがあるでしょう」
「いや、だって……あたし、農家なんだけど」
「知っています」
美穂は心配そうな顔で聞く。
「異世界で農家ってできるの?」
「それは、あなた次第です」
イナリは少し考えるような仕草をする。
「異世界で困らないよう、加護は欲しいですよね」
「加護?」
「はい。私から、ある程度の加護を与えることはできます」
その言葉を聞いた瞬間。
美穂の頭の中に、いろんな能力が浮かんだ。
せっかく異世界に行くんだ。
どうせなら、強い方がいい。
「じゃあ……まず、不老不死!」
「いきなり重いですね」
「それから、強靭な身体能力!」
「はい」
「再生能力!」
「はい……」
「魔法全般!」
「まあ、それくらいなら……」
「一流の剣技!」
「あなた、農家ですよね?」
「創造魔法! 空間魔法!」
「……」
「時間を操る魔法!」
「…………」
「未来を見る魔法!」
「………………」
「あと、鑑定能力!」
美穂は胸を張った。
「下さい!」
イナリは、しばらく黙っていた。
そして――。
「できないっ!」
「えっ?」
「そんなに全部できるわけないでしょう!」
イナリが頭を抱える。
「不老不死に、強靭な身体能力に、再生能力!魔法全般に、一流の剣技!創造魔法、空間魔法、時間魔法、未来視、鑑定!」
「だって、欲しいんだもん」
「欲張りすぎです!」
「異世界転生って、こういうものじゃないの?」
「誰に聞いたんですか!」
「なんとなく……」
美穂のその言葉に、イナリは深いため息をついた。
そして、少し考える。
「……まあ、あなたを転生させるのは私ですから、私にできる範囲で加護を与えましょう」
美穂は目を輝かす。
「本当?」
イナリは得意気に話す。
「ただし、私にも得意分野があります」
「得意分野?」
「私は田んぼの女神です」
「……」
「つまり」
イナリが、美穂をまっすぐ見つめる。
「稲と農業に関する加護なら、かなりのものを与えられます」
「農業……」
その言葉を聞いた瞬間。
美穂の胸が少し熱くなった。
「それなら……」
美穂は微笑んだ。
「あたし、農家だから」
「はい」
「その力が欲しい」
イナリは嬉しそうに笑った。
「分かりました」
その瞬間――。
イナリの手のひらに、一粒の種が現れた。
「これは?」
「稲の種です」
「普通の種?」
「いいえ」
イナリは首を横に振る。
「私が育てた特別な稲の種です」
その種から、不思議な光が放たれている。
「あなたには、この種と共に、ひとつの才能を授けます」
「才能?」
イナリが、優しく告げる。
「『稲り実る才』」
「いなり……みのる……才」
「はい」
イナリの手のひらから、光が広がっていく。
「この才があれば、あなたは稲の状態を感じ取り、健やかに育てることができます」
「それって……」
美穂は種を見つめた。
「異世界でも、お米を作れる?」
「もちろんです」
「あぁ……!」
美穂は、思わず笑みがこぼれた。
イナリは頷きながら言う。
「あなたが望むなら、異世界でも田んぼを作ればいいのです」
「あたし、やる!」
さっきまで不安だった。
知らない世界。
剣と魔法の世界。
魔物がいるかもしれない。
そんな世界で生きていけるのかと思っていた。
でも――。
米作りができるなら。
「あたし、異世界でも農家になる!」
「その意気です」
イナリが笑った。
「では、これを差し上げます」
「……稲の種……」
「この種を育て、豊かな実りを生み出してください」
イナリは、少しだけ意味ありげに笑った。
「それが、私にとっても大切なことになります」
「……?」
美穂には、その意味がまだ分からなかった。
ただ。
手のひらに乗った一粒の稲の種。
それが、美穂の異世界での人生そのものになるとは――。
このときの美穂は、まだ知らなかった。




