第29回「出穂と稲の花」
※本作は「小説家になろう」と「カクヨム」に重複投稿しています。
ある朝――。
美穂は、いつものように稲荷荘の前庭へ出た。
「おはよー、田んぼ!」
朝の空気の中、田んぼを眺める。
青々とした稲が、風に揺れている。
「今日も元気そうだなぁ」
美穂は畦道を歩きながら、一株ずつ様子を見ていく。
そして――。
「あれ……? これって……」
美穂の足が止まった。
稲の先を覗き込む――。
葉の間から、小さな穂が顔を出していた。
「……!」
美穂の目が輝く。
「イナリさま!」
『はい?』
「穂が出た!」
美穂は嬉しそうに稲を指差す。
「これ、穂だよね!?」
『ええ。出穂ですね』
「やったー!」
美穂は思わず両手を上げる。
「ついにここまで来たー!」
『順調に育っていますね』
「うん!」
美穂は田んぼを見渡す。
まだ小さな穂。
けれど、それは確かにそこにあった。
ここまで育ててきた稲が、少しずつ実りへ向かっている。
「……なんか、感動するなぁ」
美穂は穂をそっと眺める。
「これが、あたしのお米になるんだ」
朝の風が吹く――。
青々とした田んぼの中で、小さな穂が揺れていた。
◇
出穂から、少し時間が経った。
朝の田んぼ。
稲穂が、風に揺れている。
美穂はいつものように田んぼを眺めていた。
「……あれ?」
よく見ると、稲穂の辺りに何かが見える。
小さな、小さな白い花。
「これ……花?」
『ええ。稲の花ですよ』
イナリの声が聞こえる。
「稲にも花が咲くんだよね」
『はい。とても小さな花です』
美穂は、じっと稲穂を見る。
白い花びら。
派手さはない。
花畑に咲くような華やかな花でもない。
それでも――。
「……綺麗だなぁ」
美穂は小さく呟いた。
日本にいた頃も、田んぼで稲を育てていた。
もちろん、稲に花が咲くことも知っていた。
けれど。
実際に花を意識して見たことは、あまりなかった。
「今まで、ちゃんと見たことなかったなぁ」
『そうなんですか?』
「うん。田んぼって、稲が育って、穂が出て、お米になるってところばっかり見ちゃってたから」
美穂は、そっと稲穂を眺める。
「でも、自分で最初から育ててみると……」
少しずつ大きくなる稲を見守ってきた。
その先に咲いた、小さな花。
「……なんか、特別に見えるね」
『ええ』
イナリの声も、いつもより少し優しかった。
稲の花が咲くのは、ほんの短い時間。
午前中のわずかな時間だけ。
やがて花は閉じていく。
風が吹く。
小さな白い花が揺れる。
「こんなに綺麗なのに、すぐ終わっちゃうんだ」
しばらく何も言わずに田んぼを見つめる。
派手ではない。
目立つ花でもない。
けれど、確かにそこに咲いている。
実りへ向かう稲の、小さな花。
その儚い姿を、美穂は静かに見つめていた。
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