第24回「代かき」
※本作は「小説家になろう」と「カクヨム」に重複投稿しています。
稲荷荘、前庭――。
美穂は、田んぼ予定地の前に立っていた。
土壌改良を終えてから、しばらく経っている。
田んぼを眺めながら、美穂はそろそろ頃合いだと考えた。
「そろそろ、試してみようかな」
美穂は田んぼの脇の水路へ向かった。
水路の入口には、川の水を引き込むための板が設置されている。
美穂は板に手をかけた。
「よいしょ……!」
板を動かす。
すると――。
川の水が水路へと流れ込み始めた。
「おおっ!」
さらさらと水が流れ、水路を通って田んぼへ向かっていく。
やがて、田んぼの中にも少しずつ水が入り始めた。
「……」
美穂は、その様子をじっと見つめる。
以前なら、入ってきた水はすぐに土へ染み込んでしまった。そのため、粘土やゴーレムなんかで土壌改良をしてきた。
今はその成果を確かめるように、美穂は水の行方を気にしながら見つめている……。
「……」
しばらく経っても、水は残っている。
美穂はさらに待った。
「……」
もう少し時間が経っても――。
水は、ちゃんと田んぼの中に溜まっていた。
「……溜まってる!」
美穂の顔が、一気に明るくなる。
「やったー!」
両手を上げて喜ぶ美穂。
「水田になったー!」
『良かったですね、美穂』
「イナリさま!」
美穂は嬉しそうに田んぼを眺めた。
「これで田んぼ作り、かなり進んだよ!」
『そうですね』
美穂は、これまでのことを思い返す。
「最初は、水が全部抜けちゃったのに」
『土を改良した成果ですね』
「ゴーレムさん、ありがとう……」
少し変わった方法ではあったけれど――。
ようやく、水を張ることのできる田んぼになった。
「これで、田植えに近づいた!」
美穂は、満足そうに田んぼを眺めていた。
◇
水の溜まった田んぼを、美穂はじっと眺めていた……。そして鍬を手に取る。
「次は代かきだな」
『代かきですか?』
「うん。田植えをする前に、田んぼを平らにするんだよ」
美穂は田んぼの中へ入った。
足が、泥の中へ沈む。
「おお……」――ぐにゅっ。
「いい感じに泥になってる!」
美穂は鍬を使い、土をかき混ぜていく。
ざくっ。
ざくっ。
少しずつ、土と水が混ざっていく。
『大変そうですね』
「そうだねぇ」
美穂は額の汗を拭った。
「でも、田植え前の大事な作業だからね」
田んぼの中を何度も歩きながら、土をならしていく。硬いところを崩し、高くなっているところを削る。低いところには土を寄せ、田んぼ全体を少しずつ平らにしていく。
「ここをもう少し……」
美穂は田んぼ全体を見渡した。
水面が、だんだんと平らになっていく。
そして――。
「代かき完了!」
『お疲れさまでした』
「ふぅー!」
美穂は田んぼの外へ出る。
泥だらけになった足を見下ろした。
「……お風呂入りたい」
『お風呂なら稲荷荘にありますよ』
「そうだった!」
田んぼは、田植えを迎える準備を整えつつあった。
あとは――。
「苗が育つのを待つだけだね!」
美穂は苗床へ目を向けた。
小さな苗たちは、静かに成長を続けていた。
◇
代かきを終えた田んぼには、茶色く濁った水が張られていた――。
「……」
美穂は田んぼを眺める。
『美穂? 今日は何もしないんですか?』
「うん」
美穂は頷いた。
「三日くらい、このままにするの……泥水を落ち着かせるんだよ」
『そうなんですね』
代かきで舞い上がった土が、ゆっくりと沈んでいく――。
今日は作業をしない。
明日も作業をしない。
ただ、待つ――。
「……なんか、暇だなぁ」
『農業には、待つ時間も必要なんですね』
「そうなの……」
美穂は田んぼのそばに腰を下ろした。
時間が経つにつれて、泥水は少しずつ澄んでいく。
代かきから三日後――。
湖の対岸に広がるカスミタウン。
その湖面に、青い空が映っている。
そして――。
田んぼの水面にも、同じ青空が映っていた。
「……きれい」
カスミ湖と田んぼ……。
並んだ二つの水面が、空の青をそのまま映している。
まるで――。
巨大な二枚の鏡。
『綺麗ですね』
「うん……」
美穂は静かに眺める――。
風が吹けば、水面は揺れる。
けれど今は、風もない。
空と湖と田んぼが、一つにつながったように見えた。
「田んぼって……こんなに綺麗なんだ」
美穂は、しばらくその景色を眺めていた。
急ぐ必要はない。
苗が育つのを待つ。
土が落ち着くのを待つ。
水が整うのを待つ。
そして――。
田植えの日を待つ。
異世界での米作りは、ゆっくりと進んでいた。
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