第13回「種籾増えろ」
※本作は「小説家になろう」と「カクヨム」に重複投稿しています。
稲荷荘の前庭――。
美穂は、田んぼ予定地の草や石を取り続けていた。
地道な作業だったが、焦る必要はない。
「まぁ、田んぼはボチボチ作るとして……」
美穂は立ち上がり、腰を伸ばす。
「まずは育苗からだなっ!」
美穂は一度、稲荷荘の中へ入った。
すると――。
『おや! 米作り始めるんですね』
イナリの声が聞こえてきた。
「そう! 育苗始めますっ!」
『そうですか。楽しみです』
美穂は、イナリからもらったものを取り出した。
手のひらに乗っているのは――。
ひと粒の種籾。
「……」
美穂は種籾を眺める。
「イナリさまぁー」
『はい?』
「これ、ひと粒じゃ田んぼにならないんですけどっ!」
イナリは、ふふっと笑う。
『美穂には「稲り実る」という才があります』
「うん」
『種籾増えろーって念じてください』
「タ・ネ・モ・ミ・増えろー!」
すると――。
美穂の手から何かが溢れ始めた。
「え?」
次の瞬間。
ザーッ!
「わー!」
大量の種籾が、まるで砂のように手からこぼれ落ちる。
床に落ちる、ドンドン落ちる。
「ちょ、ちょっと待って!」
ザーッ!
美穂が慌てて手を閉じる。
ようやく止まった。
「……」
美穂は床を見る。
そこには大量の種籾が散乱していた。
「わー! びっくりしたー!」
『ふふっ』
「笑ってる場合じゃないよ、イナリさま!」
美穂は床にしゃがみ込む。
散らばった種籾を手に取る。
これだけあれば、一反分の田んぼに使える。
およそ五キロ。
「一反分あるね」
『はい』
美穂は床いっぱいに広がった種籾を見つめる。
「……」
そして、ため息をついた。
「これ、集めるのもあたしなんだよね?」
『そうですね』
「だよねー!」
美穂は苦笑しながら、散らばった種籾を集め始めた。
田んぼ作りはまだ途中。
それでも――。
米作りの準備は、少しずつ整い始めていた。
◇
稲荷荘の室内――。
床に散らばった種籾を集め終えた美穂は、ふと気になったことがあった。
「ねえ、イナリさま」
『はい?』
「さっきは『種籾増えろー』って念じたら、いっぱい出てきたよね?」
『はい』
「じゃあ……」
美穂は少し考える。
「『種籾出ろー』って念じたら、出るの?」
『出ますね』
「……」
美穂の動きが止まった。
「んなっ!」
思わず声が裏返る。
「じゃあ、最初にひと粒くれたのは?」
美穂は、最初にもらった種籾を指差す。
「最初、これひと粒だけだったじゃん!」
『そうですね』
「なんでひと粒だったの?」
イナリは少し考える。
『なんとなくですね?』
「……」
『ひと粒に特に意味はありませんね』
「何だってー!」
美穂の声が、稲荷荘に響き渡る。
「じゃあ、あたしが『これ一粒でどうしよう?』って悩んだ時間は何だったの!」
『悩んでいたんですか?』
「悩んだよ!」
『それは大変でしたね』
「他人事!」
美穂は頭を抱えた。
最初に渡された、たったひと粒の種籾。
特別な意味があるのだと思っていた。
きっと何か重要な理由がある。
そう思っていた。
ところが――。
『なんとなく…』
「……」
美穂は種籾をじっと見る。
「……イナリさまって、たまに適当だよね」
『そうでしょうか?』
「そうだよ!」
美穂は笑った。
そして、種籾を大切そうにしまう。
「まあ、増えたからいいけど」
『はい』
ひと粒に特別な意味はなかった。
けれど、そのひと粒から始まった米作り。
これから大きく広がっていく。
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