第12回「田んぼを作ろう」
※本作は「小説家になろう」と「カクヨム」に重複投稿しています。
稲荷荘――。
美穂は玄関の扉を開けると、元気よく声を上げた。
「イナリさまー! ただいまー!」
すぐに、イナリの声が返ってくる。
『お帰り、美穂』
「冒険者登録して、薬草採取して、お金稼いだよ!」
『偉いですね』
「でもさー!」
美穂は買ってきた荷物を置く。
「食料と日用品買ったら、今日の稼ぎは飛んじゃったよー!」
美穂が肩を落とす。
イナリは、ふふっと笑った。
『そうですか』
「農具はまだ買えないねっ!」
美穂は農家の娘らしく、少し残念そうに言った。
すると――。
『農具なら、納戸にありますが?』
「……え?」
美穂の動きが止まった。
「納戸?」
『はい』
「農具が?」
『ありますよ』
美穂はゆっくりと納戸の方を見る。
「ちょっと待って」
美穂は納戸の扉を開けた。
中を覗き込む。
「……」
鍬
スコップ
鎌
桶
種を入れる道具
農作業用の道具まで、きれいに揃っている
「……」
美穂はしばらく固まった。
「えぇー!」
思わず声が響く。
「あるじゃん!」
『ありますね』
「農具、全部あるじゃん!」
『そうですね』
「だったら先に言ってよー!」
美穂が振り返る。
イナリは、どこか楽しそうだった。
『美穂』
「なに?」
『家は出せて、農具は出せない……そんなわけないでしょう?』
「……」
確かにその通りだった。
転生したとき、何もない土地に家を建てた。
家具も生活用品も揃っていた。
それなのに、農具だけないと思い込んでいた。
「……イナリさま」
『はい?』
「最初に言ってよー!」
『ふふっ』
稲荷荘には、美穂が農業を始めるための準備が、最初から整えられていた。
あとは――。
「だったら、田んぼを作るだけ!」
美穂は鍬を手に取った。
いよいよ、異世界での米作りが始まる。
◇
稲荷荘の前庭――。
家の前には、広い土地が広がっていた。
まだ何も植えられていない。
草が生え、ところどころに石も転がっている。
美穂は鍬を手に、その土地をじっと眺めていた。
「ここを田んぼにする」
美穂の表情が変わる。
農家の娘としての顔だった。
まずは土地を確認する。
地面の傾斜
水の流れ
土の状態
美穂はしゃがみ込み、土を手に取った。
「……」
指の間で土を軽くほぐす。
「うん。悪くない」
土を戻し、周囲を見渡す。
水を引くこともできそうだ。
「大きさは、まずは一反かなぁ」
『一反とはなんですか?』
イナリが聞いてくる。
美穂は得意気に答える。
「あたしの世界での、田んぼの広さの単位だね」
『ほうほう』
「およそ31メートル四方。広さにして約300坪」
『なんか半端な広さですね』
「昔はこの広さが、1人の大人が1年間に食べる量だったの」
『なるほど』
「だいたい150キロくらいかなぁ」
「でも今は、作る技術が上がって、600キロとか取れたりする」
『美穂は詳しいですね』
美穂は、ふふっと笑う。
美穂は鍬を握った。
そして、地面に振り下ろす。
ザクッ。
鍬が土に入る。
「よし」
いよいよ、田んぼ作りの始まりだ。
辺りを見渡す。
草
石
小さな木の根
田んぼにするには、まだまだやることがある。
「……まずは草や石取りからだなぁ」
美穂はしゃがみ込む。
まずは大きな石を拾い上げる。
「よいしょ」
次の石。
「これも」
さらに草を抜く。
「こっちも」
地味な作業。
けれど、美穂は慣れていた。
農家の娘として、田んぼの手伝いをしてきた。
土に触れることも、草を抜くことも苦ではない。
「……やっぱり、田んぼっていいなぁ」
美穂は少しだけ笑った。
異世界に来てしまった。
家族もいない。
知っている人もいない。
けれど――。
土に触れていると、不思議と落ち着く。
美穂は再び作業を続ける。
草を抜き。
石を拾い。
少しずつ土地を整えていく。
まだ田んぼには見えない。
けれど、少しずつ。
少しずつ。
稲荷荘の前庭。
美穂の新しい田んぼが作られ始める。
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